56 油断大敵
「えーなんでそんな面倒くさいことになってんですかぁ、絶対ヤですよ」
本当に心の底から面倒くさい、という表情を浮かべたリュウは、大きく伸びをするような姿勢で椅子の背もたれに身体を預けた。
教壇に立つ担任教師マルコ・シーネは苦笑を浮かべながらトントンと何らかの書類を整えている。
「まぁ気持ちは分かるけどね。これは王太子殿下直々の要請だからね。事実上断れないんだよ。今度の訓練試合は、王族の視察に合わせて行われることになった。組み合わせも急遽変更だね。いやぁ、権力って怖いねぇ?」
「王族って基本ワガママだよなぁ、アルトリリア様は別にしてさ?」
「ヤだなぁ、怖いよぅ……王太子殿下とか、次の王様でしょ? 絶対何かあるよ」
「ちょうどいい機会。このチャンスにその王太子とかいう奴を消せば、次はリリア様が女王」
「待って待って待って! 特にアルム? ちょっとね、それ誰かに聞かれたら大事だからね!?」
慌ててベインが止めに入るが、アルムは無表情のまま両手でダブルピースを作ってベインへといつものジト目を向ける。
「い、いや、ダブルピースじゃなくってさアルム……」
「大丈夫、バレなければオッケー」
「そうだよなぁ、ヤっちまうってのも手だよな」
「はいそこの2人。リュウ君、アルム君。ちょっと起立。さすがにそれはね? 王立士官学校の教師として見過ごせないから、ちょっとした懲罰。2人で鼻がつく距離で向き合ってなさい」
「やった。教師公認。リュウ、イチャイチャする許可が出た」
本来なら至近距離で向き合い続けるともなれば、非常に強いストレスを伴うものである。
が、リュウはともかくとして『リュウの嫁』を自称するアルムにとっては、公然とイチャつける絶好のチャンスである。
「アルム、近くね?」
「まだ粘膜が接触してない。遠い。寂しい」
「いや粘膜て」
「大丈夫。リュウは私に何しても良い。どさくさに紛れて胸とかお尻とか揉んでも、むしろウェルカム」
「あー、やっぱりふたりとも離れようか。これは懲罰にならないね。ただのご褒美だ。むしろちゃんと大人しく座ってなさい、という方が懲罰か」
「酷い、せっかく私とリュウが絶賛イチャイチャタイムだったのに。恋路を邪魔された。これはユニコーンに蹴られるべき案件」
「アルム君?」
「私は露出プレイでも放置プレイでもイケる女」
「アルム君……?」
「激しいプレイでも、どんなハズかしいプレイでも、リュウなら受け入れる」
「アルム君、リュウ君、ちょっと後で職員室に来てもらえるかな?」
「え? 俺も? なんで?」
いつもの和気あいあいとしたホームルームが終わり、職員室ではなく廊下でマルコから軽く注意された2人は、仲良く腕を組んで教室に戻ってきた。
「よう、お帰り。俺等ジャマ?」
「ジャマ。リュッケンとミナは食堂でイチャ付けば良い。ベインは——」
アルムがいつものジト目でちらりと視線をベインに向けると、一瞬でふい、と顔を横に向ける。
「さっさとベル先輩とセシリア先輩に襲われれば良い」
「えっと、アルム? 僕アルムに恨まれることとか何かしたかな」
いつも通りのやや気怠い時間はすぐに過ぎ、凄まじい勢いで引き戸が開くと小柄な人物がズカズカと入り込んでくる。
「おはようド底辺諸君! 席に着きたまえ、今日もボクの軍学講義からだ! 今日もじっくりたっぷりガッツリねっちょりヤるから覚悟しておきたまえ!」
「ベル先輩、最後のやつなんかヤらしくてイイ」
アルムがぐっと親指を立てて拳を突き出すと、軍学講師ベルナデッタは満足げに頷いた。
「あの、ベルナデッタ先生? さっきホームルームでマルコ先生からちょっと気になる話が出たんですけど、今度の2年生クラス対抗訓練試合、第1回でいきなり天覧試合になるって来たんですけど、何か聞いてます?」
「ん? あぁそうか、ダーリンはまだ聞いていなかったね。大丈夫だ、今夜女子寮のボクのベッドで教えてあげよう」
「ここでみんなに教えてください。それにベルナデッタ先生、なんでまだ女子寮にいるんですか。卒業したのに」
「実家が遠くて通うのが面倒だからに決まっているだろう。君も意外と野暮な事を聞くんだな? まてよ……そうか、分かった、察したぞ。ボクに任せたまえ。君も男子だ、ボクと2人きりのドロドロに爛れた愛の巣が欲し——」
「それで、天覧試合って誰が来るんですか?」
いつも通り脱線し始めたベルナデッタの話を当然のように遮って、もはや慣れた様子で話を華麗に流す。このあたりのディフェンス力の向上は、日頃からベルナデッタにイジられ続けた成果と言えるだろう。
「天覧試合は、アルトリリア殿下と王太子レオポルト殿下だ。特に王太子殿下はご自身も槍のハイマスター級認定を受けているからね。今回の月例訓練試合の実施についても強い興味を持っておられるらしい。まったく、相変わらず、あの殿下は実力だけはあるのに、暇なのか余計なことばかりする。小人閑居して不善を為すとはまさにこのことだ」
「いやベル先輩、余計って——」
「良いかリュウ、それにダーリンも、Gクラスの諸君も覚えておきたまえ。軍人には4種類ある。勤勉で有能なもの、勤勉で無能なもの、怠惰で有能なもの、そして怠惰で無能なものだ。この中で最も始末に負えないのはどれだと思う? はいミナくん」
「えっ? え、えっと、やっぱり怠惰で無能……?」
「うむ、実に予想通りの答えだ。じゃあ次、リュッケン。彼氏として良いところを見せたまえよ?」
リュッケンはゆっくり立ち上がり、ちらりとミナの顔を見下ろした。
「あー、えっと、怠惰で有能? だってそんなやついないだろ?」
「ふむ、なるほどな。どうもリュウとベインは正解を理解してそうだな。次アルム、どれを選ぶ」
「勤勉で無能なヤツ」
「うむ。アルムが正解だ。一番始末に負えないのは、勤勉で無能なタイプだ。そして王太子は中途半端に実力がある上、勤勉で、ある意味において極めて無能だ」
Gクラスの5人全員が『ある意味?』と声を合わせた。
「王太子は槍術のハイマスター、火属性魔法でもマスター級。武器術と魔術の両方でマスター級以上の認定を受けた王族は、ランドルト王国の王族で2人しかいない。王太子と、そして2人目がアルトリリア殿下だ。アルトリリア殿下は短剣術のマスター級、そして法術と水魔法の両方でマスター級を修めている。これがどれだけ凄いことか、まだ諸君にはわからないだろうね? まぁそれは良い。王太子が無能なのは、『自分の言うことを肯定する相手の言うことしか聞かない』こと、そして『自分に出来ることが出来ない、という者の気持ちを理解しようとしない』ということだ。ボクはこの2点をもって、あの男には王の資格が無いと考えている」
もしこの場に軍属の憲兵でも居たら、ベルナデッタは問答無用で反乱未遂か国家転覆罪、王太子への侮辱罪で投獄されることだろう。
が、この場にいる誰にとっても幸いな事に、憲兵の類は士官学校へは入っては来ない。
「どれだけ有能であろうと勤勉であろうと、諫言を聞き入れられず、さらに弱者の気持ちを理解出来ないようなやつが玉座の主になってみろ。ランドルト王国の民衆と軍人にとって最悪の時代になることは間違いない。あの王太子が玉座についたら、ボクは父上に亡命を勧めるよ。当然諸君にもね?」
この上ないドヤ顔でふんぞり返り『ふふん』とでも言いたそうに笑みを浮かべて教え子となった5人を見下ろした。
「さてと、訓練試合の第1回だが、天覧試合になった関係で試合形式も急遽決まった。クラスの代表5名による1対1の試合だ。5戦して3勝した方がクラスとしての勝利になる。訓練具を使う試合になるからね、文字通り実戦同様の形式になる」
「なぁんだ、じゃ大丈夫じゃん。要はなんでもありってことでしょ。それなら俺達のモンじゃね?」
「リュッケン、油断するなよ。武之内流では相手は常に自分より強いと考えないといけない。例え相手が小さな子供に見えてもだ」
「おっと、やべ。そうだったな……悪ぃリュウ、油断してた」
「だろ。それが一番危ないんだ。アルムもミナも、それにベインも、特に試合になったら注意しないといけない相手は、目の前に立ってるやつじゃない。自分の中にある油断だと思うんだ」
Gクラスのリュウを除く4人は同時に頷く。
武之内流は弱者の生存確率を高めるための技術だ。そこに油断という要素が入り込む余地はない。
「よしよし、良いぞリュウ。とりあえず5人の戦う順番を考えるのも戦略だ。勝ち抜き戦じゃあないから、相手との相性によっては負け越すこともありえない話じゃない。さぁどうする?」
「よっしゃ、じゃあベイン、頼むわ。俺はベインの言うとおりにする」
「右に同じく」
「あ、えっと、私も」
「俺も。ベイン、任せた」
はぁ、と小さくため息を吐いて、ベインはゆっくりと立ち上がり黒板へと向かう。
先鋒、次鋒、中堅、副将、大将を意味する単語のすぐ横に、ベインが手際よく名前をかき込んでいく。
「みんなそう言うと思って、考えてたんだ。僕はこの順序がベストだと思う」
ベインが書き出した順序はこうだ。
先鋒、アルム。
次鋒、ベイン。
中堅、リュウ。
副将、リュッケン。
そして大将はミナだ。
ベルナデッタはほう、と感心したような声を漏らし、少し背伸びをして黒板の文字に目を凝らす。
「うん、悪くないんじゃないか? ちなみにダーリン、この順番にした意図を教えてくれたまえ」
「はい。まず先鋒はアルム以外無いでしょう。相手が遠距離、中距離、接近戦を選ぶとしても、魔法を選ぶとしても、器用なアルムならどんな相手でも対応できます。まず確実に1勝を上げて相手に強いプレッシャーをかけます。それも、Gクラスの必殺の戦力であるリュウを温存した形での1勝は、相手にとってかなりのプレッシャーになります」
「なるほどな。アルムは容赦ないしどの距離でも戦える。第1戦に必勝の戦力を持ってくるあたり、ダーリンはなかなか容赦ないな?」
「次鋒は僕が行きます。僕は魔法もだいぶ使えるようになりましたし、剣術は今もセシリア師範に稽古をつけてもらっています。遠距離はやや苦手ですが、中距離なら魔法、近距離なら剣でなんとか出来るでしょうし、対応力は僕もそこそこあると思うんだ」
「いや、ベインなら大丈夫だろ。剣も魔法も使えるってのはGクラスじゃベインだけだからな。んで? なんで中堅が俺じゃなくてリュウなんだ?」
リュッケンは頬杖をつき、ゆったりとした調子で尻尾を大きく振っている。
「リュウを中堅に置いたのは——言っておくけどリュッケン、これはリュッケンとミナの実力を甘く見てるわけじゃないんだ。ここで必殺のリュウを入れることで、相手の息の根を一気に止める。勝ちを確定させておきたいんだ。そして副将にリュッケンを持っていったのは、僕が負けた場合の備えだ。大将、最後にミナを配置したのは、ミナは攻撃が徹底的に苦手だからね。護りなら鉄壁だけれど、試合の形式によっては『相手を打ち負かさなければ勝ちと認めない』なんてこともありうる。だからミナは、僕達4人がもぎ取った勝ち星を守り抜いてほしいんだ」
「う、うん……分かった……良かったぁ、私試合とかでも攻撃なんてできそうにないから、どうしようって思っちゃった」
ぺちぺちぺち、と軽く手を叩く音は、ベルナデッタが小さな手を叩く音だ。
「うん、見事だダーリン、万全の布陣といえるね。訓練試合はボクもセシリアも、シーナも観戦する予定だ。ぜひとも、SクラスやAクラスの連中をクソ王太子の前でボコボコにしてやってくれ。何しろ私は今月の講師としての給与を全額君たちGクラスに賭けているからね?」
「うわ、全ツッパっすかベル先輩、かっけぇ」
「そうだろうそうだろう、惚れて良いぞ? 特にダーリンことベイン君」
断じて教師にあるまじき不穏当なセリフを吐いて、ベルナデッタがぐっと親指を立てる光景。
これは、士官学校でもほぼ前代未聞の事態と言えたが、Gクラスにおいてはほぼ日常茶飯時と言えた。




