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標的   作者: 三ツ沢中町
第一章 暗殺夜行
8/9

第八羽 その男、美濃山修作

「あーい郵便です。サインはここね!」

 配達員のおじさんにいつものように声をかけられ、開いていた小説にサッと栞を挟み込む。

「いつもご苦労さん」

 と運ばれた荷物をパパッと確認し、預かり書にサインをしていると、配達員が表紙を覗き込み珍しく声をかけて来た。

「それ、止水明鏡だろ?」

 思わぬ配達員の問いかけに、美濃山は「よく、ご存知で?」と問い返した。

「なあにな、うちの娘もその文庫本を読んでてな……推しの推理小説家なんだとさ」

 それを聞いた美濃山は、興味を刺激されたかのように、身を乗り出しながらこう語り出した。

「止水先生はメディアでの露出がなくて、風貌はもちろん性別すら一切が謎に包まれているですよ」

 とひとり盛り上がりを見せた美濃山に配達員は、

「作家まで謎めいているなんて、なかなか趣向が凝らされているな……それじゃあ」

 と言って足速に去っていった。

 

 夜間医療窓口は、時間外における総合窓口の役割を果たし、郵便の受け取りから救急外来まですべてをこなすワンオペと言えよう。

「やっぱ、止水明鏡作品の見どころは、犯人を追い詰めてゆく際の息づかいや、知らず知らずにはまって行く犯人が仕掛けた罠に飲み込まれそうで飲み込まれないスリリングがたまらない」

 そう呟いたところに、客人が現れた。 

「あの、すいません」

「はい、何か?」

 立っていたのはスーツ姿の若いサラリーマン風の男であった。

「あの、入院中の方にお会いしたいのですが?」

「ご家族の方ですか?」

「いや、違いますが」

「申し訳ございませんが面会時間は終了しておりますので」

 と断りを入れようとした夜間医療事務担当は、来訪者に声をかけようと顔を上げた時に、襟のバッジに気が付いた。

 見たことあるバッジだ。

 この人、シリアス文庫の社員さんじゃんか……これは無下にはできないな。

「いやぁ、困ったなぁ……」

 と呟いたこの社員に、

「よろしければ私が届けておきますが……」

 と手のひらを返すように優しい言葉をかけた。

「それは助かります……じゃあこれをお願いできますか?」

 と安堵した顔つきで、手にしていた茶封筒を差し出した。

「では、どちらのお部屋のどなたまでお運びしたらよろしいですか?」

 と聞き返したが、部屋番がわからないらしい。

「あの、今晩のうちに朱鷺谷先……あ、いや朱鷺谷様に渡していただきたいのですが?」

「わかりました」

 ん?

 あれ?

 今「朱鷺谷先生」って言いかけたよな?

 朱鷺谷、朱鷺谷っと……あっ! そうじゃんか、四〇一号室の面会に来た人の忘れ物で止水明鏡先生の『碧の残響』を届けたではないか。

 シリアス文庫本に止水明鏡、それに朱鷺谷明鏡? 明鏡……?

 おい、一体何の語呂合わせなんだ?

 明鏡に明鏡って……まさか? 

 そうなのか?

 

「じゃあ、お兄さん、お願いしますよ、では」

 

 謎めく四〇一号室

 

「こんばんは……朱鷺谷さんはいらっしゃいますか?」

 夜間医療窓口担当が、四〇一号室出入口付近で呼びかけた。

 この呼びかけに応じるように出てきた親方が、

「あれ、こないだの人じゃないか? あんたさ、今、兄ちゃんに合わなかったのかい?」

「兄ちゃん……ですか?」

「おう、兄ちゃんだ」

「朱鷺谷さんのことですね?」

「おうよ、そう言うあんたはなんてんだい?」

「美濃山、と言いますが」

「美濃山さんか、で、何の用でぇ?」

「いや、お届け物がありまして、渡しにきました」

 親方は美濃山から茶封筒を預かりこう話した。

「あのよ、兄ちゃんはさっきお前さんに会いによ、夜間医療窓口に向かったんだ」

「じゃあ、すれ違い?」

「まあ、そう言うことになっちまったな」

 美濃部はそれを聞くなり、笑みを浮かべながら「ありがとう」と言い、急ぎ足で病室を出ていった。

 

 その頃、夜間医療窓口では……

 

「すみません!」

「どなたか見えませんか?」

 と車椅子を押していた神楽が窓口カウンターで担当を呼んだ。

「ん? 不在してるのかな?」

 私はカウンターの奥を覗き込む神楽に、そう問いかけた。

 神楽はカウンター脇にちょんと置かれた立札を見つけ、読み上げた。

「只今、離席中です。御用の方は電話機で#9を押して下さい、ですって……」

 残念そうなそうな顔つきで私をチラッと見やった神楽に、

「電話機で呼んだら?」

 と投げ返した。

「あれ、明鏡くんの小説だわ。事務員さんも先生のファンなのかしら?」

「ほう」

 ちょうどその時、明鏡のスマホに親方からの着信が入った。

「今、美濃山っつう医療事務員が、兄ちゃんに茶封筒を届けに来てくれたんだがよ」

「あっ、それでここにはいなかったと言う訳だ」

「それがよ、兄ちゃんは夜間医療窓口に向かったと話すと、急に嬉しそうな顔をしてそっちに駆けてったわい」

「嬉しそうに?」

「そう言うことだ、じゃあな」

 

 えっ?

 医療事務員が嬉しそうに私に会いに来た?

 ちょっと待てよ、落とし物を病室まで届けたり、預かった茶封筒を届けたり、それってよくよく考えてみれば、夜間事務員の仕事ではないだろう……。

 私の小説を読んでいるということは、私が止水明鏡だと勘付いた?

 

「神楽、この場を離れてくれ!」

「どうしたの? 突然に」 

「そろそろエレベーターから事務員が降りてくるから、急いでエレベーターの奥まで車椅子を推してくれ!」

 神楽は慌てて車椅子を押し、すぐ側のエレベーターを超えた先の通路を抜け、別のエレベーターに明鏡を送り出した。

 そして、神楽はひとり夜間医療窓口の様子が覗けそうなちょうどいい自販機の陰に陣取った。

 

「チン」

 美濃山は扉が開きかけたエレベーターから飛び出すように駆け出して、夜間医療窓口のある方へと走って行った。

 その一部始終を見ていた神楽は、明鏡から指示された内容を再度頭の中で整理した。

 そして美濃山の戻った夜間医療窓口に、神楽は歩み進む。

 

 これは止水明鏡作の推理小説柳太一シリーズの碧こ残響の一コマを神楽光月がリアルに再現をしたもの。

 

「おい、そこの番頭、こちらに柳はんは来ておらぬかえ?」

 柳って、まさか……。

「へぇ、柳の旦那なら、今自分湯船に浸かりながら、お冷でも呑んでおられるとちゃいますか?」

 なんかこの姐さんにつられてしまったが……。

「そんなら早う呼んでくれなまし!」

「それは困った。旦那から誰も通さぬよう言われておりましてな」

「パチパチパチ」

 と神楽が美濃山に拍手を贈った。

 美濃山も照れながら、

「上手く再現できたかどうか?」

「バッチリよ、でもよく即興でセリフが出たものね?」

「今ちょうど読んでいる『碧の残響』の冒頭の下りですから、もちろん覚えてますとも!」

 神楽は美濃山に握手を求め、美濃山も両手の汗をジーパンで拭い両手で握手に応じた。

「あの?」

「えっ、何?」

「なぜこんな事を?」

「そうね、それを話さなきゃ、わからないよね」

「はい」

「と答える前に、質問していいかな?」

「あっ、はいどうぞ」

「止水明鏡を見たことがある?」

「あっ、ありません」

「止水明鏡の作品が好きだ」

「もちろんすべての作品が」

「止水明鏡の正体がわかったら、友達に教えて自慢したい」

「そんなことは一切しない。それが先生の望むことだから」

「はい、キミ、合格よ」

「えっ?」

 美濃山は訳がわからぬまま、この女性の質問に応え続けた。

「では私が何者かを伝えるとしよう」

 神楽はスマホを取り出し、美濃山に渡した。

「美濃山くんだね」

「はいそうですが」

「私の作品を愛読してくれてありがとう」

「えっ、まさか止水先生なんですか?」

「改めまして、私が止水明鏡です」

「本当に? 凄い凄い凄いです。いつも先生の作品を読んでいます」

「ありがとう。そしてキミが止水明鏡だと思っている朱鷺谷明鏡は、実は柳太一のモデルとした男である」

「そ、そうなんですね」

「また、朱鷺谷くんは今、キミが務めるSケ崎総合病院がん治療病棟で起こる不可解な患者の治療と突然死について調査を始めようとしているらしく、キミが力を貸してやってはくれないだろうか?」

「先生のお願いですから断る理由なんてないのですが、朱鷺谷さんがそんなとを……」

「何か気がかりなことはあるのかね?」

「ええ、まあ……実は私もこの病院のがん治療が有名であることは知っていますが、多くの患者は治療中に死んでいて、それでいて医療訴訟も起こらない、まさに謎なところなんですが」

「そのキミの謎をまとめて朱鷺谷に託し、協力をしてもらえないだろうか?」

「先生、私は止水先生とこうやって話せているだけで光栄でありますが、先生から頼まれ事をされるなんて至福の極みであります。惜しみなく協力いたします」

「ありがとう、では朱鷺谷をよろしく頼むよ」

「はい」

 美濃山は神楽にスマホを返しながら、

「私個人が内部情報にアクセスできる権限はないのですが、夜間事務者が緊急時に使用できるIDはありますので、何なりとお申し付け下さい」

「頼もしいわね。私は朱鷺谷の相棒、神楽光月よ。キミは?」

「美濃山修作です。取り立てて売りはないんですが、大学では心理学を学んだりなんかしています」

「へぇ、心理学ね……じゃあ止水明鏡先生の性格なんかは、読み取れちゃったりして?」

「あらら、そんなかいかぶりすぎな……けど、わかりますよ」

「そうなの?」

「電話で話した感じ、彼は痩せ型で歳は三〇代半ば、本当の自分を偽って話しているような……そう、冷静を装いながらも、私に悟られまいとする狡猾さと言うか?」

 この子、鋭いわね!

「いい読みだけど、惜しいわね」

「えっ? どこが惜しいと?」

 神楽は美濃山の目を直視してこう言った。

「彼の狡猾そうに見える冷静さを装った振る舞いは、今に始まったものじゃないし、あなたに合わせたものでもないわ。私からしたら話し下手とでも言いましょうか」

「あっ、そうなんでしたか。勉強が足りませんね、はい」

 ふぅ、危なかった。

 全部当たりじゃん!

 この子、なかなかやるわね。

 ハッタリかましたけど、

 上手くケムに巻けたかしら?

「でも、洞察力は鋭い感じね。朱鷺谷くんを彷彿させる感じだわ!」

「本当ですか? めっちゃ嬉しすぎです。ヤッホー!」

 あらら、大丈夫かしら?

 美濃山くん。 

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