08 兵法とは
「一応は、武之内流にも軍学っていうか軍略はあるんだ。まぁ大昔のやつだけど、知っといて損はないと思う」
Gクラスの軍学の授業では、なぜか教師であるストマックが必ず授業直前に体調不良を起こすため、もう1ヶ月以上自習が続いている。
「この軍学の教科書に書いてるのと似たようなものとあれば、全然違うのも多いけど、説明くらいなら俺でもできる」
「お前凄ェよ……何? 武之内流ってのは何でもやるのかよ?」
「何でもやるよ。いざ戦場だと個人戦もありゃ集団戦もあるだろ? 何でも出来たほうが生き残れる確率も上がるからな」
「リュウ、僕は一応この軍学の教科書、全部読んだんだけど……どうだろう? リュウの知ってるものと教科書に書いてる内容だと、どっちが正しいとかあるのかな」
ベインは少しばかり不安そうに、分厚い軍学の教科書をぺらぺらとめくる。
内容は、ランドルト王国の輝かしい戦争の歴史をまとめたもので、歴代の王に仕えた参謀、将軍たちの天才的戦術と勇ましい勝利、それにいかに華々しく敵軍を撃破したのかを戯曲のように描いている。
「そうだな、教科書にはちょっとコレはどうよ? ってのがいくつかあるんだ。そこんとこどうするのかは知らん」
「リュウは放任主義」
「武之内流は大体そうだよ。基礎とどうしても必要なことは教えるけど、大事なところは自分で考えるんだ。例えば俺とミナだと体の大きさが全然違うだろ? それで同じ技を同じように使っても、あんまり意味がない」
「確かにそうよね……でも、自分で考えるって言ったって、私そんなにアタマ良くないよ。アルムとかベインみたいに座学得意じゃないし」
「そういう時のために指導者がいるんだろ。ただ、最初は考えなくても体が動くようになるまで、必須の基礎を繰り返す。考えるのは基礎が出来てからだな」
ぺら、と軍学の教科書を適当に開き、リュウはじっとその記載に目を向けると、聞こえよがしにため息を吐く。
「この教科書にしたって、まるでなってない。やたら修飾語が多くてさ、具体的な数字が少ないんだよ」
武之内流兵法には、軍略としての知識も含まれている。
古くは孫子や呉子、六韜三略といった古の兵法も学問として学ぶ対象に入っている。
「軍学と言えば、基本は戦史研究だと思う。いつ、どこで、どういう状況で、誰と誰が戦ったのか。局地戦だけじゃない、周辺の都市の配置やら防衛力、各部隊の兵数に兵科、兵站の規模やルート、国の生産力、地形、土壌、山や川の配置、橋の有無などなど。考える要素はいくらでもあるのにさ」
再びリュウが教科書を適当にめくる。
開かれた項に書かれていたのは、1300年前のランドルト王国の将軍の戦争記録だ。
『偉大なるドワーフ族の勇士、コッヘル将軍は地を埋め尽くすほどの大軍を、まさに電撃のような速度で移動させ、何と日に80キロ・メトルもの距離の行軍を成し遂げた。3日間連続で行われた行軍において、ひとりの脱落者すら出さぬその手腕に対しては、まさしく神のごときものであると激賞を禁じ得ない』
ストマック教諭なら、まるで演説のように感情を込めて読み上げるであろう箇所を、リュウは何の感情も込めず、まるで新聞記事でも朗読するように読み上げる。
「なぁアルム、コレで何かわかるか?」
「全然。全く。ビタ一文わからない」
「だよな。ベインは?」
「……ま、まぁ、コッヘル将軍が軍を1日に80キロも軍を移動させた、ってことくらい?」
「リュッケン、どう?」
「いや、ムリじゃね? 1日で80キロってことは3日で240キロってことだろ? コッヘル将軍って確か、今から1300年前のドワーフの英雄だったっけ? ただの英雄譚じゃねえの?」
「なるほど、ミナは」
「えっと、よくわかんないけど……今の騎士の装備で1日80キロを4日連続ってってさ、ぶっちゃけノーム族とドワーフ族は絶対ムリだと思う。エルフ族の軽装弓騎兵ならまだしも、なんか創作にしても……盛りすぎ?」
うん、と満足げにリュウは微笑んで大きく頷いた。
「ま、俺もその手の戦略とか? 戦術とかはよく分からないけどさ。それでもツッコミどころしかないよね」
「面白い、その『栄光のランドルト王国戦史』のどこにツッコミどころがあるというのだ! 聞かせてもらおうじゃないか!」
がらがらぴしゃん、と豪快な音を立ててGクラスの教室の引き戸が開く。
現れたのは美しき第13王女アルトリリアと、護衛3人の内1名、ヘルセネン子爵令嬢ベルナデッタだ。
「やぁやぁ、平民含めド底辺諸君、邪魔するよ」
「いちいち平民の俺を区別するあたり、細っけぇな」
「ド平民が細かいことを気にするものじゃないぞ? さぁ聞かせてもらおうか。コッヘル将軍の『プシコ平原の戦い』のどこにどうツッコミどころがあるのか」
「えーっと、とりあえず先輩、自己紹介くらいしません? ここGクラスの教室ですよ。先輩だからってやりたい放題はさすがに良くないです。王女様の威信に関わるんじゃないですか?」
「むっ……平民のくせに、言うじゃないか……良いだろう。ボクはベルナデッタ・ヘルセネン。ヘルセネン子爵家の長女だ。リュウ・ノーチ、平民出の君の意見が、国軍筆頭軍師の娘であるボクの見解と同じであるか、聞かせてもらおうじゃないか」
リュウがちらりと視線を金髪の王女に向けると、なぜかアルトリリアは楽しげに腕を組んで鷹揚に頷いた。
この展開は、アルトリリアとしても『大好物』である。個人の武においてAクラスの上級生を圧倒した強者が、知に於いてもその実力を発揮するかはぜひとも知りたいところである。
「単純ですよ。まず『地を埋め尽くすほどの大軍が具体的に何人なのか』『電撃のような速度』の情報に具体性が何もない。おまけに『日に80キロ』というのがどう考えても不可能で、その行軍スピードで1人の脱落者もいないというのはあり得ない」
「ほう。続けて」
「……まぁ仮に、大軍が10万だとして、ドワーフ族の将軍ということは、恐らくは兵科としては攻城戦や野戦で強い重装歩兵に重装騎兵でしょ。となると糧食、補給、補助部隊といった兵站に非戦闘員も大勢いたはず。で、仮に移動距離を240キロとしますよ? 1日の移動時間で、時間配分を例えば移動8時間、睡眠8時間、野営準備、撤収、点呼、食事、適宜休息を合計して8時間としますよね。8時間で80キロ、つまり毎時10キロを8時間休憩無しですか? エルフ族の軽装弓騎兵とかならまだしも、ドワーフ族の重装歩兵にノーム族の重装騎兵が? 出来ます?」
「ムリだな。現実的なところを考えたら、240キロの行軍で重装歩兵、重装騎兵が主力部隊とするなら、8日で移動しても電撃的速度と言えるだろう」
「ですよね。つまり、この書物は『戦記物』、物語であって、正確かつ検証可能な事実を記録した『戦史』じゃない。よって、この『物語』を軍学の教科書にするのは、酔っぱらいの『俺凄ぇんだぜ』話を裁判での証拠として扱うようなモンです。この物語から学べる事は、たったひとつしかありません」
「ほう? 面白いじゃないか、リュウ・ノーチ、君がこの書物から学ぶことは何だ」
いつの間にか、ベルナデッタは身を乗り出して目を見開いていた。
リュウと同じくらい小柄で細身、かつメガネを掛けている彼女は、リュウのことを『平民風情が』と罵っていた事も忘れたのか、アルトリリア同様にリュウに興味津々という状態だ。
「こういうでたらめな『おとぎ話』を『戦史』として扱えば、後世の人間が『デタラメ』を根拠にして戦略を立てる。その戦略は間違いなく破綻する。戦略が破綻すれば、戦争で大勢が死ぬ。その死人の殆どは、俺達平民だ」
「お……面白い……興味深い! リュウ・ノーチ! 実に面白い! 平民とは思えないぞ!」
「その『平民とは思えない』という視野の狭い人間を戦略担当として囲っているところが、この国の参謀部のデキの悪さをよくあらわしてるんですよ、殿下」
「なっ」
喜色満面だったベルナデッタは、一気にその表情を曇らせ、次第に怒りに染めていく。
「王女様、確か昨日、あのカフェテリアでしたっけ? あそこで俺に、『強者を求めている』って言いましたよね」
「えぇ、言いましたわ。私は確かに強者を求めております」
「じゃあ何で平民を外すんです? 士官学校の平民枠が名目だけのものになってるって、俺の扱い見ればわかるでしょうに」
「おい! お前王族への礼儀というものを知らんのか!」
「良いのですベル。彼には無礼を赦してありますわ。それに、リュウの言う事に間違いはあって?」
軍学における首席の座に座り続ける才媛、ベルナデッタ・ヘルセネンも、返す言葉が見つけられなかった。
反論をしようとしても、その反論に対する再反論を自分ですぐに思いついてしまう。
子爵令嬢として、さらには参謀部首席の娘として、軍学、軍略、戦術における英才教育をうけたベルナデッタだからこそ、リュウの軍略のセンスと能力の高さはイヤでも理解できてしまう。
自分と比較しても肩を並べるほどの才覚の持ち主だ。
「うふ……うふふふ……重畳、まさしく重畳ですわ。私、ますますあなたに興味がわきましてよ、リュウ・ノーチ?」
「はぁ、そっすか……王女様もセンパイも、ヒマなんすか?」
「お、おいリュウ……王女様だぞ? もうちょっとこう、何ていうかさ、あるだろ? 言い方とかさぁ、な?」
「無ぇよ」
「だからさぁリュウお前、そういうとこだぞホントに!」
相変わらず無愛想なリュウに、リュッケンが思わず青ざめながらたしなめる。
何しろ王族への無礼は、場合と相手によっては即刻処刑されても文句は言えない
アルムは興味なさそうに教科書に落書きを始め、ミナはもう既に諦めてしまっていた。
「構いませんわ。確か……ジーケンハウス準男爵家長男のベインに、クロア騎士爵家の長男、リュッケンですわね? それに女子はサージェリー騎士爵家長女ミナと、ファーマシー準男爵家令嬢アルム、で間違いありませんわね。あなた達、良いクラスメイトに恵まれましたわね」
「アルトリリア殿下、まさかその、僕たちの名前を、全部覚えておられるんですか!?」
「あら? 何か不思議なことでもあって? ベイン? 私はこの士官学校に通う3年生、つまりあなた方のセンパイですのよ? 気に入った後輩のクラスメイトのことくらい調べるのは当然ではなくて?」
「い、いえ! あの、こ、光栄です……王女殿下に名前を呼ばれるなんて、そんな、考えたことも無かったので……」
「そうだ。光栄に思うが良い。本来なら騎士爵だの準男爵だのと言った平民に毛が生えた程度の下位貴族家など、王族への謁見すら許される事は稀だからな?」
「ベル、おやめなさい」
得意げにベインたちに言葉をかけたベルナデッタに、アルトリリアはこの上なく冷たい視線を向ける。
側近の中では唯一の中位貴族、子爵家の出身であるベルナデッタは、家格ではなく純粋にその能力によってアルトリリアの護衛に任命されている。
ベルナデッタ自身もその自負があった。だからこそ、やや高慢なところが抜けないのだが、ここは同じ護衛を務めるシーナや護衛対象の王女アルトリリアに何度もたしなめられている。
「彼らは私が認めた『友人』ですわ。それに、リュウにも不遜な振る舞いを赦しています。3度目はありませんわよ」
「はぁい……」
結局この日、軍学の授業に教師ストマックは一切顔を出すことは無く、アルトリリアからの報告を受けた学長にかなり厳しい叱責処分を受けることとなってしまった。




