87 当然の帰結
「それまで!」
グレゴリオ・マーゲン槍術師範の掛け声が闘技場に響き渡る。
中央に立っていたのは、身長が2メートルほどあるノーム族の心優しき少女ミナ。
彼女は、ほんの1歩も動くことなく見事に相手の攻撃を受けきった。
それも、樫の木の杖一本で、双剣の使い手であったAクラスの大将の攻撃を完璧に防ぎ切り、『防御している側が、相手の攻撃の手を痛めつける』という驚異的な防御力で、双剣術ブロンズランクの伯爵令息の攻撃を完璧に弾き返していた。
「クソっ……クソ! クソが! 何なんだお前らは! Gクラスの分際で! 準男爵家の分際で!」
「そんなこと言われたってぇ……」
闘技場で困った表情のミナは、助けを求める視線をすぐ後ろに控えるクラスメイトたちに向けた。
真っ先に立ち上がり、駆け寄ったのは獣人族のリュッケン、続いてGクラス筆頭のベインが続いた。
「なァにがGクラスの分際で、だよ。そのGクラスに1勝も出来ねぇでボコボコにされて、それでよくAクラスとか名乗れるよな。カッコ悪ぃ」
「ちょ、ちょっとリュッケン、可哀想だよぉ、いくら本当のことだからって」
ミナの返事も、プライドだけは一人前以上に高いAクラスの面々の心を情け容赦なくザクザクとえぐっている。
「確かに僕らはGクラスだ。準男爵家で、家格は君たちより低い。でもね」
ベインの表情は、もはや士官学校入学直後の『いじめられっ子のジーケンハウス家の長男坊』ではない。
軍学首席、シルバー級剣術士として正式に認可を受けた、2年生の中でも頭一つ抜きん出た存在である。文武両道の面でベインに匹敵する実力を持つ者がいるとすれば、それはおそらくSクラスの次席、リカルド・ステルベンくらいであろう。
「僕たちは誰よりも、BクラスよりもAクラスの君たちよりも、そしてSクラスよりも鍛えてきた。だからこそ、今があるんだ」
「うむ、よくぞ言ったベイン・ジーケンハウス。Aクラスの面々の試合は卑劣な手を使いながら全敗、その戦いぶりは言語道断であァる! 連帯責任、Aクラスは全員校庭を20周! さぁ動けェい!」
「な、なんで……どうしてこんなことに……どうして、俺は伯爵家の……」
「伯爵だから何だよ。お前ひょっとして、魔獣に襲われたときも『ボクは伯爵家のおぼっちゃまですー、だから食べないでぇ』とか言ってそれが通用するとか考えてるタイプか? まぁそう思ってんなら止めねぇけどさ。とりあえずジャマだぜ、次のクラスの試合が始めらんねえだろ。さっさとどけよ、弱虫ちゃん?」
「くっ……クソがァ!」
Aクラス大将の伯爵令息は、顔を近づけてきたリュウに飛び掛かった。
が、不意打ち騙し討ち何でもありの武之内流を極めたリュウに、そんなコドモの不意打ちなど通じるはずがない。
脚を払われ、バランスを崩したところで顎を持ち上げられて身体が宙に浮く。
「羽根も無いんだから、安易に飛ばない方がいいぜ?」
ごきん、という鈍い音を立て、大将の若者は後頭部を石の床にしたたかに打ち付けた。
口から泡を吹いて痙攣する姿を見て、ミナが慌てて法術をかける。
「あれ、ミナ? 良いぜ、こんなやつ放っておけよ」
「でもほら、そんなワケには行かないよぅ」
「ミナ・サージェリー、貴様のその慈悲は見上げたものだな。だが、後は救護班に任せておけ。3年生の法術士部隊候補生の実習の実験台になってもらうとしよう」
「は、はぁ……わかりました」
大人しく引き下がったミナが後ずさると、どん、とリュッケンの胸板にぶつかる。
「あっ、ごめ——」
「あぁ、大丈夫。お疲れさん、ミナ」
「ふぇ」
リュッケンの顔を見て、ミナは一気に耳の先まで真っ赤に染めてうつむいてしまった。
つい先程、リュッケンは訓練試合の直前に『勝ったら俺と付き合ってほしい』と声高に宣言し、ぶっつけ本番で試した発剄の一撃で侯爵家の次男坊を場外まで吹き飛ばしていた。
体重も筋力もリュウを遥かに凌ぎ、さらに脚力に至っては数倍はあるであろうリュッケンの発剄は、術技の面では未熟ながらも、すでに本家本元リュウの技の威力を軽く凌駕している。
『ぶっつけ本番、見て真似しただけであんだけ出来るのはホント大したもんだと思う。リュッケンの『通し』の一撃なら、砦の城壁くらいブチ破れそうだな』
と、リュウも手放しで絶賛するほどだ。
当然、この結果と発剄の成功には、ミナへの公開告白が大きく力を貸したことは間違いない。
「あ、あの、あっ、えっと、その、リュ、リュッケン……」
「あの……ゴメン、ミナ。俺その、ミナの気持ちとか全然考えないで——」
「いや、あの! その、えっとね? 私もその、う、嬉しかったの……ただ、あの……」
巨体を縮こまらせるようにモジモジと小さく動かして、顔を真赤にしてうつむくミナの次の言葉を、リュッケンもリュウも、ベインもアルムもじっと凝視して待っている。
「頑張れ、ミナ」
「何やってんだよリュッケン、そこでギューって行けよ。ンでブチューってやっちゃえよ。何ならそこで押し倒して——」
「ちょ、ちょっと二人とも、邪魔しない方が……」
という外野のガヤも、大柄な二人の周囲に漂う甘ったるい空気に阻まれて全く聞こえていない。
「あの、私その、お、お付き合いするとか、全然あの、初めてで……ゴメン、あの、わ、私バカだから、お付き合いって何をどうすればいいのかとか、全然わかんなくって……」
「そ、そんなことならさ、俺もそうだよ! 俺も! ……俺も、何をどうすれば良いのか……」
きゅ、とミナの手が、リュッケンのシャツの裾を軽くつまみ、くいくいと引っ張る。
Gクラスでは、最も大柄な二人が最もうぶで、最も『可愛らしい』のだ。
「私、色々うまくできないかも知れないよ……?」
「そんなん俺だってそうだよ。それに、俺その、あんま学科の成績もよくないし、頭良くないし」
「私だって! 私、あんまりその、細かいこととか色々わかんなくって……その、こんなのでも、良いの?」
「こんなの、じゃないだろ! ミナは、ミナだから良いんだよ!」
実に良いムードである。
闘技場で試合の真っ最中であるSクラスとEクラスのことなど、もはや周囲の誰も気にも止めていない。
「ミナは、優しくてさ、みんなのことをいっつも考えて、皆のために凄ぇ頑張ってて……俺、本当にそういうミナのこと凄いって思ってるんだ」
「リュッケン……そ、それ言ったらさ、リュッケンだって、いつも明るくて、クラスもみんな明るくして、たくさん笑って……私、リュッケンが笑ってくれてたから、今までずっと頑張れたんだと思う……」
完全に二人だけの世界が展開される中、SクラスとEクラスは大番狂わせなど起こることもなく、Sクラスの完勝で幕を閉じる事となる。
他のクラスの試合も滞りなく進む中、闘技場の隅っこで実に目立つ体格の二人は、実に初々しい『付き合いたての初カレ初カノ』丸出しのまま、肩をくっつけたり、時には両手を握り合ったりして話を続けている。
「……やっとくっついたな、あの二人」
「二人とも、大概ヘタレ」
「まぁまぁ、二人ともそう言わないで。リュッケンもすごく悩んでたみたいだし、ミナもセシリア先輩に色々相談してたらしいよ」
「え、マジか、それやっぱセシリア先輩情報?」
「まぁね。無事付き合えたから大丈夫みたいだけど……シーナ先輩にも、『ノーム女はどういう恋愛をするべきか』みたいなことを相談してたらしいね。ミナはミナで、ずっと考えて、悩んでたんだよ」
「ミナはいい子……全部リュッケンが悪い」
「アルム?」
相変わらず情け容赦のないことをズケズケと言い切るアルムは、しっかりとリュウと腕を組んで身体を押し付けている。
Gクラスも、周囲のクラスの女子ももはや誰も対抗訓練試合に対して興味の欠片程も持っていない.
実に初々しい二人の恋路が気になって仕方がないのだが、クラス間の壁を自ら乗り越える勇気がなく、誰一人として『あの二人どうなったの?』と聞いてくるものはいない。
が、その壁を全く気にしない人物が大股で歩み寄ってきていた。
「やぁやぁ旦那様! ようやくあの二人はくっついたかね?」
「あ、ベルさん。……って講義はどうしたんですか。仕事は?」
「そんなくだらないモノとリュッケンとミナの恋路の盗撮……じゃなかった覗き……もちょっと人聞きが悪いな。——そう、観察! あの二人の恋の行く末の観察以上に大事なものなんて無いだろう?」
「うわ、やっぱこの先輩最低だ」
「ベル先輩、出歯亀」
「おや、アルムはなかなか難しい言葉を知っているね? だがキミも気になるだろう? エルフの女子としては、身近な友の恋が成就するかどうか、気にならないはずがない!」
「気になる。超なる」
「そうだろうそうだろう! そうだろうとも! ボクは気になる。だから来た。もちろん、愛する旦那様を労いに来た、というのがメインだけどね?」
いつの間にかベルナデッタはベインにしなだれかかり、訓練着のボタンを外して服の中に手を突っ込んでいる。
「ベルナデッタ嬢! 何をしておるかァ! 公衆の面前で、未婚の婦女子がなんたる破廉恥な!」
「おや、マーゲン先生? 聞いてないんですか? ボクはベイン君と婚約した身で、それに卒業生とはいえ今は士官学校の講師だ。つまり勤労の義務を果たしている成人扱いを受けるべき立場。となれば、オトナが自分の婚約者とイチャつくのに誰の目をはばかる必要がありますか?」
「えっと、僕はまだ未成年なんですけど、それは良いんですかね?」
「些細なことさ、ボクの愛しい旦那様。さぁ、こんな訓練試合なんて、結果が見えているくだらないイベントは置いといて、僕と次世代の育成についてたっぷりと議論しようじゃないか、ベッドの上で、身体言語を使ってね?」
「ベル、そこまでになさい。授業の妨げになっていましてよ?」
相変わらず、とりあえず暴走するベルナデッタを止めることが出来る傑物がいるとしたら、その筆頭に来るのは間違いなくアルトリリアである。
苦笑いを浮かべたアルトリリアは、士官学校理事でありマーゲンよりも立場上は上位になる。
だが、教育者の先達として、そしていっときは師事した教師の顔を立ててか、アルトリリアは優雅にマーゲンに対して礼をしてみせた。この場での主導権を譲る、という無言の意思表示だ。
「失礼しましたわね、マーゲン先生。ほらベル、行きますわよ。それからGクラス諸君、2連勝ですわね。おめでとう。それから、全クラスの諸君。士官学校理事として、陸軍准将として、より一層の研鑽を期待しますわ。では、御機嫌よう」
どこまでもエレガントな立ち居振る舞い。
それだけではない。付き従うベルナデッタに何度も振り返り『ほら、早く行きますわよ』『校長先生がお待ちなのを忘れたのかしら?』と天衣無縫の天才の手綱を巧みに操る姿は、まるで凄腕のティマーのようでもあった。




