52 2年生になったら
「まさかなぁ、今年はGクラスの入学がゼロとは思わなかったぜ。ったく、ビビリ過ぎだっての」
リュッケンがぼやきながら、椅子の背もたれに身体を預けて大きく伸びをする。
「まぁでもほら、Gクラスってただでさえ、ねぇ? 評判がアレだったし。しょうがないんじゃないかなぁ」
リュッケンの隣に座るミナは苦笑を浮かべ、不満たらたらなリュッケンに優しげな声をかけた。
「珍しいことじゃないらしいね。士官学校のGクラスだと、卒業して軍に入っても中尉までしか昇進しないらしいんだ。Sクラスは卒業して入隊した時点で少尉らしい。まぁあからさまと言えばあからさまなんだけど、僕らはとりあえず什長スタートらしい」
「んだよそれ、合同演習でぴーぴー泣いてた無能が少尉って、そんなコトして軍は大丈夫なのかぁ?」
「大丈夫じゃないだろ。少尉って下級将校だろ? ロクに戦えもしない、ってか俺等に負けるやつが俺等の指示出す立場になるって、何の冗談だよってハナシだよなぁ」
あからさまに嫌そうな顔の男子3人に対して、女子2人は落ち着いたものである。教壇に立つ担任教師マルコ・シーネもやや困ったような表情を浮かべつつ『まぁまぁ』と軽くなだめる程度に押さえていた。
「まぁ気持ちは分かるよ。でも心配する程のことはないね。軍は原則として実力主義社会だ。実力に不相応な階級はすぐに変わる。それは良い意味でも、悪い意味でもね。まぁ私は厳密には軍人じゃなくて、軍の魔道具研究所の職員だからね、階級だの何だのといった話は聞きかじりの知識でしか無いんだけど」
マルコ・シーネは軍属ではないために軍の階級は持っていないが、ランドルト王国軍から少佐待遇でのスカウトを受けたことがある。
魔法陣学の知識を軍のために役立てて欲しい、という軍の高官からの添えられていたのだが、マルコはそのスカウトの書状を開封することもなくあっさりと断ってしまった。
「軍は面倒だからねぇ。実力主義だからこそ、高位貴族の子弟が部下につくこともあるそうなんだけど、そういう立場の『部下』は言うことを聞かないこともあるらしい」
「え、軍人って上官命令には絶対服従なんじゃないっすか? 上官が突っ込めって言ったら突っ込むモンだと思ってたんすけど」
「リュッケン君の言うとおり、軍人は軍務や戦場にあっては上官命令には絶対服従だね。でないと、部隊としての身動きが取れなくなってしまう。ただ、その大原則がありながらも『実家の爵位が低いやつの命令など聞けるか』と命令を拒否して軍法会議にかけられる、なんていう事例もめずらしくない」
「全然ダメじゃん」
短く呆れたようなツッコミを入れたのはリュウである。
「そう。ダメなんだ。そういう状況を本格的に憂えたのが、この士官学校校長にして国軍総司令官、シュターガー・ランドルト大公だね。去年、リュウ君が平民枠で初めての入学になったけれど、これも実は校長の軍政改革の一環なんだよ。貴族意識でゴリゴリに凝り固まった現状の軍の士官に、意識改革をもたらしたい……らしいんだけどねぇ」
シュターガーが国軍総司令官に就任して、実のところまだ2年半ほどしか経過していない。
憂国の大公、シュターガーの国軍改革の取り組みは、残念ながらほぼ全くと言っていいほどに進んでいなかった。
公爵家や侯爵家といった高位貴族の子弟は、どれほど無能であってもほぼ問答無用で高級士官待遇である。それは実家の権力や派閥の勢力の大きさが動員兵力にもほぼ直接影響するからだが、だからこそ王弟であり貴族の頂点であるシュターガーは、現在士官の立場にある者たちの考えそのものを変えたかった。
国防にあたっては、爵位を忘れるべし。それがシュターガーの主張だったが、貴族ばかりで構成される士官にとっては『ちょっと何言ってるかわからない』という感想以外持ち得ない思想である。
「まぁ、結論から言うとかなり厳しいと言わざるを得ないね」
「あ、あのぉ、先生……私たちって、卒業したらそんな貴族意識がすごく強いところに行くワケですよね? その……なんか嫌だなって思うのと、士官学校でモメたりしたら、卒業したあとも影響があったりとか……?」
「うん、ミナ君も鋭いね。実際にそういう事例がないことはない。正直なところ、私も士官学校をCクラスで卒業したけれど、Aクラスの連中を魔法で打ち負かしたら、その後はまぁ目の敵にされてね。大変だったんだよ」
あははは、と軽く笑い危うく流しかけたマルコに食らいついたのは、Gクラスの良心ことベインである。
「いや先生、あははじゃないですよ。そういった事例があるって……ランドルト王国軍って大丈夫なんですか?」
「率直に言おうか。全然大丈夫じゃない。君たちはステルベン辺境伯領を見てきたね? そこでステルベン辺境伯軍を直に見て、どう思った? はいアルム君早かった」
「雑魚」
誰よりも早く、鋭く手を挙げたアルムは、誰よりも的確に、そして情け容赦なく言い切った。
「あれならオークの方がまだマシ」
「アルム、ダメだろそんな失礼なこと言っちゃ」
アルムの情け容赦ないコキ降ろしを、実に珍しいことにリュウがたしなめる。
全員が驚いたような視線をリュウに向けるが、なぜか少し憤然としたリュウは、まるで妹を叱る兄のような表情をアルムに向けていた。
「あんな雑魚とオークを比べるなんて、オークに失礼だ」
「そうだった。ゴメン。リュウの言うことが正しい」
「だろ? オークは強いけど、ステルベン辺境伯領の騎士とか弱々だった。オークジェネラルとか倒すのに結構時間かかったけど、ぶっちゃけどうよ? アルムだったらあの部隊、どれくらいで皆殺しにできる?」
「10分」
「だよな?」
「ん。わかった。今度オークに会ったら謝っておく」
なぜかしゅん、と少し落ち込んだようなアルムの美しい赤毛を、またしても妹を慰める兄のような手つきで優しく撫でる。
「そうそう。まぁ今度オークに会ったら一言謝ってから仕留めような?」
「ん。オークはヒレが美味しい。でもリュウが望むならロースにする」
「はいはい言ってろ。バラ肉が最高だってんのに。なぁミナ?」
「えっ? わ、私? 私はスネ肉の煮込みが良いんだけど……」
「……みんな、ちょっとマルコ先生の話、聞こうか?」
2年生になっても相変わらず脱走しやすいGクラスの面々をたしなめるのは、やはりクラス筆頭のベインの役目だ。
「まぁ、みんな2年生になっても変わらずで安心したよ。今年は後輩が入ってこなかったけど、君たちがするべきことは変わらない。日々の勉学に、今年度も合同演習がある。1年生の時の合同演習よりも厳しい演習になるから、日々の鍛錬を怠らないようにね?」
「はぁーい」
士官学校にあるまじき気の抜けた返事。
ここに槍術教官のグレゴリオ・マーゲン伯爵がいたら『たるんどる!』と怒声のひとつくらいは投げつけていただろう。
が、マルコ自身はさほど教育熱心というわけでもなく、さらに熱血教師という存在からは程遠い人物だ。
魔法陣学の研究をライフワークとしており、教職はほぼ『趣味』でやっているようなものである。それだけに、ある意味で最も厳しい『サボっても良いけど全部自分で責任とるんだよ?』という姿勢を貫いている。
「それからベイン君、ホームルーム後、職員室に来てくれるかな? それからリュウ君も」
「おいおい、何だよふたりとも、何やらかしたんだよ」
「え、またどっかのSクラスから決闘の申し込みとかですか」
リュッケンとリュウのふたりは、単純にふざけただけのつもりだった。
が、意外なことにマルコは腕組みをしてやや複雑な表情で大きく頷く。
「……え、マジで?」
「厳密には決闘じゃないね。『訓練試合』の申込みが、Sクラスからあったんだ。申し込みをしたのはロレンツォ・ド・キルルージャ。名前は聞いたことはあるかな?」
「さぁ? 知らね」
「何それ、カフェテリアの料理の名前?」
「私はリュウ以外興味ない」
「えっと……わ、私も知らない……かな?」
ここまではマルコもベインも織り込み済みである。
「ロレンツォ君はSクラスの筆頭、キルルージャ公爵家の御子息だよ。リュウ君は合同演習で会ったことがあると思うけど?」
「いやぁ、覚えてないなぁ。いたっけ? そんなやつ」
「上位クラスの拠点にいたはずだよ? イク=サメツケでも、リュウ君とロレンツォ君の接触を確認しているね。ステルベン辺境伯家のリカルド君と一緒にいたはずだね」
「やー、いちいち覚えてないなぁ、弱っちいやつのこととか」
「なるほど。まぁ、訓練試合は決闘とは違って、『訓練具』というのを使うんだ。ダメージを再現して味わいはするけれど、後遺症は残らないようにする、っていう現場の兵士や騎士達が訓練で使うものなんだ。2年生からは頻繁に使うからね。訓練具の使い方に慣れる目的もあるんだ。従来は隣り合ったクラス同士で訓練試合をするんだけど、今年はSとG、AとB、CとD、EとFがそれぞれ訓練試合の組み合わせになってる」
「あ、あの、マルコ先生? 私たちってなんていうか……Sクラスに目の敵にされてるような気がします……」
それもそのはずである。
リュウ達Gクラスは、士官学校の歴史上初めて、合同演習において全ての部門賞と最優秀賞を独占してしまったのだ。
Sクラスの面々は実家から激しい叱責を受けていた。
士官学校の恥さらし、家の面汚しなどと、家によっては折檻同然の仕打ちをしたところもある。
そのせいもあって、Sクラスの面々はGクラスに対して一方的な恨みを抱いている。
「知らねぇよそんなの、負けたのが悪いんじゃんか。なぁ? ベイン?」
「そうそう。弱っちいから負けだけなのにさ、逆恨みじゃんか」
「ひ弱なやつほど口が達者。構わない、徹底的に『わからせ』てやればいい」
リュウとリュッケン、アルムの好戦的な3人は、全く怯む様子もない。
困り顔のミナと、Gクラスの理性と良心の象徴であるベインは、呆れ果てたような顔を見合わせる。
「もう、3人ともやめなよぉ……」
「そうだよ。訓練試合に何をするのかもわからないんだから。やるんだったらちゃんと準備してからだよ」
「……ベインも1年生の始めと比べて変わったね。なんていうか、自信たっぷりっていうか」
まるで、自分一人だけ変わっていないかのように語るミナ自身が、この1年での変化が最も大きいかもしれない。
担任教師マルコ・シーネ子爵は、敢えてそのことを口に出さずにホームルームを終える事となった。




