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40 帝国の狙い

「ボクに言わせれば、王国軍の最大の強みは身体強化術を使った圧倒的な攻撃力と機動力。そして最大の弱点こそが、身体強化術の存在を前提とした軍の運用そのものだよ」


 ベルナデッタはいつものドヤ顔で、アルフォンス・ステルベン辺境伯とアルトリリア、さらにGクラスの面々に加えイザーク少佐の前でふんぞり返っていた。


「ボクの愛弟子にしてダーリンであるところのベイン君が突き止めた魔導ジャマー、こいつは明らかに、我が国の軍の弱点をついた戦術兵器だ。いやぁ、実によく出来てる。ボクがもし帝国の参謀本部にいたら、このアイディアを出した者は二階級特進もののボーナスを出すね」

「あの、ベルナデッタ先輩……それどうかと思いますけど……」

「何を言ってるんだダーリン。……なんだ、ダーリンはいやか? まぁ良い、慣れてくれたまえ。それよりもだ、軍師たるもの常に敵の動きを読むのは当たり前。優れた軍師は、『どうやって敵軍を攻略するか』だけではダメだ。常に『敵の立場から、どうやって自軍を打ち負かすか』を考えねばならないよ。その視点でものを考えれば、この魔導ジャマーは実に合理的だ。美しい、エレガントとすら言える」


 ミナが『プロの軍人』であるルイ軍曹の攻撃を汗ひとつかくこともなく完封した後、渦中のGクラスに辺境伯軍のトップは会議室へと移っていた。


「では模擬戦だ、ダーリンは辺境伯軍を動かしてみたまえ。ボクは帝国軍参謀の立場で、3個大隊を動かすという前提でやってみよう。1個大隊は3個中隊から、1個中隊は3個小隊からなる、という編成にしようか。1個小隊の規模は30人、1分隊10人編成で、3分隊を1個小隊としよう」

「わかりました。それじゃあ1個中隊が90名、指揮官を含めて1個大隊が300人……部隊全体でざっと千人規模といったところですね。では辺境伯閣下の軍の規模も同程度でよろしいですか?」

「う、うむ……我が手勢は総勢3000人、その3分の1ということになれば、まぁ迎撃部隊としてはあり得ない規模ではないが……」

「よし。では始めようかダーリン。戦場は待ってはくれない。まず、発端はステルベン辺境伯閣下のところに、斥候から『帝国軍がステルベンの角の領域内で軍編成を行い西進の準備を進めている』という報が入ったところから。勝利条件は、相手の軍勢の3割を削ったところにしようか」

「わかりました」

「ちなみに、ボクが勝ったら——そうだね、ベイン君の部屋にボクが夜這いに行こうか」

「ベルナデッタ先輩? もう始まってますよ?」


 ベインは手早く地図上で駒を並べ始めていた。

 辺境伯軍は国境守備を目的とした軍であり、帝国への侵攻を想定した兵科構成とはなっていない。

 盾を持った重装歩兵に、迎撃部隊としての重装騎兵、遊撃部隊として軽装騎兵に弓兵が中心となっている。加えて、後衛として魔道士たちからなる部隊が前線のサポートを行うといったものが、通常用いられる戦術である。普段の訓練も、これらの戦術を前提としている。

 一方の帝国軍は、国境守備と合わせ『ランドルト王国に切り取られた領土であるステルベンの角地域の奪還』を目的としている、攻撃性の高い軍だ。

 軽装歩兵、重装騎兵に加え、軽装弓騎兵も多くおり、魔導部隊も後衛として従軍し、どちらかというと機動力を重視した編成となる。


 盤上では、軍学首席のベルナデッタに対してベインはかなり善戦していた。

 軽装弓騎兵を中心とした機動戦に対し、ベインが操る重装歩兵、重装騎兵は守備的な陣形を保ったまま帝国軍の侵攻を食い止める。


「さて、ここでキーとなるのが、移動式魔導ジャマーだ。この魔導ジャマーを使えば、敵味方共に魔法も身体強化も使えなくなる」

「そう来ますよね……魔導ジャマーを前面に出すとしたら、ステルベンの角の底面に接するこの2箇所で、配置するとしたら——」

「この辺りだね。この辺にジャマーを移動させれば、間違いなく辺境伯軍は魔導ジャマーの影響をモロに受ける。その結果はさっき見た通りだよ。ステルベン辺境伯軍が身体強化を解除した姿を思い出してみたまえ」

「ベルナデッタ先輩、帝国軍はやっぱり身体強化無しっていうのを前提にして訓練を積んできますよね」

「それは当然だ。ジャマーを使えば魔法を使えない、身体強化も使えない。だからこそ軽装歩兵に軽装弓騎兵が中心の兵科になる。重い鎧を身につけて移動するには、相当な訓練が必要だからね。リュッケン君達が帝国兵から聞いた『特別な訓練を積んだ部隊』というのは、まさにコレだろう。身体強化無しで稼働可能な重装歩兵部隊だ。おそらくはドワーフ族にノーム族といったパワーに優れた部隊だろうね。彼らに軽量化した重装鎧を着せて、盾を使った運用を訓練するはずだ。さて、この部隊を相手に辺境伯軍はどうするかな?」


 ベインの手が不意に止まる。

 辺境伯軍の重装歩兵と重装騎兵は、その装備の重量を克服するのに身体強化術を使用している。

 通称『ダブル』と呼ばれる身体強化術の二重がけが可能な者たちが、最前線の重装歩兵、重装騎兵として配置されている。

 

「仮に、最前線に配置されている重装歩兵と重装騎兵、身体強化の二重がけが通常運転になってる部隊がいるとしようか。さらに、仮定になるが魔導ジャマーが機能のオンとオフを切り替えられるようにしようか」

「……魔導ジャマーが移動可能で、機能を一時的にでもオフにできたとしたら……どれだけ控えめに言っても悪夢、適切に評価するなら最悪ですね、辺境伯軍にとって」

「そうだね。逆に言えば、帝国軍の視点から見れば『機能のオフとオンを切り替えられれば決定的な戦術兵器になる』ってことだね。ボクが帝国軍参謀なら是が非でも付けさせる。最優先で開発させるね」

「だとすれば、魔導ジャマーにはすでにその機能がある、と仮定するべきでしょうね」

「そうだ。ボクが辺境伯軍の戦力を3割削る事を目的とするなら、夜陰に乗じて魔導ジャマーのうち一台を前線近くに移動させる。もちろん機能をオフにした状態でね。そして——」


 ぱちん、とベルナデッタが勢いよく丸く大きな駒を、ベインが並べた部隊の駒の近くに置いた。


「そうしたら、僕は重装騎兵でジャマーを破壊しに——いやダメだ、これは悪手だ」

「その通り。辺境伯軍を惹きつけるだけ惹きつけておいて、魔導ジャマーをオンにする。そうするとどうなる?」


 黙ってベインとベルナデッタの盤上シミュレーションを見ていたアルフォンスは、指で冷や汗を拭う。

 仮にベルナデッタの戦術通りに帝国軍が動いたとしたら、辺境伯が取るであろう対抗策は、ほぼベインが示したものと同じだった。ベインの軍略は、歴戦の辺境伯と同レベルにまで到達している、ということ自体も驚きである。

 が、辺境伯アルフォンスを旋律させたのは、ベルナデッタの一切の情け容赦がない舞台展開だ。

 だが、仮にベインが示した通りに現実の部隊を動かしていたとしたら、帝国軍の軽装歩兵、軽装弓騎兵、特殊訓練を積んだ重装騎兵が間近に迫った状態で、辺境伯軍は身動きが取れなくなる。


「辺境伯軍の重装歩兵、重装騎兵は一方的にやられます……3割どころか、戦力4割減。全滅扱いとして然るべきですね」

「その通り。さぁて、シミュレーションはボクの勝利だ。これでボクは大手を振ってベイン君の寝室に夜這いをかけに行けるわけだな?」

「あの、僕の部屋って言ってもリュッケンとリュウも居ますよ?」

「そこはほら、二人に空気を読んでもらうとしよう。どうせリュッケンはミナの部屋に、リュウはアルムといっしょにデートでもしてれば良い。ほら、誰も損をしない」

「はいはい、そこまでになさい。ベル?」


 ぱんぱん、と軽く手を叩いて歩み出たアルトリリアは、机に歩み寄って最終的な駒の配置を見おろした。

 どう見ても惨敗。どれだけ好意的な評価をしても、ランドルト王国軍の壊滅としか言えない惨状だ。


「さて、ステルベン辺境伯、イザーク少佐。彼らのシミュレーションをどのようにご覧になりまして?」


 アルフォンスとイザークは、しばらく口を開けなかった。

 だが、貴族であり、軍と国境の防衛に責任を持つ辺境伯アルフォンスが沈黙を守る、などということは到底許されるものではない。

 大きく深呼吸を何度か繰り返し、咳払いをしてからようやく口をひらいた。


「今のシミュレーションは……おそらくは、かなり現実的なものであると、言わざるを得ないでしょうな……」

「甘いですわね」


 アルトリリアは、下級生や自分よりも立場が弱いものには慈悲深いが、立場と責任あるものに対しては一切容赦ない。

 特にこの場において、辺境伯家当主のアルフォンスに対してはもっとも厳しかった。


「私(わたくし)、軍学においてはベルナデッタに次いで次席の成績を修めておりますわ。私が見る限り、ベイン君の守備の動きはこの上ない良策、一方のベルの攻め手はまだ手加減をしているかのように見受けられましたわ。どうかしらベル?」

「まぁ、愛しのダーリンを盤上とは言えボコボコにするのはさすがに気が引けるからね? あんまり機嫌を損ねたら夜這いに来てくれなさそうだし」

「行きませんよ」

「例えばそこのイザーク少佐が相手だったら、損耗率7割、再起不能になるまでボコってたかもね?」


 しれっと答えたベインの言葉を華麗にスルーして、ベルナデッタはいくつか駒を動かした。

 行動不能になった辺境伯軍に対して、軽装弓騎兵による波状攻撃。また魔道士主体の後衛部隊を重装歩兵が護衛しながら前線へ移動。

 辺境伯軍の重装歩兵部隊が行動不能になり、後衛の魔導部隊が前線に到着した時点で魔導ジャマーをオフに切り替え、一斉に広域魔法での攻撃を繰り広げる。

 イザークだけでなく、ベインも、そしてアルフォンスも背筋を凍らせた。


「覚えておきたまえダーリン、軍において『全滅』というのは、文字通り兵士が全員死ぬことを指すんじゃない。3割を行動不能に追い込めば、それで全滅判定だ。理由はわかるかな?」

「はい……3割が行動不能になった場合、指揮系統と士気が崩壊、組織的な行動が極めて困難になるから……でしょうか」

「その通り! さすがはボクの処女を奪う男だ。ちゃんとボクの講義を聞いていたね? ……まぁリュウとリュッケン、アルムには期待してない。キミたちはボクの講義中寝てただろう。ミナ君は苦手意識が強そうだが、とりあえず頑張れ。まぁ大まかにはベイン君が言ったとおりだね。戦力の3割が損耗した部隊は、事実上組織として動けない。その前提でこの盤面、さて辺境伯閣下はどのようにご覧になります?」


 ベルナデッタは、異様に高いテンションで楽しそうな笑顔を大柄なノーム族の辺境伯へ向ける。

 どう好意的に評価しても『壊滅』としか言えない盤面。

 歴戦の名将アルフォンス・ステルベンの輝かしい軍歴と経験には、魔導ジャマーなどという代物は含まれていない。明らかに未知の戦場であり、効果的な対処方法などわかるはずもない


「辺境伯、そこで立ち尽くしている時間など無いのではなくて? さ、対策を練りますわよ。ベイン君、ベル、それにシーナも同席を。それにリュウ、あなたもですわ」

「え、俺すか」

「えぇ、この防衛戦、あなた達Gクラスの『哲学』なくして乗り切ることは出来ませんわ。よろしいですわね辺境伯?」


 アルフォンス・ステルベンには、ただ黙って小さく頷くことしか出来なかった。

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