07.はっきり断るのが怖くなった(Side:結愛 )
Side:徳山結愛
お父さんは物静かで無口だけど、私のことをよくわかってくれて、的確なアドバイスをくれる頼もしい存在だった。
お母さんは朗らかで笑顔が絶えない人。いるだけで家の中が明るくなる。
そして美人で優しくて頼りになるお姉ちゃん。物心ついた頃から「おねーちゃん、おねーちゃん」って後をついていった記憶がある。
決してお金持ちじゃないけど、困ることはなくて、家族仲もいい。恵まれた家庭だったと思う。
中学に入る頃から両親の仕事が忙しくなって、平日は帰りが遅くなった。
でも、その頃はお姉ちゃんがいたし、休日は家族揃って出かけるくらい仲良しだった。
私には特別な才能は無かったけれど、真面目な性格で勉強はできた。学校でも品行方正で、いわば優等生。そして家族から頻繁に「可愛い」って言われていたのは贔屓でもお世辞でもなくて、実際に容姿に優れていた。
背はあまり伸びなかったけど、胸は平均以上に大きくなったせいか、男子からよく見られていた。中学生になると、告白されるようになった。
だけど、同い年の男子って、どこか子供っぽさが抜けてなくて。恋愛なんて物語の中でしか知らない。自分には実感が湧かなくて。見た目だけで惚れたらしい男子と付き合う気になれなかった。
そんな私にとって転機となったのは、中学三年の7月下旬、地元の夏祭りの時だった。
友達と三人で浴衣を着て行った。
一通り夜店を冷やかして歩いた後、一人はトイレの列に並び、もう一人は部活の後輩と会って喋り始めたので、私は何か食べ物を買おうとその場を離れた。
ふと浮かんだのは、夜店と言ったら焼きそば。たまたま目についたお店に行ってみた。そこでは紫の色付き眼鏡をかけ、ねじり鉢巻きした若い男の人が汗だくになって焼いていた。ただでさえ暑いのに、火のそばは大変だなって思った。
「一つください」
「へい! って、あれ? 徳山じゃん」
「え?」
「俺だよ。俺って……憶えてないか? 大坪だよ」
色付き眼鏡を外した男の人は、同じクラスの大坪大雅君だった。話したことはまったくない。というのも、彼は中学校でも有名な不良で、学校もよくサボっているし、怖い印象があったから。
「へい、お待ち」
「あ、はい」
受け取った焼きそばのパックは熱々で、はちきれそうなくらいボリュームたっぷりだった。
「中学生なのに働いてていいの?」
「あー、親戚がやっててさ。たまに頼まれんの。学校じゃ言うなよ。口止め料でタダにしてやっからよ」
「いや、言わないし、ちゃんとお金払うから」
「おうこら大雅! かわいこちゃんの前で鼻の下伸ばしてくっちゃべってんじゃねーぞ! さっさと焼けや」
「うるせえ! ガッコの同級生だ」
後ろで洗い物をしていたらしいおじさんと大坪君が言い合いになり、有耶無耶にされちゃった。いくらなんでもただはまずいと思ったので、値札に書かれていた分の小銭をそっと置いた。
おじさんと言い合いしながらも、大坪君の両手は手際よく麺をかき混ぜて焼き上げていく。次に来たお客さんに笑顔でパックを渡す。
たまに教室で見る不機嫌でだるそうな顔と全然違っていた。なんか生き生きと輝いているし、大人っぽく見えて、とても印象に残った。
祭りから三日後、私は市内のショッピングモールに買い物に行った。だけど、待ち合わせ場所に着いた途端、約束していた友達から連絡があって、朝から体調不良で行けないとドタキャン。ぎりぎりじゃなくて、家を出る前にして欲しかったな。なんて思いながらため息をついたら声をかけられた。見たら茶髪でチャラい感じの男の人。高校生っぽい。
「ドタキャンされたんでしょ? 俺も暇してるんだ。一緒に遊ぼうよ」
「いえ。結構です」
「そう言わずにさ」
振り切ろうと歩きだしたけど、後をつけながらしつこく声をかけてくる。不愉快だった。今日はついてないなぁ。女子トイレに逃げようか、なんて思っていたら目の前に誰か現れた。
「わりぃ、わりぃ。遅れちまってよ。おい、人の彼女に声かけてんじゃねーぞ!」
そう言ってナンパを撃退してくれたのは大坪君だった。
手を引かれ、なし崩しに買い物デートすることになった。どうせ一人だったし、彼のことを知るのもいいかなと思ったのは、やっぱり祭りの時の印象が深かったせいかもしれない。
彼みたいなタイプが身近にいなくて新鮮に思えたのと、意外にも女の子の扱いがうまかった。私は大坪君に惹かれていき、付き合うことになった。
祭りの出会いから二週間後、私は彼の部屋に連れて行かれた。大きな体で抱き締められた時、断りきれずに処女を喪失した。
後から思えば、あの頃の私は精神的に未熟だったんだなって思う。自分の知らない世界を知っている彼が大人に見えて、その荒々しい男っぽさが魅力だと思った。それが恋だと思い込んでいた。
大坪君には私以外にも付き合いのある女の子がいて、二つ上の高校生が本命だったみたい。私は彼女になったつもりだったけど、向こうはただの遊びだったのね。それがわかったら急に馬鹿馬鹿しくなって、夏休みが終わる前に別れを告げた。彼は引き止めようともしなかった。
高校受験は私立と公立を併願。どっちも合格して迷ったけど、中学からの友達が多い高坂高校を選んだ。
高校生になった私はお姉ちゃんから化粧を始めとした美容スキルを教わり、髪型も変えてイメチェン。真面目な優等生よりも愛らしさを前面に出すようにした。友達もすぐできた。順調に見えた高校生活だったけど、思わぬ落とし穴があった。
二学期が始まってすぐのこと。広報委員の私は校内の掲示板にポスターを貼る仕事があって、放課後に廊下を回っていた。当番として組む相手が体調不良で早退してしまい、仕方なく一人でやっていた。
ある教室の前を通った時、呻くような声が聞こえてぎょっとした。誰か苦しんでいるのかな。先生を呼んだ方がいいのかな。迷った末に教室を覗き込んだ。
そこは三年の教室で、床に文房具や教科書・プリント類が広い範囲に散乱していた。それを泣きながら拾い集めている、ぽっちゃりした男子がいて、制服の背中が汚れていた。
ただごとじゃなさそう。もしかしてイジメなのかな。迷ったけど、見てしまった以上は無視する気になれなくて。
「手伝います」
「え?」
突然声をかけられた男子は呆然としていた。私はかまわず屈んで近くにあった物を拾っていった。ある程度集め、彼に渡した。
「はい」
「あ、ありがとおおおぉぉぉ! き、君は、天使だ!」
「そんな大袈裟な。後は大丈夫ですかね。失礼します」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした彼に困惑しつつ、一礼して去った。ちょっとした親切のつもりだった。後から知ったのだけど、彼の名前は牧田翼。
何を勘違いしたのか、私は牧田からつきまとわれるようになった。
廊下や校庭で視線を感じる。帰り道に後を付けられる。振り返ると、牧田が物陰に身を隠して見つめていた。声はかけてこない。ただ遠くからじっと見つめているだけなのが不気味だった。
ついには住んでいるマンションまで突き止められてしまった。朝、登校しようとした時、さっと物陰に隠れたぽっちゃりした男。一瞬だったけど、牧田に違いない。学校まで後を付いてくるのがわかった。
そんな日が二週間くらい続いてうんざりした頃、友達に付き添ってもらい、下校途中に直接苦情を言った。後から思えば、家族か学校に相談すべきだった。あの時の私は頭に血が上って冷静になれなかったのだと思う。
「迷惑なので、やめてください」
「ひ、一目惚れなんだっ! ぼぼぼ、僕と、つ、付き合って!」
「お断りします! あなたなんかと付き合うわけないでしょ! 気持ち悪いの。関わらないで!」
イライラしていたせいか、自分でもきつい言い方をしちゃったと思った時は遅かった。
牧田の変化は劇的だった。茫洋として何を考えているのかわからない顔だったのが醜く歪み、白目が目立つ恐ろしい目つきに変貌した。
「な゛ぁんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
地獄の底から沸いたようなだみ声に恐怖を覚えた。
「やばいって、逃げよ!」
付き合ってくれた友達が手を伸ばしてきたけど、それより先に牧田に両肩を強く掴まれた。
「いやっ、離して!」
「ふざげんなよぉぉぉぉぉぉぉ……なんで、なんで、わかってくれないんだぁ! こんなに、好ぎなのにぃぃぃぃぃぃぃ!」
それはストーカーの逆ギレだった。両肩を押さえつけられた私は足が震えて、その場で尻もちをついた。牧田が口から唾を飛ばしながら叫び、顔を近づけてくる。唾が顔に付いた。もうやだ。最悪。襲われると恐怖した時、パコーンと小気味いい音がした。
「ぐぇっ!」
牧田は後頭部を押さえ、その場で蹲った。
「行くよ! 走れる?」
「は、はい!」
私の手を引いてくれたのは、長い金髪の女の子。どうやら彼女が後ろから鞄で牧田の頭を思い切り叩いたらしい。
私たちはその足で交番に駆け込んで助けを求めた。
危ないところを助けてくれたのは、同じクラスの松田彩乃さん。後に親友になる子だった。
あの後、牧田は自宅に逃げ帰ったようだけど、付きまといと傷害未遂の容疑で警察と学校から事情聴取を受けたと聞いた。
何人か同じ学校の目撃者がいたけど、プライバシー保護のため口外しないよう注意されたので、私は噂を広められることはなかった。
結果的に牧田へのイジメも明らかにされて、三年男子の数名が謹慎処分となった。
牧田との話し合いは親に任せたので詳しいことはわからないけど、その後学校で顔を合わせることはなかった。どうやら転校したみたいだった。
それ以来、私の中で変わった部分があった。
高校生になっても、たまに男子からの告白を受けていたのだけど、はっきりと断るのが怖くなった。
誰かを好きになって、募る想いを相手に打ち明ける。想いが受け入れられればいいけど、そうとは限らない。受け入れられず、ひどく傷つくかもしれない。つまり、すごく勇気が要るわけで。私にはできそうにない。牧田みたいなのは特殊かもしれないけれど、安易に断っちゃいけないのかもしれない。
恋愛って難しい。私が誰かを夢中になるくらい好きになることってあるのかな? お互いの想いが高まって、通じ合うことってあるのかな?
時々、そんな風に考えることがあったけど、答えは出なかった。
そして私は二年になった。名前の順の席で隣になったのは中沢祥真という名の男子だった。
優等生と不良のカップリングは恋愛・青春ジャンルでも定番らしいです。ただ、創作物での不良は不器用だけど心優しいイケメンだったりするのかな。
実は私の中学時代でも実際にありました(人づてに聞いたのは卒業直後)が、短い交際で終わったようです。
結愛の心理は想像で書きましたが、自分とは全然違う、あるいは周りにいないタイプに惹かれちゃったのかもしれないですね。




