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第31話 大原が仕入れた情報

 神宮での三連戦が終わった翌日、遅い朝食を取っていると、欣二からメールが届いた。今度は邦江から分厚い手紙が届いているという短い知らせだった。

 聡志は無性に胸騒ぎがした。井上と邦江が会ってトラブルが発生した可能性もある。不安を払拭できないまま、名古屋へ向かう新幹線で仮眠を取ろうと目を閉じた。だが、邦江からの手紙が気になって、興奮が収まらなかった。


 聡志は昼過ぎに名古屋駅に着いた。新幹線ホームに降りると、サラリーマン風の男が自分に手を振っているのに気が付いた。ゆっくり歩み寄ってきたのは、しばらく会っていない先輩の大原毅だった。明るい色のジャケットにピンクのネクタイといういでたちは、神妙な面持ちとは完全にちぐはぐだった。

「よお、この時間帯の新幹線だと思ってな。出張を利用して会いに来たんだ」

 ちょっと時間をくれと婉曲的に言っているようだった。仲の良い先輩だったので邪険にはできないし、聡志も疲れた頭を休めたかった。

 二人は連れ立って地下街を歩き、席の配置にゆとりのある喫茶店に入ってホットコーヒーを注文した。

「元気にしてたか、堂本。いや、その顔色からすると、ちょっと疲れ気味か? お前のことはスポーツ新聞やネットでチェックするのを楽しみにしてるんだ」

「まあご覧の通りで、一軍と二軍とを行ったり来たりです。チョンボが多くて」

 自嘲気味に小さく笑った。

「堂本、お前は高校の野球部の後輩だ。甲子園で高谷から連続死球を受けて、同じ病院に入院した仲でもある。だから、そこらの友達と違って隠し事なんかする相手じゃない」

 いやに回りくどく攻めてくる。そのうえ、笑えない空気を醸し出している。聡志は何の心当たりもなく、黙って聞くしかなかった。

「実はな」

 いよいよ来たか。何の話だ、と構えた。

「お待たせしました」

 大原が身を乗り出すのとほぼ同時に、ウエートレスがホットコーヒーを運んできた。カチャカチャと音を立てて白いテーブルに並べ終わるまで、二人は黙って見ていた。

 それぞれ砂糖とミルクを入れ、スプーンでかき回す。いい香りが漂う。一口飲むと、大原はここぞとばかりに口を開いた。

「井上恭子さんのことなんだけどな……」

 いかにも単刀直入だった。聡志は飲みかけたコーヒーを吹き、ズボンにこぼした。慌ててハンカチを出して拭く。よもや藪から棒に彼女の名前が出るとは、夢想だにしていなかった。

「ど、どうかしたんですか? 井上さんは」 

 とぼけて訊いた。

「お前は彼女の住所を知っているか?」

 聡志は黙って下を向いた。大原の質問にイエスかノーのどちらを答えようと、話は勝手に進むのだろう。口をつぐんだままでいた。

「彼女、東京の奥多摩に住んでるらしいぞ。高校の同窓会名簿を作っている俺の知り合いが、ツテを頼って彼女の親戚から聞いたんだ」 

「ああ、そうなんですか。ずいぶん遠くに引っ越したんですね」

 フッと息を吐きながら、当たり障りなく応じた。大原は聡志が知らなかったと見て、得意満面だった。

「彼女が転校してから誰も消息を掴んでいなかったし、お前は親しくしてたから、関心があるに違いないと思ってな」

「まあ、そう言われればそうですね。僕たちは深い付き合いではなかったですけど」

「本当か? まあいいや。でもな、その親戚は奥多摩の所番地までは、どうしても教えてくれなかったそうだ。それだけは恭子さんの母親から口止めされたらしい」

 まるで担任の菊野の話を聞いているようだった。

「会ってみたいだろう?」

「ええ。いつか会える日がくれば」

「なんだ、その言い方は。よく聞け。彼女は……」

 声が急に小さくなった。

「脳挫傷になって、下半身不随で歩けないらしいよ」

 どうだ驚いたか、という顔をして聡志を見た。今さらかつての恋敵をやっつけに来たわけでもあるまいが、親しい後輩にその一言を言いたくて会いに来たのは、疑う余地がなかった。

「の、脳挫傷?」

 聡志は、予想だにしていなかった病名に力が抜け、持っていたコーヒーカップを床に落とした。ガチャーンと割れる音がして、コーヒーが床に飛び散った。ウエートレスが急いで片付けに来て床を拭いた。

 大原は聡志の気も知らず、あっけらかんと追い打ちをかけた。

「親戚の人は、奥多摩の所番地を教える代わりに、恭子さんの病名をこっそり教えてくれたらしいんだ。恭子さんの母親からお金の無心があって断ったんだけど、その時に彼女の病気の話を聞かされたって。奥多摩での暮らしは相当困ってるようだ。それにしても、そんな詳しい病名までベラベラしゃべるなんて、仲の悪い親戚って怖いもんだ。恭子さんもお気の毒に。顔はかわいかったけど、嫁にもらってくれる相手はいるのかな?」

 怖いのはその親戚もそうだが、わざわざこんなことを言いに来る大原も負けてはいない。

「大原先輩、僕は昨夜、神宮のスワローズ戦で彼女の明るい笑顔を見たばかりですよ。知らぬ間にスタンドから消えていましたけど」

 一打逆転のつもりで放った言葉に、大原は思わず「うそっ」と体を引いて、

「何でそれをもっと早く言わないんだ」

 とムスッとした顔つきになった。


 聡志が実家に帰ったのは、ドラゴンズ戦が終わった翌日の九月十六日だった。その日は欣二が店で一人、帳簿をつけていた。話もそこそこに、邦江からの分厚い手紙を受け取り、和室に入った。

 便箋の枚数の多さに圧倒され、座布団を敷くことも忘れて座卓に広げた。あぐらをかき、いざ読み始めようとすると、店の中から、不安げな視線を感じた。




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