36 戦争というもの
「——とまぁ、こんな感じだった」
「ありがとうリュウ。リュッケンもアルムも、危険な任務だったけど、3人だったからこそ、その敵兵も色々喋ったんだろうね」
「だろうね。まさか敵さんも、パッと見ただのガキが、戦地の奥深くまで偵察に来てるとは——思ってるか。だからこそこんな飴渡したんだろうなぁ」
ひょい、とリュウが持ち上げたのは、イワン上等兵に渡され、『孤児院のみんなで食べる』とリュウが礼を伝えたものだ。
途中、アルムとリュッケンが食べようとしたのをリュウが素早く奪い取り『戦場で誰ともしれない相手から受け取ったものは、絶対に口にしちゃいけない。十中八九毒だ』と語ったものだ。
「ふむ……リュウ・ノーチだったか。貴様のその判断は正しい。良ければその飴、わが軍で調べよう」
「その方が良い。多分、俺達くらいの体格だったら1粒で死に至る毒、あと遅効性になってると思う」
「ほう、その根拠は? なぜそう判断する?」
「俺なら間違いなくそうするから」
ぞく、とその場にいる全員の背筋に冷たいものが走る。
Gクラスの4人も、長く一緒に行動していて思い出すことも無かったが、武之内流というものは戦場の技術体系だ。
急所狙い、不意打ち、闇討ち、騙し討ち、裏切り、罠、謀略と、文字通り戦場で生き残るためのなら『なんでもあり』だ。当然のことながら、毒も当然その中に入る。
「どんな毒かは知らんけど、飴の形を取ってるからな。きっと砂糖とか果物の果汁なんかで味をごまかせるもので、なおかつ遅効性だろうね。即効性なら舐めてる間に症状が出て、致死量に達する前に吐き出す可能性がある。舐めた半日後とか翌日に症状が出るものだろうと思う。ま、そういう毒があればだけどね」
「なっ……なんと卑劣な! 子供に毒を盛るだと!? 帝国軍に騎士の誇りは、軍人の気概というものはないのか!」
「え? 何甘ったれたこと言ってんですか?」
憤慨する辺境伯に、キョトンとしたリュウが文字通り『何言ってるか分からない』といった表情を向け、小首を傾げた。
「帝国軍の立場になって考えましょうよ。何らかの重要な軍事機密がある場所の近くで、明らかに異質なガキがいた。キノコ探しとは言ってるけど本当かどうかは確かめるすべはない。森の中で、動きが素早いエルフと獣人がいる。脅して警戒させて、『何を見て何を知っているのか分からない怪しい存在』が二手に分かれて逃げ出したら、捕まえるのは難しくなる。だったら、ある程度でも情報を渡して安心させてから、自分たちから離れた状態でも確実に始末出来るように仕向ける。……合理的じゃないですか。どこが卑劣なんですか? まぁ、俺だったらその場で3人とも問答無用で殺してますけど」
「ま、リュウならそうするだろうなぁ。俺も、殺すまではしなくても捕まえて拷問してどこの誰か白状させる、くらいはあったかなーと思ったけどさ? 逆にあの部隊の指揮官を拉致って来るのもありかなーと思ったぜ? まぁ帝国兵もやたら軽装だったし、一人くらいなら俺が担いで走れるしな」
「私はあの場にいた8人、誰からどういう順番で始末するか考えてた。飴を渡してきたヤツをリュウが、向かって2時の方向にいたヤツをリュッケン、10時方向にいたのを私、その後乱戦になったらリュウが残りのうち3人、あと1人ずつを私とリュッケンで手分けして全員始末する方向で」
「おー、さすがアルム。ほぼ俺の想定と同じ。さすが」
「私はリュウのヨメだから。ダンナのリュウとは一心同体、以心伝心」
「はいはいイチャついてろ。ったく、なぁ? ミナ?」
無表情のままアルムはジト目をリュウに向けていつものダブルピース。呆れた顔のリュッケンがミナを見上げると、最もおっとりさんなミナは安心したような笑みを浮かべた。
「何にしても、みんな無事で良かったぁ。ですよね? ベル先輩?」
「うんうん、まぁ思想については色々考え方の違いはあるけどね、それでも現実的なところではあると思う。古典コッヘル主義軍学とは相容れないだろうけど、現実的なところで言えばリュウたちの考え方は帝国軍のやり方を理解する上で王国軍には無かった視点をもたらすかもしれないね」
「待て、待つんだ! そ、そんな……そんな、子供に毒を渡すようなものが帝国のやり口だとでもいうのか?」
憤慨する誇り高き貴族、ステルベン辺境伯に向かって、物怖じすることもなくベインは一歩歩み出る。
「その通りです、閣下。僕たちは、現時点であまりにも帝国軍の事を知らな過ぎます。まずは、正確な情報を出来るだけ多く集めないといけません。今回リュウ達が持ち帰って来たのは『魔導ジャマー』という情報と、そしてこの飴です。帝国軍の行動規範がある程度分かります。情報統制に相当力を入れていること、それから——」
ベインは地図上の丸い駒の上に指を置く。
そのコマはまさに、リュウ達3人が帝国軍の部隊と遭遇した辺りを指している。
「間違いなくここには、帝国軍が『魔導ジャマー』と呼ぶ何かがあります。辺境伯閣下のお話に、リュッケン達が帝国軍兵士から聞き取った内容、そして口封じの飴を受け取ったという事実から考えられるのは……ここには、『魔法を発動させなくする、身体強化を無効化することが出来る装置』があり、その効果は装置を中心として同心円状に広がり、効力は距離に反比例する、といったところでしょうか」
ぱんぱんぱん、と妙にハイテンポな拍手の音。
少し音量が小さいその拍手は、士官学校において軍学首席のベルナデッタ・ヘルセネンの手から放たれたものである。
「うんうん! 上出来だベイン君! 素晴らしい、実に素晴らしい! キミたちがGクラスである事を危うく忘れてしまうところだったよ!」
「なっ——」
辺境伯、アルフォンスは驚愕の表情でベインへと振り返る。
アルフォンス自身、30年以上前にランドルト王国王立士官学校を卒業した身だ。当時、ステルベン家は伯爵家であったため、彼自身はAクラスの卒業だったが、その当時からGクラスと言えば最底辺、落ちこぼれ、無能、敗北者の代名詞でもあった。
そんなGクラスが、合同演習で学校史上初となる総合優勝を果たした、というたちの悪い冗談は、嫡男であるリカルドからの手紙で知らされていた。
「ベルナデッタ嬢、それは、間違いないのか」
「もちろんです辺境伯閣下。彼らの腕のワッペンを見てください。お揃いの、見たことのない意匠ですが、アレはリュウが言うには『G』と同じ意味があるそうですよ? 彼らは、間違いなくGクラスです。ただし、王立士官学校史上最高の、Sクラスを凌ぐGクラスですがね?」
「あ、有り得ん、GクラスがSクラスを超えるなど、そんなことは断じて——」
「父上」
アルフォンスの後ろで控えていた少年が、痛恨の表情を浮かべうつむいたままで声を上げる。
ステルベン辺境伯家嫡男、リカルドだ。
「ヘルセネン先輩の仰ることは本当です。僕と、キルルージャ公爵令息のロレンツォ様が率いるSクラスは、彼らGクラスに惨敗しました」
「リカルド、良くぞ言いました。あなたもあの敗北からちゃんと学んでいるようですね? それで良いのです。敗北から学んでこその軍人ですわよ。辺境伯、ベルとリカルドの話すことは真実ですわ。私、1年生の合同演習をこの目で視察しておりましたの。間違いなく彼らは歴代のGクラスで最高の戦績をあげて、総合優勝を果たしておりますわ。ベイン君の軍略に、リュウ達の能力が、何よりもその実績と能力を雄弁に物語っておりますわ。そう思いませんこと? 辺境伯?」
リカルドも、アルフォンスも、そしてシーナも返す言葉が見つからない。
どれだけ信じがたい情報であろうと、総合優勝という実績と、今こうして持ち帰った情報、さらに情報をもとに分析結果を導き出すという『成果』を前にしては、『そんなはずはない』などという思い込みなど何の意味も持たない。
「さて、ベイン君。キミの推論は実に理にかなっている。僕も大筋同意だ。だが、キミはひとつ大きなポイントを言い忘れているか、または見落としているね? それが意図的なものかどうかは別にしてだが、こういう会議の場での情報の抜けや漏れは頂けないな」
「え? ど、どういうところ、ですか?」
ベルナデッタはベインのすぐ近くに歩み寄ると、精一杯背伸びをしながら短い腕を伸ばし、駒をいくつか配置し直した。
「重要なことだよベイン君、今からボクが言う事をよく聞いておきたまえ。情報というものは『点』で判断してはいけない。情報の『線』を考えるんだ」
ベルナデッタは報告書を束にしてまとめた冊子の、最初のページを開いて駒を配置し直した。
ちまちまとひとつずつ動かすのがもどかしかったのか、シーナとセシリア、さらにベインも手を伸ばしてベルナデッタの指示通りに駒を並べ直す。
「うむうむ、上出来だ。これが最初の戦況報告にあった部隊配置と——そうだな、ボクたちも帝国のこの新兵器を帝国軍に倣って『魔導ジャマー』と呼ぶとしようか。魔導ジャマーの影響を受けたと思しき部隊の配置だ。そして次、1週間後の戦況報告だが、セシリア、シーナ、それにベイン君。……今更ベイン君、という呼ぶのもよそよそしいな。ダーリンと呼んで良いかな?」
「ベインで良いです。それで、駒はどう動かしますか? ベルナデッタ先輩」
「キミも随分とよそよそしいじゃないか、ボクの処女を力ずくで奪おうというのに? ベルと呼んでくれたまえよ」
「分かりましたベルナデッタ先輩、それで、コマの配置を指示してください」
ベインもかなりベルナデッタのあしらい方を覚えたようだ。これもある意味、ベルナデッタの『指導』の賜物であろう。
拗ねた子どものように頬を膨らませながらも、ベルナデッタは的確にコマの配置を指示してゆく。
ものの数分で駒を並べ直したところで、リカルドとアルフォンスは『あっ』と声を上げた。
赤い駒の範囲が、明らかに東から西へ、つまりエントラッセン帝国側からランドルト王国のステルベン辺境伯領へと向かって動いている。
「やはりね。さて、このコマの配置の変化から考えられる仮説は何があるかな? ダーリン?」
じっ、とベルナデッタが楽しげな視線をベインに送る。が、ベインは自分のことだと気づいていないようで、相変わらず地図上の駒に目線を向けたままだ。
こほん、と一つ咳払い。
「ベイン君、君の仮説を聞かせてくれたまえ」
「え? あ、はい。僕だったんですね。そうですね、僕がこの駒の動きから推測するのは2つです。ひとつ、魔導ジャマーは、魔法の発動、というよりも魔力を使うあらゆる技術を阻害する。それから」
ベインの指が地図を西から東へとゆっくりとなぞった。
「魔導ジャマーは、移動可能であり、西へ向かって移動している可能性が高いです。つまり——」
ふぅ、とベインがため息を吐き、引き締まった表情で王女アルトリリアと辺境伯アルフォンスを見上げた。
「帝国は、ランドルト王国に対してさらなる侵攻をかける可能性が非常に高いと思います」




