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57 天覧試合

 その日、ランドルト王国王立士官学校の闘技場は、ほぼ満員となっていた。

 2年生Sクラスの筆頭、ロレンツォ・ド・キルルージャ公爵令息の発案で催された『月例訓練試合』の第1回が、なんと王族の前で執り行われる事となっていた。


「全員ン気をォ付けィ!」


 広い闘技場の隅々まで届くグレゴリオ・マーゲンの号令にあわせて、訓練試合に出場する者たちが一斉に直立不動の姿勢を取る。


「吾輩はァ! 槍術師範グレゴリオ・マーゲンであァる! 本日はァ! 畏れ多くもランドルト王家より! 王国を導く暁の星! レオポルト殿下とォ! 士官学校理事として就任された、アルトリリア殿下のご臨席を賜っておォる! 総員ン! 敬礼!」


 ざっ、と音を立て全員がランドルト王国軍の敬礼の姿勢を見せた。

 この敬礼はGクラスも一応参加する形になっている。


「直れィ! これよりィ! 王太子レオポルト・ランドルト殿下よりお言葉をォ賜る! 総員傾聴ォ!」


 ゆっくりとレオポルトは立ち上がり、全員の前でマーゲンには不要であった拡声の魔道具を手に取る。


「レオポルトだ。士官学校の2年生諸君、なかなかいい面構えをしているな」


 マーゲンと異なり、落ち着いた声色だった。

 だが、その声の奥にはどうしても隠しきれない傲慢さがにじみ出ている。


「栄光あるランドルト王国軍の士官候補生ならば、その程度のことは出来て当たり前だ。そして士官学校は有能な軍人を育てる機関。東方の公爵、キルルージャ公爵令息の発案として始まるこの訓練試合が、諸君の研鑽の場になることを期待している」


 全員が敬礼の姿勢を取る。

 短い挨拶が終わるかと思ったその時、レオポルトは少しの間息を止め、再び拡声の魔道具を口に当てた。


「良いか、高位貴族の者たち。特にSクラス、Aクラス、Bクラスの者たち。貴様らが下位のものに敗れるなどという大失態は二度と見せてくれるな。私を失望させるなよ。間違っても昨年の合同演習のような醜態をさらすな」


 一方的に言い切ると、レオポルトは演壇を降りていった。

 少しばつが悪そうに咳払いをして再び登壇したマーゲンは、やはり拡声具を使わずに地声だけで声を届かせる。


「続いてェ! 士官学校理事! アルトリリア殿下のお言葉であァる! 総員傾聴ォ!」


 苦笑を浮かべたアルトリリアは、兄とは違う拡声の魔道具を口に当て、訓練試合に参加する8クラス40名の選手たちに視線を向けた。

 この時初めて、Cクラス以下のものは王族の来賓と目が合った。


「諸君の日頃の研鑽の成果を見せてくれることを期待しています。訓練具を用いた試合です、存分に実力をお出しなさい。軍人として、ランドルト王国を護る盾として、培った技と力を見せる機会はめったにありません。存分に磨き合いなさい」

「やっぱり、リリア様の方がずっと良い」

「だよな」

「俺あの王子様、好きになれねぇわ」

「そこォ! 私語を慎めェい!」


 Gクラスへの当たりの強さは相変わらずなマーゲンが咳払いをして、巨体を選手たちの前に再び表した。


「本日の組み合わせをォ発表する! 第一試合! Gクラス対Cクラス! 第二試合! Sクラス対Dクラス! 第三試合! Aクラス対Eクラス! 最終試合! Bクラス対Fクラスであァる! 両殿下の御前であァる! 持てる力を存分に発揮し! 日頃の研鑽の成果を存分にお見せするのだ! 良いかァ! これは実戦と思えェい! 一切の甘えは許さん! 訓練具の判定に従えん者は罰走を課す! 分かったかァ!」


 今回は、Gクラスが全員、真っ先に敬礼をマーゲンに返した。


「リュウ、言質」

「あぁ、言ったよな、確かに。な? リュッケン?」

「確かに聞いたぜ。実戦と思え、甘えは許さん、持てる力を存分に発揮しろ、だったよな? でもさ、何かSクラスとやんのかって思ったけど、拍子抜けしたよな。あいつら王族が来てるからって日和ったんじゃね?」

「あぁ、そういや確か、なんかマルコ先生が、俺らはSクラスとやるとかやらねぇとか言ってたっけ? まぁ良いんじゃね? どうせいずれ当たるんだろうし」


 Gクラスにとっては、ブレーキ解除にも等しい言葉であった。

 おまけに訓練具という、どんな怪我でもダメージを肩代わりし、後遺症を残さないようにするための軍の備品までを使うのだ。これはGクラスにとっては事実上の『一切の手加減無用』という合図に等しかった。


「第一試合! GクラスとCクラスは準備にかかれェい!」

「うぃーす」

「ハゲは相変わらず声がデカい」

「だよなぁ、聞こえるっての」

「リュウ・ノーチ! アルム・ファーマシー! リュッケン・クロア! 貴様ら私語を慎めェい! 王太子殿下の御前だぞ! 弁えんかァ!」

「うぃーす、さーせん」

「貴様ァ!」


 相変わらずの短いやり取りのあと、闘技場内に用意された円形の試合場には、赤毛のエルフであるアルムと、ローブを着たエルフの男が向かい合って立っていた。

 審判はおらず、始めの合図もない。

 ただ訓練具が『死亡判定』を出した場合に決着となる、というのが唯一のルールである。


「魔法を使わない赤毛のエルフか。大人しく脱ぐなり股を開くなりすれば、優しくしてやるぜ?」


 ヒヒヒ、とエルフ族に似つかわしくない下卑た笑い声を上げて、某子爵家の令息は舐め回すような視線をアルムに向けた。


「降参するなら今のうち——」


 男の言葉を遮るように、ざく、という音が男の脚から聞こえてきた。

 鋼鉄製の手裏剣が、男の右足の太ももに深々と突き刺さっている。


 ぼひゅ、という音を立て勢いよく息を吸い込んだ直後、男はまるで断末魔のような悲鳴をあげた。


「よく喋る的」


 短くつぶやきながら、アルムは次から次へと手裏剣を男に投げつける。

 絶妙に致命の急所を避けながら、歩み寄りながら手裏剣を合計8本も突き刺すと、ロープの先のクナイが見えなくなるほどの速度で縄鏢を回転させる。


「ひっ、ひぃぃい!?」


 長いロープが凄まじい勢いで男の身体を縛るように巻き付き、先端のクナイが顔面の中央に迫る。


「それまでッ!」


 クナイが男の顔面に深々と刺さった——という状況で、訓練具は男の死亡判定を宣告する。

 腕にはめ込む方式の訓練具は、装着者の全身に薄いベールのような結界を張るため、実際のダメージは残らない。が、痛覚や恐怖はそのままダイレクトに装着者に伝わるせいだろう。アルムの対戦者となった哀れなエルフの男は、名乗るまもなく敗退が決定した。

 が、この結果に異議を唱えたのが王太子レオポルトだった。


「なんだ今のは! 今のが決着だというのか!」


 憤然とした王太子は席を立ち、ズカズカとマーゲンへと詰め寄った。


「マーゲン! 今の試合は一体何事だ! 始めの合図もない、名乗りもない、どう考えても不意打ちではないか! ふざけるな! 栄光ある誇り高きランドルト王国軍の軍人候補が、そんな卑怯な真似をして恥ずかしいと思わんのか! そこの女!」


 びし、と王太子が指さした先にいるアルムは、全く動じることもなく、平然と怒髪天の状態の王太子を睨み返す。


「防げないほうが悪い」

「な……なっ……何たる卑劣な、何たる穢らわしい……没収だ! このような結果は断じて——」

「お兄様? マーゲン大佐のお言葉を聞いていらっしゃいませんでしたの?」


 興奮してツバを飛ばす勢いの王太子に、まるで呆れたような声をかけた者がいる。王女アルトリリアであった。


「マーゲン大佐は確かにこう言いましたわ『これは実戦と思え、甘えは許さない』と。試合場で相手と向かい合った時点で開始ですのよ? それで攻撃を食らっておいて不意打ちだなんて、お兄様の考える戦場はずいぶんとお行儀がよろしいのね」

「……言葉に気をつけろアルトリリア、いかに妹と言えどもこの私の言う事にケチを——」

「それともお兄様は、天覧試合で王族の権限を持って、ルールを捻じ曲げるおつもりでいらして? 私なら恥ずかしくてそのようなことは出来ませんわ。貴族の言葉は重いもの。そして王族の赦しも同様に重いものではありませんこと?」


 期せずして始まった場外戦は、アルトリリアの圧勝であった。

 これがレオポルトの弱点のひとつでもある。

 自分の考える正義、自分にとっての『正しさ』に固執するあまり、自分が納得のできない結果を受け入れることが出来ない。

 10歳年下の王女アルトリリアが考える、長兄レオポルト王太子最大の欠点が、たった今目の前で繰り返されている。妹として兄に呆れずにいることなど、到底無理な話だった。


「マーゲン大佐が宣言したルールに則って、アルム・ファーマシーは見事に勝ちを収めましたわ。そうですわね? マーゲン大佐?」

「……はっ、アルトリリア殿下のお言葉の通りであります。この訓練試合はあくまで実戦形式、向かい合った時点で試合は始まっております。しかるに——」


 ちらり、とマーゲンが視線を向けた先では、真っ青な顔でCクラスの子爵令息が震え、虚ろな目でブツブツと何かを呟いている。


「試合相手と向かい合ってなお気を抜いた、貴奴の油断が招いた結果であります」

「バカな! マーゲン大佐、貴様このような決着を認めるのか! 私は認めん! 断じて認めんぞ! 今のはCクラスの勝——」

「お兄様、その先のお言葉はお気をつけられた方がよろしくてよ? 王族が権力を持って勝敗を捻じ曲げたとなれば、王族の言葉そのものへの信頼が揺らぎますわ。そのようなザマで、次代の王が務まるのかも疑われてしまいますわよ」

「なっ——ア、アルトリリア、貴様……」

「あぁ、これは一大事ですわ。次代の王たる王太子殿下の資質が疑われるようなことが有っては、国が割れる事態に直結してしまいますわ。そのような醜態を晒したとあっては、私もお父様に、陛下にことの顛末をご報告せざるを得なくなりますわね? お兄様?」


 ぎり、と派手な歯ぎしりの音を立て、王太子レオポルトは自席に戻り、どかっと腰を下ろした。

 これも、レオポルトの重大な欠点である。

 簡単に激昂し、怒りに我を忘れると見境が無くなってしまう。さらに興奮がひどくなると、誰の言葉も耳に入らない。


「本当に、小さな殿方ですこと」

「なにか言ったかアルトリリア!」

「いいえ? なにか聞こえまして? お兄様は耳がよろしいのね?」


 いけしゃあしゃあと煽るような言葉を吐いて、アルトリリアは穏やかな笑みをアルムに向けて小さく頷いた。


「さ、マーゲン大佐? 試合は決着しましたわね。勝ち名乗りを」

「は。では第一試合先鋒戦は、Gクラス、アルム・ファーマシーの勝利であァる! 続いて次鋒! 前へ!」


 この日、王太子レオポルトにとって、耐え難い時間はまだまだ続くことになった。

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