20 世界の均衡
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魔物が沸く魔力の渦巻きの向こう側で、魔王が一人、宙に浮く球体を見つめていた。
星屑の間と呼ばれる部屋はどこまでも黒く、小さな光の輝きが一面に広がっている。
まるで夜空のようなその光景の中、彼の手の中で弱々しく輝く球体……星が姿を見せた。
「我が母よ…お加減はいかがですか?」
労りを込めた声で尋ねると球体が淡く輝く。よく見るとあちらこちらに汚れがこびりついていた。
魔王は胸元からハンカチを取り出すと汚れを拭き取る。表面に浮いた油膜のような汚れをきれいにすると球体は光を少し取り戻した。
「母よ、貴女の子ども達を排除する許可を下さい」
魔王が日に日に弱っていく球体に語りかけるが、彼女の答えは決まって一つ。
『もう少し待ちましょう』
今度も同じ意見を聞かされ、魔王が眉を寄せる。
何度も同じやりとりをした。
これでもう、何度目だろう。
「ですが貴女は弱っていくばかり。私も兄妹を滅ぼすに忍びないですが、もう、限界なのですよ」
今は魔王と呼ばれる存在は、時代が変われば神々とも呼ばれてきた者達だ。
呼び方はその時々の人間が好きに決めていたため、何だっていい。
手の中の球体を見ると、その内側から濁りのようなものが湧き出ているのが分かる。
「人間が貴女を敬うことを忘れたために、自然の均衡は崩れはじめています。かつて5回、彼らの文明を滅ぼしたように今回も消滅させるべきでは……」
息子である魔王の必死の説得にも応じることなく、星の女神にして生命の母である惑星エリスの意識は首を横に振った。
『もう少し、待ちましょう』
彼女の身体には人だけでなく沢山の生命が均衡を保って存在している。
彼女が人間を文明ごと滅ぼすと決めてしまえば魔王はそのための神事をこの星屑の間で執り行うことになっていた。
魔王とは惑星エリスの産み出した神事を司る大神官のことだ。
歴代魔王はこの部屋で5回、人間を滅ぼすための祭りを行った。
今回は6回目になる。
早くしなければ、母の身体がもたないだろう。人がいきなり争うことも奪うこともやめて、そこにあるものを分かち合い、互いに支え、譲り合う。そうして与えられたものだけで満足し、幸せであり続けられるように進化でもするなら別だが…。
「あるわけないな。あの虫ケラどもにそんな高尚なことが出来るわけがない」
虫などと言っては、文字通り虫に失礼だと魔王は思った。
自然の生き物はみんな、母なる惑星エリスの輝きに生かされていることを知っている。
少なくとも、母の輝きが自分達を生み出していることは知っている。
だから、星を傷つけるようなことはしない。
だが、人間は違う。
彼らのしていることは例えるならば、寒さに震えた者が自分の家の壁を壊して部屋の中でその木切れを燃やして暖を取るようなものだ。
新たな歴史、新たな文明の中で今回の人間達は魔法を使うことを選択した。
魔法は意識を向けたとき、エネルギーが実在となる仕組みを利用したものだ。
それを用いることでエネルギーと物資のやりとりを円滑に行う。
しかしどんな道具を使おうと、彼らのすることはいつも同じだった。
自分達を種の頂点だとうそぶき、他を支配し、自分が権利をもってむさぼることを良しとしている。
そうして母を苦しめているのだ。
「水を思えば水が生まれ、火を思えば火が生まれる。意識を向けたものをエネルギーが具現化することが魔法。だからこそ、欲にまみれた種族が手にすると何もかも…光さえも吸い込む穴が世界に発生する…」
彼らのような心の制御が未熟な種族が魔法に手を出した結果、人だったものの影を中心に穴が発生して何もかもを呑み込んでいく。
そうして消滅した星がいくつも宇宙には点在していた。
「少なくとも魔法を取り上げるべきではありませんか?」
そうすれば母の身体はしばらくもつ。そう思った魔王は母エリスに問いかけるが彼女は薄く光っただけだった。
『もう少しだけ、待ちましょう』
エリスの出した答えに魔王が痛々しさに顔をしかめる。
『闇と光はいつも均衡を保つのです。その二元性が世界にバランスを生み出しているのですから…』
バランスを生むのも人間なら、それを壊すのも人間ではないですか、という言葉を呑み込むと、魔王はうやうやしく母なる惑星の意思に頭を垂れた。
『貴方達は今まで通り、微細な災害でいなさい』
そう言うとエリスの意識は再び眠りにつく。
魔王は沈黙した星に背を向けて部屋を出ると待機している魔王軍の幹部に視線を向けて「スタンビードの準備をしろ」と命じた。
渦を抜けて人族と戦う者達を選別する。
つい最近、100年ほどの間に生まれた者達で構成した部隊を作ると渦の向こう側に送った。
「微細な災害」とエリスが呼んだように、人がスタンビードと呼ぶ軍勢は魔王軍の中では雑兵の寄せ集めという扱いだ。
魔王は中庭に集まった兵士とそれを束ねる軍団長に向き直ると頷いた。
「お前達、我らが母のためにガス抜きをして来い。人間を間引いて時間を稼ぐのだ」
魔王の号令の下、渦巻きが広場に発生する。兵士が渦に飛び込んでいった。
城の中、皇太子妃リーリアは砕け散った指輪を見つめていた。
義姉と繋がっていたそれは心に毒を注ぎ込み、やがて疑心と苦悩の末に傀儡にするはずだった魔術具だ。
人は自分にかしずき、豪華な宝飾品が自分を飾る中、リーリアの手に入らなかったモノ。
お腹にそっと手を当てると、そこには先日侍医に言われた命が宿っていた。男であろうと女であろうと、この子が夫の次の王だ。
この国は全部私のものになるのに、義姉だけが逃げていく。
「……許せないわ」
ああ、欲しい。
あの蒼い目が怯えて震えるウサギのように自分を見上げたらどんな気分がするだろう。
あの男を殺して、死体の前で男に穢させてやろうか…そうすればあの澄ました顔がぐしゃぐしゃになるにちがいない…。
そんなことを考えながらリーリアは自分の妄想にクスクスと笑った。
「リーリア妃殿下、楽しそうですわね」
髪をすいている侍女が微笑ましげに笑いかけてくる。隣には今日のドレスを持った侍女が立っていた。
リーリアがそっと手を腹部に当てると周りから祝福混じりのクスクス笑いが起こる。
自分達の主が嬉しそうな理由を想像して互いに視線を交わしあった。
はにかみながら微笑むリーリアの影が揺れる。
小さなさざ波が影の縁に起きて、ゆっくりと渦を巻いた。
髪をすいていた侍女が影の波間に吸い込まれて消える。
だが、それには誰も意識を向けず、ただただ楽しそうにクスクスという笑い声が響いていた。
魔王様が本気を出せば、天変地異を起こして大陸をあっという間に沈めます。
ムー大陸とかカタカムナとかオシテ文字とか、昔から好きだったんですよね。




