45 戦争とは何か
「アルトリリア様に倣って、ボクも結論から言おう。戦争は、始めた時点で負けだ」
ぺたぺたと実に緊張感のない足音を立てながら、ベルナデッタは会議室の中をうろうろと歩き始める。
「さっきリュッケンにも言った通り、また辺境伯閣下のご意見の通り、戦争というものは実にコスパの悪い外交手段。そして、大変に旨味が強いビジネスでもある」
「ベルナデッタ先輩、戦争が外交手段というのはまだしも、ビジネスだというのはちょっと違和感があるんですが」
「そうだろうそうだろう、ダーリンさすがだ。ボクの未来のダンナ様はさすが——」
「外交手段だ、ということは理解できます。要は『利害の対立する二カ国が、落としどころを探るのに、手段として話し合いを選ぶのか殺し合いを選ぶのか、その違いでしかない』ということですよね。ですがビジネスというのは、どうにも違和感が強いです」
ダーリンだのダンナ様だのといった言葉をスルーされた事を気にもとめず、ベルナデッタは得意げに胸をそらして話を続ける。
「基本的に、戦争はない方が良い。何故ならば国民、軍人が大勢死ぬし、インフラは破壊されるし、産業も破壊される。もうコスパ最悪だ」
「おいベル、言い方」
「シーナ、言っとくがこれ以上的確な言葉はないぞ? 何しろインフラの破壊は数年、産業の破壊は十数年、人材の損失は数十年もかけて、多額の費用と人手と時間をかけて回復させないといけない。歴史上、多くの国がこれを成し遂げられず、戦争に勝った末に滅んでいる。馬鹿馬鹿しい。実に愚かで、間抜けで、本末転倒と言わざるを得ない。何が勝利だ。何が戦勝だ、こんなモノで相手を屈服させて喜ぶなんて、ボクに言わせれば愚かで滑稽だ。ちょっと考えれば分かるだろうに、軍人は何故かこの事が分からないんだ」
恐る恐る、といった様子でミナが手を挙げると、ベルナデッタは今まさに教壇で講義をしている教師のように、『はいミナくん』と指差した。
「あ、あのぅ……そしたら、そもそも戦争に勝つって……どうやったら戦争に勝ったことになるんですか?」
「素晴らしい! 良いぞミナくん、良くぞそこに気がついた! そこは戦争論において、最も重要な大命題だ。結論から言おう。戦争をしている二カ国の内、戦争を終わらせる事が出来るのは敗戦国だけだ。今のミナくんの質問、どうやったら勝ったことになるのか? その答えは、相手が負けを認めたら勝ちだ。どれだけ有利であろうと、相手国の兵を皆殺しにしようと、王様の首を刎ねようと、相手国が負けを認めなければ、戦争に勝利することは出来ない! これは、戦争における非常に重要な定義だ! ここはテストに出るぞ! はいアルム、リュウ、リュッケン、寝ない。起きろ」
「寝てない。ただ目を閉じて意識を飛ばしてただけ」
「アルム、それを世間一般では寝たというんだ。もうホントに、よくそれで赤点ギリギリとはいえ及第点をとれるな。逆にすごいぞ」
「もっと褒めて」
「褒めてない。さて、君たちド底辺のGクラスにも何度も話したね? 戦争は、勝つだけじゃダメだ。損失を少なく抑える必要がある。だからこそ、正面から名乗り合って、大部隊同士がどっかーんとぶつかり合って、大勢が殺し合うなんてマネは時代遅れ。ボクに言わせれば前時代的で視野狭窄を起こした愚か者の考え以外の何物でもない」
目の前に座って顔を真っ赤にしている辺境伯には全く気づくことなく、ベルナデッタの演説は続く。
「国力を削り合って潰し合って、あとに残るのは膨大な予算をかけて復興しなければならない廃墟と累々たる屍だけ。政府機能も崩壊した状態の土地を奪い合うのに大勢の優秀な軍人や民間人の命を炎の中に放り投げる。それが戦争だ。これほどコスパが悪い外交手段は、ボクが知る限り他にはない。大抵の場合はメンツだプライドだとかいう、実にくだらんもののために大勢の命を犠牲にする。ちょっとばかり頭を冷やして損得勘定をしてみれば良い。そうすれば、戦争は始めた時点で負けということがよく分かるはずだよ」
「ベルナデッタ嬢! それは、お父上のヘルセネン子爵を、筆頭軍師どのを否定することになるぞ!」
「なりませんよ閣下。父上は何よりも先に外交、つまり交渉で利害の対立を解消する道を選びます。それがどうしてもダメ、他に採れる手段がない、という場合にだけ武力を使うんです。第一の選択肢に武力を持ち出すようなバカは、一生森の中で魔獣退治でもやってりゃいいんです。その方がよほど世のため人のためです」
情容赦なくやり込められてしまい、辺境伯は勢いよく立ち上がったものの、そのまままた座り込んでしまった。
「一方で、戦争ともなれば大量の物資が必要になるのはド底辺諸君も知っているだろう。食料、医薬品、武器、防具、移動のための馬車、輜重部隊のための道路整備、兵站その他諸々。これらを扱う商人にとっては、大量の物品を一気に売りさばくビジネスチャンスだ。つまり一部の商人にとっては、戦争は『ビジネス』なんだよ。分かるかね? はいリュッケン」
「え? えっ? 俺? どこ? 今何ページ?」
「だから寝るなと言っただろう。ついでだ、リュウも叩き起こしたまえ。続けるぞ。ではベインくん、どーーーしても、やむを得ず、吟味に吟味を重ねた上で、他に手段が何もないと判断した場合に限って、戦争を始めざるを得ないとした場合、もっともヤッてはならないことは何かな? 3つ答えてくれたまえ」
ベインはゆっくりと立ち上がり、ほんの数秒顔を上に向けて考え込んでから、指を1本立てて見せた。
「まず、相手の戦力、つまり兵力、兵数、拠点、将の配置、地理的条件、兵站の確保状況といった情報を正確に把握、吟味しないまま、開戦に踏み切ること」
「ふむ。残り2つは?」
「次に、冬に戦争を起こすこと。犠牲があまりにも大きくなりすぎます」
「ふむ、良いぞ。そして最後は?」
「あとは……リュウから教わった言葉ですが、『まず勝って然る後に戦う』という言葉があるそうです。戦う前に、確実に勝てる状況を作り出しておく。裏を返せば……勝てない相手と戦争をすること、でしょうか」
「良し! よーしよし、良い子だダーリン。やはりベインくんは素晴らしい。これは待っていてはいけないな。今夜にでもボクが夜這いをかけるとしよう」
「あの、すみませんシーナ先輩、僕らが使ってる部屋って鍵かけられましたっけ?」
相変わらず論理がとんでもなく飛躍するベルナデッタの論調には、シーナもベインもすっかり慣れてしまっていた。
苦笑しながらシーナが頷き、弟リカルドはすっかり空気となった父、辺境伯アルフォンスの隣で呆然としている。
「鍵ならかけられる。心配するな。下級生を護るのは上級生の役目だ。それで? ベル、続けろ」
「なんだ、ただの冗談だよ。こういうときこそ肩の力を抜いて、リラックスすることが大事だぞ? まぁボクの夜這いは確定事項としてだ。『勝てない相手とは戦わない』、これは戦争において最も重要と言える。まず勝って然る後に戦う、か。これは素晴らしい言葉だな? ボクの記憶に刻みつけておくとしよう」
辺境伯にとっては憤懣やる方ない状況だろう。
歴戦の軍人を前にして、士官学校の部門首席とはいえ、まだ18歳の小娘が戦争論で演説をブチ上げているのだ。
おまけに同室には王族がおり、王族の指示での演説であるため、怒鳴りつけてやめさせることも出来ない。
辺境伯アルフォンスにとって何よりも面白くないのは、辺境伯にとっては小娘に過ぎないベルナデッタの話す内容に反論する材料がない、ということだ。
「今ボクのダーリンが言った通り、戦争に踏み切るには、本来高い高いハードルがあって当然なんだ。戦争を起こすにあたっては、失われる彼我の国力を遥かに上回るメリット、大義が無いといけない。今回のステルベンの角における紛争は、お互いにとって得られるメリットに対して、払うであろう犠牲があまりにもデカい。ズルズルと紛争が続いていたら、損失ばかりが膨れ上がって、やがては国難に直結していただろうね」
ぱんぱん、と軽く手を叩いて演説を終了させたのは、王族であるアルトリリアだった。
「さすがはベルですわ。私も同意見です。戦争は、あくまでも最後の選択肢であるべきですわ。帝国にとっても、今回の紛争は損失が大きい割に得られるものは小さい状況でした。だからこそ、今回のわたくしが提示した講和条件にサインをしたのです」
会議室の中でアルトリリアを除けば2人だけ、王女が『嘘はついていないが、真実の全てを語っているわけではない』ということを理解している。
講和会談の場に同席したセシリアとリュウであったが、この会議の直前、アルトリリアは2人に『講和会談の場でのやり取りは、一切口外無用ですわよ。よろしくて?』と釘を差している。
「これからもうしばらくすれば秋も終わり、冬が来ます。先程のベイン君の発言にもありましたわね。冬の戦争は、戦闘以外での死傷者が大勢出ます。これは国家の損失、それも無駄な、避けられる損失にほかなりません。おわかりですね? 辺境伯?」
「……はっ……」
「だからこそ、私は講和を選んだのです。辺境伯の武力が不要という意味ではありませんわよ? ですが、最終的にどこで妥協するのか、落としどころをどこにするのかを考えるのは、上に立つものの役目ですわ」
「はっ、おっしゃるとおりです……」
アルフォンスは、うなだれてしまっていた。
戦線の膠着まで持っていけた、ということはつまり、それ以上相手を押し返すことが出来なかった、ということを意味する。
おまけにベルナデッタやベインの見立てでは、魔導ジャマーなる新兵器を持って西進し、ステルベン辺境伯領をさらに削り取ろうとしていたというではないか。
どれだけ良くてもステルベンの角を丸ごと失い、ともすれば辺境伯領全てを奪われていたかもしれない。
そこを、国境線を紛争以前の状態にまで回復した上、5年という期限付きとは言え相互不可侵条約までこぎ着けた事は、間違いなく大逆転勝利に等しい快挙だ。
辺境伯領は、間違いなく王女アルトリリアによって救われた。
「だからこそ、辺境伯」
「はっ」
「これは大きな貸しですわね?」
「はっ、ステルベン家一丸となって、ランドルト王家にいっそうの忠誠を誓う所存であります」
「ならば辺境伯、シーナ、リカルド。その忠誠は——王ではなく、この私に捧げて下さいませんこと?」
あまりにも意外な、唐突なアルトリリアの言葉に、辺境伯とリカルドはあっけにとられ、シーナは何かを観念したような苦笑を浮かべている。
この場で彼らステルベン辺境伯家の面々に許された答えは『御意』以外残されていなかった。




