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58 次鋒の重み、中堅の手堅さ、副将の鋭さ

 きぃん、という澄んだ美しい金属音が響く。

 Cクラスで槍を扱わせたら間違いなくナンバーワン、というノーム族の男の息は、完全に上がっていた。

 両手持ちの長剣を下段に構え、一見すると隙だらけにしか見えないベインに、男の槍は全く届かなかった。


「そろそろ槍使いの捌き方の稽古も良いかな」


 ベインはそうつぶやくと、ようやく剣を青眼に構える。

 ほぼ秒殺となったアルムの試合と違い、ベインの試合はすでに10分以上続いていた。

 向かい合った直後から名乗りもなしに、突如ベインに突きかかってきた大柄なノーム族の男の槍は、ベインの体捌きと剣による『いなし』『受け』『払い』だけで見事に捌かれている。

 思わずレオポルトが『ワザと外しているのではないか、あのヘタクソめ』と呟いてしまうほど、ベインの防御の技は熟達している。


 ついていけるものはほとんどいない、と言われる剣聖セシリアの稽古をすでに半年以上も受け、自身もシルバー級の認定を受けたベインの剣術は、どれだけ控えめに言っても洗練されたものである。

 特に防御の技に関しては、師であるセシリアから『ベインちゃんったら護りが本当におカタいの。真面目ちゃんよねぇ……うふふ、でもそういう真面目な子が乱れるところ、お姉さん見てみたいわぁ』と評されている。後半は、年下好きで知られるセシリアの個人的願望が漏れてしまったものだが、剣聖からも認められた防御はすでに一級品である。


「降参するなら今のうちだよ」

「だ、だっ……誰が、お前らみたいな、落ちこぼれに……」

「そうか、じゃあ仕方ない」


 正統剣術の源流と呼ばれるシヴォルト流剣術には、技の名前などはない。

 他の貴族たちに好まれる剣術にある『狼爪百烈影撃斬』などの大仰な名前などはなく、ただただ基本となる技『切り落とし』『切り上げ』『突き』『薙ぎ』『崩し』といった動きを洗練させて組み合わせる。

 極められた基本技は、派手な大技とは比べ物にならないほどに実践的な力を発揮しやすい。


 シルバー級認定を受けたベインの太刀筋を、ノームの男は視認することが出来なかった。

 おまけにベインは男を斬ることなく、全てを寸止めにしていた。


「ベインも残酷だよなぁ、ひと思いにブッタ斬ってやりゃあ良いのによ」

「だよな。ベインはちょっと甘いとこあるから。まぁそこが良いとこっちゃ良いとこなんだけど」

「……また死んだ。これでアイツ、8回は死んでる」


 アルムの残酷な宣告の通り、ノームの男はこれが実戦ならばすでに7回から8回は致命の急所を斬られている。が、未熟ゆえにそのことに気づけないでいた。


「あそこまで一方的にズタズタにされてんのに気付けないって、ある意味凄ぇよな。ゾンビなんじゃね? あいつ」

「やだリュウ、私怖い」


 アルムがわざとらしく、棒読みのセリフを吐いてリュウに両手で抱きついた。

 あからさまにイチャつこうとするアルムに、ミナが困り果てた顔を向ける。


「ちょ、ちょっとアルム? ダメだよ、試合中だよ?」

「私は見られると興奮する女」

「ダメだってばぁ……もう、リュウ、何とか言ってあげてよぉ」

「大丈夫だミナ、落ち着けって。どうせベインが勝つ。——ほら、これで15回死んだ」

「よく死ぬよなぁ、アイツ。名前知らねぇけどさ、そろそろ自分が何回も殺されてるって気づかねぇモンかなぁ」


 ベインと向かい合って槍を構えている男の目は、恐怖一色に染まっていた。

 アルムは寸止めだけではなく、本来なら斬ったタイミングで、真剣の刀身で相手を撫でていたのだ。

 そのたびに、『こっちの急所の方が突きやすいかな』だの『よし、今のは内臓まで入った』だの『この方向から切れば、肘から先は切り落とせるな』と、物騒この上ないことを小声で呟いていたのだ。

 セシリアとの稽古で繰り返されてきたものだが、セシリアの稽古について行けるものがほとんどいない理由のひとつが、この優しい斬撃と囁きである。


 稽古中、延々と『ほぉらまた死んじゃった』『ここは痛いわよぉ?』『うふふ、今日あと何回死ぬかしらぁ?』『隙だらけなんて、お姉さんを誘ってるの?』『次は本当に斬っちゃおうかなぁ? 訓練中の事故っていう事にすればいいわよね?』ととんでもない囁きを延々と聞かされる上、剣をもって向かい合うと一切の容赦がない。

 伯爵家の嫡男が、稽古中であればワンチャン身体接触も行けるのでは、と下心丸出しで稽古を申し出たところ、わずか1時間も立たない内に心に深い傷を受け、軍を退役し自宅に引きこもってしまった、などという事例もある。 


「もういい加減降参すりゃいいのにな、ベインも実はドSじゃね?」

「だよなぁ。ベインもさ、Gクラスの良心みたいな顔しといて、やってること俺よりエグくね?」

「や、それは無いと思うよぉ? だってリュウのエグさはほんと酷いもん」

「……ミナ、言い方」

「あ、また死んだ。これで23回目」


 不意に闘技場の動きが止まる。

 からん、と乾いた音を立てて、ノームの男が持っていた槍が石の床に落ちる。


「も、もう赦してくれ……もう勘弁してくれぇ! 俺の、俺の負けだ! もうやめてくれェ!」


 大柄なノームの男は、完全に怯えきった表情でうずくまり、まるで小さな子どものように泣き始めてしまった。

 マーゲンの判定を聞く余裕もなく、完全にパニックの状態。恐慌状態に陥っている。

 どこか満足げな表情のベインが歩いて闘技場から降りて来たのを、リュッケンとリュウの男子陣2人が出迎える。


「ふぅ、良かったよ。怪我をさせずに済んだ」

「まぁ……アレだな、怪我『だけ』はしてないけどさぁ」

「ベイン、お前実は情け容赦ねぇな? セシリア先輩みたいだったぜ」

「ベインはドS」

「ベイン……あの、もうちょっとこう、ね? やり方っていうかさ?」


 半ばドン引きで出迎えたクラスメイト達に戸惑いを隠せないベインが闘技場を振り返ると、悲鳴を上げて泣き喚いているノームの槍使いの男は、同じCクラスのクラスメイトに引きずられるように闘技場を去っていくところだった。


「いやぁ、どこも斬ってないんだけど……」

「何言ってんだよ、心をあんだけズタズタにすりゃ、ああなってもおかしくないって」

「心なんて斬ってないよ」

「ベイン、お前そういうとこだぞ。ったく……さっさとセシリア先輩とベル先輩に喰われちまえ。もげろ」


 いつもの男子トークが終わる前に、早々とマーゲンの号令で中堅が呼び出される。

 Cクラス中堅は、二刀流のノーム族の大柄な男だった。


「よっし、じゃちょっくら行ってくるわ。リュッケン、準備運動しとけよ? サクッと終わらせてくる」

「おう、相手殺すなよ?」

「まぁ、骨の5本か10本ってとこだろ」


 物騒極まる言葉を残して、まるで散歩にでも出かけるような、それでいて足音が全くしない足取りで劉派相手へと歩み寄る。

 

 遠い間合いだったが、すでに始まっていた。

 先に仕掛けたのは剣士の方である。すでに不意打ちがデフォルトの状態であり、レオポルトは試合を歯ぎしりしながら眺めていた。

 王太子の視線など全く意識することもなく、リュウは突進してきた剣士の膝関節を蹴り折って、金的と顔面に蹴りを入れる。

 崩れ落ちようとする大柄な男の手首の関節を破壊して剣を奪うと、まるで流れるような体捌きで身体の後ろへと回り込み、最小限の動きで頸動脈を切り裂いた。


 この間、わずか4秒である。


「そ、それまでッ! 勝者Gクラス、リュウ・ノーチ!」


 訓練具を使っているとは言え、絶命と後遺症だけを逃れることが出来るため、痛覚と死の恐怖はそのまま鮮明に味わうことになる。

 剣士の男は、自らの命が死神に刈り取られるような感覚を、恐ろしくリアルに感じ取りながら気を失った。


「さすがリュウ、私のダンナ」

「ただいまアルム」

「ん」


 ほんの1分前に上がったばかりの闘技場を軽やかに降りたリュウに、アルムが両手を広げて見せる。


「んって何?」

「勝利のハグ」

「要らねぇって」

「ひどい。ミナ聞いて、リュウが冷たい。これは夫婦の危機」

「ねぇリュウ、ぎゅーってしてあげなよぉ。アルム心配してたんだよ?」

「絶対心配してないだろ」

「してない。私はリュウを信じてた。だから、んっ」

「次ィ! 副将、さっさと闘技場へ出て来んかァ!」


 相変わらずの夫婦漫才を中断させるかのように、マーゲンの大声が響き渡る。

 現時点でGクラスは3勝、すでにクラス対抗戦の勝利は確定している。が、クラス全体が棄権しない限り、試合は続けられる。

 哀れなことに、今日のCクラスには『王太子と王女が見守る天覧試合で、クラス棄権などという大失態を晒す』という選択肢はない。

 気の毒なリュッケンの相手は、エルフ族の男であった。

 弓と短剣を持って戦う、エルフ族としては非常に伝統的な戦闘スタイルである。


「あれ? なんだよ、仕掛けてこねぇのか?」

「……不意打ちを前提としてる奴らに不意打ちをかけても、それは不意打ちにならないからな」

「へぇ、お行儀良いんだな。さすがエルフだ」

「黙れ! あの忌み子のアルムと共に動くなど、やはりGクラスはろくでもないものばかりだ!」

「……あ? おい手前ぇ、今なんつった」


 リュッケンが静かに腰の鞘からダガーを抜き、左右の手に逆手に握りしめる。


「そうか、お前あん時の雑魚か。去年わざわざGクラスの教室まで来て、アルムを慰み者にするだのなんだのって言ってたわりに、弱っちくてリュウにボコられたやつか。どうりで、どっかで見たことあると思ったぜ」

「黙れGクラスが! お前もお前だ! 魔法を使えない獣人族のくせに、どの面下げて士官学校に入ってきた! 本来ならお前のような——」


 言葉の途中で、エルフの男はようやく自分の左腕の手首から先が切り落とされていることに気が付いた。

 獣人族の類まれな脚力を持つリュッケンの『縮地』は、空間魔法の奥義である『ワープ』よりも発動時間が短い。

 10メートル以内の間合いであれば、瞬きひとつの一瞬の時間で、相手の喉元に短いダガーを突きつけることすら可能だ。


「べらべらとよく喋るなぁお前。実戦だぜ? 分かってんの?」


 エルフ男は悲鳴をあげるのも忘れて、美しく切断され、骨や血管、筋肉といった断面を見せている自分の左手首をじっと見つめている。何が起きているのか、全く分かっていないといった表情だ。


「きゅ、救護班! 勝負ありだ! 勝者Gクラス、リュッケン・クロア! 衛生兵急げ! 救護室へ連れて行け!」

「え? 何? なんだよ、訓練具付けてりゃ後遺症残らないんじゃねぇの?」

「バカモノ! 切断までは想定されておらんわ!」

「なぁんだ、そういう大事なこともっと早く言えよなぁ。ま、油断したそいつが悪いんだし、あとよろしくっす、センセ」

「ま、全く貴様らは……衛生兵! 何をしとるかァ!」


 にわかに闘技場は慌ただしくなった。

 マーゲンの言葉通り、訓練具は『切り傷』や『刺し傷』、それに『骨折』『脱臼』『魔法ダメージ』を肩代わりするものである。

 が、リュッケンのあまりにも鋭いダガーの斬撃は、訓練具の結界すら安易く切り裂いてしまった。その結果、対戦相手のエルフの男の手首へのダメージは肩代わりされなかった。


 残り一人、大将戦を残した段階で、Cクラスは棄権を宣言。

 ここに、第一試合はGクラスの完勝で幕を閉じることになる。


「よかったぁ、これなら私、この先も試合しないで済むよね? ねっ?」

「ま、それで良いんじゃね? 大丈夫だミナ、俺等に任せな」

「うんっ、ありがとうリュッケン。頼りにしてる」


 普段あまり見ることが出来ない、Gクラスでも大柄な2人のイチャイチャとした場面を、王太子レオポルトは呆然と、それでいて怒りに満ちた目でじっと睨みつけていた。

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