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16 戦士病

誤字脱字報告ありがとうございます。

スタンプ、ブクマ励みになります。ありがとうございます。








最近、ルーディリアが少しおかしい。


毎日が同じ1日を繰り返しているのに、彼女とは少しずつ距離が出来ていく。以前なら言葉にしなくても繋がっていたものが、日々を重ねる毎に希薄になっていくようだった。


この、何とも言えないざらつきのような違和感が気持ち悪い。


しかし、それが何かという決定打な得られないまま1ヶ月が過ぎようとしている。


最近は暗い顔で自室にこもり、話しかけてもどこか上の空だ。さすがに心配になり、ルーディリアを無理やり外に連れ出した。


しかし彼女は心ここに在らずといった様子であり、アルバートはますます心配になる。


二人は鍛練場に足を運んだ。そこでいつものようにルーディリアに向かって剣を抜くと、彼女もまた抜く。しかし、その立ち姿はどこかおぼつかず、まるで怯えているようだ。


これではダメだと思いながらもアルバートは正面から軽く打ち込んだ。


その後は、いつものように阿吽の呼吸で剣を受け、力を薙ぎ、そうして回転を利用した瞬発力で斬り込んでくる、もしくは四属性、空間魔法といった多彩な手で攻撃をしかけてくる…そう思って勢いを殺さずに踏み込みと共に斬り込んでやれば、彼女は焦りと共に「あっ」と言ってあわてふためくと、しゃがみこんだ。その際にしりもちをついて座り込んでしまう。


頭の上をアルバートの剣がブオン、と音を立てて空を斬る。そのあまりにも精彩さに欠いた動きにますます眉をひそめた。


「……どうした。動きが鈍いぞ」


アルバートの声に彼女にもその自覚はあるのだろう。顔を真っ赤にしてうつむく。




どうかしたのか。


何か、心配なことでもあるんじゃないのか。





そう言いたくて口を開いたが出た言葉は違うものだった。


「……剣筋に迷いがあるな。このままでは、次の戦闘には連れて行けないぞ」


ルーディリアの顔色がサッと青ざめる。唇をわななかせると構えていた剣を下げた。


「実は…最近おかしいのです。頭の中をいつも雑念が占めていて、前触れなく疑心暗鬼に陥ってしまう。それを振り払いたくて剣を握っても、頭の中の騒がしさは無くならず……この有り様なのです」


これではアルバートの隣で胸を張って戦士を名乗ることが出来なくなる。その思いが余計にルーディリアを焦らせた。


手のひらがじっとりと汗ばみ、一振りごとに焦燥が募る。


頑張れば頑張るほど、身体は重く、頭は騒がしい。毎日が苦しくて涙が出そうだ。


「わたしは…何のために戦うんでしょうか…。こんな、出来の悪い…わたしは…誰の役にも立てないに違いないんです。きっと、みんな…わたしを邪魔だって思っています。わたしなんて、誰かの足を引っ張るしか出来ないわたしなんて……死んだほうがいいんです」


涙を流すんじゃないかと思うほど追い詰められた様子に何か、ただならぬものを感じる。こんな時にこそ夫である自分が寄り添ってやらなければならない……だが、これは一体何なのだろうか?


その、一瞬の戸惑いと疑問を敏感に感じ取ったルーディリアはみるみるうちに蒼い目に涙をためる。


「やっぱり…貴方もそう思っているんですね……」


そう小さく呟くと彼女は何も言わず、きびすを返して駆け去って行った。


「………は?」


あまりにも女めいた反応にアルバートは対応策が浮かばず口を開けたまましばらくポカン、と突っ立った。


一体何が起こったのか、正直理解に苦しむ。


「閣下、追いかけなくていいんですか?」


気配を消して見守っていたであろうキースがそっと声をかける。しかし、アルバートは呆然とした顔で言った。


「キース、あれは…誰だ?」


「誰って……よくご存知でしょう?」


さすがにキースも言葉を選びつつ答える。まさか集まっている騎士達の前で「貴方の妻のルーディリア様です」とは答えられない。


ルーディリアの後ろ姿をじっと見ながらアルバートは「いや…」と濁す。

何かを考えるように彼女が言っていた言葉を反芻し、繰り返しぶつぶつと呟く。

そうしてハッと目を見開いた。一つの結論に至り、顔が青ざめる。


「あれは…戦士病だ。だとしたら…彼女は最後に何て言っていた………くそっ」


そう毒づくと彼女の走り去っていった方向へ同じように走っていく。


「…戦士病だと?」


キースが不吉なものを口にするように呟く。


実際、それは戦場に立つ多くの戦士にとって不吉そのものの象徴だった。


鍛練場の騎士達がそれぞれ顔を見合わせながら隣に立つ仲間相手にひそひそと話している。



「それは突然やってくる

前触れもなく、気づけば自分の影となる

夜は安らぎに満ちた母の揺りかご

夜は寒々とした獣の遠吠えが青ざめた月に引っ掛かり

針葉樹の先で貫かれて生き絶える

死して暗く、暗く、なお冥く

行く当てもなく凍れる炎に焼かれるだろう」



誰かが戦士病にかかって格子のはまった病院で狂い死にした、かつての名将ゲオルグの残した詩を口ずさんだ。


名前に似ずゲオルグは四季折々の情景を詩に詠む知識人だった。その繊細な感性が災いしたのだろうか……ある日、戦士病にかかって剣を持てなくなり、死んだ。





自殺だった。





戦士病は恐ろしい病だ。


特に前線を経験した騎士に多く発症する。

最初は言い知れない焦燥、不安、怒りなどが表れる。

次に身体がやられる。睡眠不足になり、不安から集中力はなくなり、何も出来ず、何も覚えられなくなる。

疲労が溜まる一方でありながら眠れない。夜中に目が覚めて、朝まで一睡も出来なくなる。


疲労を引きずった身体では動きは鈍り、精彩さの欠けた剣しか振るえなくなる。


心と身体の疲れからか、食欲はなくなり、やがて風呂に入れなくなり、ますます動けなくなっていく。


この病の怖いところは、理解のない者からは単に「サボっている」だとか「誰だって動きたくないし休みたいよ」だとか「みんな頑張ってるんだから、あなたも頑張りなさい」とか言われてしまうことだ。


特に最後の一言は不用意に言うと「これ以上、もう頑張れないよ……」となりかねない。すると死期を早めかねないのだ。


そんな恐ろしい病が戦士病と呼ばれるものだった。








アルバートが走り去っていくルーディリアの銀髪を視野に入れると、距離を詰める。彼女は建物の影に入ると一気に剣を抜いた。


それを、何を思ったのか首にあてがう。


涙に濡れた混乱しきった顔で、粗い息を吐きながらぶつぶつと何かを呟いている。


「ルーディリアッ」


手首を掴んで叩き落とす。ベルトを引き抜くと急いで拘束した。彼女の腰に差してある鞘を取り、地面に落とした剣を仕舞う。


アルバートはルーディリアを担ぎ上げると、医務室へと急いだ。


「蓮華、急患だ」


医務室に飛び込むと、白衣を着た黒髪の女性が担がれたルーディリアをじっと見る。

「そこに寝かせて下さい」


視線を逸らさず、ベッドに寝かせられる彼女を睨むと、フッと一つ息を吹いた。


まるでベールが剥ぎ取られるよう現れたのは、ルーディリアの周りを覆う黒々としたモヤのようなものだ。それは蛇の姿になり、彼女の身体に巻き付いて牙を立てた。


何かをすすり、飲み込む音が響く。青ざめたルーディリアの横顔が痛ましい。


「……やはり、喰われているようですね」


人差し指と中指を立て、他の3本はたたむ。


刀印と呼ばれる独特の手の形を取るとルーディリアに向かって薙ぎ払う仕草をした。


遥か東に位置する最果ての島国からやってきた蓮華はその国での僧侶に当たる立場だったとのことだ。


彼女が言うには派閥が沢山あり、その中でも「密教」と呼ばれる部類に属していたと言っていた。


懐から数珠を取り出すと両手の人差し指と中指にかけて輪を作る。


揉みながら「オン サラバタタギャタ ハンナマンナ ノウキャロミ…」と呟く。意味は確か、全ての仏に帰依し礼拝します、だと言っていた。


ローブに手先を隠すといくつかの印と真言を重ねる。次に両手を組んで人差し指を立てた形…確か不動独鈷印と呼ばれる姿を取る。


密教と言うだけあってか、秘密にしなければならない作法が多くあるらしく、挨拶の後の動きの意味は分からない。


だが、不動独鈷印の姿と真言は彼女の得意なものだ。


「ノウマクサンマンダ バザラダンセンダ マカロシャダ マニ ハンドマ ハラバリタヤ ウン」


不動明王と呼ばれる仏に祈りを捧げる呪文で、沢山の神々…仏がいるとされている密教の教えの中でも中心に据えられている存在だ。


ルーディリアの周りを火炎が包み込み、ベッドの上でじたばたとのたうち回る。やがて黒い蛇が火炎に呑み込まれて燃え尽きた。


「……問題は何故、霊体が食い散らかされていたか、ですが……お前は誰だ?」


蓮華が低い声で誰何すると、フッと女性のシルエットが見えた。ルーディリアの小指に巻きついたその影ははめられた指輪に吸い込まれていく。


『口惜しいわ……もう少しだったものを……おのれ坊主め』


影がそう言って消える。指輪が粉々にくだけ散った。








城の奥、皇太子妃の部屋でのんびりとくつろぎながら、義姉の苦しむ様子を覗いていたリーリアは壊された指輪に「チッ」と舌打ちした。


「どうなさいました?妃殿下」


侍女が気遣わしげに声をかけてくる。それに五月蝿そうな視線を向けると「お義姉さまに逃げられたわ」と悔し気なうめき声を出した。


「まあ、妃殿下の下でしたら何不自由ない暮らしが出来るのに…可笑しな方ですわ」


ほほ、と笑うとリーリアが再び苛立って舌打ちした。


「ねえ、お前。この女をそこから落としなさい」


別の侍女に命令すると複数のお仕着せの侍女が笑った女の両脇を持つ。


「え?なに?」


ずるずるとベランダに引きずられる侍女は涙を流して「お許し下さい、お慈悲を!リーリア妃殿下!!」と叫ぶ。


その悲鳴にやっと溜飲が下がったのか、リーリアは満足気に笑った。


「「「そーれっ」」」と掴んでいた複数の侍女が城の外に突き落とす。侍女の悲鳴が遠くなり、地面にぶつかる音が響いて静かになった。


「お義姉さまを馬鹿にしていいのはね、わたしだけなのよ」


ふん、と息を鳴らすと腹立ち紛れにケーキと紅茶を一気に平らげたのだった。








ナーロッパも好きですが、仏教、密教も大好きです。

ゴールデンウイークが、終わってしまいました(涙)

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