48 孤児院の姿
「まったくリュウ! あんたどんだけ心配かけたと思ってんの!」
べし、と派手な音を立て、エルフの娘の平手が龍の頭を勢いよく叩く。
「ゴメンって姉ちゃん……」
「ゴメンじゃないわよ! っとにもう! いきなり置き手紙1枚置いて家出したかと思ったら? ホントに士官学校に行っちゃうし! おまけに平民枠ってあんた、あんなもんあってないようなモンだってあれだけ言ったのに! ホントにあんたって小さいころから全っ然人の話聞かないんだから!」
「だからゴメンってば」
「まぁまぁ、リュウも士官学校ですごく頑張ってるみたいじゃないか。俺も鼻が高いよ。それにな」
ノーム族の、おそらくは子どもたちの中で最年長であろう青年は、少し嬉しそうな顔でリュウの頭を少し乱暴に撫で回す。
Gクラスの面々が初めて目撃する『いいようにあしらわれるリュウ』の姿だ。
「新聞、読んだぞ? 貴族のヤツをボコボコにしたんだろ? スカっとしたよ」
「ちょっとアルツ兄! またリュウが調子に乗るでしょ!? ああもう、なんでこのバカはこう、いっつも心配ばっかかけるのよ!」
「兄ちゃん助けて、レセプト姉ちゃんがいじめる」
「ダメよ? リュウは甘やかすとすぅぐ調子乗るんだから。みなさんもごめんなさい、あの、士官学校ってことは皆さん貴族様なんですよね? リュウが失礼なこととかしてません? してますよね? してるに決まってるわね。ほらリュウ白状しなさい、アンタ何やらかしたの」
「レセプト、そう決めつけない」
「そうだ! 姉ちゃんは横暴だ! 良いぞ兄ちゃん、言ってやって」
「調子のんな! そもそもリュウ、あんたが——」
「あ、あの! すみません、あの……」
孤児院の最年長であろうノーム族の青年、アルツに、エルフ族の娘、レセプトは先程からリュウをしっかりと挟んで座り、アルツは頭をやたらと撫で回し、レセプトはまったく遠慮なくバシバシとリュウを叩いていた。
「僕はベイン・ジーケンハウスと言います。リュウとは士官学校で同じクラスなんです。リュウは僕たちみんなを……本当に、ドン底から救い出してくれた大事な友だちなんです。みなさんは、この孤児院で暮らしてるんですか?」
「そうだね。俺は一番年上のアルツ、すぐ下のレセプトは歳はわからないけど、まぁ孤児院にいる時間は俺が一番長いかな。さっきの声がデカい子、サウグはドワーフ族の子で、リュウの弟みたいなものでね、よく懐いてるんだよ。あと、レセプトの隣りにいる子はノーム族の女の子でオーアとリペ。顔もそっくりだし、たぶん双子なのかな。それに、僕のこっち側にいる子はエルフ族のシュルター。一番ここにいる時間が短いのはシュルターかな? それで4年くらいか」
シュルター、と紹介されたエルフ族の小柄な少女はコクリと頷いて、大柄なアルツの背中に隠れる。
「にしてもリュウ、あんた何しでかしたの? 王女様がこんな孤児院にくるなんて、よほど大変なことやらかしたんでしょ」
「いや、だから姉ちゃん……なんで俺がやらかした前提なの」
「だってそうなんでしょ?」
「違ぇよ」
「あのぉ……リュウって、この孤児院で育ったんですよね? どんな子だったんですか? あ、私ミナです。ミナ・サージェリーです」
申し訳なさそうに手を挙げたミナに、アルツとレセプトの年長組が視線を向け驚いたような表情を浮かべた。
「サージェリー……って、あのサージェリーさん? 王立福祉院の?」
「えっ? は、はい。王立福祉院のサージェリー準男爵は、私の父です」
「へぇ、世間は狭いんだな……最近になってこの孤児院の担当をしてくれるようになって、すごく寄付金とか交付金が増えたって、父さんが喜んでたんです。ありがとうございます」
「い、いえいえいえ、あの、それもそもそも、元はと言えばリュウがですね?」
ミナがいつもの、のんびりおっとりとした口調で、士官学校でのリュウの武勇伝を語りだすと、幼いサウグやシュルター、ノーム族のオーアとリペも、まるでおとぎ話を聞く子どものように目を輝かせて聞き入る。
ちょうどそのころ、孤児院の司祭の部屋では、アルトリリアやセシリアが司祭にシスターと話をしているところだった。
「なるほど、それでは本当に、リュウの生みの親はわからないのですね……」
「えぇえぇ、あの子はたぶんニンゲン族だとは思うんですが、幼い見た目に似合わず聡い子でして……耳の形はニンゲン族なんですが、どこかの先祖でエルフの血が混じっているのかもしれません。私達もわからない事をよく話して聞かせてくれました。えぇ」
「リュウがこの孤児院に来たときのことは良ぉく覚えております。どこで誰にどんな目に遭わされたのやら、全身の骨も折れてボロボロの状態で、真っ暗な雨の夜に教会の入口近くに倒れ込んでおったのです。妻が——あぁ、シスターが何日も法術をかけて……7日目でしたかな。目を覚ましたときには、それはそれは奇妙な事を言っておりましてな」
「奇妙なこと、ですの?」
司祭の言葉に、アルトリリアはじっと耳を傾ける。
「はい。なんでも、自分はその、ナントカという格闘だか何かを極めた老人で、バケモノと戦って負けたのだとか、本当は子供ではないはずだ、とか……まぁ、大怪我を負った子供のうわ言ですな。自分の名前もわからなくなるほど痛めつけられておりました。それに、もともとリュウが話しておった名前も、なんと言いましたかな……とにかく長い、この国のお貴族様とはまったく違った名前で、発音もしづらかったもので、私が『リュウ・ノーチ』と名乗らせたのです」
「そうだったんですのね……では、リュウにとって親と呼べるのは、あなたがたお二人、ということになりますかしら?」
「えぇえぇ、そのように思っております。手のかかる子ほど可愛いと申しますけれどね、えぇ。その中でもリュウはとびきり手のかかる子で。それはそれは可愛い息子だと思っております。えぇ。子供を産めなかった私にとって、この教会を巣立っていった子たちも、今いる子たちも、もちろんリュウも、私の大切な子供です。えぇ」
シスターはしわの目立つ顔をさらにしわだらけにして、まるで目の前にいない手のかかる息子を慈しむかのような、優しい笑顔を浮かべた。
「私も妻も、元はこの国の生まれではございませんで、ランドルトの国王陛下が独立するときに併合した、デアハルス王国という小さな国の出身なのです」
「まぁ! デアハルス王国ですって? 私の母は、デアハルスの王女でしたの! ディートリッヒ・デアハルスという名に聞き覚えは?」
「ございます、もちろんございますとも。山に囲まれたデアハルス王国で、宵闇の輝ける月と謳われたディートリッヒ殿下……あぁ、お懐かしい……慈悲深く、精霊へ信仰と教会への帰依も篤い、大変素晴らしいお方でした……左様でございましたか、アルトリリア殿下は、ディートリッヒ殿下の……」
「あぁ、これこそ大精霊のお導きというものですわ……実は今日、リュウを連れてここを訪れましたのには、お二人にあらかじめ伝えておきたいことがあるからですの」
「まぁまぁ……王女殿下が、私達のような老人に、一体どのような……?」
「リュウを、私の側近として召し抱えたいと考えておりますの」
ノーム族の老司祭、デアムントに、その妻にして法術士、シスターのバウフナーベルは揃ってしわだらけ顔をあげ、目を見開いた。
通常、王族の側近などどれだけ身分が低くとも伯爵以上の爵位を持つ家の子弟に限定される。
これまで、ただの一度たりとも平民の、それも孤児院出身の少年を側近として召し抱えたなどという事例はないはずだった。
「もちろん、士官学校を卒業してから、ということになりますけれど、私の中ではもう確定事項ですわ」
「そ、それはその、なんと申しますか——」
「王女殿下、それは……リュウを戦争へ連れて行く、ということになりますでしょうか」
老シスターはうつむき気味に、絞り出すような声を出す。
リュウを息子同然に思っているというシスターからすれば、士官学校を卒業した息子が王族の側近になる、というのは名誉なことであると同時に、従軍して戦争に参加しに行く、ということでもある。
息子を軍人として戦地へ送り出す母親は、どんな種族でもどんな国でも辛いものだ。
「安心なさって。リュウはかなり尖った戦力を持っておりますけれど、『戦争』で十全の働きが出来るかどうかは別問題ですわ。あくまでリュウは、剣聖セシリアと同じく私の剣になって欲しいのです。前線指揮官の立場からすれば、リュウのように自由奔放で、それを誰も止めることが出来ないような戦力など、頭痛の種でしかありませんわ」
くす、と笑いつつアルトリリアは老シスターのシワだらけで、軽く煤で汚れた手を優しく包み込むように握る。
「まぁまぁ、いけません殿下、お手が穢れます」
「あら、どこに汚らわしいものがありますの? 今私が触れているのは、私の側近候補を守り育て、今もみなし子たちを大切に育む慈愛の化身のような方の、優しく暖かな手でしてよ? 穢れているとするならば、それは大切な息子を我が物にせんと企む、強欲で我儘なこの私の方ですわ」
「で、殿下……」
シスターはうっすらと目に涙を浮かべて、まるでアルトリリアの手を拝むかのように深々と頭を下げる。
「あの子は、リュウは可哀想な子なのです。親の顔も名も知らず、自分が本当は何者なのかも知らず、ただ一生懸命に生きている子なのです……」
「えぇ、存じておりますわ。リュウは聡明で、生きるための知恵と技術を持ち合わせております。是非その知恵と技をもって、私を支えてほしいと思っているのです」
うんうんと繰り返し頷く司祭にも、アルトリリアは微笑みかける。
「どうか、お恨みになるなら、私ひとりをお恨みになって。リュウは、可哀想なあなたがたの息子は、あくどい王女の企みに巻き込まれてしまっただけなのですから」
「……アルトリリア殿下、どうかリュウを、私達の息子を、よろしくお願いします」
司祭もシスターと並んで頭を下げたタイミングで、遠くの部屋から子どものよく通る大きな声が聞こえてきた。
「えーーッ!? リュウにーちゃんケッコンすんの!? ホントに!?」
年齢で言えば、いま孤児として2人が育てている子どもの下から2番目、サウグの声だった。
「にーちゃんすっげぇ! スケコマシじゃんか!」
「サウグお前! どこでそんな言葉覚えた!」
「どうせあんたが教えたんでしょうが! リュウ!」
ぷっ、とシーナにセシリア、そしてベルナデッタが吹き出した。
アルトリリアもついこらえきれず、はしたないことに口を開けて声を上げて笑ってしまった。




