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第32話 邦江の告白(一)

「拝啓 初秋の候、堂本様におかれましては益々ご活躍のこととお慶び申し上げます。

 初めてお手紙を差し上げます。恭子の母の宇田邦江と申します。 

 まず初めに、堂本様にはこのたびのことを心からお詫びいたします。まことに申し訳ございませんでした。一日も早くこの思いをお届けしたくてペンを執りました。多大なるご迷惑をおかけした顛末について、恭子の病気の原因も含めて何もかも隠さずに打ち明けます。あなたに何を申し上げても言い訳にしか聞こえないと思います。それは承知の上です。どうか、お読みいただければ幸いです。


 あなたと恭子とのお付き合いは、恭子がつけていた日記帳を読んで知りました。入院した恭子の健康保険証を探すために、娘の部屋に入って机の引き出しを開けた時、偶然その日記帳を見つけたのです。悪いと思いながらもページをめくっていくと、高校時代から今にいたるまで、あなたへの思いがびっしりと書かれていました。高校野球の応援に行った日に目の前でヒットを見られなかったこと。それが原因でデートができなくて切なかったこと。あなたに行き先も告げずに転校した時の悲しさ。大学野球の応援でも願いが叶わなかったこと、などです。日記帳の中には、あなたの写真が挟んでありました。それは野球場ではなく、不思議なことに自転車通学中の写真でした。

 恭子の日記のことについては、あとでまた書かせていただきます。多少、自分の気持ちを申し上げたいこともございますので。


 あなたは私の病気のことはご存知でしょうか?私はお酒を飲むと正常な意識が保てなくなるのです。記憶をなくして暴力を振るったこともたびたびありました。恥ずかしながら、それが原因で離婚されました。

 私は母からの同居条件だった断酒を誓約して、恭子と共に奥多摩の実家に戻りました。それからしばらくは一家三人で平穏に暮らしておりました。


 やがて、恭子が大学受験をする時期になりました。恭子はよく頑張って念願の志望校に合格しました。しかし運の悪いことに、母の入院と手術代の支払いが、その時期に重なってしまったのです。

 病院に支払うお金は、大学進学用に取っておいた中から出しました。大学の入学金と授業料は、奨学金を借りて納めれば何とかなると考えたからです。でも、奨学金は入学後にしか出ないことをあとで知りました。私は働いていないので教育ローンは借りられません。

 大学に行くお金がないことを悟った恭子は、人生が終わったかのように泣き明かし、翌朝、腫れた目をして就職すると言ってくれました。

 私にはそのいじらしさが不憫でならず、別れた夫に頼ろうかとも考えました。でも、彼にお金などないことは分かっていました。もう、どうすることもできませんでした。


 恭子は高校を卒業するとアルバイト先のスーパーに正社員として就職し、働いたお金を家計と母の入院費に充ててくれました。厳しいやりくりの中で好きな野球を見に行くために毎月僅かなお金を貯めていたようです。

 一方、入院していた母の方は術後の経過も良く、退院して自宅に帰って来ました。ところが、入院で足腰が弱ったせいか歩行困難になり、それに付随するように物忘れもひどくなりました。そうこうするうちに数か月で要介護度三の認定が下りました。自宅での介護は限界でしたので、特別養護老人ホームに待機登録をしたところ、早期に入所することができたのは幸いでした。

 そのころ、恭子は心にゆとりが生まれたのか、二十歳になった四月には、大学野球の観戦にいそいそと出かけたのを覚えています。

 しかしながら、それも束の間のことでした。老人ホームに支払うお金が、毎月ぎりぎりの家計には重すぎたのです。恭子は仕事が休みの日もアルバイトをしてお金を作ってくれました。決して弱音を吐く子ではないので口には出さないものの、相当疲れているのはそばから見て取れました。

 私はこれ以上娘に負担をかけられないと思い、母を自宅に引き取ることにしました。大変なことになったのは、そのあとでした。介護は素人の自分たちがすぐにできるほど生易しいものではありませんでした。昼間は介護保険の訪問介護サービスを利用して、自分たちも見よう見まねで介護方法を学びました。金銭的な制約から、利用回数や時間は最小限にしなければならなかったからです。

 恭子と私とで食事、入浴、夜中のおむつ交換、朝晩の着替えなどを分担しました。試行錯誤を繰り返しながら、一年に三百六十五日続く介護の大変さを身をもって知ることとなりました。時間に束縛されて自由な時間などほとんど持てません。恭子はその間、仲の良い友達との連絡も絶ちました。

 日記帳を見る限り、あなたへ次の手紙を出すまで、前回から一年半もの空白がありました。


 やっと母の介護に慣れたと思ったら、重度の認知症も加わった精神的にも負担の多い介護が始まり、またあっという間に年月は過ぎて行きました。私は、自分の娘がこんな生活に埋もれて一つずつ年を取っていくと思うとやりきれなくなりました。

 五月に二十六歳になったのを機に、友達や恋人ができそうな町内のサークルに入ったらどうか、と提案してみました。すると、

「おばあちゃんの介護をやり終えてからね」

 と笑って取り合ってくれませんでした。

 今から思えば、それは「大好きな堂本聡志さん」が忘れられなかったからなのです。


 そんな生活が続いていた今年の六月中旬のことでした。魔が差したと言っても絶対に許されることではありませんが、スーパーで買い物中、気が付くと安い焼酎の瓶をカゴに入れていました。引っ越し後、何年も断酒していたのに、母が認知症になったことでタガが外れたとしか言いようがありません。一回だけだから、と誓って買ったのに一回では終わりませんでした。その次からも、これで終わりにするから、と言ってまた何度も買ってしまいました。飲んでいるうちに次第に量も増えていきました。そして、あんなことに……。

 あれは七月初めのことでした。見るに見かねて私からお酒を取り上げようとした恭子に手を出してしまったのです。気が付くとお酒の瓶で殴っていました。私は倒れた娘を見て青くなり、慌てて救急車を呼びました。そこまでは、おぼろげに覚えております。恭子は運び込まれた整形外科で診察を受けた結果、鎖骨が折れていてそのまま入院になりました。

 私は警察で聴取を受けた時も記憶が曖昧でした。はっきりしない私に警察も愛想を尽かした様子で、恭子が被害届を出す意向を示さなかったこともあり、罰も受けずに解放されました。


 私は大事な娘に酷いことをしてしまった自責の念と、大黒柱である恭子が働けなくなったことによる生活苦とで、お先が真っ暗になりました。ちょうどそんな時でした。町内会長をされている農家の犬笠さんが、野菜をたくさん持って来てくださるようになりました。話を聞くと、母とは長い付き合いだそうで、困った時はお互い様だから何なりと相談してください、と言って帰られました。犬笠さんは、たぶん私の近隣の方から窮状を知らされたのでしょう。ありがたいことに、今でも定期的に農作物をいただいております。そのお陰で毎日生きていられると言っても過言ではありません。


 恭子は三週間ほど入院して、七月中旬過ぎにうつ症状を伴って退院してきました。それまでの間も私は毎晩酒に浸っていて、飲む量は減っていませんでした。退院からわずか五日後のことでした。ついにあの日がやってきたのです。

 恭子は母の介護をいい加減にして夜通し飲んでいた私に呆れ、家を出て行くと言い始めました。娘が出て行けば母の介護も困るし、収入は母の年金だけとなって生活が立ち行かなくなります。前回の反省など吹き飛んでしまい、私はカッとなって一升瓶で恭子の頭に殴りかかりました。恭子は予想していたかのようにサッと身をかわしました。私がなおも襲い掛かろうとすると家の中を逃げまどい、玄関の方へ向かいました。きっと外へ逃れようとしたのだと思います。その時でした。恭子が追って来る私の方を見ようと半身になった途端、床で足を滑らせて後頭部からたたきへ落ちたのです。

 タイルに骨が当たる嫌な音が響きました。恭子はどんどん血を流していくら呼びかけても反応がありませんでした。私はショックと酩酊の中で一一九番にかけました。駆け付けた救急隊員は、血で濡れた玄関と頭から出血して倒れている人の姿に息を呑みました。

「こりゃあ酷い。大きな病院に搬送しなきゃ。だけど、この一か月で二度目だろう。いったい、どうなってるんだ、この家は!」

 そのようなことを吐き捨てるように言いました。彼らは恭子の頭を動かさないように慎重に担架に乗せ、ゆっくりと運び出しました。

 入院後、担当の医師から脳挫傷の疑いと告げられました。生命を脅かすほど重くならなかったのは、傷が想像より小さかったからだそうです。ただし、足に麻痺が残る可能性が高いとのことでした。


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