73 物見遊山
「ミナ、これは大きなチャンス。モノにするなら、この旅行中がベスト」
「う、うん、あの、わかってる……んだけど、でもその……」
「大丈夫。リュッケンはおっぱい派。ミナが出すもの出せばイチコロ」
「出すものって……え、まさかその、胸を? そ、そんな、無理だよぉ……」
「ミナの武器は立派。せめて谷間か下乳、横乳くらいは出すべき。とりあえず谷間は必須」
「アルムぅ……無理だってば、そんなの恥ずかしくて出来ないよぅ……」
「あらあらぁ? なぁに? 恋バナ? お姉さんも混ぜてぇ?」
馬車の中でぼそぼそと小声で話していたアルムとミナに、身を乗り出して顔を近づけて来たのは剣聖セシリア・カンフルである。
一行が乗っているのはカンフル辺境伯家の馬車で、男子組は乗馬の練習のために馬に乗っており、馬車の会話は聞こえていない。
Gクラスのうち、唯一の『既婚者』となったベインはヘルセネン家に招かれている。
名目上はランドルト王国最高の軍師であるヘルセネン卿から戦術の教えを受ける、というものであったが、その実情はベルナデッタの欲望丸出しの『既成事実を作ってしまえばこっちのもの』という策である。
当然、そのことを察していたベインは、別行動で王国の北を守るカンフル辺境伯領への旅行へ出かけるリュッケンやリュウを、どこか遠い目で見送ることになった。
『まぁアレだ。仲良くやれよベイン。っていうかもげろ新婚め。せいぜいイチャつけ』
『俺らが帰ってくるのが先か、ベインがベル先輩に搾り取られて干からびるのが先か、賭けようぜ。俺はベインが干からびるのが先だと思う』
という実に温かい級友の言葉を聞いて一人王都に残ったベインは、まるで引きずられるようにベルに手を引かれてヘルセネン家へと向かうことになった。
「ミナちゃんはリュッケン君でしょぉ? アルムちゃんはリュウ君だしぃ、これはもう旅行で仲を深めるしかないよねぇ?」
そして現在、馬車の中ではリュッケンが言うところの『エロいお姉さん』ことセシリアが、目を爛々と輝かせて後輩二人の恋バナに参加していた。
「もちろん、私はやる。この旅行でリュウと一線を越える」
ぐっと親指を突き出したアルムはいつも通り無表情だが、その目にはいつになく固い決意が見て取れる。
正式にシュターガー・ランドルト校長から前期試験の全パスと、課題なしの2週間の休養を通達されたGクラス一同は、それぞれ思い思いに過ごすか、それとも揃ってどこかへ出かけるかの話し合いの場が持たれた。
ベインはなぜか、話し合いの日の朝にベルナデッタから『旦那様は我が家に来て、父上から軍学研修を受けることが確定している。筆頭軍師から直接軍学の講義を受ける機会など、金を払っても無いし、軍部の者でもそうそう無いことだぞ?』と持ちかけられていた。
ジーケンハウス準男爵家とヘルセネン子爵家の家格の違いから、ベインに拒否することなど事実上不可能だ。
そこでベルナデッタが提案したのが、『リュッケンとミナ、リュウとアルムの二組のカップル候補の仲を深めるためのダブルお泊りデートプラン』だ。
アルトリリアの護衛仲間であり、かつ士官学校の講師の同僚でもある剣聖セシリアの実家、北方のカンフル辺境伯領は、自然豊かで風光明媚な観光地でもある。
ランドルト王国の北方を守る女辺境伯は、エルフながら槍の名手であり、『剣聖の母は槍聖である』と評判となっている。
「良いよ良いよぉ? イッちゃえアルムちゃん♡ うふふふ、お姉さんそういうの大好きぃ」
「セシリア先輩、話せる」
「んふふふ、だってほら、実家がそんな感じだもの」
セシリアの実家ことカンフル辺境伯家は、代々女性が当主を務める家であり、周囲の貴族の家ではほとんど見られない、独特の風習がある。
それは、『当主は夫を持たない。夫が必要な軟弱者には当主は務まらない。ただ強者の種だけあれば良い』という思想に基づいたもので、次代の当主を産むためだけに男を選び、その子を宿して産み、そして強者として育てる。
カンフル辺境伯家は、過去千年にわたりそんなことを続けている。その結晶として生み出されたのが、史上最年少の天才剣聖、セシリアである。
「良いなぁアルムちゃん。リュウ君みたいな強い子と番えて……ね? 私がカンフル家を継いだら、1週間でいいからリュウ君貸して?」
「……貸す?」
「そ。あのね? 私の実家って当主は結婚しないの。でも子どもは欲しい。せっかくなら強い男の子どもじゃなきゃヤでしょ? だから。ね? 大丈夫、面倒なこと言わないから。私が育てるから。ねっ?」
「せ、セシリア先輩っ? そんな、あの、それってその……」
「あらぁミナちゃん、真っ赤になっちゃって可愛い……んふふふ、大丈夫よぉ? リュッケン君には手を出さないから、安心して? あ、でもリュッケン君が今よりもっと強くなったらどうしようかなぁ、借りちゃおうかなぁ?」
「だだだだめですっ! リュッケンはその、普段胸ばっかり見てくるし、スカートとかお尻とか太ももとかもジロジロ見るし、えっと、そ、そういうところはありますけど! でもリュッケンはだめですっ!」
「……ミナ、良い……これは独占欲。普段奥手で引っ込み思案なミナにしては良い傾向」
「あぅ……だ、だって……好きな人が私以外の女の人と、その…………そ、そういうことするのは、なんか……ヤだ」
「あぁん可愛い! ミナちゃん大好き!」
勢いよくセシリアは大柄なミナに抱きついて、豊満な胸の谷間に顔を埋めた。
このあたりの人との距離の異常な近さも、カンフル家の女の特徴である。
「そうなんだぁ、ミナちゃんってリュッケン君のこと、ホントに好きなんだぁ? ねぇねぇ、聞かせて? どんなとこ? リュッケン君のどんなとこが好きぃ?」
「え、あ、あの、あのっ、セシリア先輩?」
「ねーぇ、知りたぁい。教えてぇ? やっぱりワイルドなとこ? ミナちゃんてば毛深い男が好きだったり?」
「い、いえ、だからその、えぇっと……」
顔を耳まで真っ赤にしたミナは、まるで助けを求めるような視線をアルムに向けるが、この手の話題になったときにアルムは全くあてにならない。
「ミナ、大丈夫。リュッケンには黙っておく」
「そうじゃなくってさぁアルム……」
「ほらほらぁ、ミナちゃん? もしどんなとこ好きなのか教えてもらえたら、お姉さんも何かサポート出来るかもだよぉ? 実家の近くってねぇ、結構歴史のある温泉地があるの。自然に囲まれたとこなんだけどぉ、お母様に話ししてお泊りも手配してもらってるの。きれいなとこだよぉ? あ、大丈夫。部屋は2つ取るように話してあるから」
「あ、そ、そっか……ですよね? 女子部屋と男子部屋——」
「えー? 分かれちゃうのぉ? つまんなぁい。せっかくリュウ君とアルムちゃん、リュッケン君とミナちゃんの組み合わせの部屋に出来るのにぃ?」
まるで当然であるかのようにセシリアが言い放った爆弾発言に、ミナは思わず言葉を失ってしまった。
が、アルムは全く逆のリアクション。身を乗り出して、ミナに抱きついたままのセシリアに習うように、なぜかミナの巨乳に顔を擦り付ける。
「セシリア先輩、グッジョブ。超絶グッジョブ」
「でしょ? でしょお? おねえさん空気読んじゃった。頑張ってね? アルムちゃん」
「頑張る。超頑張る。お尻派のリュウを、日頃から鍛えた下半身でオトす。ミナはこの凶悪な武器を使えば良い」
唐突にアルムの小さな手が、ミナの豊かな胸を鷲掴みにした。
「うひゃぁ!? ちょ、ちょっとアルム、どこ触ってるの!」
「え? おっぱい?」
「そうだけど! そうなんだけどぉ! あの、あのっ、セシリア先輩も、なんで服引っ張るんですか!」
「えー? だめぇ?」
「だめですっ! そもそも大きさだったらセシリア先輩も大きいじゃないですか!」
「あらぁ? 見る?」
「見ませんから! あの、あぁんもうヤだぁ……助けてリュッケン……」
「ミナ、可愛い……この重さ、手触り、温かさ……これはリュッケンもイチコロ」
「だからアルム、揉まないでよぉ……」
賑やかな馬車には防音の魔道具が配備されているため、馬車の中の会話が外に漏れることはない。
当然のことながら、馬上のリュッケンとリュウには、まさか馬車の中で女子3人による艶めかしい会話が繰り広げられているなど想像できようはずもない。
が、彼らは若き男子学生である。男子同士の会話の話題となれば、その話題は自然と集束していくものだ。
「——ベインのやつ、今頃ベル先輩に絞られてんだろうな」
「だろうぜ。軍学の講義とか言ってたけどよ、ありゃあ絶対アレだぜ? ベル先輩が逃がすわけないだろ」
「だよなぁ。さっさともげちまえば良いのにな」
「全くだよ。末永く爆発しろってんだ」
実に下世話で、遠慮もデリカシーも耳かき一杯程度すらない話題。
一足先に婚約を果たした同級生を話題の種にして盛り上がるあたり、思春期の男子学生ならではである。
「で、リュウはどうよ? アルムといっしょに帝国に行ったんだろ? 部屋一緒だったのか?」
「違ぇよ。さすがに同室じゃなかった。アルムはシーナ先輩とセシリア先輩と同じ部屋だよ。俺はほら、なんて言ったっけ、ちょっと名前ど忘れしたけど、なんとか少佐って人と同じ部屋だった」
「ンだよつまんねぇ。抜け出してイチャイチャしたんじゃねぇの?」
「してない。けど、一緒に親善試合には出たなぁ……ってそうだ! アレだ、あの技リュッケンにも教えてやるよ。アレは脚力が大事だから、リュッケンにうってつけかもしれない」
「おっ? なになに? 何だよ、新技?」
「そうそう。武之内流の『通し』って技なんだけどさ、こう、手を直接当てた状態から相手の防具の内側に衝撃を『通す』技なんだ。ずっと昔の、遠くの国の名前だと『発剄』とか『寸勁』とかって呼ばれてる」
「へぇ、面白そうじゃん。今度帰ったら教えてくれよ。鎧の内側に衝撃を入れられるんだったらさ、アレじゃね? 重装歩兵とか相手でも使えんじゃね?」
「使える。そうだわ、思い出した。あの技、リュッケンに教えてやらなきゃって思ってたんだよ。……で? お前どうなの? ミナとさ? いい加減告った?」
「いやぁ、それがさぁ——」
実に緊張感のない男子2名の会話を流し聞きしながら、カンフル辺境伯家の騎士たちは呆れたようなため息を吐く。
カンフル辺境伯家の軍は、いずれも何らかの武術のマスター級以上を修めた猛者揃いである。
それだけに、リュウとリュッケンの立ち居振る舞いや、普段から足音を全く立てない体捌きなどから、二人が尋常ならざる手練れであることは気づいている。
が、武の達人とは似ても似つかない、あまりにも少年らしい話題や表情は、どう見ても達人のそれとはかけ離れている。
「一体何者だ……セシリアお嬢様がお認めになったということだが……何なんだあの隙だらけな姿は」
「まぁそういうな。士官学校の2年生ともなれば、まだまだ子供だ。良いじゃないか、子供らしくて」
剣術ハイマスター級を修めたノーム族の女騎士と、弓術ハイマスター級のエルフ族の女は、少し前を進む二人の男子学生に視線を向ける。
「——良いからガっと行けよガッと。ミナだって待ってると思うぜ?」
「そうかなぁ……」
「どう見たってお前ら両片思いじゃねぇかよ。あとはどっちがいつ告るかって話じゃねぇの? だったらリュッケンから言っちゃえよ」
「いや、それを言うならリュウだって——」
賑やかな男子学生の姿に、熟練の女騎士二人は、思わず苦笑を浮かべた。




