84 後期授業開始
2週間の休暇の後、Gクラスの教室に5人が出揃った。
とはいえ、ベイン以外の4人は北のカンフル辺境伯領での温泉を楽しんでいたので、事実上ベインが合流した、という形にある。
「ねぇどうしたのベイン? 痩せてない? 大丈夫? 法術かけてあげよっか?」
ベインのやつれっぷりを見て心配そうな声をかけたのは、Gクラスの護りを司るノーム族の心優しい少女、ミナである。
彼女は今回のカンフル領での温泉旅行で、ようやくリュッケンの手を握ることに成功していた。
残念なことにお互いの気持ちを確かめ合うまでは至っておらず、帰りの馬上でリュッケンはリュウから『何やってんだよヘタレが』『さっさと行けよ、ガッとさ』『ミナだって可愛いだろ? さっさと行かねぇとよそのクラスのやつに取られるぞ』と散々な言われようであったという。
「あぁ、いや、うん……お願いしようかな」
「うん、それじゃあベイン、大きく息を吸ってぇ」
ベインと一緒に、何故かミナも大きく息を吸う。
「はい止めてっ」
そしてお約束のように、二人揃ってピタリと息を止める。
ミナはベインの胸に手をかざしたまま『んっ』と小さな声を漏らし、息を止めた。
数秒、Gクラスの教室が静まり返る。
「ミナ、お前は止めなくて良くね?」
「あっ……そ、そうだった、ゴメンねベイン、すぐやるから」
リュッケンが苦笑を浮かべるなか、ミナは覚えたての『疲労回復』の術をベインにかける。
Gクラスの若きリーダー、ベインはこの2週間、ヘルセネン家での特訓に明け暮れていた。
古今東西の戦術、戦史研究にとどまらず、魔法の基礎訓練に加え、夜はほぼ夜通しベルナデッタの『お相手』である。
さすがにリュウに鍛え上げられているベインであっても、休息がなければ回復も出来ない。
「みんな、温泉どうだったの? 羨ましいよ……良いなぁ、温泉……」
「良かったぜぇ、セシリア先輩の実家の温泉。ベインも行って来いよ、ベル先輩も誘えばソッコー連れてってくれるぜ?」
「ベルさんは……いや、うん、まぁ……考えとく」
げんなりとベインが項垂れたところで、静かに教室の引き戸が開く。
丁寧な開け方から、今まさに噂に上がったベルナデッタでないことだけは全員がすぐに分かった。
「おはよう。みんな休暇は楽しんだようだね」
担任のマルコ・シーネが、相変わらずの白衣にメガネという出で立ちで教壇の前に立つ。
「いやぁ、みんな元気で合流できて本当に良かった。うんうん、担任として安心したよ」
「あ、せんせーこれ、セシリア先輩んちのお土産。セシリア先輩のお母さん? から」
リュウがいつも通り、緊張感のないセリフとともに差し出したのは、一抱えほどある箱であった。
箱の中にあったものは、アニエス・カンフル辺境伯がリュウに預けたものだ。
「リュウ君、セシリア・カンフル嬢のお母様というのはアニエス・カンフル辺境伯閣下だね。まぁ本来なら軽々しく『先輩んちのお母さん』呼ばわりは出来ないんだけど」
「えー、俺平民だからわかんないっす」
「だよねぇ」
苦笑しつつマルコが箱を開け、中を覗き込んでゆっくりと蓋を閉じた。
「リュウ君、カンフル辺境伯閣下が、私に、コレを、ということだったんだね?」
「はい。中身見るなって言われたんで何が入ってるか知らないっすけど。何でした? 温泉まんじゅう?」
「なにそれリュウ、私知らない。食べてない」
「いや、アルムも食ったじゃん。ほら、あの甘くてもふもふしてるアレ」
「あぁ、アレ」
相変わらず机をぴったりとくっつけ、机の下で固く手を握り合っているリュウとアルムは、もはやGクラスではおなじみの夫婦漫才を繰り広げる。
もはや二人の仲は担任のマルコも『まぁ校内では程々に、あと女子寮と男子寮を行き来したりしないようにね』と釘をさす程度には認識している。
また、ベインとベルナデッタの婚約も正式に王家から許可が出たものであり、公的な認可を受けた二人がイチャつく分にはお咎めなし、となっていた。
当然、校内に少数存在したベルナデッタの隠れファンから、ベインのもとには何度か脅迫状が届いているが、当の本人は全く気にしていない。
「さて、じゃあ皆にシュターガー校長からの伝言を預かってるから一応ね。みんなの前期の単位はすべて認定されるのが確定してるけど、訓練試合には出るように、とのことでした」
「はーいせんせー、次の訓練試合っていつ?」
「今日です」
マルコはにっこりと優しい笑顔を浮かべたまま、情け容赦なくとんでもないことを口走る。
が、今更その程度のことで動揺するGクラスではない。
「望むところ。愛の力を見せてやる」
「どうするベイン、順番こないだと同じにするか?」
「ふえぇ、急だよぉ……どうしよリュッケン?」
「よっしゃ、リュウに教わったアレ、試してみよっかな」
アルム、リュウ、ミナ、リュッケンがそれぞれ思い思いの言葉を口にするなか、ベインは『ふぅむ』と小さく呟いて腕を組んだ。
「うん、順番は前と変わらずだね。アルム、僕、リュウ、リュッケン、そして最後にミナだね」
「いやぁ、さすがだね、みんな常在戦場の心得が出来てるね。じゃあホームルームの後、早速闘技場に来てもらえるかな。じゃあ全員出席……っと。じゃあ、後期もみんなよろしく。何かあったらいつでも職員室に来るんだよ」
「はい」
「うぃーす」
「ん」
比較的小柄な3人が個性が出まくった返事を返すなか、後ろの席にいる大柄なリュッケンとミナは、ちらちらと視線を合わせている。
「……なぁリュウ? あの二人、何か有ったの?」
一人温泉旅行に参加できなかったベインがリュウに耳打ちすると、当然のようにアルムが会話に割り込んでくる。
「むしろ何もなかった。リュッケンはヘタレ」
「だよなぁ……ミナもミナだし、リュッケンもなぁ……」
「ちなみに私はあった。大いに有った」
「えっ? あ、アルム?」
アルムはいつも通り、無表情な顔の両サイドにピースサインを両手で作って並べる『無表情ドヤ顔ダブルピース』を見せる。
「私は身も心もリュウのもの。そしてリュウは私だけのもの」
「そ、そうか、そうなんだね二人とも」
「ベイン、お前もだろ? なんか気配が違うっていうか——」
「ベル先輩に搾り尽くされてる」
「だよな、どうせ毎夜毎晩イチャコラしてんだろ」
「それを言うならリュウだって。リュウは私にいつ何をしても良い」
全く表情を変えることもなく、アルムはリュウにすがりついてとんでもないことを口走る。このあたりもGクラスのいつもの光景だ。
だが、いつもと違うのは前列の男子二人が『一皮むけた』ということくらいだろう。
「なぜならば、私はリュウのヨメだから」
「はいはい、学校では程々にって先生にも言われたろ?」
リュウの言葉が終わるのと同時に、ガラガラぴしゃん、と凄まじい雷鳴のような音。
全員の視線が教室の入口に目を向けると、妙に肌艶の良いベルナデッタが立っていた。
「ナニを甘ったれた事を言っているのかねリュウ! 男と女の愛に禁じ手など無いぞ!」
「え、何しに来たんすかベル先輩? 俺達今から訓練試合ですけど」
「何しに来たとは、相変わらずキミは先輩に対する敬意というものが無いな。ボクがこんなGクラスくんだりまで来る理由なんてひとつしか無いだろう」
「軍学の授業?」
「違うアルム。愛する旦那様、つまりベイン君との逢瀬しかない」
「さすがベル先輩、つよい」
「そうだろう? 安心したまえアルム。ボクが把握している校内でイチャイチャ出来るスポットがいくつかある。キミにも共有しておこう」
「先輩、かっこいい」
「うむうむ、思う存分敬ってくれたまえ? 本来先輩は敬うものだぞ、見習いたまえ、リュウもリュッケンも」
いつも通り全く空気というものを読まないベルナデッタは、つかつかとベインの元へと歩み寄り、ぐい、と手を取った。
「さぁ旦那様! ボクが来たからにはもう大丈夫だ。訓練試合はボクが最前列で応援しよう。なぜならばボクは旦那様の妻だからね!」
「はぁ……ありがとうございます……」
朝から異様に疲れた表情のベインは、大人しくベルナデッタに手を引かれ教室を後にする。
続いて、ベインとベルナデッタを真似するように、リュウとアルムも腕を組んであとに続いた。
「よし、じゃあ行こうぜミナ。俺達も」
「うん」
ぐい、とリュッケンはミナの前に肘を突き出すと、腕がミナの胸をぐい、と押し上げる。
「えっ? え、りゅ、リュッケン……?」
「うわぁ! ご、ゴメン! いや、あの、コレは違う、わざとじゃない! ほら、あの、な? わかるだろ? リュウとアルムみたいにさ? エスコートっていうやつ?」
「う、うん、だよね? そうだよね? ゴメン、なんか私もその、変なの押し付けたみたいになっちゃって」
「いやいやいやいや! 変なのじゃないって! うん、今のはその、完全に俺が悪い! い、行こうぜ、普通に」
「えっ? 普通に? エスコートは?」
ミナは立ち止まり、少し恥ずかしそうにうつむいたまま、リュウに視線を向けている。
今度はかなり慎重にリュッケンは肘を差し出すと、ミナはリュッケンの腕に寄り添うように手を添える。
貴族の子女によくある『令嬢をエスコートするパートナー』と言うにも、あまりにも初々しい仕草だ。
「……ったく、もっとこう、ガッて行けよなぁ」
「リュッケンはヘタレ。ミナはもっとヘタレ」
「だよな。ミナとかベル先輩みたいにぐいぐいくっついたらリュッケンなんて一発でオチるぜ」
「ミナは自分の武器を理解してない」
ちら、と後ろを振り返った先輩夫婦ことアルムとリュウは、少し後ろを歩く初々しい二人に情け容赦ないコメントを言い合っている。
「ミナは護りだからなぁ、やっぱリュッケンが攻めるべきじゃね?」
「それもある。でもいざとなったら女は腹を括るもの。ミナはさっさと覚悟を決めないと」
「そういうモンかぁ……ま、でもそうだよな。なんかさ、女が強い方がうまくいくような気がする。セシリア先輩もシーナ先輩も、ベル先輩もそうだしさ? リリア様も強いし、セシリア先輩んちの母ちゃんも凄いみたいじゃん」
「いざとなったら女は強い。これは真理」
ぎゅっ、とアルムはリュウの腕に身体を押し付ける。
それでも歩きにくそうにならないのは、リュウとアルム双方が体術の達人レベルになっていることだけが理由ではない。日常的にこうしてくっついていることも理由のひとつだろう。
「覚悟して、リュウも私に溺れさせてみせる」
表情に乏しいながら、どこか艶めかしい笑みを浮かべアルムがリュウに顔を近づけると、まるで不意打ちのようにリュウがアルムの口を唇で塞いだ。
「なんだ、それならもうそうなってるよ」
「あ…………う、うん……」
珍しく、浅黒い肌を耳まで赤くしてリュウに頬ずりをするアルムの姿を、ミナは『良いなぁ……』と呟いて見送る。
その小さなささやき声を、獣人の卓越した聴覚が聞き逃すはずもなかった。




