19 水の魚
誤字脱字報告ありがとうございます。スタンプ、ブクマ励みになります。ありがとうございます。
こんなに泣いたのはいつぶりだろう。
ルーディリアは気恥ずかしくなってうつむいた。
周りに座っていた人達も話が聞こえていたのか、どことなく微笑ましそうに見守っていた。
「若いっていいねえ…俺も嫁さんとああいう時があったぜ…」
「お前んとこと一緒にするなよな」
ヤジではないがこんなやり取りがちらほら聞こえてきて、さすがに顔が熱くなる。
2人、視線を絡めると「出るか」とアルバートが言った。「はい」と応えたルーディリアは連れだって歩く。
誰かが「仲良くなあ」と声をかけるとそれに呼応するように「嬢ちゃん、素直になれよ」なんて声かけまである。
何だか恥ずかしさで一杯だ。
逃げるように店を出ると、街の雑踏が心地よかった。露店がそこかしこに並び、店舗を構える店と店との間を埋めている。
ルーディリアがふとキラリと輝く黒い石を見つけた。吸い寄せられるように手に取ると太陽にかざす。
光を吸収するような黒にアルバートの面影を感じて、気づいたら店主に手渡していた。
「これを下さい」
石と一緒に革紐も貰おうと店主に差し出す。チラリとこちらに視線を向けると店主はアルバートに向かって「銀貨2枚だ」と言った。
当たり前のようにアルバートが財布から銀貨を出し、店主がそれを受け取ると品物を渡す。
アルバートが包みをルーディリアの手に置いた。
「……えっと、すいませんアルバート様」
「ありがとうだ」
今さっきのやり取りを思い出してカッと顔が熱くなる。小さい声で「ありがとう…ございます、アルバート様」と言った。
顔を上げてにこりと微笑む。今度はアルバートがうっすら頬を染める。
「お客さん、余所でやってくれねえかな」
店の店主が呆れたような声を出して肩をすくめる。自分の店先でそんな見つめ合わないでくれと言いながら片手を振ったた。
通りを抜けて人の往来を横目に見ながらルーディリアとアルバートは街をぶらりと散策した。
こうして見れば魔物の驚異などまるでないかのように賑わう様子を見せている。
彼らは明るく前向きで、しっかり者が多い。そうでなければ生きていけないことを肌身で知っているし、たとえば頭の中で悲しんだり嘆いたりしたところで、一度の襲撃があれば家も財も時には命さえもが簡単に消え去ることもよく知っているのだ。
だったら嘆く前に動く。
彼らの出した答えは実にシンプルだった。何故なら現実は想像をはるかに越えて切実で厳しいものだからだ。
「本当に、たくましい人達ですよね」
「私もそう思う。彼らの現実を知る明るさは賢明さだと思っている」
ルーディリアが心底感心したように言うと、隣のアルバートも同感だと頷いた。
2人は噴水広場に着くとベンチに腰掛ける。人々の往来を眺めながらアルバートが空に視線を向けた。
「そういえば、こうして何もせずに過ごすのは初めてか?」
いつも討伐や鍛練、パトロールなど忙しい自分達がゆっくりと噴水広場で水が落ちていくのを眺めている。
そうそうないことかもしれない、とルーディリアは頷いた。
「そうかもしれません。私達、その……結婚してしばらく経ちますが、こういった時間は初めてかもしれないですね」
ふふ、と楽しそうに笑った彼女にアルバートも何だか笑いが込み上げてくる。
水しぶきを上げる噴水の音に交えて呟いた。
「こんな風にデートをするのも悪くないな」
デートの一言にルーディリアの顔が赤くなる。そんな風に反応してくれる彼女を横目に見ながら苦笑するとアルバートは何でもないことのようにさらりと「後悔はないか?」と言った。
あまりに自然な言葉に一瞬、理解が追いつかない。
思わず見上げた先にあるアルバートの顔は思いの外真剣で、ほんの少しだけ不安に駆られる。
「この生活に、私との結婚に、これからの人生にだ」
アルバートの口から出た言葉は思いがけずルーディリアに突き刺さる。それは彼女に今だけでなく先の未来を思い起こさせた。
そっと視線を噴水へと向けると、弾ける水玉を眺めながら自分とアルバートのこれから先を想像してみる。
「……よく、分かりません」
自分とアルバートが一つ屋根の下で暮らす。今もそうしているし、何だったら夜を共にしている夫婦でもあるのだが…彼の言葉がどうもしっくり来ないのだ。
「だけど、そうですね…私はアルバート様と一緒にいると悩んだり、迷ったり、間違えたりするんです。だから、毎日が驚きなんで後悔をしている暇はないんですよ」
ルーディリアがクスクス笑うと人差し指を立てた。くるくると回すと噴水と同じように水を指先から出して見せる。水飛沫は地面に落ちることなく霧散した。
「私はアルバート様から見ればとぼけた下っ端騎士ですが、これでも四属性魔法を操る王国屈指の魔法使いです。けっこう凄いんですよ」
皇太子妃候補という肩書きは伊達じゃない。魔法が一流であることは当たり前に求められる能力だった。
「王宮には物でも人でも自由に姿を変えることができる魔法使いがいまして…私は殿下の姿で執務もしてましたし、お忙しい殿下に代わって学園のテストも受けていました。表に出る功績は全て殿下に渡していましたが、支えていたのは私です。つまり、私が失敗すれば殿下は大恥をかく立場にいたというわけです」
当時を振り返ってはルーディリアの目が遠くを見る。我ながらよくやったと思う。
殿下はお忙しい方だった。
リーリアとの関係を深める時間を作るために私にさまざまなことを課していた。
王宮でも2人が連れ立って歩いているのをよく見かけたものだ。
ルーディリアが忙しく駆け回っている間に彼らは要領よく立ち回り、人生を楽しんでいた。
黙って耳を傾けてくれているアルバートに苦笑をすると「殿下の評判を落とさないために、私には失敗が許されていませんでした。今とはまるで正反対ですよね」と言った。
自分よりうんと強い敵に手も足も出ないと言っては悔しがり、そんな敵を負かした男に苛立ち、無理を言って騎士団に入り……。
多少の強さで敵に向かっては死にかけ、義妹を信じては裏切られ、殺されそうになる。
「私、アルバート様の前では失敗ばかりです。こんな事、初めてです。間違えたり失敗したりしてもいいって、こんなに自由なことなんですね」
間違えることは、かつては自分というブランド価値を下げるだけのものだった。背負うものの大きさと重さを理解して、完璧であれと求められ続ける。
何をしても自分が認められもしない場所で、がむしゃらに頑張ることを当たり前に求められ続けた。
実力差がある相手に勝ちたいと思うことも許して貰えない。挑戦も出来ない。
朝から寝る時まで殿下の影武者をやり、それを名誉だと言って喜ぶ世界だった。
「私、今はじめて自分が生きてる気がします。私のやりたいことを一つ一つやっているんです」
指先に水の玉を作ると中にぷくぷくと泡を発生させる。水が魚の形になってルーディリアの周りを泳ぎ始めた。
指先に風を集めて魚に向けてやると勢いがついたのか、空高く登っていく。そのまま空の彼方に消えていった。
「この生活にも貴方との結婚にも、これからの人生にも……アルバート様と一緒なら自分を見失わずにいられるような気がします」
空の向こうに泳いでいった水の魚は、今を後悔しているのだろうか。
だだっ広い空の下で、ちっぽけな自分が生まれた意味に想いを馳せて、ガタガタと震えているのだろうか。
いいや、違う。
魔法が解けてただの水の塊になり、地面に吸い込まれて消える瞬間まで、あの魚はきっと空の青を見ているだろう。
「私を見つけてくれて、そばにいてくれて、一緒に生きてくれて、ありがとうございます」
一筋の涙がルーディリアの頬を滑り落ちていく。
まるで、夜空に流れる星のようだと思う。
その目を親指の腹で拭うと、アルバートは自然に口づけていた。
連日更新がストップしてしまいました。すいません。
文を書くって楽しいけど辛いことでもあるんですね。
やり抜く人を尊敬します。
自分の意識の隙間から溢れる言葉を文字に変換する作業は瞑想に似ていると思います。




