02.これからも大事にするから
結愛と気軽に話せるようになる一方で、俺はある努力を始めていた。
中学で怪我して以来、体を動かすことに消極的になっていたが、以前のように走り込みを始めた。走るのに慣れてきたら、体育の授業でも本気を出すことにした。時々、女子が見ていることもある。結愛の前で格好いい姿を見せたかった。
勉強も平均以上で程々の成績をキープしていればいいと思っていたが、文武両道の方が恰好いい。岸本に頭を下げて勉強のコツを教わり、成績を上げられるように努めた。
また、兄の勧めによって美容院で髪を切って、見た目にも気を遣うようになった。
もう一つ課題があった。それは結愛の友人とも良い関係を築くことだ。同じクラスで特に親しい女子が二人いる。
一人は水上心春。女子にしては高身長。俺とあまり変わらない。ショートヘアに小顔で、すらりとしたモデルみたいな女の子だ。8等身あるんじゃないか。
結愛とは同じ中学だと言っていた。俺とは中学時代に陸上部という共通点があって話しやすかった。
もう一人は松田彩乃。心春とは対照的に長い金髪ストレートのギャルっぽい子だ。明るくて世話好きで友達が多く、クラスでも中心人物。
結愛とは一年の時に同じクラスで仲良くなったらしい。
ちなみに制服の上からわかるくらい立派なお胸を持っている。年上の彼氏持ちだ。
「将を射んとする者はまず馬を射よ」と言ったら失礼かもしないけど、結愛と親しくなるために俺は二人にもいい人アピールを欠かさなかった。
先生からの頼まれごとを代わる。落とし物を一緒に探す。授業の課題に協力する。さらに結愛と心春が下校した際に校門付近で変なおっさんに絡まれていたので体を張って止めた。
そんな努力が成果を結んだようで、7月に入る頃には三人からの印象もだいぶ良くなっていた。
そして期末試験が終わり、夏休みに入る直前。俺は満を持して行動に出ようとしていた。結愛とのデートである。結愛は猫カフェに行くのを楽しみにしていると聞いていたが、仲のいい心春はバイトで忙しく、彩乃は猫アレルギー。違う友人と予定が合えばたまに行く程度らしい。
そこで晴れて俺が同伴者候補にあがったわけである。もちろん、俺はそのチャンスを逃すことなくアピールして、7月末に猫カフェデートと相成った。
デートは無事成功した。その日の結愛は日焼け防止と猫に引っかかれても大丈夫なようにめかしこむことなく、キャップに白い長袖Tシャツ、デニムのワイドパンツであった。それでも俺は初めて私服姿を目にすることができて感動した。意外に胸があることを知ったが、なるべく視線を向けないように努めた。
猫カフェを堪能した後もショッピングモールに寄ってお茶をして、最後にシマジローのために結愛が猫用のおもちゃを買ってくれた。
さほど長い時間ではなかったが、二人で休日を過ごし、確実に距離が縮んだと言える日であった。
その日のうちにおもちやで戯れるシマジローの様子を動画で撮って送ったら、たいそう喜んでくれた。
それから8月中は結愛と三回猫カフェデートと買い物を楽しんだ。まだ手も繋いでいない……一度だけアクシデントがあって繋いだな。思った以上に小さくて柔らかい手で、ドキドキした。
メッセージのやりとりは、ほぼ毎日している。結愛からすると、親しい男友達といった関係か。結愛に想いを寄せる男は他にいるが、確実にリードしている自信はあった。
二学期になってから席替えがあって、残念ながら結愛とは隣ではなくなってしまった。それでも同じ列で、一人挟んだ前後だから近い。休み時間に気軽に会話できる程度の関係を築けている。
その頃、彩乃は俺のことを「しょーま」と名前で呼ぶようになった。もともと陽気でオープンな性格の彼女なので、男子でも少し親しくなるとすぐに名前呼びする。
それに対抗心を抱いたのか。周りに人が少ないのを見計らって結愛と心春も「祥真君」になり、俺も彼女たちを名前呼びすることを許された。
名前呼び効果もあったのか。教室で俺に見せる結愛の態度は他の男子とは明らかに違いが出るようになってきた。
さすがに鈍い俺でも、二人で会話している際に見せる結愛の仕草や態度から、好意を感じていた。
「しょーまと二人きりでいる時の結愛って、すごい幸せそーだね!」
などと彩乃に突っ込まれて慌てている様子が可愛い過ぎて、悶えそうになった。
今ならいけるんじゃないか。後は告白のタイミングだけだ。
俺は文化祭の後夜祭に行われるキャンプファイヤーの時に決めた。そのタイミングで告白してカップルが成立することが多いと聞いている。密かに結愛を狙っていて告白しようと考えている男もきっといるはずだ。
それを防ぐ意味でも動かなきゃいけない。文化祭当日の朝、俺は心春と彩乃に協力を依頼した。
「早く二人くっつけーって思ってたしぃ。いいよ。協力してあげる! ね、心春?」
「う、うん。そう、だね……お似合いだと思うよ」
「ありがとう。うまくいったら必ず恩返しするから」
諸手を挙げて賛成してくれた彩乃に対し、心春はちょっと口ごもったのが気にかかった。だが、俺が感謝を述べると二人の目が怪しく光った。二人でひそひそと話し込んでいるが、高そうな店の名前が聞こえた気がする。高校では部活に入らない代わりに飲食店でバイトを続けているけど、足りるかな?
キャンプファイヤーが始まる直前、二人の手引きによって俺と結愛は二人きりで空き教室にいた。どうやら他の男に先んじることができたようだ。
ちょうど窓から校庭の様子が見える。組み立てられたやぐらに着火したようで、一気に燃え上がって歓声があがった。
暗い教室の中、遠くからの炎によって照らされた結愛の姿は幻想的で美しかった。だから、話しかけるタイミングを失っていた。
「祥真君?」
「あ、ごめん。結愛ちゃんがきれいすぎて見とれてた」
「やだ……」
思わず俺は頭をかき、結愛は頬に手を添えて照れている。
暗くて怖いからと、窓際で寄り添うようにしてキャンプファイヤーを見ていた。さっきから心臓の音がうるさいくらいだ。手汗が止まらない。喉元まで台詞が来ているのに、うまく切り出せない。
そんな時、中学時代を思い出した。俺はもう後悔したくないと思って行動に出たはずだ。ここで勇気を出さなきゃどうする?
「あ、あのさ。結愛ちゃん?」
「うん」
「伝えたいことがあるんだ」
「っ! う、うん」
隣にいた結愛の方を向いた。彼女も俺を見返してきた。瞬きする毎に長いまつげが上下に動く。俺を見つめる瞳に映る小さなオレンジ色。小柄でほっそりとしていながらも女性らしい特徴を持つ肢体。その姿だけでも切り取って永久保存したいくらいだ。
でも、見ているだけなのは今日で終わりにする。
数秒見つめ合ってから、握りしめていた両手から力を抜いて言った。
「好きです。付き合ってください」
いろいろと考えていたけど、出てきたのは率直で飾り気のない言葉だった。
結愛ははっとなって両手で口を押えていた。すぐには答えてくれない。
何秒か。何十秒か。永遠とも思える時間が経った後、結愛は小さく頷いた。
「私も……祥真君が好き。よろしくお願いします」
結愛が軽く頭を下げた拍子に栗色の髪がさらりと揺れた。
俺は安堵したあまりにその場でへたり込んでしまった。
「だ、大丈夫?」
慌てた結愛が屈みこんで手を差し伸べてくる。俺はその手を掴んだのだが、無意識にそのまま引いてしまった。
「ひゃっ!」
結愛は小さな声をあげ、そのままの勢いで俺の腕の中に収まった。甘い香りが鼻腔をくすぐり、直接触れた柔らかい肢体に、体の中で熱く滾るものがあった。だが、俺は包み込むように優しく抱いた。
「ごめん。すごく緊張していたから、ほっとしちゃって。嫌だった?」
「ううん。嫌じゃ、ないよ。大丈夫。祥真君なら」
結愛が俺を見上げる。その目は潤んでいるように見えた。確かに嫌がってはいない。歓んでいるように感じたのは気のせいじゃないと思う。
「ありがとう。このままでいたいんだ。俺、結愛をこれからも大事にするから」
「祥真君……ううん。祥真。告白してくれてありがとう。これからも、ずっと一緒だよ」
結愛が俺の胸元に顔を埋めてきた。胸の奥がじーんと熱くなった。本気で好きになった子と想いが通じ合った。勇気を出して本当に良かった。
校庭の歓声も耳に入らない。完全に二人の世界に入っていた。
この腕の中のぬくもりを決して離すものか。俺はそう決めたのだった。




