35 斥候
「結構無茶苦茶な事言うよなぁ、俺らまだ士官学校の学生だぜ?」
「かえってそれが良いんじゃね? ほら、こういう格好してても全然違和感ないしさ」
「……辺境伯、今度シバき倒す」
3人の若者は、思い思いに無遠慮な言葉を口にしながら、のんびりと、悠然と、まるで散歩でもするかのように帝国との国境を超えた。
ステルベンの角と呼ばれる地域の、よりランドルト王国側に近い一角で、軍服でも士官学校の制服でもない、農民の服を着た3人の少年少女は、悠然と人気のない森を進んでいく。
『地図の上では、このあたりに何かあるはずだ。ということは、帝国軍の警戒もかなり強化されているはず。下手に隠密行動をして見つかるよりも、堂々と農民のフリをしたほうが良い。森の中に採取に行って、ちょっと迷った、同じ孤児院にいる3人組、という設定で行こう。実際に何かがあるのか、何かがあるとしたらそれが何なのかを探ってほしい』
というのが、Gクラスのリーダーであるベインの指示だ。
「にしてよぉ、何かあったとして俺達になんか分かるモンかね?」
「さぁ? 知らね。まぁベインが言うなら何かあんだろ」
リュッケンとリュウは相変わらずである。どこからどう見ても軍人には見えない。
この雰囲気があるからこそ、この3人は今回の任務に最適であった。
訓練を受けてしまった軍人や騎士は、どうしても軍属のものから見るとすぐに分かる、独特の気配を纏ってしまう。
士官学校1年生のリュッケンとアルムは、まだ軍人としての訓練をあまり受けていない。気を抜いてしまえば、ごくごく当たり前に『獣人族の少年と、レッドエルフ族の少女』になるのだ。
リュウは、相手が強者であればあるほどその異質さを感じ取れるが、敵意を向けずに遠目に見ると、ただの少年である。
どこか独特な空気をまとっている点も『こいつ孤児なんですよね』という言い訳ひとつでごまかせてしまうだろう。
「リュッケンさえいなければ、これは事実上私とリュウとのデート」
「はいはいそいつは悪かったよ。俺だってどうせ一緒に行くならミナの方が良かったよ」
「この巨乳フェチ。リュッケンは何もわかってない。女の魅力はウエストからお尻にかけての曲線美」
「うるせぇよ。おっぱいは正義だろ」
「さすがケダモノ、セクハラにためらいがない」
「まぁまぁ。アルムもそう突っかかるなって。俺は胸とか気にしないから」
「さすがリュウは分かってる。女の価値はデカさじゃない」
「だよな。ミナも可愛いけどさ、アルムの魅力はまた別にあると思う」
「リュウ、好き。超好き。今ならリュウに押し倒されて良い」
相変わらず、アルムの愛情表現はどストレート以外の表現が出来ないものである。
こんな緊張感も緊迫感も何もない会話を繰り広げる3人が目立たないはずもない。程なくして先頭を歩くリュッケン、その後ろでリュウの腕に自らの腕を絡めるアルムの前に、一個小隊規模の帝国兵が現れることとなる。
「おいガキども、こんなところで何をしている」
「おっ、良かったぁ、おい二人とも。兵隊さんだぜ。助かったぁ」
リュッケンは持ち前の人懐っこさで、あまり警戒心をむき出しにしていない若い兵士に話かけた。
「やー、大変だったんすよぉ。キノコと栗の実拾いに来たら道に迷っちゃって。ここってどこっすか?」
「ここがどこかって……ここはエントラッセン帝国の国境地域だ。もうすぐランドルトとの戦争が始まるからな、こんなところをうろつくんじゃないぞ」
「え、戦争ってマジすか!? え、ど、どうしよ?」
「どうしようお兄ちゃん、私怖い」
アルムがぎゅっとリュウに抱きつく。当然これは演技だ。
「なんだ、お前ら種族バラバラだろ? 兄妹……じゃないよな?」
「兄妹ってかアレっすよ。俺達みんな孤児院で暮らしてて、まぁ家族みたいなモンっす」
「そうか、孤児院か……そしたら全員平民だな。じゃあ大丈夫か。孤児院の院長とかは、魔法使えるのか?」
「院長先生は使えないけど、院長先生の奥さんが、副院長が法術使えるよ。それがどうかしたの?」
リュウが答えた内容は、あまりにも自然だ。
それもそのはず、この内容はリュウが育った孤児院の実情そのままだった。
孤児院は聖職者が運営することが多く、聖職者は中位から高位の法術士が兼任することが多い。
メディコ大陸では、大精霊サジタリウスを創世主として崇め進行する『大精霊教会』が圧倒的な信者数を誇る世界宗教として広がっている。
ランドルト王国でも多くの信徒が暮らしており、教会の司祭やシスターが孤児を保護し育てる、という事例は珍しいものではない。それは、エントラッセン帝国においてもほぼ同様であった。
もっとも、自ら信仰を持たないと宣言したエントラッセンの皇帝の影響か、帝国内の信徒数や教会の数は他国と比べ少なくなっている。
「なるほどな。お前ら孤児か。まぁ魔法も使えないなら問題ないだろうな。ほらほらさっさと帰れ。ここは帝国軍が使ってる軍の基地だ」
「え、魔法使えないなら大丈夫って、魔法使える人は大丈夫じゃないってこと?」
「何それ、お兄ちゃん私怖い」
アルムのセリフがやや棒読み気味だが、表情の乏しさも相まってむしろ違和感はない。
どさくさに紛れてリュウの腕に慎ましやかなサイズの胸をぐりぐりと押し付けている仕草も、まるで本当に怯えている少女のように見えたことだろう。
「あー……そうだなぁ、この先に行くとな。魔法が使えなくなる魔道具があるんだよ。俺達も詳しいことは知らんが、アレだ。魔法が使えないと法術も使えないからな。怪我とかしたら大変だろ。さぁ帰った帰った」
「ねぇオジさん」
相変わらずジト目で表情に乏しいアルムは、しっかりとリュウにしがみついたままで帝国軍兵士を見上げる。
ぱっと見た感じでは、無愛想ではあるがそれは緊張と恐怖による硬直、とも見えるものだ。まるで怯える少女を宥めるかのように兵士は歩み寄って片膝をついて見せる。
「何だ、どうしたお嬢ちゃん?」
「何で魔法使えないの? 私エルフだから怖い。エルフで魔法使えないなんて、羽をもがれた蝶みたいなもの」
アルムにしては情緒豊かなセリフだが、このセリフを考えたのはアルトリリアである。
「あぁ何だ、お嬢ちゃんはエルフか……獣人族にエルフに、そっちの黒髪はノームか何かか? 種族もバラバラな家族か、本当に孤児なんだな……まぁ、近寄りさえしなけりゃ大丈夫だ。オジさんも細かいことは聞かされてないがな、何だっけ、魔導ジャマー? とか何とか、そういう感じの装置があってな、近寄ると魔法を使えなくするっていうやつがあるんだよ」
「おい! 軍の情報をペラペラと喋るんじゃない!」
小隊のうちの一人が慌てて嗜めるが、中年の兵士は片手を軽くあげるのみだった。
「まぁまぁ軍曹殿、落ち着きなって。こんな孤児の子供相手に、何言ったってわかりゃしねぇさ。どうせ初等学校も行けてねぇんだ。ランドルトは福祉後進国だからなぁ。それに見てみろよほら、ガキが怯えてるだろ? そう怖い顔しなさんなって……すまんなお嬢ちゃん。まぁ何だ、ぶっちゃけオジさんたちも細かいことはわからん。まぁアレだよなぁ、魔導ジャマーの傍じゃ身体強化も使えないし、特殊訓練を積んだ部隊しか近寄れないって話だよな……ンなもん作ってどうするんだか。俺達だって身体強化使えねぇしよ」
「イワン上等兵! それ以上口を開くな! まったく……貴様は口が軽すぎる。帝国軍人としての自覚をもて。良いかガキども、ここで見たり聞いたりしたことはすぐ忘れろ。悪いことは言わん、お前たちのためだ。良いな?」
「うぃーす。まぁ俺等バカだからよく分かんねぇっすよ。じゃ、この先行かない方が良いっすかね?」
「あぁ、止めておけ。それから孤児院のものや村のものにも、森に近づかないように言っておくんだ。このあたりも、そう遠くない先に戦場になる」
ぎゅ、とアルムはことさらにリュウにカラダを押し付けるようにしがみつく。
「お兄ちゃん、もうヤだ、私怖い」
「大丈夫だよ。俺だって怖い」
「おいおい二人とも、情ねぇな? ……ったく、しゃーねぇ、それじゃ来た道戻るかぁ。栗の実オチてないか探してから帰ろうぜ。あ、すんません、西ってどっちっすか? 俺らステルベン辺境伯領の孤児院に帰んなきゃいけないんすよね」
「あぁそうしろ。西は向こうだ、気をつけろよ。もうすぐ日が暮れる。このへんは大黒熊に大樹鹿も出る。子供だけで出歩かん方が良いぞ」
「うぃーす、あざっす」
軽い調子でリュッケンが手を挙げると、イワン上等兵と呼ばれた中年の男は、こっそりリュウに歩み寄り、小さな包を握らせた。
「妹を怖がらせてすまんな。あとで食べるといい。孤児院の子どもたちに行き渡るかな」
「え、良いんすか? 十分っすよ。俺等9人兄妹なんで」
「そうか。まぁ大したもんじゃない、ただの飴だ。持って行きな」
「あざっす。あとで孤児院のみんなと食べます」
「あぁ、気を付けて帰れよ」
じろ、とアルムはイワン上等兵を見上げると、顔を伏せてリュウにしがみつく。
「お兄ちゃん、帰ろ。私寒い、暖めて」
「ん、あぁそうだな、じゃ帰ろうぜアニキ」
「おう、しゃーねぇ。大黒熊も怖ぇしな。大黒熊が出るって言やぁ、収穫なしでも院長先生も怒らねぇだろ」
イワン上等兵をはじめとするエントラッセン帝国陸軍の小隊は、3人の孤児の兄妹の姿が見えなくなるまでじっとその場で後ろ姿を見送った。
「……上等兵、不用意な発言が過ぎるぞ。相手が子どもとは言え、軍事機密の漏洩につながりかねん」
「なぁに、大丈夫ですよ軍曹どの。たかがガキだ。それにあのガキどもも、すぐに何も喋れなくなる」
イワンが、孤児に扮したリュウに手渡したのは、確かに飴だ。
ただ、普通の飴と少し違うところが1点だけあった。
口に含むと、数時間後に急激な眠気に襲われて、巨大なティタン族でも意識を保つことが出来なくなる。
そして、一度眠りに落ちれば、二度と目覚めることはない。
「せめて苦しまないようにしてやるのが、オトナってもんでしょ」
「お前……子供にあの毒を渡したのか」
「だってねぇ? 不可抗力というか、流れとはいえ帝国の機密を知っちゃいましたからね。ここに来て何を見たか分かったもんじゃない。かと言ってここで始末しちまったら王国側を刺激しちまう。それになにより」
イワン上等兵は、3人の少年少女が去ったあとへと視線を向ける。
彼の上の娘は、ちょうど『お兄ちゃん、私怖い』と怯えて、小柄な少年にすがりついていた少女と同じくらいの年頃だった。
「ガキを直接手に掛けるってのは、さすがに寝覚めが悪いですからね」
「そのガキに毒を渡した者が言うセリフじゃないな」
小隊長を務めるイゴール軍曹は呆れた顔で、年上の部下であるイワンを睨みつける。
「だが……悲しいかな、これが戦争というものだ……悪く思うなよ、少年」
イゴール軍曹も、このときは夢にも思っていなかった。
よもやこの時、毒を渡した少年が、その気になれば自分たちを数秒で絶命出来るほどの力量の持ち主であることを。




