64 交流会
士官学校校長のシュターガー・ランドルト大公は、今ランドルト王都を賑わせつつあるGクラスの面々の実力をその目で見たことはない。
リュウとアルム、士官学校において不動の底辺であると評判のGクラスの最強にして最凶、最恐の戦力である彼らの恐ろしさを知るものは、エントラッセン帝国側ではなくランドルト王国軍に少数存在する程度である。
ふたりは完全に武装を解除した状態、全くの丸腰の状態で帝国陸軍の訓練場に降り立っていた。
「繰り返すが、良いかふたりとも。これはあくまでも親善試合である。過度に相手を傷つけることは許さん。判定は審判の『勝負あり』か『参った』である。その後は一切の手出しは許さんぞ」
シュターガーの言葉に、かなり不服そうなリュウとあからさまに不満そうなアルムは、渋々ながら首を縦に振った。
闘技場に審判兼ストッパーとして参加しているのは、アルムやリュウとも因縁深いイザーク・アンビュランス少佐である。
「ふたりとも、念押しだが……良いか、くれぐれも、くれっっぐれも、相手への攻撃は最低限に押さえてくれよ? 間違っても関節、急所の破壊はしないように。あくまでもこれは『親善試合』であるということを忘れないでくれ。良いな? 親善だ。し・ん・ぜ・ん、分かるな?」
「分かってますよ、ったく……なぁアルム?」
「任せて」
アルムは軽くストレッチをしながら、いつもの無表情なままでしっかりと頷く。
「殺さなければ何してもオッケー」
「だよな」
「だよな、じゃない! な、なぁふたりとも? 頼むぞ? この試合にアルトリリア様やシーナお嬢様、それに総司令官閣下のお立場だとか、その、今回のアレだ、相互不可侵条約も行先が危うくなるかも——」
「その心配は無用だ」
必死でイザークがふたりを窘めている声は、小声のつもりであったものの次第に声が大きくなってしまったのだろう。その場にいる全員に聞こえてしまっていた。
イザークの言葉を途中で遮った低い声は、シュターガーではなくその隣に立つ大柄な男、名将、ヴィルヘルム・エレンボーゲンである。
「むしろ、その若さで常在戦場の心得が出来ていると見える。シュターガー・ランドルト大公、貴国の士官学校はかなり厳しい指導をしておられるようだ」
「いや、軍人の卵として、上官命令への不服従は恥とすべきもの。お恥ずかしい限りだ」
悠然とシュターガーはリュウとアルムに歩み寄り、そっと優しく小柄な身体の肩に手を置いた。
「良いか。お前達がアルトリリアの『飛び道具』であることは聞いている。Gクラスとして最高の成績を収めているともな。そこで校長である私からお前たちに課題だ。相手に一切の怪我をさせずに制圧しろ。手段は問わん。いいな」
「骨折は?」
「ダメだ」
あからさまに、ふてくされたような顔のアルムは校長の指示を聞いているかいないのか、周囲が不安に思うような事を平然と聞き返す。
「動脈はダメで静脈はオッケー?」
「リュウ・ノーチ、お前のオッケー基準はどこにある。ダメに決まっとるだろう」
「じゃあ打ち身」
「捻挫は?」
「ふむ……打ち身と捻挫は良し。脱臼と外傷はダメだ。これは課題だ。犠牲を最小限に止める訓練だと思え」
「はぁい」
渋々ながら返事を返したリュウと違い、アルムは少し俯いて『ちっ』と舌打ちするだけであった。
「ランドルト大公、心配は御無用。我が帝国軍の兵士も生半可に鍛えているわけではない。むしろ未成年に手加減される方が武人の恥辱といえる。遠慮はいらん」
「た、大公閣下、エレンボーゲン将軍閣下、発言の許可を!」
青ざめた顔で機敏に手を挙げたイザークに、二人の名将は同時に頷いて見せる。
「自分はステルベン辺境伯軍所属、イザーク・アンビュランス少佐であります! お言葉ではございます、このふたりは極めて危険であります! アルトリリア殿下の懐刀ではなく飛び道具と表現されたことからもおわかりの通り! このふたりの戦力は断じて侮るべきではありません!」
「ほう、では少佐、貴様がこのコドモふたりと立ち合うとしたら、所要時間はどれくらいだ」
「恐らくは1分も持たぬでしょう」
「貴様も少佐ならば、未成年を相手取ればそれくらいの時間で仕留められるか。であればコドモに手加減を命じるなど、確かに帝国軍に対して無礼で——」
「お言葉ですが閣下! 閣下は、誤解しておられます。1分持たずに仕留められるのは、自分であります!」
帝国兵が居並ぶエリアから、失笑のような声が漏れる。
仮にも軍の少佐という上級将校ともあろうものが、士官学校の2年生、おまけに未成年を相手に自ら『1分も持たず仕留められる』と宣言したのだ。
もしもこの場に、帝国との紛争前の状態のアルフォンス・ステルベン辺境伯がいたら、それこそ顔を真赤にして怒り狂っていただろう。
「まったく……少佐、貴様が何を畏れているのか私にはわからん。……が、まぁそこまで警戒するからには、それなりのものを見せてくれるのだろうな? だがふたりとも、良いか。制限はさっきのままだ。脱臼と外傷を負わせることなく、骨折も相手を制圧してみせろ。それが出来たら——そうだな」
シュターガーは少しだけ考え込んで、つまらなさそうに俯いているアルムとリュウをしばらく眺めると、にやりと口ひげを歪めて笑みを浮かべた。
「士官学校でGクラス全員に、2週間の休みをやろう。課題もなしだ。それに前期の試験は全てパス扱いにしてやる」
「乗った」
「よっしゃ、やるぜアルム」
「任せて。校長に二言はない。少佐と、あそこのジジイ……じゃなかった、将軍が証人」
実に現金な事にアルムとリュウはころっと笑顔に変わり、不敵な笑顔を互いに見合わせる。
呆れたため息を吐く校長、シュターガー・ランドルトの肩をぽん、と軽く叩いたのはエレンボーゲンである。
「大公、若者とはかくあるべし、ですな」
「まったく、お恥ずかしい限りです……まったく、士官学校でも行儀作法の授業を増やすべきか」
「はっははは、軍人にも礼儀作法はありましょうが、そこは本分ではありますまい。かの叡明な王女アルトリリア殿下の飛び道具とやらの実力、しかと見定めるとしましょうか」
「恐れ入る、将軍。では——」
ちら、とシュターガーは審判を務めるべく訓練場にとどまっているイザークに視線を向けると、大きく頷いた。
なにかを諦めたかのように頭を振って、イザークは高々と手を挙げる。
「では、これよりエントラッセン帝国陸軍とランドルト王国ステルベン辺境伯軍の親善試合を執り行う。ランドルト王国からは士官学校2年生、リュウ・ノーチとアルム・ファーマシー」
申し訳程度に帝国軍からもぱらぱらと拍手が飛ぶが、明らかに侮蔑の意図が込められたものだ。
帝国軍からすれば、ランドルト王国軍など『本気でやれば簡単にひねりつぶせる相手』という認識だ。
おまけに士官学校の学生、それも最底辺クラス未成年の相手など、プロの軍人としては到底真面目に取り組もうなどとは思えない。
「では帝国軍からは、陸軍二等軍曹ヤン・セイリュウと、同じく二等軍曹エスメラルダ・オルメテック」
「自分らですか……まぁ、ご命令とあれば」
やや不満そうながら、いかにも『遊んでやるよガキども』とでも言わんばかりの油断しきった笑みを浮かべ一組の男女が歩み出てきた。
小柄ながら明らかに鍛え抜かれた武術を修めているであろう男と、ノーム族の大柄な女だ。
女の方は、ノーム族としてもかなりの巨躯の持ち主で、身長2メートルほどのミナよりも遥かに大きい。おまけにめくりあげた袖からのぞく腕の筋肉は、厳しいトレーニングで鍛え抜かれていることが分かるほどにビルドアップされていた。
「お嬢ちゃん、抵抗すると痛いよ。降参するなら早めにしな」
「まぁそう言うなってエスメラルダ。せっかく遠くまで来たんだ。ちょっとは遊んでやろうぜ」
黒髪の小柄な男は、リュウよりは長身である。
ボキボキと指の骨を鳴らしながらニタニタとやや下卑た笑みを浮かべている。
「リュウ、どっちにする?」
「俺はこっちのデカいオバさん」
「じゃあ私はこっち」
「確かアレだっけ? 骨折はダメだっけ?」
「捻挫まで。脱臼もダメ」
「そっか、まぁしょうがねぇ。2週間の休み、何する?」
「決まってる。リュウとイチャつく。目指せ既成事実」
あまりにも緊張感の無い若者の言葉に、2人の二等軍曹は同時に動きを止めた。
「ヤン、気が変わった。コイツらボコボコにしてやろうか」
「……そうだな。オトナをナメたらどうなるか、どうもランドルトじゃ教えてねぇみたいだ。俺達が教えてやるとしようかね」
「せっかくのご指名だ。アタシはこの小僧を可愛がってやろうか」
「じゃ、俺はこっちの小娘か。俺ぁロリコンじゃねぇんだがなぁ。もっと乳のでけェオネエちゃんの相手だったら良かったんだがな」
お互いに軽口を叩き合いながら、ゆっくりと4人は闘技場の前に歩み出る。
冷や汗が止まらないイザークは、今にもリュウとアルムが帝国側のふたりに襲いかからないか、まさしく戦々恐々である。
「で、では互いにこの場は親善試合であることを忘れぬよう。日頃の訓練の成果を見せて頂きたい。宜しいか」
「あぁ良いよ。ヤンチャなガキどもに軍人の厳しさってやつを教えてやるさ」
エスメラルダは不敵な笑みを浮かべ指をボキボキと鳴らし小柄なリュウを見下ろした。
「心配すんなボウヤ、おねえさんが可愛がってやるよ」
「あぁ、俺彼女いるんで、そういうの間に合ってます。な? アルム?」
「そう、私はリュウの嫁。リュウは私の彼氏でありダンナ」
「それに俺、オバサンはちょっと守備範囲外なんで」
ヤンが楽しげに、小さく口笛を吹いて見せる。
二組の間に立つイザークは、リュウとアルムの実力を知るだけにもう生きた心地がしなかった。
「だってよエスメラルダ、フラれたな」
「まったく、ランドルトのガキはレディの扱いがなっちゃいないね。オトナの女としていっちょ『わからせ』てやるさ」
「お嬢ちゃんも安心しな。オジさんが優しくしてやるよ」
どこかいやらしい笑みを浮かべたヤンを見上げて、アルムは実につまらなさそうにため息を吐いた。
「オジに興味はない。リュウの方がずっといい男」
「おいおい、つれないこと言うじゃねぇか。成熟した男のよさを教えてやるぜ?」
「そ、それでは! 双方よろしいか!」
いたたまれなくなったのか、イザークは半ば強引に試合前の舌戦を切り上げさせる。
「始め!」
勢いよく、イザークの手が振り下ろされた。




