68 コトは成れり
「あの、ベル先輩?」
「ん? 何だねダーリン? 婚約したからといって、いきなり士官学校の神聖な学び舎で、ケダモノのようにボクを貪るつもりかい? いいとも、大歓迎だ」
「貪りません。そんなことより……その、本当に良いんですか? 僕は準男爵家、貴族の階級で言えば下から2番目です。本来ベル先輩みたいな子爵家の令嬢だったら、普通の性格だったら伯爵家とか、侯爵家とかに嫁ぐんじゃないですか?」
「ふぅむ。ダーリン、いや旦那様。キミはまだ良く理解してないな?」
ダーリンからあらゆる手順と段取りをすっ飛ばして、当然のように『旦那様』だのと呼び始めたベルナデッタの言葉をスルーするのにも、ベインは早くも慣れ始めている。
「良いかい旦那様、ボクを誰だと思っている? ボクだぞ?」
「知ってます」
「いいや、旦那様はボクを、ベルナデッタ・ヘルセネンという女をまだまだ知らないようだね? ボクはね、怠惰で強欲で、嫉妬深く食い意地が張った女だ。おまけに嫌いな相手には容赦しないし、下ネタもさほど嫌いじゃない、むしろ大好物だ。あと傲慢では無いと思うがね?」
「え、最後のって本当にそう思ってるんですか」
「なんだその『違うだろ』とでも言いたげな目は。タマらないぞ? そういう目で見られながら、ベッドの上でネチネチ責められたいというボクの願望を叶えてくれるとでもいうのかい?」
「すみません、忘れてください……」
「安心したまえ、2割くらいは冗談だよ旦那様。それでだ。さっきも言ったがボクは強欲だ。欲しいものは必ず手に入れる。そのためには手段は選ばないし、品性を疑われるようなことだってやる」
「はい、最後のは知ってます」
「旦那様は、去年からボクがどれだけ秋波を送っても見向きもしなかった。セシリアみたいな巨乳フェチかと思って心底心配したし、なんなら今でも育乳体操というものは続けている。これでも1サイズ大きくなったんだ。見るかね?」
「ベル先輩! な、何やってるんですか脱がないでください!」
ベインが大慌てで止めたのも無理はない。
なんとベルナデッタが胸元のボタンを外そうとしたのは、士官学校のGクラスの教室の前、廊下のど真ん中である。
「おや、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。薄暗い部屋でほの明るいランプに照らされた状態でみたい、ということだね? 重畳重畳、いつでもベッドで待っているよ?」
「ベル先輩、女子寮に住んでるじゃないですか、行きませんよ」
「何なら2人の愛の巣でも探すかい?」
「あの、ベル先輩ってハナシの脱線が多いって言われません?」
「当然だ、日に3度は言われる。それで何だったかな? あぁそうそう、ボクが欲しいものを必ず手に入れるという話だったね? ボクはね、そんじょそこらの男には全く興味がない。クソだとすら思ってる。まぁリュッケンが常々ミナ君の胸や尻を凝視してるくらいあからさまだと、かえって清々しいとすら思うけどね? まぁ旦那様にもそれくらいガッツリ来て欲しいものだけれど」
「はいはいすみませんでした。で、どうなんです? ベル先輩のところに縁談って来なかったんですか?」
「来た。当然、全部突っ返してやった」
ふふん、とこの上ないドヤ顔を見せながら、ベルナデッタはぺたぺたと緊張感のない足音を立てて職員室へと向かって歩き始めた。
ベインもついていくが、足音は一人分だけだ。
「ボクは、少なくとも自分を超える才や実力の持ち主でないとダメだ。これは大前提だね」
「その時点で世界中の8割強の男子は対象から外れますね」
「なおかつボクは年下が好みだ」
「さらに減りましたね」
「それでいて同族のエルフ族で、一応は貴族で、なおかつ父上を納得させることが出来るような実績、そう、例えば『士官学校の歴史に残るような大偉業を成し遂げた』という実績があるとなれば?」
「……僕ですか」
「そう、旦那様以外にいない!」
ベルナデッタは勢いよく振り返ると、すぐ後ろについてきていた旦那様ことベインを指さした。
「ボクはどうしても旦那様をモノにしたい。色仕掛けを繰り返してもなびかない。さぁ困った。よし、ここは寝技と力技に出よう、と思ったんだ」
「寝技……ってベル先輩、言い方ナマナマしすぎません?」
「良いかい旦那様、キミは自分の価値を過小評価している。ボクの惚れた贔屓目を抜きにしても、旦那様は近い将来、国の行く末を左右する将になる。これは確実にだ。そして旦那様は知らないだろうが、ゆくゆくはこの国は内戦に——」
「ヤバいやばいやばい! ベル先輩! 場所と話す内容考えてください!」
ベインは大慌てでベルナデッタの口に手を当てて、言葉を強引に止めた。
小柄なベルナデッタの身体を抱き寄せるような格好で、しかも口を塞ぐような超至近距離である。
この状態を見たミナが顔を真っ赤にして教室へと引き返し、いまだ両片思いの状態が続くリュッケンに『どした? 顔赤いぜ? 具合悪いなら保健室一緒に行くか?』と心配されたことは、Gクラスに残るふたりと担任マルコ・シーネだけが知るところだ。
「な、なんてこと言うんですか……誰が聞いてるかわかったものじゃないですよ」
「ふふ……うふ、うふふふひひひ、嗚呼旦那様、ボクを抱きしめて動けないようにして、強引にボクの唇を奪うつもりだね? いいとも、さぁ貪ってくれたまえよ旦那様? 知っての通りボク達の仲は両家公認、ボクはもう身も心も何もかもキミのものだ」
「いや、あの、今それどころじゃなくてですね?」
「それとも? ついにボクに欲情したかい? 嬉しいじゃないか、毎日可愛いレースの下着を着続けた甲斐があったというものだ。さぁ、保健室へ行こうか。なぁに、養護教諭は話が分かるおねえさんだ。賄賂に菓子の一つも渡せば、2時間くらいベッドを貸して——」
「じゃありません。あの、ベル先輩? 今さっきとんでもないこと言いそうになりましたよね?」
「ん? 旦那様が妻であるボクの身体をケダモノのように貪る、のところかい?」
「もっと前です。内戦だの何だのっていう」
「なんだ、やっぱりキミは父親のジーケンハウス卿に似て生真面目なんだな。学生ならもっと学生らしく、ユーモアと年上の妻に対する情欲というものを持ちたまえ。ボクが寂しさのあまり涙で枕を濡らす羽目になるぞ?」
「思う存分濡らしてください。そんなことより本当なんですか、さっきの話。内戦って本当なんですか」
うふ、と艶めかしく笑みを浮かべたベルナデッタは、まるでベインにもたれかかるように頬ずりをしながら、きゅっと引き寄せるようにベインの手を握る。
「知りたいかい? いいとも、ボクの全てを教えてあげるとも。その代わり、ボクにも旦那様の全てをさらけ出してもらいたいものだね?」
「ですから、本当なのかだけ教えてくれればいいです。あと、僕は次もまだ授業ありますからね?」
ちっ、とあからさまな舌打ちをしてベルナデッタはちょいちょいとベインを手招きする。
身長差があるため、ベインは身体をかがめベルナデッタは背伸びをして、顔をベインの耳に近づけた。
「うぉわぁ!?」
「うひひひ、そうかぁ、旦那様は耳が弱いのかぁ、これは良い発見だったな?」
「なっ、な、何するんですか!? 何考えてるんです、いきなり人の耳に!? 何入れたんです!?」
「ふふふ、ほら見たまえ、ボクは舌がエルフ族の標準より少し長いんだ」
「……いい加減に怒りますよ、ベル先輩」
「おっと、これはお仕置きの気配かな? ……ってちょ、ちょっと? 旦那様? 本気で怒ってる? や、やだなぁ、妻として夫にじゃれついただけじゃないか。愛情表現だよ、ボクからの愛だ。……う、うん。ゴメン、ちょっとやりすぎた……」
じと、と思い切り無表情でベルナデッタを見下ろす視線に、ガチギレの気配を感じたのだろう。珍しくベルナデッタは大人しく引き下がる。
「内戦というのはだね旦那様、我らが王国の太陽ことベネディクト4世陛下を始めとする主要王族、そして王弟シュターガー・ランドルト大公閣下、最後は我らがアルトリリア・ランドルト王女殿下。つまりクソ王と校長先生とリリア様によるものだよ」
父親同様、王家に対する敬意などカケラも感じられない物言いできっぱりと言い切りながら、ベルナデッタは不満げに胸元のボタンをしめなおす。
同じく、父親に似て真面目なベインは腕組みをしながら何事かを呟きつつ、高速で思案を巡らせ始めた。
「ま、結論から言おう。ランドルト王国の平和な時代はもうすぐ終わりを迎える。それから、校長先生とリリア様はもう手を組んでる。表向きは3つに分裂するように見えて、国が分かれるのは2つだ。君たちGクラス諸君は、当然リリア様付いてもらうよ? ちなみにヘルセネン子爵家、ステルベン辺境伯家、カンフル辺境伯家はリリア様につく事が確定してる」
「そ、そんなどう考えても機密中の機密事項、僕に話してよかったんですか……」
「当然だとも。ボクはキミの妻で、キミは今やヘルセネン子爵家の次代だぞ? まぁ卒業するまではジーケンハウス準男爵家の嫡男であることは変わらないがね?」
2人の婚約に伴い、ジーケンハウス家はベインの弟、クーニーが跡継ぎになるよう調整が入る事になった。
ただ、この辺の変更はベインが卒業し、実際にベルナデッタと結婚するタイミングに合わせて行われる事になっているため、現在もベインは準男爵家という立場である。
しかし筆頭軍師アーノルド・ヘルセネン子爵は『どうせ結婚するんだ、遅いか早いかの違いしか無いんだし、構わないだろう』と遠慮なく機密情報をベインに話しまくっている。通常いち士官候補生が触れてはいけないであろう情報も、まるで昨日の夕食のメニューを語るかのような気軽さで『あぁ、そう言えばまたサミッツ皇国と西方の辺境伯家が色々動いたたらしいな。まったく、相変わらずあの国は面倒くさいことを』などと言い放ち、ベインを唖然とさせている。
「アルトリリア殿下は……こうなる事を見越してGクラスに声をかけられたんでしょうか」
「さぁね? まぁリュウのようなバケモノが現れたのはただの偶然だ。でもその機を逃さず一気に動いてたんだよ。結論から言えば、ステルベンの角で起きたエントラッセン帝国との紛争にしたって、リリア様からすれば『棚からクッキーが落ちてきた』ようなものさ。リリア様は総合首席だったけど、軍学においてはボクに続いて次席だった。得意分野は戦術よりも、大戦略の部分だった。リリア様こそ王の器だとボクは思うね」
機密事項をぺらぺらと何のためらいも無く話すあたりはヘルセネン子爵家の伝統なのだろう。
少し離れた場所から2人を眺めていた生徒の一人は、廊下の隅で抱き合うような格好のまま顔を寄せ合う2人を見て、まさか国家転覆や内戦につながるようなとんでもない内容を語っているとは全く気づかず、『クソが、イチャイチャしやがって』とつぶやいて去っていった。




