15 リーリアの魔法
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「さて、次は王宮ですか」
気鬱な思いにさいなまれながらもルーディリアはアルバートに告げる。
一方のアルバートも彼女を気遣わしげに見ると「ああ。手紙には出来るだけ早い登城をと書いてあった。これから向かうか?」と言った。
城からの召集に応じるのは全ての貴族の義務だから行かないという選択肢はない。
だが、今は駐屯地を離れられない事情がある。
ルーディリアの転移を使えばすぐにでもシルビアに行くことが可能だが、出来るだけ彼女の力は伏せておきたい。
何が切り札になるか分からない状況で、そうそうに手の内をさらすようなことはしたくなかった。
「ええ、馬車ごと近くの森まで跳んで、あとは普通に向かいましょう」
言うや否や厩舎から馬を引いてくると馬車にくくりつける。ルーディリアは厩番のようなことも、馬車を引く御者まで経験があった。
馬車ごと王城の森に転移すると、ルーディリアは御者席に飛び乗って馬にピシリと鞭を当てる。
一声いななくと、馬車はゴトゴトと音を立てて城の中に入っていった。
客人用の厩に馬を繋ぐとルーディリアはアルバートと共に連れだって歩いていく。控え室に通されると兵士に王城からの手紙を検分され、しばらく待つようにと言われた。
ほどなくして、入ってきたのは義妹その人だった。背後に数名の侍女を引き連れ、豪華な衣装に身を包んでいる。
最低限のドレスと騎士団長の制服を着こんで座っている2人とは対照的だった。
「お義姉さま!ああ、良かった…来て下さったのですね」
両手を組んで上目遣いの義妹が席に着くなりはらはらと涙をこぼし始める。
「私、お義姉さまに謝りたくて…大好きなお義姉さまに誤解されたまま結婚したくなくて……」
「リーリア…」
ルーディリアは育った家の異常さを思い出すと顔を曇らせた。もしかしたら、リーリアもまたあの家の、義母と父の犠牲者なのかもしれない。
「大丈夫よ、私はもう何も気にしていないわ」
そう言って微笑むと、涙を浮かべてリーリアも微笑う。
「嬉しい。お義姉さま、許してくれるのね」
両手を取ってぎゅっと握る。
リーリアが侍女に目配せすると布を敷いた盆を持って来させた。
そこに一つ、小さなリングが乗っている。
桃色の石が小花モチーフにあしらわれていてリーリアらしい可愛い装飾品だと思った。
彼女は自らの手でルーディリアの手を取ると「仲直りの証ね」と言って小指にはめた。
「リーリア…そうね、私たち長い間お互いを勘違いしていたのかもしれないわ」
ルーディリアが純粋に義妹と仲直り出来たと喜ぶ。
「お義姉さま、私たち普通の姉妹になりましょう?だって、お互いに嫁いだのですもの…新しくやり直しましょう?」
「ええ、ええ、そうね」
涙を浮かべたルーディリアにリーリアもにこにこと喜びを隠せないでいた。
アルバートは2人のやり取りを隣で見ていた。姉妹の仲が直るという感動的な場面だ。
本当なら祝福してやりたい…だが、彼の長年の勘がリーリアを信用できない、と訴えていた。
その日の夜、シルビア駐屯地に戻った2人だったが、どうもきな臭くてアルバートはリーリアからもらった指輪を調べる。
そうして隅々まで調べたが、結局なにも出てはこなかった。ただ、見える場所に失せ物発見の魔法陣が刻まれているだけだ。
寝る前、ベッドに入るとルーディリアにリングを返す。
彼女はほうっと息を吐くと「良かった。アルバート様に調べて何も出ないなら安心ですね」と言う。リングを指にはめると「私たち、長く遠回りをしたみたいです」と笑っていた。
そんな彼女を心配しつつ、アルバートもまた「そうだな」と微笑んで返事をした。
リーリアは周りの侍女達に髪と肌の手入れをされながら笑う。家族もあわせてみんな、リーリアの魔力を火属性だと思っている。
「ねえセラフィ、アンネの夫とはどうなの?」
両隣のセラフィとアンネに楽しそうに話しかけるとお互いに顔を見合わせてクスクスと笑う。
「この前、お互いに楽しみましたわ、妃殿下。どうやら私たち相性が良いようです」
セラフィがリーリアの髪を梳かし、整える。その目はどこか夢を見ているようにうっとりとしていた。
「そういえば、あの女官長も眼鏡を外して若い騎士と林の中で楽しまれているとか。本当に、素晴らしいですわ」
アンネも楽しそうに笑いながらリーリアの身体をマッサージしている。
「ふふ。楽しんでいるみたいで何よりだわ」
丁寧にオイルが背中に刷り込まれるとリーリアは薄い夜着を身につける。殿下が扉を開けて中に入ってきたのを見てとると、にっこり笑う。
「ああリーリア、君は今日も可愛いね」
殿下が急ぐようなもつれ足で進むと、リーリアをベッドに押し倒す。
「リーリア…リーリア…好きだ…愛してる」
目がとろん、と蕩けているエルヴィス殿下の頭をよしよし、と撫でてやる。
リーリアの得意魔法は誘惑、掌握、隷従の三段階に分かれた精神干渉魔法だ。そして離れた場所からでもそれを可能にする空間干渉魔法を使う。
この魔法の特徴は魔法にかけられている自覚がないということ。
きっかけを与えて、あとは自分が選択しているような気分になる。
どれほど高潔を気取っていても、何らかの欲がある。
王宮中があらゆる欲望の温床だ。色情、名誉、武勇、爵位、金銭、そして承認欲…欲深い者たちがこぞって目指す場所は玉座だからだ。
ここに居るということは、つまり欲望に支配されているということ。そういう者をリーリアはいとも簡単に操れる。
エルヴィスは学院時代から少しずつ仕込んだ魔法のおかげで既に掌握の段階にまで進んでいる。
数年かけてゆっくりと精神に干渉してきた。
彼は単に王の息子で長子だというだけで皇太子に選ばれた。
しかし、王位継承権は彼だけのものではない。
役不足と判断されればいつでも引きずり下ろされる厳しい世界だ。
だからこそ彼にとって王になることは、約束された栄光などではない。
彼はいつも不安で、怖がっている。
王になれないのではないか、認めてもらえないのではないか。彼はずっと「僕を見て!」「僕を愛して!」と叫んでいる。
そういう原始的な欲が一番支配しやすい。
「私があなたの全て、全部を愛してあげる。大丈夫よ…エルヴィス」
耳元でそう囁いてあげれば今度はまるで女神様でも崇めるような目で見つめる。
リーリアはうふふと笑った。
エルヴィスが隣で眠りこんでいるのを確認すると、リーリアは小指にはめたリングを触る。
それはルーディリアに渡したリングと全く同じ意匠のものだった。
2つはリーリア側から魔力を流すことが出来る魔術具だった。魔力を通せば相手に繋がることができる。空間干渉の魔法を介して今までも沢山の人間を意のままに操ってきた。
リングを外して眼に魔力を込めて覗き込むと相手の様子がよく見えた。お人好しの義姉は純粋に喜んでいて可愛い。
そうして、2人が互いにそっと手を絡めて口づけを交わすのを見守る。
「あらあら、初々しいこと」
リーリアがほんの少し魔力を指輪越しに義姉に流す。
強い快楽に混ぜて流してあげることで、魔力を感じるだけで快感を覚えるように脳が錯覚するのだ。
リーリアはそっと心に囁く。
「アルバート様はずいぶんと女性の扱いに手慣れているわ」と。
リーリアが囁いた毒はルーディリア本人の疑惑としてやがては感じられていく。
今はまだ、自覚しない心のモヤモヤだが、すんなりと滑りこんだ。
リーリアの魔法を打ち砕く唯一の方法は、自分と相手を信じること。
でも、どんなに強い絆で結ばれていると思っても、未だに破られたことはなかった。
最後はみんな、リーリアの言う通りに欲望へと堕ちていく。
「さあ、お義姉さま。愛の力で私の魔法を退けられるかしら?」
リーリアがうふふと笑って指輪に口づけを落とした。
精神干渉系は敵役の鉄板魔法…と思っています。




