17 虹の花
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問題は何故、戦士病にかかってしまったかということだ。
蓮華が両手をかざしながら頭から足まで隅々を観察していく。そして、指輪がはまっていた場所でピタリと止まった。
「ここのツボが傷ついているみたいです。侵入された痕もある……精神操作の魔法を継続してかけられていたみたいですね」
ルーディリアの手を取ると小指の外周をクルリと撫でた。
「東洋で言うツボはこっちの魔力の出入口に相当します。取り込み、体内で精製した魔力…つまりエネルギーが現象として表れるには魔力の循環が必要ですけど…その分、外からの侵入も気をつけないといけないんです」
そう言って蓮華はルーディリアの腕に魔力を注ぐ。他人が侵入した魔力を感知する魔法…蓮華が診察と呼んでいるそれで身体の中を見た。全身が網目状に黒く染まる。
「かなり深く入られてるみたいです。経絡…こちらで言う魔力の通り道というのは、私が所属していた場所では皮下組織、つまり真皮結合織なんじゃないかって理論が有力だったのです。そこには水が沢山流れています。つまり魔力はこちらで考えられているような血管を通るものじゃなくて経絡、全身の真皮結合織に満たされた水を通るエネルギーのことではないかという説を私達は提言していました。そして、それはある程度受け入れられています」
一息で語りだした蓮華にアルバートが軽く手を挙げて「結論を言ってくれ」と言うと彼女は「コホン」と咳払いをした。
「…失礼しました。何が言いたいかと言うとですね、経絡は全身をそれこそ網目状に覆っているということです。他人に侵食された場合、それは一気に全身を巡ります。身体は繋がっていますから。それに、これは精神操作の魔法ですので……見て下さい」
胸の辺りでどす黒い網目が集まり、皮膚の下で玉のようなしこりを作っていた。
それを少しでも軟化させようと蓮華が治癒の魔力を流すが、全身に回った黒い魔力がより一層集まった。
「これは彼女の精神を犯そうとしているのです。それに反発し続けた結果、過度なストレスがかかり、今回の症状に至ったということですね」
説明によるとルーディリアは指輪から流れ込む魔力に抗い続けた結果、ストレスがかかって戦士病になってしまったということだった。
「……精神操作の魔法でかかったと言うよりは、それに抗ったためにかかったということか……」
彼女が日に日にどこかおかしくなっていくのを肌で感じていたのに、それが何か分からなかった。その対処法も想像すらつかなかったのだ。
もっと早く蓮華に相談していたら、あるいは違う結果になっていたのかもしれないと思うと後悔しかない。
違う環境に適応しなければならないストレスもあるのだろう、あるいは別の何かかもしれない、と。
どうした、と一言聞いてやれば良かったのだ。
待ったりせずに、もっとずかずかと彼女の中に分け入ってさえいれば良かったのだ。
アルバートは拳を握ると自分の顔をぶん殴った。
ウジウジと悩んで、全然自分らしくない。こんな自分は初めてで、自分でもよく分からない。
ただ、一つだけ分かることがあった。
どうして、彼女に声をかけられなかったのか、何故物わかりの良い振りをして、彼女を独りぼっちにしていたのか……。
「すまない、ルーディリア。私は怖かったんだ…君に、拒絶されてしまうんじゃないかと思って……すまない」
彼女は確かに強い。一人で戦って敵を倒し、過酷な運命に立ち向かい、そして今がある。
「これは……精神への侵食が身体に反映している間は対症療法しかありません。閣下、手をかざして下さい。私が道を開きます。彼女の中から、黒い魔力を引き剥がして下さい」
網目状にびっしりと黒い魔力が流れていて、精神と肉体を攻撃されている。身体に巻きつく目に見える形での蛇は討伐した。しかし、魔力の根源である精神の方は触れることさえ出来ていない。
肉体に現れた症状でも、行動に移した病理でもない。根本を叩かなければ「治療」にはならないのだ。
蓮華が複雑な印と共に真言を唱える。白い光りの輪が横たわるルーディリアの上に現れた。
そこに手をかざすと、アルバートの意識はゆっくりと暗闇に溶けていった。
暗闇の中の深層に足を降ろすとそこにはエインズワース侯爵家が建っていた。
暗いもやの中に突然太陽が輝き、空が晴れ渡る。見渡せないほど広大な侯爵家の敷地が広がっていた。
そこを薄青いよれたドレスを着せられたルーディリアが家族と共に出てきた。その姿はまだ5、6歳といったところだろう。
父と義母、そして皇太子妃殿下…リーリアだ。
義母がルーディリアに何かを囁いた。彼女が目を見張って涙を溜めると義母に取り菅っている。
しかし、それは父親によって引き剥がされた。
背中を蹴り飛ばされ、たたらを踏んで前につんのめる。
「さっさと虹色草を取って来い!出来損ないめ!」
父親の罵声を背に浴びながら、ルーディリアは奥に広がる敷地内の森に向かって、やがて消えた。
アルバートは彼らの目に触れないように注意しながら森へと向かう。
不思議と彼の姿は家族には見えないようだった。
森の中は外から見るよりもうんと温かく、そして懐かしい空気で充ちていた。
木洩れ日に踊る何かの粒子がキラキラと反射して、光を四方八方に運んでいる。
奥で銀の頭が一心に地面を探していた。
「ルーディリア、何をしているんだ?」
そっと声をかけると彼女は涙声で「虹色草を詰んでいるの。でもね、これは詰めないお花なの」と言った。
確かに彼女の手に詰まれた花は一瞬で虹の光を撒き散らして消えた。
「これはここでしか咲かないお花だから」
花をよく見ると中に小さな光の粒が浮いている。その中をまたよく見ると大人になったルーディリアが子供のルーディリアにベッドで絵本を読んでいる。
いや、あれは彼女の母親だ。
幸せいっぱいに笑うルーディリアとそれをやはり幸せそうに見守る母親が見える。
2人の満ち足りた幸せが、こちらにも伝わってきて心が温かくなった。
森中あちこちに咲いている花には彼女の記憶の中にある数多くの「思い出」が詰まっている。
「あの人達はこの森には入れないの。わたしがいいよって言わない人は入ってこれない。だから、わたしに取って来させるの」
アルバートはそれだけ聞くと彼女の前に跪いて両手を取った。
「なあ、ルーディリア。わたしには貴女の悲しみも苦しみも、本当には分からない。辛いとき、貴女は独りぼっちで泣いていた。だから一人で戦うのはもう、貴女のクセのようなものだ」
彼の少し低めの声を知っているとルーディリアは思った。
彼の黒い髪、黒い目を知っていると思う。
彼の黒いローブを、わたしは知っている。
この、やさしい夜の色を、わたしは知っている。
「貴女が一人で戦うとき、私が貴女の背中を護る」
「貴女の目には前しか映っていなくても、後ろには私がいる」
「そして、私の後ろには、いつでも貴女がいるんだ」
少女はアルバートを見つめる。
静かにうなずいた。
「わかった」
スッと立ち上がるとそのまま少女は女性になる。その姿は騎士の装いをしていた。
腰に差した剣を抜き、天に掲げると虹色草の光が刀身に集まる。
抜き放たれた輝く刃を手に彼女が一言「行きましょう、アルバート様」と言った。
2人、森を抜けて屋敷の前で立つ3人を睨む。
父親が「虹色草はどうした!」と叫んでいる。
一歩一歩前に進むとルーディリアは一息で首を落とした。
飛んでいった首が、霞みのようにかき消えると目の前が暗闇に包まれ始める。
同時にアルバートは義母の首をはねる。
ルーディリアとアルバートがリーリアに向き直った時には辺りはほとんど暗闇だった。
「お義姉さま…私たちの代わりを見つけたからってこんな扱い、酷いわ」
よっぽどその男がいいのね?としくしく泣く。一瞬、動揺するルーディリアの隙を逃すまいとリーリアがするり、と近寄った。
彼女の半身はピンクの長い蛇の身体で出来ていた。耳元で囁く舌は二つに割れている。
ルーディリアの身体に巻きついてピンクの鱗がヌメヌメと光った。
「わたしが、お義姉さまを、呑み込んで、あげる」
ガバアと口を開けてリーリアの姿をしていたピンクの大蛇がルーディリアを頭から呑み込もうとする。
ルーディリアは動けないまま固まっていた。
地を蹴り胴を切り裂く。アルバートの剣が虹色の光をまとう。
「なぜ、お前が、お義姉さまの光を使う!」
リーリアが頭をアルバートに向けて牙を向いた。
瞬間、ルーディリアがハッと目を開き、手に力を込める。
蛇の頭を2人同時に切り落とした。
「ぐ……ああああ……」
蛇の身体が霞みのようにかき消えた。
ようやく2人は剣を納める。ホッとしたのもつかの間、足元の地面が唐突になくなった。
「きゃああああっ」
対応出来ずに顔を左右に向けて何とかしようと思うが叫ぶしか出来ない。
グッと身体が引き寄せられる。
アルバートがルーディリアを抱き抱えると頭を庇う。
ローブから、アルバートの匂いがする。
こんな時なのに安心している自分は凄いな、と苦笑した。
その時、2人の剣がまとう虹の輝きが一層強くなる。
2人の身体を包みこみ、かき消えた。
『ルーディリア………愛しているわ』
遠くでかすかに母の声が聞こえた。
故本山博博士に敬意を表して、経絡=真皮結合織の理論を使わせてもらいました。
本山博士、ありがとうございます。
書いてる途中で2回、データが消えて諦めそうになりました。書けて良かったです。




