47 ただいま
アルトリリア達士官学校の学生たちが、王都の士官学校へ戻ったのは、ステルベン辺境伯領での『校外学習』を終えて15日後のことである。
相変わらず馬車を度々止めて、外でバケツに胃の中身をぶちまけていたベルナデッタは『あんな遠いとこ、もう絶対ヤだ』と拗ねてしまっていた。
1年生のGクラス5人はベルナデッタと別馬車に揃って乗り込んで、ステルベン辺境伯領で食べたアレが美味しかった。あのお菓子は絶品だった。何それ俺食ってない、などと完全に学生の会話を繰り広げている。
王都の直前での最後の小休止、顔が真っ青なベルナデッタを放って、アルトリリアがリュウへと歩み寄ってきた。
「リュウ、少々よろしくて?」
「あ、はい、何スか王女様」
相変わらず、王女様に対する言葉遣いとしては不適切も甚だしいものだが、今更気にするほどアルトリリアは小さな女ではなかった。
「士官学校へ寄る前に、少々立ち寄りたい場所がありますの。よろしいかしら?」
「はぁ、良いっすよ。ってか俺がヤだって言っても寄るんじゃないですか?」
「あら、よくご存知でしたわね? 私、察しの良い子は嫌いじゃなくてよ?」
実に嬉しそうな笑みを浮かべ、アルトリリアはげっそりとうなだれているベルナデッタに、辺境伯領を出てからずっと眉間のシワが消えないシーナの元へと戻っていった。
1年のSクラス、リカルド・ステルベンは『父の戦後処理を実地で学ぶ』ということで、しばらく士官学校を休むことになった。
「どこ行くんだろうな? メシか?」
「だと良いんだけどな。なんかちょっと腹減ったよ」
「ね、リュッケン知ってる? 王都にね、すっごい大きなチーズサンド出すお店があるんだって」
「ミナは相変わらず。でも確かにお腹は空いた」
「みんな、とりあえずそろそろ馬車に戻ろうか。もうすぐ出発みたいだ」
Gクラスの5人は、ステルベン辺境伯領を訪れる前とまったく変わらない。
ただ、移動中も毎日リュウの指導の元で鍛錬を欠かさなかった。
走り込みをする時間はないため、時折馬車を降りては交代で走り、夜の宿泊のときに柔軟や基礎稽古を続ける。
1時間の稽古をするとしたら、その半分以上が柔軟のためのストレッチに費やされ、さらにゆっくりとした型稽古に、力の流れである『力脈』を感じ取るための舞踊のような訓練。その後は『ただ突っ立っているだけ』にしか見えない姿勢。
リュウがシーナに語るところでは、この『ただ立っているだけ』がもっとも重要であるということだった。
移動最終日、王都の城壁が見える場所での休息でも、Gクラスの5人の日常はまったく変わらなかった。
馬車は王女の馬車に記されたランドルト王家の紋章の効力か、なんの取り調べも受けずにすんなりと城門を通過する。
「俺みたいな獣人族がここ通ろうとしたら、すっげぇヤな顔してくるのに、なんだよ、やっぱ王族の馬車だとこんなすんなり通すのかよ」
「そりゃそうだよぉ。だって王様の娘なんだよ? アルトリリア様って。下手に止めたりしたら死刑になったりするんじゃない?」
「い、いやミナ、さすがにそれはないんじゃないかな? 他の王族はともかく——」
ベインの言葉の途中で、突然馬車が止まる。
まだ城壁を越えたばかりで、好意的に表現すれば下町、ひいき目なしに言えばスラムと呼ばれる状態に近い区域だ。
馬車の外から、扉が開けられた。
「出ろ、アルトリリア様のご命令だ」
馬車に随伴の護衛兵が無愛想に告げた。
最初に出たのは、機動力に長けたリュッケン、次いで防御力の権化ミナに、Gクラスのリーダーであるベイン。
次いでリュウが馬車から降りようとした時点で、ぼふ、とリュウの背中にアルムがぶつかった。
「……おいマジか」
「リュウ? 邪魔」
「いや、ちょっと待って」
「まさかリュウ? 馬車の中で2人きりだから?」
「何で……」
「私はリュウなら受け入れる。でも優しくして欲しい」
いつものアルムとリュウの夫婦漫才にツッコミもせず、ベインとリュッケンが視線を向けていたのは、古びた教会である。
ミナは相変わらず間の抜けた『ほえぇ』という声を挙げ、ぽかんと口を開けて教会の塔を見上げた。
低い石積の壁はところどころ崩れており、教会の窓も木の板に穴が空いている箇所がある。
ステンドグラスなどはとうの昔に割れてしまっているのか、内側から粗末な木の板を打ち付けてあった。
どこからどう見ても、貧しい教会である。
ただ、そこは唯の教会ではない。広めの庭は隅まで耕されており、今も畑で子どもたちが畑仕事に勤しんでいた。
そのうちの、幼いドワーフ族の男児がきょとんとした表情で見慣れない立派な馬車を見て立ち尽くしている。
「リュウにーちゃん!?」
「うげ……やばい、見つかった」
とびきり声が大きい男児は、満面の笑顔を浮かべ、土と泥で汚れたまま王家の紋が描かれた馬車へ駆け寄ってきた。
当然、護衛の兵たちは突然駆け寄ってきた子供を止めようとする。
ボーイソプラノの、耳鳴りがするほどの大きな声に驚いたのか、すでに馬車を降りていたセシリアも、そして続いて降りようとしていたシーナ、さらにはアルトリリアにベルナデッタも視線を子供へと向けた。
「にーちゃん! どこ行ってたんだよ!?」
「サウグ、とりあえず声デカい。あとな、馬車に走って近づくなって言ったろ、危ないんだからな、馬車って」
「おかーーさーーーーん! リュウにーちゃん帰ってきたぁーーー!」
普段無表情なアルムが驚きの表情を浮かべて耳をふさぐほどの声量。
そのすぐあとに教会の木製の扉が開き、法衣を纏った初老のノーム族の女が顔をのぞかせた。
「あらあらまぁまぁ!」
大柄なシスターは嬉しそうな笑顔をうかべ、馬車を降りたリュウへとのんびりと歩み寄ってくる。
シスターに遅れてドアから出てきたのは、同じくノーム族の老人だった。
「リュウ!?」
「あー……あの、王女様? ここ、俺の実家の孤児院って知ってました?」
「えぇ、もちろんですわ」
アルトリリアはニッコリと微笑んで、歩み寄ってきたノーム族のシスターと司祭に歩み寄った。
「リュウ・ノーチのご養父様とご養母様、でいらっしゃいますわね?」
「えぇえぇ、そうです。どこのどなた様かは存じませんが、よくこのバカ息子を連れて来てくださいました」
「私は王立士官学校の者ですわ。彼があまりにも優秀なもので、校外実習に連れて行って、先程帰ったところですの。ちょうど通り道にリュウの育った孤児院があることを思い出しまして」
「ほぉ、左様でございましたか。それはそれは、ありがとうございます」
ノーム族の老司祭は、シスターと並んで深々と頭を下げる。
孤児院の中や畑の奥から、数名の子どもたちがわらわらと歩み寄ってきた。
種族も年令も性別もバラバラで、まだ幼い子供から年長と思しきエルフの娘にノームの男もいる。
「王立士官学校、ということは……あの新聞は本当のことでしたか。リュウがどこぞの高貴な家のお坊ちゃんを相手に大暴れしたというのは」
「えぇ、本当ですわ」
「それはそれは、リュウが大変なご迷惑をおかけしたことと存じます。ほらリュウ、来なさい」
老司祭はリュウの手をぐい、と引っ張ると、リュウの頭に手を置いて深々と下げさせると、自らも白髪頭を深々とさげた。
「この子は暴れん坊ではありますが、本当は心根の優しい子なのです。まぁ悪気は有ったかもしれません。道理に外れたことはしないよう教えていたつもりなのですが、私どもの教育が至りませんで……申し訳ございません。どうか大目に見てやってはくださいませんか」
「お気になさることではございませんわ。士官学校は軍人を養成する場、『多少の荒事』はむしろ鍛錬として受け止められますの。リュウは大変優秀で、良く頑張っておりますのよ」
「左様でございましたか……まったくリュウ、お前は士官学校に行っても乱暴者は変わらんなぁ……ちょっとは大人しくせんか」
「あの、それでその、そのご立派な馬車とその出で立ちから、やんごとなきご身分の方かとお察ししますが、そんな高貴なお方がこんな寂れた孤児院にどのようなご用向きで? あいにくこちらには高貴なお方にお出し出来るようなものは何もございませんが」
「あのさ母さん、父さん? この人はね?」
恐縮する司祭とシスターに説明しようとしたリュウを押しのけるように、護衛の兵が一歩前に出る。
アルトリリアとセシリアが止めようと手を伸ばしたが、その動きは間に合わなかった。
「控えよ! 頭が高い! こちらのお方をどなたと心得る! 栄光あるランドルト王国が第13王女、アルトリリア・ランドルト殿下であらせられる! 平伏せよ! このお方は貴様ら平民が直接見ても良いお方では——」
兵士の声が不意に止まる。
「お方では?」
リュウが顔を兵士に向けると、その口元には細い剣が添えられていた。
剣を構えていたのは、剣聖セシリアだ。
「だめじゃないですかぁ? ほらぁ、リリア様が怒ってらっしゃるの、わかりませんかぁ?」
「まったくですわ……セシリア」
「はぁい」
「とりあえず、剣を収めてもらえますかしら? 子供が怯えてしまいますわ」
「あらぁ? 斬らなくて良いんですかぁ? リリア様の評判を落とすようなことしたのに?」
「神聖な教会で流血は避けたいところですもの」
ふう、と忌々しげにため息をついてから、アルトリリアは司祭とシスターに歩み寄り、先程のリュウよりも深々と頭を下げる。
「配下のものが大変、失礼を申し上げました。お詫びいたしますわ」
「そ、そんな、王女様がそのような、頭をお下げになることはございません!」
「いいえ。先触れもなしに、唐突にお邪魔しましたのは私の方。出自がどうであれ、種族が何であれ、貴族であれ平民であれ、守るべき礼儀というものがございますわ」
恐ろしく冷たい目線で護衛を睨みつけると、アルトリリアは軽く片手をあげる。
シーナが機敏に動いて、護衛兵の関節をとって地面に押し倒した。
「配下の者にはキツく言い聞かせておいて。シーナ、そのバカを連れていきなさい。躾のし直しですわね」
「はい、殿下」
大柄なノーム族にして、格闘士マスター級のシーナの実力を持ってすれば、現役の護衛兵であっても制圧は可能であるようだ。
「さて、司祭様、シスター? これから少々お時間はよろしくて?」
すぐににこやかな、いつもの温かい笑顔のアルトリリアに戻り、共に白髪頭となっているノーム族の男女に目を向ける。
司祭とシスターはやや呆気に取られた様子で、初めて間近で見る王族と、数ヶ月前に家出同然に孤児院を飛び出したリュウを見比べる。
「是非、リュウについてお話を伺いたいのです」




