03.俺は結愛を絶対離さない
文化祭翌日は休みだった。その翌日、晴れてカップルとなった俺と結愛に対し、クラスメイトから手荒い祝福を受けた。男子からはやっかみが多かったが、概ね好意的だった。
冬はクリスマスに年末年始と重要な行事がある。二人きりで過ごしていく時間が増え、恋人としての仲も深まっていったと思う。
クリスマスイブにファミレスで食事した後は腕を組んでイルミネーションを見て歩き、結愛を家まで送っていく途中で初めてのキス。
もう、幸せすぎて死ぬかと思った。
健康的な男子としては、その先へと進みたいという気持ちは当然ある。でも、がむしゃらに自分の欲望をぶつけてはだめだ。兄からも男女で感覚が違う。女の子は妊娠のリスクもある。彼女の気持ちを思い遣るようにアドバイスされた。兄は性格もイケメンなのに長続きしないのが本当に不思議だ。
17歳で童貞なのは恥ずかしくもない。強がって、いざという時に恥かく方が嫌だ。
冬休みになると、シマジローに会いに結愛は俺の家に来るようになっていた。その際、セックスについてしっかり話そうと思った。
最初は話したがらなかった結愛だが、辛抱強く待っていたら、中三で初体験した。だけど痛い方が印象に残っていて、あまりよくなかった。正直怖いと打ち明けてくれた。
「男としてすごく興味はあるけど、こういうのはお互いの気持ちが大事だと思う。結愛が怖いと思っているなら、俺は大丈夫になるまで待つよ。俺たちのペースで焦らずゆっくりいこうと思う」
「そう言ってくれるの嬉しい。私、祥真が彼氏で本当に良かった」
「その代わりね、いっぱいハグしたりキスはしたいな」
「うん。いいよ。祥真に抱きしめられるの、安心できてすごく好き」
いずれセックスはできるだろう。今すぐじゃなくていい。その代わり、恋人としてのスキンシップは毎日欠かさずしていた。バカップルと言われても仕方ないくらいに。
そしたら予想外なことが起こった。バレンタインデーの日は休日で、外で待ち合わせた後、結愛の家に呼ばれた。俺は年明けに一度訪れてお母さんに挨拶している。
今日もいるのかと思いきや、結愛だけだった。部屋に誘われた時、結愛は恥ずかしそうに言った。
「今日、両親いないから、大丈夫だよ。私、祥真なら安心して任せられる」
はにかむ結愛が可愛すぎて、その場で昇天するかと思った。
行為自体はまごついたけど、俺たちは無事結ばれた。いつ本番を迎えても狼狽えないように事前学習はしていた。その成果が出たせいか、結愛も良かったと言ってくれた。たぶん、初めての俺を気遣ってくれたんだと思うけど、チョコ以上に甘い体験ができた。
後から思えば、その頃が幸せの絶頂期だったのかもしれない。俺たちの間には、少しずつ暗雲が忍び寄っていた。
3月に入った。受験シーズンは終わり、三年生の進路はだいたい決まったらしい。卒業式まであと少しだ。
本日最後の授業は視聴覚室で行われた。授業が終わって教室に戻ってきた時に結愛の姿が見当たらないことに気付いた。途中まで女子グループの中に混ざっていたと思ったけどな。
心春と彩乃を中心に女子が喋っているところに近づいていって話しかけた。二年になった当初は女子集団には近づきがたかったのに、今は平気になっている。俺もずいぶんと変わったものだ。
「結愛はどこ行ったか知ってる? メッセージを送っても既読つかないんだ」
「自販機でなんか買ってるから先に行ってていいよって」
「まーた声をかけられたんじゃね? 三年に」
「はぁ、その可能性高いね。ちょっと探してくるよ」
「大丈夫? 一緒に行こうか?」
「ううん。大丈夫だよ。ありがとう」
心配そうな顔の心春に手を振り、俺は踵を返して教室を出る。背中越しに「彼氏さんがんば~」と彩乃がエールを送ってくれた。
「ずっと前から好きだったんだ! どうしても君のことが諦められなくてさ。なぁ、いいだろ?」
「ええ……でもぉ……」
「彼氏のことなんか気にするなよ。俺と付き合った方が絶対いいって! 後悔させないからさ」
「そんなこと言われても……」
「じゃあさ。試しにデートしてみよう。実は伝手があってさ、ユニバのチケットが手に入るんだ。ユニバ行ったことある?」
「行ったことないです」
「ちょうどいいや。春休みに入ったら行くの決定な。じゃあ、連絡先を教えてくれよ」
「え……」
「いきなり付き合おうって言ったのは強引だったな。悪かった。友達からよろしくってことで、連絡先くらいならいいだろ?」
「えっとぉ……」
校舎裏の一角。何かの施設の陰から聞いていた俺は限界だと思って足を踏み出した。
「人の彼女を口説くのはそこまでにしてもらえますかね、先輩」
俺が姿を現すと、背が高くがっちりとした体格の男が舌打ちした。結愛は驚きを見せたが、ばつが悪そうに俯いて後ずさる。俺は結愛を庇う位置に立った。
今回の相手は夏までサッカー部のレギュラーだった三年。鷹野といったかな。
うちのサッカー部は公立の中では強い方だと聞いている。そこでレギュラー張れれば目立つしモテる。中には天狗になるやつもいる。今、目の前にいる鷹野がその一人だ。夏でサッカー部を引退するまで、ほぼ切れ目なく彼女がいたという。結愛を狙っている三年の中でも要注意人物と岸本から聞いていた。
二学期に入って間もない頃、体育の授業後に鷹野が結愛を呼び止めて、いきなり「俺と付き合え」と言ってきた。とにかく強引だったそうだ。その際は彩乃・心春を始めとして同じクラスの女子が近くにいたから事なきを得た。
「なんだよ。いいところで……別に友達になるくらいいいだろ?」
「普通、彼氏がいる女の子を大阪まで誘いますかね。行くのは何人です? まさか二人だけで泊まりが必要なところに行くつもりだったとか? それって、友達の範疇超えて」
「うっせんだよ!」
図星だったらしく、いきなり怒鳴られた。
岸本情報によると、鷹野は人の彼女を強引に奪って揉めた前科があった。今回もそのつもりだったとしか考えられない。
「てめえみたいな何の取り柄のない凡人より、俺の方がふさわしいに決まっている。どっちが結愛の男になるか、ここで決めてやろうじゃねえか」
何でそこまで自信過剰になれるのかが不思議だ。顔の良さでいったら、似たり寄ったりだと思う。体格に関しては鷹野が上だ。今までサッカーに打ち込んできた。レギュラーになるために努力してきたのだろう。それは認める。
うちのサッカー部はかつて県の強豪で、県大会決勝まで行ったらしいが、30年くらい前の話。
ここ最近はベスト16に入れるかどうかというレベルなんだよね。今年も私立強豪校の壁を越えられずに3回戦敗退だったし。大学にスポーツ推薦で入れる部員がいるわけでもない。
俺が凡人であることは認めるが、鷹野がプロ注目の選手というわけでもない。つまり、一般人という大きな括りなら同じはずだ。
「俺は結愛と別れるつもりはないし、脳筋と同じ土俵に乗るつもりはないんで」
「なんだとぉ!」
鷹野が目を吊り上げ、拳を振り上げるそぶりを見せた。一瞬身構えたが、俺は冷静さを装って言う。
「先輩って大学でもサッカー続けるんでしょ? こんなところで暴力事件を起こすつもりですか? 下手したら卒業と大学に響くかも」
そこで後ろを気にする素振りを見せる。
「ちょうどメディア部が卒業アルバム用の写真を校内で撮っているはずだから、写り込んじゃうかもしれないなぁ」
「ぐっ……憶えてろよ!」
鷹野は悪党みたいな捨て台詞を吐いて去っていった。
「祥真!」
鷹野の姿が消えたのを認めた途端、結愛ががばっと抱き着いてきた。俺はため息を飲み込んで、小柄な体を優しく抱きしめた。
「ちゃんと断らないとだめじゃないか」
「ごめん。ごめんね。ずっと好きだったって言われちゃうと、どうしても断りづらくて」
「でも、俺という彼氏がいるんだから、はっきり言ってくれないとね」
「そうだね。私、祥真じゃないとだめなのわかってるんだけど……」
涙ぐむ結愛に、俺は強く言えない。
俺と恋人宣言して以来、うちのクラスで堂々と口説く男はさすがにいなくなった。しかし、違うクラスや三年で結愛に声をかける男子はちらほらいた。
バレンタインデーを境に少し落ち着いたかと思ったら、大学受験が終わった頃から三年がいきなり増えてきた。
3月に入ってからまだ一週間だというのに、三年男子から結愛が告白を受けた現場に居合わせたのは3回目。俺がいない時、彩乃と心春が阻止して未遂に終わったこともある。
卒業前にして想いを遂げたいのはわかるけど、彼氏持ちの女の子にするのは間違ってるだろ。というか、全員が純粋な気持ちで打ち明けているとは思えない。
学校でも有名な美少女でスタイル良くて、しかも強く迫ればなんとかなりそう。たぶんそう思われている。
鷹野は「ずっと前から好きだった」と言っていたが、おそらく卒業する前に寝取るつもりだったに違いない。
結愛はそれを見抜けない。優しい性格というか、人の好意を素直に受け取るのはある意味美点だと思うけど、彼氏としては毎日気が抜けない。なにせ押しに弱くて、はっきりと断れないからだ。
同じ彼氏持ちでモテる彩乃が毅然と断れるのが羨ましく思う。
「ウチ、カレピとラブラブで他の男なんて興味ナイからぁ。未来エーゴー可能性ゼロなんで~ごめんねぇ」
一点の曇りの無い笑顔できっぱり断っている場面を見たことがある。言われた男は苦笑して素直に引き下がっていたものだ。
そんなことを考えていたら、ぎゅっとしがみついていた結愛が顔を上げてきた。
「私ね、本当に祥真だけが好きなの。信じて?」
「あぁ。結愛を疑ってないよ。ただ、結愛がモテすぎて困っちゃうのはわかってよ」
「うん。わかってる。ただ、いざ声をかけられると、うまく言葉が出てこなくて……心配させてごめん。ねぇ……この後うちに来て。しよ? 祥真が、欲しいのぉ」
超絶美少女の結愛に上目遣いでそう言われたら断れるわけがない。胸に当たる柔らかい感触に下半身が反応してしまいそう。
これもモテる彼女を持った男の宿命か。
バレンタインデーの日以降、親のいない隙を狙って励んでいた。俺たちは体の相性がいいようで、いざ始まると溺れて何度もしてしまう。互いに果てた後、ベッドで裸のまま抱き合う。結愛が無垢な表情で俺に身を任せるのを眺めていると、最高の幸せを感じる。
いくら押しに弱かろうが、俺は結愛を絶対離さない。その時はそう思っていた。




