13 手紙
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「単刀直入に言う。騎士団をやめないか」
抱きしめられた状態でそう言われても、ルーディリアの答えは一つしかない。
「ご迷惑をおかけして、すみません」
そう言うとアルバート様が「違う」と呟く。
「心配なんだ、貴女のことが…」
力なく口にする言葉はいつものアルバートとは違って、か細く弱々しい。
ルーディリアは彼の背中を撫でると「今回は、確かに危なかったですね」と同意した。
「訓練をもっと強化しましょう。あの攻撃はノーマークでした。魔法って、持てるんですね」
闘志を燃やした目を向けながらアルバートを見つめる。しかし彼の辛そうな眼差しに、申し訳なくて視線を逸らしてしまった。
「私…本当に心配かけてしまいました。でもアルバート様、私から戦いを取ったら一体何が残りますか?」
それは……確かにそうだ。
ここで私が「残る」とでも言えれば社交界であれほどご婦人達から疎まれずに済んだのだろうが……。
自分にとっての彼女なら、貴女が居てくれるだけで、隣で笑ってくれるだけでいいと思う。
だが、それが彼女の望みではないことは自分が一番わかっている。
戦わないルーディリアに何が残るのか、それは彼女にとっては生きた亡骸に等しいのだ。
「アルバート様は私に懇願されて、剣を捨てられますか?」
無理だ、と咄嗟に言葉が頭のなかをよぎる。自分は何があろうとも、決して剣を手放すことは出来ない。
「……無理だな」
ルーディリアがアルバートを見上げて苦笑しながら「同じです」と言う。
それはわかっている。それでも彼女を安全なところに仕舞い込んで、誰にも傷つけられないようにしたい。
いや…無理だ。
アルバートは自分がどれだけ無茶なことを言っているのかを自覚して、諦めたように首を振った。
戦場を駆けて生きぬいたことを誇りにしている彼女に家の中で大人しく茶をすすっていろなどというセリフが通用するわけがない。
溜め息を吐くと「わかった」と答えた。納得も理解もするが同調だけは出来ない…しかし受け入れるしかないのだ。
だがしかし、一つだけ、これだけは約束して欲しいことがある。
「……ルーディリア、戦場では私の隣を決して離れるな」
「分かりました、アルバート様」
優しい微笑みを浮かべるとルーディリアは今度こそ素直に頷いた。
その後、ルーディリアは騎士団の団服に着替える。ベッドサイドに備え付けられているクローゼットにちゃんと自分の団服があることを見て苦笑する。
「優しい人」
言葉では何と言おうとルーディリアが騎士団をやめないことを、彼はわかっていたのだ。
胸に温かいものを感じながら袖を通すと、また一つ護るべきものが増えたことを悟る。
ルーディリアはアルバートのために、これからは命をかけるのではなく、命を散らさないための戦いをしなければならないと思った。
食堂に向かった。
久しぶりの食堂で、まともな食事だ。
足取りも軽く着いた先では何だか変な視線を感じる。自分が食堂に入ったらそれまでガヤガヤとうるさいくらいだったのに、ピタリと話し声が止まった。
気にしていても仕方がない。
ルーディリアはお盆を持って食事を取り分けると食事の席についた。
「久しぶりだね、ルー。元気…じゃあなかったか」
豪華な印象を持つ緩やかな金の巻き毛を持つシャーロットが苦笑している。そういえば随分と久しぶりだ。
「ええ、お久しぶりシャーロット。何だか周りの空気が変なんだけど、貴女何か知ってる?」
チラチラとルーディリアを盗み見るような視線に鬱陶しい、と言わんばかりに眉を軽く吊り上げた。
「それは、あれよ。ルーがアルバート閣下の愛人……が嫌なら、そうね、恋人だって話しが回っているからよ」
シャーロットが少しだけ口ごもるが、それ以外は分かりやすく説明してくれた。
反対にルーディリアは目を見開いて「私が?閣下の……愛人? ………嘘でしょう?」と言う。
しかし、怪我をしたルーディリアをアルバートの寝室で治療していたとか、昏睡状態の間も寝ずに看病していたとか……事実に基づいた噂話しがまことしやかに囁かれていた。
溜め息を吐くと、居心地の悪さにできるだけ早く食べる。何てことだろう。
「待ちなさいよ、ルー。あなた、本当に閣下と……その…いい仲なの?」
シャーロットの声に目線を向けると、心配そうな顔がこちらを見ていた。ルーディリアは苦笑すると「否定はしないわ。でも大丈夫よ」と答える。
周りが素知らぬ風を装いながら、耳をそば立てているのが分かる。こういうところは社交界と変わらないな、とほんの少し懐かしくなった。
「だって…閣下には奥様がいらっしゃるのよ?それって、不倫になるんじゃ…」
「だから、大丈夫なのよ」
もう一度そう言うとルーディリアはお盆を持って立ち上がった。後ろでシャーロットが「何が大丈夫なのよ?」と言っていたが、肩をすくめるだけに留めた。
それからしばらくはひそひそと囁かれ、遠巻きにされたり、露骨に無視されたりしたがルーディリアはへこたれなかった。
正直、状況の変化に着いていくのがやっとだったからだ。
あの告白から早くも一ヶ月が過ぎようとしているが、実はあの日から自分が帰る部屋が変わっていた。
治療の経過を見たいと言い出したアルバート様がルーディリアの新しい部屋を彼の私室に決めてしまった。
おかげで夜も共にすることが必然的に決定してしまう。
そんな毎日は、初夜以降、一定の距離を保って関わってきたルーディリアにはなかなかハードルが高い日常の変化だった。
朝起きたらアルバートの寝顔がすぐ隣にある生活とか…正直どうしていいか分からなくなる。
自分のお腹に回された両腕をそっと外すと黒い艶のある髪をサラリと撫でた。
「綺麗な寝顔…」
ずっと見ていたいと思うだけ、自分も夫になったこの人を好きなんだなと思う。
むずむずとした嬉しさのようなものがこみ上げてきて、たまらなくなる。
起こしてしまう前にそっと離れるとルーディリアは顔を洗ってシャツを着る。剣を手に庭に出た。
走り込みをしたら素振りを繰り返し、教官から習った基本の型をおさらいし、アルバートの動きを真似る。
ルーディリアの動きは基本的にアルバートの真似っこだ。だが彼女が取り込んで真似るうちに彼女の型になっていく。
豪腕で振り下ろされていたものは木の幹を蹴って勢いをつける。ブン、と横に振るだけで木々をなぎ倒す力を持たない分、回転して勢いをつける。
結果、ルーディリアが真似ると最初の30分は手本通りになるが、残りの30分は飛んだり跳ねたり、クルリと回ったり…まるで円舞のようだった。
そうして、しばらくするといつから居たのか、気配を消したアルバートが斬り込んでくるまでが朝の鍛練のセットだった。
こんな日常が続くのかと思ったが、嵐は唐突にやってきた。
二人、軽くシャワーを浴びると執務室に入る。
そこはアルバートの執務机があったが隣にやや背の低い机と椅子が置いてあり、そこにルーディリアが座った。
次いで副官のキースが一枚の手紙を持って部屋に入ってきた。その表情を見るにあまり芳しいとは思えない。
「王宮から二人に召集だ」
聞けば昨夜、レインクロウ家の家令がこの手紙を持ってきたということだ。
彼が言うには「最近まで屋敷にいた奥様が数日姿を見ていないから捜索もあわせて行って欲しい」とのことだった。
キースが中年の家令ににこりと微笑むと報告の言葉に耳を傾ける。
「ご苦労。しかし、ルーディリア様か。屋敷でのご様子はどうです? アルバート様がいなくてさぞお寂しい日々を過ごしてらっしゃるのでしょうね」
キースの労しげな顔に気づいた家令が嘆かわしい、と言わんばかりに首を横に振った。
「それがそうでもないのです。奥様はご友人と称される数名の男性を屋敷に呼んで楽しんでいらっしゃる。さすがに奔放が過ぎると思うのです」
心からレインクロウ家を案じている家令にキースが「そうか、よくやったな」と返事をした。
そして微笑みを浮かべると立ち上がる。
「しばらくここに居るといい」
それだけ言うとキースは扉の前で待機している騎士に目配せすると「案内しろ」とだけ言った。そうしてキースを『彼の部屋』に案内した。
「一度、家に戻った方がいいぞ」
信頼する副官の言葉にアルバートは眉をぎゅっと寄せた。




