13.祥真の一番近い女友達でいてね(Side:心春)
Side:水上心春
「水上さんって、中沢君と仲いいよね。もしかして、付き合ってる?」
「ううん。付き合ってないわ。彼とはただの友達よ」
「えぇ、そうなのぉ? その割にはよく一緒にいるし、名前で呼び合っているし」
「二年の時から一年以上の付き合いがあって、ウマが合うからというか……。祥真はね。結愛と別れた後は誰とも付き合う気ないみたいだから」
「そっかぁ……ちょっと残念」
6月以降、同じクラスの女子からよく聞かれるようになった。
体育祭のクラス対抗リレーで二人抜き去って順位をあげた祥真は女子からの注目を浴びるようになったのも大きいのかな。打ち上げの時のモテっぷりには、苦々しい思いで見ていた。
本人は体育祭の時だけだよって本気にしてなかったけど、実は前から祥真を気にしている女子がいたのを知っているんだよね。
だって、高二で結愛を好きになった祥真は外見と内面を磨いて、勉強も運動も手を抜くことなく上位。本当にいい男になった。それに別れた後のどことなく陰がある雰囲気は意外に女子の目を惹いたから。
「俺たちが別れたと知れたら、結愛は大変だろうなぁ」
なんて暢気なこと言っていたけど、あなたにも当てはまるのよ。知らないのは本人だけ。
まして女子が多い文系クラスなんだから。少ない男子の中でもピカイチな祥真に近づきたがる女子は結構いるってこと。
だからこそ、私は祥真と一番仲いい女友達ポジを手放すつもりはない。私の方が先に好きだったってやつよ。
でも、祥真が心の中では結愛のことを引きずっているのはわかっているから、無闇に距離を詰めないだけ。
私はこの年になるまで恋愛経験は無い。昔から背が高くて胸はなく、ボーイッシュな見た目のせいで、あまり女の子扱いされなかった。私自身も男っぽい服装が好きで、外見を取り繕おうとしなかったしね。
唯一の恋愛対象と言えたのが、中三の春に競技場で走る姿を見て、一瞬で目を奪われた南中の中沢祥真君だった。初恋と言えるのかわからないけど、憧れの存在だった。
そんな彼と同じ高校に入れて喜んだけど、陸上部に入らないと聞いて落胆した。今度こそ、走る姿を近くで見られると思っていたのに。
そんなわけで、一年はクラスも違って何の接点もなく、二年になって同じクラスだと知り、部屋で狂喜乱舞した。
でも、運命は残酷だった。彼は隣の席の結愛に一目惚れしたのだから。
私は結愛の友人で、彩乃と共に二人の仲を応援する側だった。友情を優先して、自身の恋心を封印した。文化祭の夜、祥真が結愛に告白するお膳立てをした時、本当は心が痛かったんだよね。さっさと家に帰って、部屋で泣いちゃった。
ただ、三年も見ていただけだから。我慢するのには慣れていた。祥真の近くにいられて、言葉を交わせるだけで満足するつもりだった。彩乃と一緒に悪乗りして、祥真の頭や肩に触れた時は胸がドキドキしたものよ。顔が赤くなっているのがバレないかひやひやしちゃった。
祥真と結愛の交際は順調そうに見えたけど、少しずつ歪みが見えていた。それもモテる結愛が押しに弱くて断れないから。
学校で見ていた範囲だけど、祥真は頑張っていた。相手が先輩だろうが、一歩も引かずに結愛を守っていたね。
ただ、たまに祥真が辛そうにしているのは、よく見ていた私にはわかった。
大切にされている彼女なんだから、はっきり断りなよって結愛に言いたくなったけど、あえて言わなかったのは私のエゴかな。不意に「もしも、二人がうまくいかなくなって別れたら」って考えが浮かんで、自分に嫌気が差してしまったこともある。
そして、ついに結愛は間違いを犯してしまった。あんな素敵な彼氏がいるのに、元カレの誘いを拒みきれずにホテルに泊まってきちゃうなんて。
当日夜、大坪に連れていかれてしまった結愛を懸命に探し回ったのは、結愛が心配だったのもあるけどそれだけじゃない。祥真のためでもあった。見つからなくて、辛そうにしている祥真を支えてあげたいと思うようになったのはあの日がきっかけかな。
後日詳しい話を聞く機会があった。結愛は本気で祥真を愛していたけど、ちょっと歪んだ願望を持っていたのね。ヒロイン願望というかな。理解できなくはないけれど、私はそういう真似はしたくない。普通に相手を想って寄り添っていた方が絶対いい。
三年になって、祥真と同じクラスになれた私の喜びは大きかった。祥真はすぐ違う女に乗り換えられるタイプじゃない。だから今すぐに彼女になれなくていい。
私は祥真の一番近い友達ポジをキープする。これからも、祥真の近くで寄り添い、支えてあげたい。
学校帰りの道を祥真と自転車を転がしながら歩く。途中の分かれ道まで、ほんの5分程度。私にとっては一日の中でもっとも貴重で幸せな時間。今日学校であったことを話しながら、祥真の顔を何度も見てしまう。そのせいで電柱や前から来くる人にぶつかりそうになって慌てることもあった。
「心春って、意外とドジっ子だったんだ」
祥真は笑う。否定はできないけど、祥真のせいなんだからね。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。T字路を祥真は南に、私は北に向かう。別れる前に言わなきゃ。スマホのメッセージでもいいんだけど、こういうのは直接言いたい。
「ねぇ、明後日の朝、また一緒に走っていい?」
体育祭が終わっても、朝のランニングを一緒にする習慣は続けていた。毎日じゃない。週に2,3回だけど。
「いいよ。でも、土手じゃ心春の家から遠いからなぁ。走るだけなら、違う場所にしない? 市の運動場の方が心春んちから近いよ」
「いいの! 土手からの景色が気に入ってるから」
「そっか。ならいいけど。じゃあ、またいつもの場所で、7時でいい?」
「うん!」
分かれ道の前で軽くタッチを交わす。これは勝手に私が決めた習慣ね。優しい祥真は付き合ってくれる。
ともかく、明後日の土曜も祥真と会えると思うと嬉しい。自転車に乗る前にスマホで天気予報をチェックすると、曇り時々雨だった。どうか朝だけは雨が降りませんように。
自転車に乗りながら自然と頬が緩む。土曜なら走り終わった後、祥真の家に寄れるんだよね。
もちろん、ただの友達だから、部屋にあがり込んだりしない。玄関で猫のシマジローやご家族に挨拶してちょっと雑談する程度。運が良ければ、お母さんから飲み物をもらいながら祥真の子供の頃の話が聞ける。祥真は「恥ずかしいからやめてくれよ」と照れる。そんなひとときが私にとって充分幸せ。
祥真と約束ができてルンルン気分で自転車を走らせていた時、スマホの通知が来たことに気付いた。早速祥真からかな? 気になるから、いったん自転車を停めて確認する。
相手は彩乃だった。
「やっほー! こっちこっち~」
駅前のファーストフードの2階席に上がると、窓際で彩乃が手を振った。シェイクとフライドポテトを載せたトレーを持った私はテーブルに近づき、彩乃の隣に座った。正面には結愛がいる。
前に廊下で会った時、ばっさりと髪を切っていたから驚いて、思わず声をかけた。でも、美少女ぶりは相変わらずね。少し痩せたのも相まって、儚い雰囲気もある。同じクラスの男子が結愛の噂をしているのを時々耳にする。
でも、祥真と別れた後の結愛は誰かと付き合うどころか、男子と会話すらしていないのよね。二年の時から比べると、だいぶ変わった気がする。
「三人で会うのって、久しぶりね~」
「そうね。クラスが違っちゃうと、なかなか」
「今日は会えて嬉しいよ。心春」
「うん。私も」
私たちは高二の頃に戻ったように、たわいない会話を交わした。
それから20分ほど。フライドポテトを食べ終えて、シェイクを半分飲んだ。
会話が途切れて、彩乃が私の方を見つめてきたのがわかった。
「ねぇ、心春ぅ?」
「なに?」
「心春はしょーまのこと、好きでしょ?」
ついに来た。たとえクラスが違っていても、女子はそういうのわかっちゃうよね。結愛も真面目な表情で私を見ている。二人を前にした私は一呼吸ついた。誤魔化しは効かないよね。
顔を上げた私は結愛、彩乃の順に見つめてから言った。
「うん。好き。実は結愛と付き合ってる頃から……違うな。もっと前から祥真が好きだったよ。初恋って言ってもいいくらい」
「えっ!」
「二年の時はなんとなくそうかなーって思ってたけど、もっと前からって? どういうことぉ?」
もう隠し立てしてもしょうがない。私は中三の時のことも正直に話した。
さすがに彩乃と結愛はびっくりしていた。
「そうだったんだ。それなのに、心春は私たちのために協力してくれた……」
「いいのよ。だって、祥真が結愛に惚れちゃったんだから。仕方ないって」
「心春、やっぱいい子だねぇ」
結愛は感極まった顔をしてるし、彩乃には肩を抱かれた。なんか照れるというか、変な気分。
ちょっと間を置いてから私は続けた。
「たぶんね、祥真はまだ結愛のこと好きというか、引きずってるよ」
私がそう言うと、結愛は複雑そうな表情を浮かべた。
「でも、しばらくは誰とも付き合う気はないんだろうね。これから大学受験もあるし。
だから私は友達として近くにいて、辛い時は支えてあげる。好きだけど、告白して祥真を悩ませることはしない。少なくとも高校にいる間はね。そう決めたんだ」
「ええ子やね~」と彩乃はぴたっと寄り添ってきた。腕にふよんって柔らかな感触が伝わる。彩乃くらいの色気と器量があったら、露骨に迫っていたかもねーとちょっと思った。
そこで結愛から聞かされた。ゴールデンウイークに姉に付き添ってもらって、祥真の家に行ったこと。そこで改めて謝って受け入れたもらったこと。高校にいる間は距離を取るけど、もし卒業する頃に落ち着いていたら、友達として始めたいとお願いしたこと。
そして、結愛は決意を秘めた顔で私に向かって言った。
「こんなことを心春にお願いするのはおこがましいっていうか、そういう立場じゃないと思うけど……」
「いいよ。言ってみて」
「これからも、祥真の一番近い女友達でいてね」
「へ?」
その時、彩乃に肩をポンと叩かれた。
「悪い虫がしょーまに付かないようにってことでしょ!」
「あぁ、そういう」
卒業する頃に違う女子が祥真に迫って付き合ってしまったら、結愛は友達として近づきにくくなるということか。
「あたしゃ虫よけか」
「いや、その……ごめん! 私ったら、変なこと言っちゃって。ただね、心春なら祥真と付き合っても諦めがつくというか……」
「でも、祥真はしばらく誰とも付き合うつもりはないと思うし」
そこで、彩乃がポンっと手を叩いた。
「っていうかぁ、卒業する頃ならさすがに変わってんじゃね? そんで、しょーまを好きな女子がここに二人いる。結愛と心春はどっちもいい子だかんね。しょーまは二人とも彼女にして、両手に花でいんじゃね?」
「「と、友達だよ!」」
たぶん冗談だろうけど、彩乃が悪戯っぽくウインクしながら言った言葉に私と結愛が慌てて返したら、見事にハモった。
そして三人で笑った。三人で涙が滲むくらい笑ったのは久しぶりだった。




