49 身を守る技術
「だからなサウグ、頼むからちょっと、にーちゃんの話聞け」
「すっげー! リュウにーちゃんのおヨメさんってエルフなんだ! にーちゃんスケコマシだ!」
「そう。私はリュウのヨメ。浮気を許さない女」
サウグと視線の高さを合わせるようにアルムはしゃがみ込み、無表情のままでダブルピースをしてみせた。
「私はリュウに押し倒された。責任を取ってもらわないと」
「ちょっとリュウ! あんた女の子になにやってんの!」
「違う、違うって姉ちゃん、誤解なんだよぉ……なぁリュッケン、ベイン、何とか言ってくれよぉ」
「ぶはははは! 良かったじゃんかリュウ、実家に結婚の報告できてよぉ」
「ほ、ホントにアルムとリュウって結婚するんだね。おめでとう」
相変わらずのリュッケンとミナに、あまりにも微笑ましい光景に苦笑を浮かべながらも口を出そうとしないベイン。
1年生のもとに、アルトリリア達が司祭とシスターとを伴って戻ってきた。
「あら、私達がいない間に、教会だからといって結婚式まですませましたの? 随分と手際がよろしいんですのね」
「いや王女様、俺まだ16歳ですから。結婚できませんから。結婚って17歳とか18歳からじゃなかったっけ?」
「お義父様、お義母様」
唐突にアルムが立ち上がり、司祭とシスターに歩み寄り、ペコリと礼儀正しく頭を下げる。
「アルムです。リュウのヨメになります。よろしくお願いします」
「あらあらまぁまぁ……こんな可愛いお嬢さんがリュウのお嫁さんに?」
「いや母さん、待って、誤解だから」
「私は、稽古中とはいえリュウに押し倒された。胸も揉まれた。尻も撫でられた。もうお嫁にいけない」
「だからあれは稽古と柔軟だって言ったろアルム……」
「リュウには責任取ってもらう」
「ほうほう、お嬢さんもリュウの武術を?」
司祭の言葉に反応したのは、ベインとセシリアである。
正統剣術、シヴォルト流の師弟関係にある2人は、司祭の『お嬢さんも』の言葉を聞き逃さなかった。
「司祭様ぁ? 今、お嬢さん『も』っておっしゃいましたけどぉ、Gクラスの子たちは全員ですよぉ?」
「ほう、それはそれは……では、彼らはこの孤児院の子たちと同じということですな。それはそれは、大変でしたでしょうなぁ。リュウは稽古ともなれば厳しいですからな」
アルトリリアとベルナデッタは顔を見合わせる。
非常に頭の回転の早い2人は、すぐに同じ結論にたどり着いた。
「それは、もしかして……この孤児院の子たちは、リュウの指導を受けたことがある、ということですの?」
「はい、もちろん。アルツとレセプトは一番長くなりますか。一番短いシュルターでもここ3年は稽古をしておりました。何ぶん、孤児院の子供ともなると人さらいだの奴隷商だの、物盗りだのに狙われやすいですからな。リュウから『己の身を守る術』と『いざというときに逃げる術』、それに『どうしてもの場合に生き残る術』を教えておったのです。今はアルツが——ほれ、リュウが何と言っておったか、メンキョカイデンじゃったか? まぁ全部身につけたアルツとレセプトが、子どもたちの面倒を見ておりますがの?」
リュッケンとベインの視線が、長身のノーム族の青年に向けられる。アルムもミナも、目の前に居並ぶ孤児たちを見て気がついた。
彼らは、いわば『同門』だ。
ただ突っ立っているだけにしか見えない姿勢。アルトリリアとベルナデッタにはそう見えたが、武を修めたシーナに、剣聖セシリアはすぐに気付いた。
「立ち方がリュウと……いや、Gクラスの連中と同じだな」
「凄ぉい、みいんな『ちゃんと』立ってるわぁ。あの子も、あんなに小さいのに」
セシリアは、ひときわ小柄なエルフ族の少女、シュルターに目を向ける。
完璧な『直立ち』である。
「そりゃそうだよ、この辺だって結構物騒だしさ? 姉ちゃんはほら、一応はエルフだし、性格はともかく見た目『だけ』はいいから、勘違いして襲ってくるやつがいるかもいててててて! 痛い痛い痛い! 姉ちゃんギブ! ちょ、ホント痛い!」
「うるっさいわね。この程度、避けられないほうが悪いのよ」
ベインの肌に鳥肌がたった。
リュッケンは牙を見せるように笑みをみせ、アルムもほんの僅かながら嬉しそうに目を見開く。
ミナは相変わらず、ひとり緊張感のない顔である。
「じゃあ、ここにいる孤児のみんなって、実は私達の兄弟子と姉弟子ってことになるのかなぁ」
そのミナの呑気な言葉に、ベルナデッタとアルトリリアは戦慄した。
特級戦力とも言えるリュウが鍛えたとはいえ、Gクラスの面々が鍛錬を積んだ期間は所詮数ヶ月である。
それだけでも見違えるような、士官学校で最上位のSクラスを圧倒する実力をつけたということは、リュウの指導する技術や思想と、そして指導力がズバ抜けていることを意味する。
もしも、そんなリュウの指導を年単位で受けているものが居たとしたら。
それも複数名、さらには成人に近い年齢で、すでに熟練の域に達しており、なおかつ貴族などのしがらみにとらわれない者がいたとしたら。
「アルトリリア様ぁ? お顔が嗤ってますよぉ?」
セシリアの指摘でようやく気づくほど、アルトリリアは無意識の内に高揚していた。
「年長のお二人、お名前は確か……アルツとレセプト、でしたわね?」
「はい。俺がアルツで、孤児院に一番長く居ます。すぐ下がレセプトですが、年齢だけはレセプトの方が上ですね」
「エルフの歳なんて関係ないわよ。私にとってはアルツが兄で、私は妹。そんでこのバカは弟」
「バカはないだろバカは……」
「何よ、バカにバカって言って何が悪いのよ」
「ほらほらレセプトもリュウも、王女様の前で騒ぐんじゃない」
アルツに窘められると、レセプトは素直に『はぁい』と従った。不本意そうな表情だが、孤児たちには明確な指揮系統のようなものがあるようだ。
「アルツ、レセプト、ひとつうかがいますけれど……あなた達、リュウと同じ武術、格闘術は使えて?」
「いやぁ、同じものはちょっと。さすがに」
「……そうですわよね、さすがにリュウのような化け物はそうそう——」
「ほら、リュウは魔力がないけど私とアルツ兄は魔力持ちだから、リュウから教わった武術に魔力を混ぜる感じので、ちょっと違うっていうか……リュウの武之内流っていうのをアレンジしちゃってて。だから同じ武術とは言えないね」
ぴくり、とベルナデッタが片眉をあげ、ずかずかとレセプトへと歩み寄る。
「何だねそれは! 詳しく! 是非詳しく聞かせてくれたまえ!」
同じエルフ族でも、長女レセプトとはまるで子どもとオトナくらいに体格差のあるベルナデッタが詰め寄った。
「できれば今この場で! 見せてくれたまえ! その武術に魔力を織り交ぜるというやつを! 是非!」
「や、見せもんじゃないんで。それにあんま人に見せるモンじゃないし」
かなりイヤそうな顔でレセプトは仰け反って後ずさる。ただ、その後退る足捌きにも『足音』がまったくないことに気付いたのは、武を修めたシーナとセシリアだけだ。
「金貨百枚、でいかがかしら?」
唐突に、アルトリリアが手を挙げた。
金貨百枚は、この孤児院に国から給付される予算の3年分にも相当する金額だ。
壊れかけたドアも、割れた窓も、明らかにサイズがあっていない子どもの服も誂えてなお、今後しばらくは『幼い子供がお腹をすかせることがない』といった程度の生活を送ることが出来る。
「私のポケットマネーでも、その程度はありますわ。その代わり、私の側近であるシーナとセシリア、それにベルナデッタ。あとはGクラスの全員にこの場でその技術を見せていただければ、本日この場で、金貨100枚、置いて帰りますわよ。この場で見ることには、それだけの価値があると思いますの。いかがかしら?」
「よっしゃ! アルツ兄、構えて!」
「レセプト、お前なぁ……まぁ、金貨100枚か。雨漏りを修繕して、オーアとリペと、それにシュルターに新しい服も買ってやれるかもしれないな。じゃあ、寸止めで。乱取り稽古にしようか」
「そうね」
アルツとレセプトは、畑から少し離れた教会の裏庭に移り、向かい合って『ただ突っ立っている』状態で向かい合う。
完全に無防備に見えて、それでいて相手の動きに備えた、武之内流の基本にして完全なる『構え』の姿勢だ。
「しょうがないな姉ちゃんは、金にガメついんだから」
リュウのボヤキが耳に入ったのか、アルムの縄鏢ですらギリギリの間合いから一瞬で距離を詰め、レセプトの鋭い蹴りがリュウの顔面を狙う。
ぱん、というリュウが蹴りを防いだ音が教会の石壁に反響したかと思うと、またしても音を立てずにエルフ族の姉はニンゲン族の弟から飛び退いて間合いを取った。
「うっさいわね、しばき倒すわよ」
「問答無用で蹴っ飛ばそうとしてから言うんだもんなぁ、そのセリフ……姉ちゃんはいっつもそうだよ、殴ってから『ぶん殴るよ』っていうんだよな」
「甘ったれんじゃないの、不意打ちの何が悪いのよ」
「まぁそうだけどさ」
この動きには、Gクラスのリュウ以外の4人に加え、シーナやセシリア、さらには護衛の兵までもが戦慄を覚えた。
予備動作がない。
音がしない。
かろうじて動きに反応して懐の棒手裏剣に手を伸ばせたアルム以外は、『気がついたときにはリュウが蹴りを防いだあとだった』という、信じがたい事実を受け入れられずにいる。
「……マジか、リュウの姉ちゃんって怖ぇな……」
「だろ? 銭ゲバな上に口より先に手が出んだよ。ったく……姉ちゃんには教えなきゃ良かった」
「聞こえてるわよリュ——」
ずん、という地響きがレセプトの言葉を途中で途切れさせた。
長兄アルツが、地面に足がめり込むほどの踏み込みとともに、拳を妹の顔めがけて突き出したのだ。
「よそ見とは随分と余裕だね?」
「ちょっとアルツ兄、嫁入り前の妹の顔に、傷でもついたらどうすんのよ」
「母さんが治してくれるさ」
「女に優しく出来ない男はモテないよ?」
「あはは、それは困ったなぁ」
まるで仲の良い兄妹の会話のような言葉を交わしながら、2人は至近距離で必殺の威力を持つ突きや蹴りを繰り出し続ける。
おまけに、その攻撃には魔力を織り交ぜていた。
エルフ族のレセプトは炎の魔力を、ノーム族のアルツは土の魔力を織り交ぜて繰り出し続けている。
拳。
肘。
貫手。
踵。
掌底。
膝。
手刀。
息つくヒマも無く、格闘士マスター級のシーナですら目視が難しい速度で、攻撃が繰り出され、そして辺境伯領でマテオ上等兵を苦しめた柔の技、『押撫』すら間断無く繰り出していく。
「はい終了」
いつの間にか、2人の間合いに飛び込んでいたリュウがレセプトの貫手を、そしてアルツの踵を手で抑える。
「もう十分でしょ? 王女様」
「…………素晴らしい……」
恍惚とした表情のアルトリリアが続けた言葉は、至近距離にいたセリシアの耳にしか届かなかった。
「素晴らしいですわ……これだけの、こんな桁外れの戦力が市井に紛れているなんて……これは是が非でも、私のものにしなければなりませんわ……」




