04.警戒心の無さも、まるで子供並みだな
卒業式が行われた。来年あの場所に立つ俺たちはどんな進路が決まっているのだろうか。
静粛な空気の中でそんなことを思っている一方で、俺は清々した気分もあった。
2月以降は自由登校となっているはずなのに、わざわざやってきた三年の中には結愛目当ての男どもが確実にいて、その対処に悩まされた。ようやく解放されるわけだ。
翌日の土曜日、俺と結愛は市内のショッピングモールに来ていた。第一の目的はホワイトデーのお返しである。自分のセンスに自信はないのでサプライズはしない。その場で結愛の欲しい物を買うつもりだった。
その前にそれぞれ買いたい物があるので、1時間を目安に別行動を取ることにした。
結愛はレディースファッションのインナー、つまり下着を買いたいそうで、男の俺がついていくわけにはいかない。
俺は本屋で好きなラノベのシリーズの新刊を買う。ネットでもよく買っているけど、店頭に出たばかりのまっさらな新刊が積まれていて、そこから手にする喜びは代えがたいものがある。ついでにいろいろと見るつもりだった。
3階の店舗が閉店してなくなり、ベンチだけ置かれているスペースを待ち合わせに決めていた。休日の混雑を避けるにはちょうどよい穴場だ。
時間通りに行ってみたが、まだ結愛は来ていなかった。結愛は時間に正確なタイプだ。遅れるなら必ず連絡をくれる。連絡無しに遅れるのは珍しいことだと思った。
スマホからメッセージを送ってみたが、既読は付かなかった。10分くらい待ってみたが、なんだか胸騒ぎがしたので電話してみた。今度は出た。
「もしもし、結愛?」
「あっ、祥真! えっ? ちょっ」
応答はあったが、ガチャガチャと耳障りの悪い音がして切れた。だが、切れる寸前に聞こえたのだ。男の声が。俺はすぐに立ち上がった。
とはいえ、どこに向かえばいい? 結愛のスマホにGPSなど入れてない。おそらく結愛のそばに男がいる。そいつのせいでスマホが切られたのだ。もう一度掛けなおしても意味ないかもしれない。
ふと気づいた。通路を挟んで反対側の化粧品店。女性店員が店先に立って通行する女性客に声をかけている。あの位置ならば、この場所が見えていたんじゃないか?
「すみません。つかぬことを伺いたいのですが」
「はい?」
いきなり男子高校生に話しかけられた女性店員さんは戸惑ったようだ。
だが、聞いてみた甲斐があった。俺が来る前、男が女の子に話しかけているのを目撃していた。女の子は困った様子を見せたものの、結局付いていってしまったらしい。確認したら結愛と服装が一致した。数分後、目の前を男と結愛が通ったらしい。
その直後に俺が到着した。本当に1、2分の差だったのだ。
俺は丁寧に礼をして、教えてくれた方へと早足で行った。そちらは立体駐車場に繋がっている。すごく嫌な予感がしていた。
「結愛! 結愛! どこだ!」
駐車場に入るなり、なりふり構わず叫びながら探した。
すると、中央付近からいきなり車のクラクションが聞こえた。何度も鳴らしている。さらにクラクションの合間に男女の声。近づくと、立っていたのは結愛、そして見知らぬ男が結愛の手を掴み、通路の真ん中で車の行く手を塞いでいる。
「結愛!」
「祥真ぁ!」
「人の彼女をどこに連れていこうってんだよ!」
俺は駆けつけるなり、男の手を弾いて結愛の手を取った。背中で庇いながら下がる。
車が通り過ぎた後もこっちを睨んでいる男は年上だ。兄と同じくらいに見えるが、たぶん学生じゃない。地味な服装だが職業不詳な感じだ。
「結愛、警察に通報して」
「うん!」
「ちっ、あと少しってところで」
男は舌打ちして足早に去ると、近くに停めておいた黒い車に乗り込んだ。まだこっちを睨んでくるので、俺はスマホを取り出して顔とナンバーが入るように撮影しておいた。
男の車は荒々しくタイヤ音を鳴らして出て行った。
その後、結愛を落ち着かせるために1階のカフェに入った。
「子供が迷子になったから、探すのを手伝ってって言われて……」
結愛曰く、早く待ち合わせ場所に到着したので、ベンチに座って待っていたら、さっきの男に声をかけられた。
「なんで自分に?」と思ったのだが、必死に頼み込まれたので仕方なく手伝うことになった。男が入れない女子トイレや授乳室に行ってみたが、該当しそうな子供はいなかった。
そしたら、「妻が連れて先に帰ったみたいだ。探してくれたお礼をしたいからきて」と言われて駐車場まで連れていかれた。さすがにおかしいと思って、逃げようとしていたところだった。
一通り聞いてみたが、意味がわからなかった。
そもそも迷子ならインフォメーションセンターがあるはず。知り合いでもなんでもない女の子に声をかけるなんてありえない。
相手の善意に付け込んだナンパの手口じゃないか。ただ、断れない結愛だからこそ、巻き込まれてしまった。
俺は大きなため息をつきそうになったが、結愛が目に見えて落ち込んでいるのに気付き、気を取り直した。
「結愛が無事でよかったよ」
「祥真、怒ってる?」
「怒ってないよ。でも、すごく心配した」
「ごめん」
「知らない人についていっちゃだめだって教わっただろ?」
「うん……」
俺は手を伸ばして結愛の頭を撫でてやった。結愛は少しだけ立ち直ったようだ。
しばらくして撫でていた俺の手を両手でぎゅっと握りしめる。
「ありがとう。祥真。大好き」
「うん。俺もだ。結愛」
その後、約束通りにファンシーショップに行った。手作りチョコのお返しに予算が許すかぎり、好きなものを買ってあげる約束だ。
店に入るなり、気分が持ち直したようだ。「可愛い」を連呼し目を輝かす結愛を見ているだけで気分が和らいだ。
結愛が選んだのは、猫の形をした猫枕だ。猫が座った姿勢から顔面を下に向けるポーズが謝っているように見えて「ごめん猫」というが、その形を模したようだ。いくつか色と模様がある中で、シマジローに似た商品を選んだ。商品を抱きかかえる結愛は無邪気な子供ようで。警戒心の無さも、まるで子供並みだなと心の中で思ってしまった。
その日の学校は午前中のみで、そのまま結愛の家に行ってお昼を食べてからセックス。休憩を挟んで三回した後、裸で抱き合ったまま眠りに落ちてしまったようだ。お母さんが帰宅した音に気づき、慌てて服を着て挨拶した帰りだった。
すでに外は暗くなっていた。自転車でも家までけっこうかかる。腹が空いたので何か買って帰ろうか。こんなことなら夕飯の誘いを断らなきゃよかったなと思いながら、途中にあったコンビニに寄った。
レジで購入して店を出ようとした時だ。「お先失礼しまーす」と聞こえた。よく通る快活な声に聞き覚えがあって、声の主の方を向いた。俺と同じくらいの背でキャップを目深に被っている。黒っぽいコートとジーンズを着ているせいもあって、男女の区別がつきにくいが、さっきの声は女性っぽかったはず。
俺の視線を感じたのか。彼女?がこっちを振り向いた。
「あれ、祥真君?」
「へ? 心春ちゃんか?」
同じクラスで結愛の友人の一人、水上心春だった。
「あそこで働いていたんだ。時々通っていたけど気づかなかったよ」
「コンビニってさ、仕事が多い割に時給安いけど、廃棄がもらえるからね。本当はダメらしいから大きな声じゃ言えないけど」
心春の家は母子家庭で、下に中二の弟と小六の妹がいると以前聞いていた。母は正社員だし、決して貧しいわけではないが、自分の小遣いと弟妹に好きなものを買ってあげたくてバイトをしていると言った。心春はいいお姉ちゃんみたいだ。
かつては家事が負担になっていたが、弟妹が大きくなり、進んで分担してくれるようになったのが嬉しいと明るく笑った。
「家事と下の子の世話までしてたんだ。すごいな。尊敬する」
「いや、たいしたことないって。あはは」
夜道を自転車転がして歩いている。明後日から春休みになる。そしたらしばらく会えない。せっかく会ったので、心春の家の近くまで同行することになったのだ。
思えば、結愛と付き合う前、そして付き合ってからも、心春と彩乃にはだいぶ助けられてきた。二人には感謝しきれないほどだ。
ただ、学校では心春と二人きりになる機会はなくて、こうして隣を歩くのが新鮮だった。なぜか心春の機嫌はいいようだ。
「最近、結愛とはどう? 仲良くしてる?」
「まぁ、仲良くはしてるよ。今日も家に行った帰りだし」
「そう……良かったね。でも、祥真君、時々疲れた顔してるから気になって」
「え?」
自転車をその場に止めた心春が俺をじっと見つめてきた。
「少し、話せる?」
「すぐ帰らなくていいの?」
自転車の前籠にはビニール袋がある。廃棄をもらったのではないだろうか。
「大丈夫。少しくらいなら。悩みがあるなら聞いてあげるよ」
何も言ってないのに、俺の顔色を見て悩んでいるとわかったらしい。女の子はそういうところが敏感だ。
近くの公園に入り、ベンチに並んで座った。
「結愛のことなんだけどさ」
「押しに弱くて断れないから、彼氏として気が気じゃない?」
「あぁ、その通りだよ」
俺にとって心春と彩乃は数少ない女子の友達で、結愛のことを相談できる間柄だ。
だから、話し始めると止まらなくなってしまった。
ラノベでよくあるように、デートで待ち合わせして結愛が先に来ると男に声をかけられる。だから極力俺が先に着くようにしたし、途中で別行動して待ち合わせする時は目立たない場所にした。そしたら、この前は強引な手口に遭って危ないところだった。
それだけじゃない。別れてすぐに結愛からヘルプの連絡が来たので急いで駆けつけると、男に絡まれていた。ガラの悪い男で喧嘩になりかけたが、近くにいた大人が加勢してくれたので助かった。
学校だけじゃない。デートする度に何らかのトラブルに巻き込まれる。結愛からの連絡を受けて駆けつけた俺が体を張って守る。そんなことが今年に入ってから特に増えた気がした。結愛との関係は順調なんだが、モテすぎる彼女を持つとやっぱり大変だ。
「やっぱり、苦労してるわね。祥真君、すごく頑張ってる」
心春は俺の方に手を伸ばして、俺の頭を撫でた。
俺の方からは結愛以外の女子には触れないが、結愛の親しい女子からは軽く触れられることもある。そこは男女の差があるのかもしれない。
「あ、彼女がいる男子の頭を撫でちゃまずかったかな?」
「いや、心春ちゃんなら歓迎さ。癒されたよ。ありがとう」
「ん……どういたしまして」
俺が礼を言うと、心春は目を逸らした。公園の照明の下、その顔は少し赤くなっている気がした。
正統的な美少女で、守ってあげたくなる愛されキャラな結愛。
見た目は派手なギャル系だけど、世話好きで姉御肌なところもある彩乃。
心春も顔立ちは整っているが、可愛いというより、恰好いいタイプだ。なおかつ、さっぱりとした話しやすい性格。彼氏がいないのが不思議なくらいだが、本人は気にしていないらしい。
心春の顔から目を逸らし、風に揺れる木々を見つめながら、ふと疑問を抱いた。
「心春ちゃんって、結愛と同じ中学だって聞いてるけど、結愛は昔からあんな風だったのかな?」
結愛は子供の頃を除いて、過去をあまり話したがらない。特に中学から高一あたりは避けたがる。
ちょっと後ろめたいが、友人から聞くしかない。
心春は腕を組んで少し考えていた。少し経ってから口を開いた。
「うーん。そんなことなかったと思うなぁ」
「そうなの?」
「うん。中学じゃ物静かな優等生タイプだったけど、男子にははっきり言っていた方だと思うよ」
「じゃあ、どうして断れなくなったんだろう?」
もともとの性格なら納得できる。お姉ちゃん子だったと聞いていたし、昔から気が弱くて守られていたのかと勝手に思い込んでいた。でも、そんなことなかったということは、どこかで変わったのか。
「もしかしたら一年の時の……」
心春は何か言いかけて口ごもった。
「ごめん。勝手に言うわけにいかなくてさ。高一の時のことは結愛本人か彩乃じゃないと」
何か思い当たる節があるらしい。松田彩乃は結愛と一年の時に同じクラスで親しくなったと聞いている。一応、連絡先は交換している。
「結局は二人でよく話し合った方がいいと思うけどね」
「うん。そうだね」
心春の家はすぐ近くということで、その場で悩みを聞いてもらった礼を言って別れた。心春と話すことができて、少しだけ心が軽くなった気がした。




