12 重なる思い
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「おいおい、こんなもの勝手に処理させようとするな…一度ちゃんと話し合え」
キースがアルバートの肩に手を置くとその目を覗き込む。
軍神と呼ばれ、貴族達から恐れられている黒い目は真っ暗な穴のように底が見えない。
この1週間、自分も含めてアルバートはずっと部屋に詰めていた。
いつ目覚めてもいいように髭は剃っておけ、と言ったからか相変わらず綺麗な顔をしている。
「気持ちは分かる。やっと目を覚ましたと思ったらこれだもんな。きっと血管の修復がまだ終わってないだけだ。聖魔法持ちなんだから大丈夫さ」
キースの軽口にアルバートが溜め息を吐いて執務机の椅子に座り込んだ。
寝室ではひとまず落ち着きを取り戻したのか、先ほどまでの喧騒は聞こえてこない。
「許可した私が愚かだったのだ。冒険者と騎士団は戦い方が違う。彼女達は確実に勝てる相手と戦って白星を挙げていく職能集団だ。一方で、我々騎士団は領地と民に剣を捧げる。自分よりも格上だろうと勝てなかろうと、向かっていくのが仕事だ…」
冒険者と騎士団の折り合いが実はあまり良くないのも双方の在り方の違いが原因だった。
騎士団は冒険者を大義なき暴力と呼んで下に見ているところがあるし、冒険者は騎士団を自殺志願者の集団と言って嘲笑っている。
そんな二つの組織が一応の形を持ちながらも共闘するのがスタンピードと呼ばれる天災だった。
反対に、それ程の事態にならなければ二つの組織がそうそう混じり合うことはない。
それぞれの得意とするやり方で功績を挙げていくのが本来の在り方だった。
「そもそも、彼女には騎士団としての戦いは不慣れなんだろう。そんな中で厳しい戦いをさせてしまったのは私の責任だ」
そう言って眉を寄せるアルバートに同じような顔で「なあ」とキースが口を開いた。
「ルーディリア様は何故、冒険者でありながら騎士団に入られたんだろうな?」
そんな答えの分かりきった当たり前の質問にアルバートは「何が言いたい?」と首を傾げた。
キースは「いやな」と自分でも言葉を探すようにしながらも言った。
「冒険者は自殺志願者じゃない、が彼ら…彼女達でもいいが…モットーだ。それなのに何故圧倒的な格上との戦闘にこだわったんだろうな」
強者とのせめぎあいで自分が負けて悔しいよりも、不利な戦場から生きて戻ったことが幸運だったと喜ぶ集団だ。
それなのに彼女は何故、ゴルバにあれほどのこだわりを見せたのだろう?
言われてみれば確かに冒険者としては異例尽くめだ。
「だから、もう一度ちゃんと話し合えって言ってるんだよ。もう、家族なんだから」
キースの言葉にアルバートは確かに視野が狭くなっていたことを自覚する。
ルーディリアが死ぬかもしれないという恐怖が正常な思考を奪い去ったのか…と反省した。
「ようやく落ち着いたか。この1週間、ろくに寝てないからこういうことを考えつくんだ。一度ちゃんと寝ろ。何かあれば一番に起こすから」
友人の言葉に、今度こそアルバートは執務室奥の簡易ベッドに潜り込んだ。ルーディリアが隣の部屋で治療しているため、執務室に持ち込んだものだ。
しばらくして規則正しい寝息が聞こえてきて、キースはようやく一息つく。頭がおかしくなるくらい、一人の女に惚れるなんて自分には想像もつかないことだった。
女の子はみんな可愛いし、柔らかいし、いい匂いがして最高だけど、彼にとってはそれ以上のものではない。
アルバートの憔悴しきった寝顔を見ながら、もしもそういう恋が出来れば幸せなのかもしれないと思った。
ルーディリアが身体に巡らせた聖魔法でやっと動けるようになったのは更に2週間が経過した後だった。
1週間前からベッドの上でなら食事をしたり、自力で寝返りを打ったりすることが出来るようになっていたが、トイレ以外でベッドから降りることを許されてはいなかったから嬉しい。
隣では、ずっとついていてくれたアルバート様が微笑みを浮かべて「良かったな」と言ってくれる。
ルーディリアははにかみながら「ありがとうございます」と言った。
自分の怪我や病気が治ったら喜んでくれる人がいるとはこんなにも嬉しいものなのか、と心の中が温かくなる。
じんわりと喜びが溢れて涙が出そうになった。
「アルバート様にはご迷惑をおかけしまして、申し訳ございません。お部屋も汚してしまいました…」
絨毯の上の血を思い出して眉を八の字にすると謝罪の言葉を口にする。
アルバートは「いや、かまわない」と言うと彼女の顔をじっと見て、そして口にした。
「一つ聞かせて欲しい。貴女が冒険者ではなく、騎士の戦い方をするのは何故だ? いや、そもそも…どうして騎士になろうと思った?」
アルバートの声は真剣で、ルーディリアにもその真剣さが伝わってきてドキドキした。
少しだけ口ごもると、渇くのを自覚する。それに反して手のひらはじっとりと汗ばんできた。
「え…っと……何故、騎士になろうと思ったか、ですか」
「そうだ。貴女は冒険者だった。なら、騎士にならなくても冒険者として勝てない敵から生きて戻れたことを喜べばいい。だが、そうはしなかった」
悔しいと言っては騎士団入りを希望し、勝ちたいと言っては剣を振る。
「今までの生き方を覆してまで、なぜここに来た?」
アルバート様の言葉に当時の自分が何を思ったか、それまでの冒険者としての自分ではなく騎士団に入ってまでやりたかったことは何なのか、剣を一つ振るたびに切っ先のその向こうに……何を見ていたのか……。
自覚してこなかった気持ちを、見つめて、認めて、受け入れる…。
どうして、こんなに簡単なことを分からなかったのだろう。
「……最初は、悔しさでした。私には届かなかったその先を、悠々と行く後ろ姿に……嫉妬しました」
アルバート様の黒い目が僅かに開かれ、見つめてくる。その反応にルーディリアは苦笑してしまう。
そんな目で見られたら、恥ずかしくなってしまうじゃないですか。
「嫉妬混じりに追いかけて、追いかけて…剣を振るたびに強くなったもの……それは憧れです」
アルバートの動きを真似して剣を振り続けた。剣運び、筋肉の動き、目線の向き、足さばき。
全て頭に入っている。身体が勝手に動くくらいには真似た。
「正直なことを言うと、焦りました。早く、早くと急くたびに貴方はまるで蜃気楼のように私の前から消える。一歩進んで近づいたかと思えば貴方がどれだけ私の遥か先を行くのかを思い知らされる……苦しかったです」
ふふっ、とはにかんでルーディリアはアルバートの黒いローブを掴む。
「でも、楽しかった。追いかけて、並んで、いつか追い越してみせたくて……必死でした」
掴んだローブを握って、ルーディリアがややうつむいた顔を上げた。銀の髪がさらりと揺れて、星のような蒼い瞳が優しく、とろりと笑み崩れる。
「でも、どうしてですかね。このローブを見ると……今では貴方の後ろ姿に安心します」
わたし、きっと貴方のことが……
言葉は最後まで伝えることが出来なかった。
アルバートとルーディリアの影が重なる。
なめらかな頬をごつごつとした大きな手のひらが覆っている。そっと離れるとルーディリアを抱きしめた。その身体はハッとするほど細く、戦場に出すにはあまりにも頼りないと思った。
「ルーディリア……その先は私に言わせて欲しい。私は貴女を愛している」
アルバートの言葉が抱きしめられた身体を通して響いてくる。ルーディリアも同じだけ抱きしめようとして、ふっと力を抜いた。
「私も、アルバート様を愛しています」
これが、ルーディリアが騎士団に入った、彼女自身でさえ知らなかった本当の理由だった。
はれて両想いに。長かったです。




