↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
46/98

46 戦い方

「分かっていると思いますけれど、これは『試合』です。過度な攻撃は許しません。わかりましたね? 特にリュウ」

「え、俺すか」

「そうです。あなた以外、この注意が必要な者は誰がいますかしら?」

「アルムとリュッケン、それにミナも」


 ステルベン辺境伯軍の訓練場の一角、円形の戦闘訓練のためのエリアでは、中央に大柄なノーム族の男が2人と、小柄なニンゲン族の少年が向かい合っていた。

 少し離れた場所に立つ王女アルトリリアの言葉に、かなり不満そうな表情を浮かべたリュウが振り向きざまに答える。

 闘技場を囲む壁の外側にいる、ランドルト王国士官学校の1年生達はリュウ以上に不満げな表情だ。

 

「えっ? 私も!? 私は違うよぉ、リュウといっしょにしないで」

「そうだぜリュウ、アルムはともかく俺とミナは違うだろ」

「リュッケン、あとで殴る」

「え、ちょっと待ってアルム! リュッケンに酷いことしないで。殴るならリュウにして?」

「ん。わかった」

「いや、分かったじゃないだろ……」


 ノーム族の男、ルイ軍曹とマテオ上等兵は、すでに鎧と真剣の武器を備えてリュウを警戒している。

 ルイ軍曹は、数日前にミナの鉄杖を使った守りの前に為すすべもなく、かえって手首を痛める結果となった。

 マテオ上等兵は、棒手裏剣と縄鏢を駆使するアルムの前に、あっさりと完封されている。

 プロの軍人として、汚名を返上する機会を与えたい、と申し出たのはステルベン辺境伯である。


「プロを前にして随分と余裕だな、小僧」

「軍曹殿、何でもありと言ってきたのはこいつだ。本物の戦場で磨かれた技ってやつを見せてやりましょう」


 非常に物騒な事を話すプロの軍人、ステルベン辺境伯軍における重装歩兵2人は、すでに身体強化術を2重に掛け終えており、筋肉が完全にパンプアップした状態。

 さらに、片手剣にバックラーという小型の盾、重装鎧を備え完全武装の状態だった。


「リュウ、課題を与えましょう。2人を『骨折以下の怪我で済ませて制圧』してご覧なさい?」

「え、骨はダメすか?」

「えぇ、骨を折ってはいけませんわよ?」

「脱臼は?」

「脱臼はギリギリよしとしましょう」

「靭帯は?」

「不可抗力ならば致し方ありません」

「うーん、面倒くさいなぁ……」


 一方のリュウは、ほぼ完全に武装解除した状態。

 武器は何も持たず、甲冑も何も身に着けていない。さらに王女アルトリリアから課された制限は、『骨折なしでの制圧』という難題である。


「ま、何とかなるでしょ」


 リュウの軽い一言は、職業軍人2人の怒りのツボを執拗にグリグリと押すようなものであった。


 訓練場で繰り広げられている光景は、通常ならばお話にもならないどころか犯罪同然の所業である。

 アルフォンス・ステルベン辺境伯も、当初はこの無謀で一方的な虐待しかならないであろう試合を止めていた。

 が、アルトリリアの煽りに『そこまで殿下が仰るなら』と折れる事となった。


『あら、精強無比で知られるステルベン辺境伯軍は、武装をしていない16歳のコドモを怖がっているんですの? そのような腑抜けた姿勢で王国の盾が務まりますかしら?』


 とまで言われては、大人しく引き下がるわけにも行かない。

 おまけに、ベルナデッタが悪乗りしてか『リュウにボコボコにされても、まぁギリギリ怪我で済めばミナ君の法術もあるし? 治してもらえるし? まぁ怖がらなくても良いのでは?』と話した言葉は、温厚で知られるイザーク少佐をもイラつかせるものである。

 ベルナデッタは、つくづく人の神経を逆撫でするのが得意な女である。


 かくして、士官学校1年生最底辺クラスの完全非武装の少年と、完全武装の上身体強化術を使っている職業軍人2人による訓練試合が実現してしまった。

 仮に良心あるものがこの光景を観たら、ステルベン辺境伯軍の非道に憤慨していただろう。

 が、リュウの次の一言にその良心あるものも呆れ返るに違いない。


「ベインはセシリア先輩に剣習っているからいっか。ミナ、リュッケン、それにアルム。体捌きの見本を見せるから。こういう脳筋タイプをどう捌くか、良く見といて」


 ぎり、という歯ぎしりの音が金属製の兜の中から響いた直後。

 マテオ上等兵は審判を務めるイザーク少佐の合図を待たず、リュウへ向かって剣を振りかざし突進する。

 ぼう、という凄まじい風切り音を立てて、剣が空を切った。

 誰もが斬られた、と思う間合いだったにも関わらず、辺境伯軍に入隊して4年の軍歴を持つマテオ上等兵の剣は、完全に空振りだった。


「へぇ、ちょっとはやる気出た?」

「調子に乗るなよクソガキ……お前らの方だからな、避けられない方が悪いって言ったのは」

 

 いつの間にかリュウの背後に回っていたルイ軍曹が、完全な不意打ちの形で突きを繰り出す。

 これも、誰もがリュウの背中に剣が深々と刺さるところを想像した。が、なぜか剣は空を斬るばかりだ。


「いいねぇ、そうじゃなきゃ。じゃあ特にリュッケン、アルム。こういう闘い方もあるってのを覚えといて」


 だらん、と両手を下げ、完全に脱力した姿勢。武之内流の『直立ち』の姿勢だ。

 通常の直立ちは脚も背筋も伸ばしてまっすぐに立ったままの状態である。一見すれば隙だらけの棒立ち、イザークはリュウの試合放棄の意思表示かと疑うほどに無防備に(・)見(・)え(・)る(・)姿勢だ。

 だがその実、どこにも力が入らない分、熟達すればどの方向からのどのような攻撃にも即座に反応出来るため、相対するものが熟練者であればあるほど、隙を見出すことが難しい。


 が、残念なことにルイ軍曹もマテオ上等兵も、2人ともにゴールド級の剣術を修めているが、リュウの立ち方をみて『隙だらけ』とみなしてしまうタイプである。


 少しずつリュウの身体が左右に揺れるように動き始めると、まるで『わざと外している』ように見える攻撃を、マテオとルイは繰り出し始めた。

 リュウはただ避けるだけではなく、剣を振り抜こうとする軍人の小手にそっと手を添え、むしろ手の速度を上げるように軽く押しているようにも見えた。

 

 何度目かの斬撃を放ったマテオは、振り抜いた側の利き腕の手の甲を軽く押され、周囲があっけにとられるほど派手に転び、地面を何回転か転げ回る。

 ルイの突きも軽く躱されるが、突きを放った腕を押し返すのではなく、まるで力の方向に逆らわずにほんの少しだけ力を込めると、ルイもバランスを崩して訓練場の地面に頭から突っ込んだ。


「これが、武之内流の『柔』だよ。相手の力に逆らわずに、ほんの少し力を加えてバランスを崩させる。相手の力の流れを少し強くして、止まるべきところで止まれなくする。そうすれば、相手は勝手に崩れるからね。こちらは力をほとんど入れないから疲れない。ほら、みんなでやったろ? あの力脈の鍛錬。アレをちょっと応用すればすぐ出来るからさ?」

「い、いやリュウ……簡単に言ってくれるなよ、絶対難しいやつだろ、それ」

「何いってんだよリュッケン、お前だって同じメニューで鍛錬してるだろ。大丈夫大丈夫、出来るって。出来るようになるまでやりゃ良いんだよ」

「リュウは教え方が雑」


 リュッケンは困り果てた顔で、そしてアルムはいつも通り表情に乏しいままで厳しいツッコミを入れる。

 実にほのぼのとしたGクラスのいつもの光景。

 だが、ステルベン家の面々は到底ほのぼのしていられる状況ではない。


「あ、姉上、あんな技があるんですか」

「格闘士の技にもないな……そもそもリュウは、武器は何が専門なんだ。あいつのクラスは一体なんだ。リカルド、お前は知らんのか」

「知りません……そ、そもそもGクラスのメンバーのスキルやクラスなんて、誰ひとり知りません」

「バカ、お前それでもSクラスか! 上に立つものならどこの誰がどんな能力を持っているのか、それくらい調べておけ」

「はい……すみません、姉上……」


 姉シーナの説教は、リカルドにとって幼い頃から何度も聞かされたものである。

 現在のところ、辺境伯家を継ぐのは嫡男であるリカルドだが、軍人としてもノーム族の戦士としても、シーナは弟よりも遥か高みにいる。

 現時点では、まだまだリカルドは姉に頭が上がらない。


「それはもう良い、学校に戻ったら情報を集めておけ。今はリュウの動きから目を離すな。あの動きは何としてでも学べ」

「わ、わかりました姉上……」


 訓練場では、起き上がったマテオとルイが何度もリュウを切りつけ、突き、横薙ぎに斬ろうと剣を振る。

 が、いずれの攻撃も『斬られた』と周囲が錯覚するほどギリギリの間合いで躱され、リュウの軽い手のひらの『押し』で身体が宙を舞う。

 すでに40分近く、2人の職業軍人は、もう何度叩きつけられ、何度訓練場の地面に嘔吐したかもわからない。


「で? もう終わり? 俺はまだ全然余裕。ってかこの程度なの? マジで? プロの軍人の実力見せるって大口叩いといてそのザマ?」


 リュウは汗ひとつかいていなかった。

 ミナの鉄壁の防御とはまるで違う。ルイがミナの鉄杖の守りに切りかかったときは、本当に鉄の壁に弾き返されたかのようであったのに、リュウはまるで手応えがない。

 それどころか、不可思議に身体が回転し、地面に叩きつけられてしまう。

 おまけに、まるでエナジードレインでも掛けられたかのように異様に体力が消耗している。

 リュウの言う武之内流『押撫(おしなで)』は、中国拳法の技のひとつ、化勁(かけい)と呼ばれる技術をベースにしたものだ。

 相手からしたら、まるで自分の体力を吸い取られているような感覚を覚えることになる。


 歯ぎしりをしながら何とか立ち上がったルイの後ろで、マテオはすでに動けなくなっていた。

 一般的に、身体強化術はそれほど長時間続けて使うものではない。魔力と体力の消費が大きすぎるのだ。

 マテオはまだ上等兵であり、この40分の間身体強化を常にフルで、しかも2重に駆け続けている。身体への負荷ももはや限界近くになっていた。


「身体強化頼みで、バカ力しか取り柄がないような相手なら、全然怖がる必要はない。太刀筋をちゃんと見極めて、最小限の動きで躱す。そこに、武之内流柔の『押撫(おしなで)』だけで十分だ。勝手に自滅するのを待てば良い」

 

 マテオが全身を震わせながら何とか立ち上がろうと力を振り絞る。

 その時だった。

 ばちん、という何かが弾ける音が訓練所に鳴り響いた。直後、獣の断末魔のような悲鳴。


 長時間の身体強化に耐えられなかったマテオの両足、アキレス腱が断裂した音であった。


「おっさんもああなりたくなかったら、武器を捨てて休んじゃえば?」


 汗の一滴すらかかず、息もまったく乱れていない少年の軽い言葉に、ルイはその手から剣を落とし、膝から崩れ落ちてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。