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32 国の姿

 ランドルト王国には多くの王族がいる。

 正確に言えば、王子が3人、王女は15人。つまり18人兄妹だが、2人を除いて全員母親が違う。

 王妃の第1子である王太子、二人目の子である第2王子を除けば全ての王子、王女はランドルト王国に併合、吸収された小国や部族の王女や族長の娘といった立場の女たちだ。

 

 王太子はかつて王立士官学校に在学していたが、1年で特例として卒業してからは、軍の少将という階級を授けられている。

 第1王女はすでに併合された小国の旧王族に降嫁していた。

 第13王女アルトリリアの母は、100年ほど前にランドルト王国に併合されたエルフ族の小国、デアハルス王国の女王の娘である。

 代々女王が治めるデアハルス王国にあって、女王の長女はすなわち王太子、次期女王という立場だった。

 深い山々に囲まれた、平和で小さな都市国家デアハルス王国で『デアハルスの宵闇を照らす輝ける月』と呼ばれるほどの美貌と、深い慈悲と叡智を持っていた王女ディートリッヒは、母でありデアハルス王国最後の女王であったハイデマリーと同じく絶世の美女だった。

 その美女が強欲なランドルト王に強奪されるように側室として迎えられ、その後に生まれたのが、現在士官学校内の一室で優雅に足を組み替えているアルトリリアである。


「王族の結婚など、所詮政治と外交ですの。私情が入り込む余地などどこにもありませんわ」


 士官学校にある王族だけが使える部屋は、いつもは入ることが絶対にない面々が豪華なソファに腰を下ろしている。

 アルトリリアとその側近3名、そして1年Gクラスの5人だ。


「そういうモンなんすねぇ。大変だなぁ、俺にはわかんないっすけど」

「そう、王族は王族でまぁまぁ大変なのですよ? リュウ」


 にこ、と少し嬉しそうな顔で微笑みをリュウに向けるアルトリリア王女は、優雅に足を組み替えてミルクティーを口に含む。


「私も公爵家出身の婚約者がおりますけれど、好意的に評価して凡百、率直なところを申し上げるならクソですわ」

「クソって」

「殿下、お言葉が——」

「そもそも私、自分よりも弱い殿方の妻になるなんて耐えられませんわ。私の結婚が政治と外交であるならなおさらです。最低でも剣でこの私と5回試合をして7回は勝てる程度の強さがありませんと。ですので私、士官学校を卒業したらどんな手を使ってでもあのクソ婚約者——失礼致しましたわ、凡庸極まるクソの役にも立たない母親思いの婚約者(マザコン野郎)との婚約を破棄するつもりでおりますの。つい先日思い付いた策は、私がひそかにリュウかアルムに依頼して暗殺するか、それか私がリュウに一目惚れをして真実の愛に目覚めた、というのも良いかと思いますわ」

「や、ダメでしょ、絶対俺にとって面倒くさいことにしかなんないっすよ」


 リュウは少し遠慮がちに身を乗り出して手を伸ばし、テーブルの上の高級そうなクッキーをひとつ手に取る。

 おそらくは孤児院の子供たちが口にすることなどないであろう菓子は、リュウにとっては甘すぎるものだった。

 とっさに手を伸ばした紅茶は、香りが強すぎて鼻をつまんで飲むほどである。

 貧しい孤児院で育ったリュウにとって、慣れ親しんだのは『小麦の味くらいしかしない』という実に粗末なパンと、炒った大麦を煮出した茶くらいである。


「あら? リュウ、このクッキーは口に合わなくって?」

「甘すぎるんですよ。ってかアルトリリア様、それってとりあえず俺が処刑されますよね? それに、アルトリリア様の条件だと、滅茶苦茶強い人しか結婚相手に出来ないんじゃないですか? そもそも5戦7勝って——」

「当然の条件ですわ。これから世界は間違いなく、多くの国を巻き込んだ動乱の世になりますのよ? 実家の爵位と父親の地位しか誇れるものがない、乱世を生き抜くだけの力もないクソ極まるクソ、ウ◯コ製造機にも劣る男に嫁ぐなど、笑い話にもなりませんわ。それからリュウ?」

「え、何すか」

「おいリュウ、さすがに無礼だぞ。それから殿下、先程から品性のないお言葉を使うのはお控えください」


 あまりにも『いつも通り』の話し方なリュウを、シーナがじろりと睨みつけた。

 が、その程度で動じるリュウではなかったし、そのような事を気にするアルトリリアではなかった。

 

「シーナ、彼には無礼を赦していますわ。王族たるもの、一度与えた赦しを覆すようなことこそ恥とすべきもの。そうではなくて?」

「そ、それはそうですが……リュウは平民です」

「ではシーナ、あなたはその平民のリュウと戦場で敵として相対したとして、辺境伯令嬢の肩書は役に立つかしら?」


 ぞく、とシーナとベルナデッタの二人の背筋に鳥肌が立つ。

 シーナはステルベン辺境伯家令嬢、そしてベルナデッタはヘルセネン子爵令嬢、れっきとした貴族のお嬢様だ。

 実家に帰れば姫扱いであり、所謂平民とは全く違う立場である。通常ならば、言葉をかわすことも視線を合わせることもないし、ましてや『戦場で敵として相対したら』など、考えることすらない。


 が、もしも仮にそ(・)う(・)なってしまったら。

 ベルナデッタは魔法を使うことが出来るが、近接戦闘はまるでからきしである。

 士官学校の近接格闘の授業でも『えいえいえい』と情けない掛け声をしながら、まるで猫パンチのような『ぽふぽふ』としか擬音を入れられない情けない打撃でセシリアの巨乳を叩く程度だ。

 シーナは武門の家の出身らしく、中距離と近距離での闘いにも長けている。

 格闘士としてマスター級、さらに短剣術や盾術も修めており、剣聖となったセシリアに次ぐ武力の持ち主だ。


 が、そんなシーナでも、未だにリュウに勝つイメージが持てなかった。


「リュウ? あなた、シーナとやり合ったらどうかしら? 勝てるかしら?」

「んー……」


 ちら、とリュウがシーナの大柄なカラダに目を向ける。

 シーナの鳥肌は、背中から全身に広がった。


 先程からシーナは、いま斜向かいに座っている小柄な少年とどう戦うか、凄まじい勢いでシミュレーションを繰り返していた。


 立ち上がりぎわ、だらしなく猫背で前に突き出している顔、顎につま先で蹴りを入れる——いや、ダメだ。リュウの反射神経ならあっさりと躱されて、片足立ちになったところに飛びつかれる。

 組み付かれて足を取られて倒され、蹴り上げた脚の関節を一瞬で壊される。いや、倒されると同時に恐らく後頭部を床に叩きつけられるだろう。その後は頚椎を折られて終わりだ。

 ではテーブルを蹴り上げて思い切り叩きつける不意打ちならどうだ。騎士道には著しく反するが、そんな甘ったるい事は言っていられない。重たいテーブルを持ち上げて——これもダメだ。手や脚をテーブルの下に持っていくと同時に飛びかかられる。テーブルのせいでかえって動きが封じられてしまう。リュウならば容赦なくシーナの目を真っ先に狙う。その後はもう想像するだけで絶望しかない。


「まぁ5分もあれば殺せる、って感じっすね」


 青ざめた顔で硬直するシーナから、アルトリリアは今度はベルナデッタに視線を移す。


「ベル? あなたはどうかしら?」

「え? 無理。ボクがこんなバケモノと戦えるワケがないだろう? とりあえず無様に命乞いをするよ。服でもなんでも脱いで、全裸で土下座でもして、足を舐めろと言われたら喜んで舐めるさ。股を開けと言われたらべイン君に心の中で泣いて詫びながら股を開くだろうね?」

「いや、ベル先輩……俺どんだけ鬼畜なんですか。あとベインがいるのにそんな事させないですって」

「あの、ちょっと待ってリュウ。それにベルナデッタ先輩も。なんでそこで僕の名前が出てくるんですか」


 突然の流れ弾に思わず立ち上がったベインは、大慌てでベルナデッタとリュウを交互に見比べるように視線を泳がせる。

 

「ケダモノと化したリュウに為すすべもなく組み敷かれ、脚を無理やり開かされる無力なボク。嗚呼ゴメンよ愛しいベイン君、ボクの処女は君に捧げたかった。情容赦なくボロ雑巾のように犯された挙句、『残念だったなぁ? あんたは一生俺のオモチャだ』とばかりに首輪をつけられて、とんでもなく恥ずかしい格好で侍らされて慰み者にされて——」

「あの、ベルナデッタ先輩……その脳内ポルノ劇場はやめてください。ミナとアルムには刺激が強すぎますし、リュウは間違ってもそんな事しませんよ」

「なんだベイン君、ダメかい? 君はよほどの真面目クンだな。今の話を聞いて、欲情してボクに襲いかかってくるかと思ったのに」


 ベルナデッタはメガネをかけ直して、1年生女子2人に視線を向ける。

 ミナは顔を真赤にして俯いてしまっているが、アルムは『フンス』と言わんばかりに鼻息も荒く、ジト目のままで何かをメモに書き留めている。


「ベル先輩、その続き、詳しく」

「おっ? アルム君、君はなかなか見どころがあるね?」

「無いです。あの、アルトリリア様? ベルナデッタ先輩を止めてください」


 優雅にミルクティーを飲み干したアルトリリアは、実に楽しそうに『うふふ』と笑みを漏らしてセシリアと視線を交わす。

 セシリアも何故か嬉しそうにベルナデッタとベインを眺めて、頬杖をついて身を乗り出してきた。


「ダメよぉベルちゃん? ベインちゃんは私のぉ」

「何を言ってるんだセシリア、ベイン君はボクのだ。そうだろう? ベイン・ジーケンハウス?」

「やぁん、じゃあいっそのことベルちゃんと私とで、ベインちゃんを可愛がっちゃうぅ?」

「ほう……? 興味深いね、実に面白い。良いだろう、ボクもエルフの女だ。自分のオトコが女を囲うのも、愛人の2人や3人くらい、余裕で受け入れようじゃないか。エルフの女は性と愛に対してオープンでなければ、種族が滅びるからね」

「や、だからベルナデッタ先輩、セシリア先輩も——」

「ベル先輩、その話もっと詳しく」

「アルムも!? あの、み、みんな落ち着いて!? あの、すみませんアルトリリア殿下? 僕たちをここに集めたのって、こういう話のためでしたっけ?」


 やれやれ、と軽く呟いてからアルトリリアは優雅に立ち上がり、ぽん、とリュウとアルムの頭に手を置いた。


「随分と話の腰を折られてしまいましたわね。とりあえず話の続きの前に、リュウとアルムには私に対する無礼を赦します。リュウは平民の孤児、アルムは準男爵家を勘当された身の上ですもの。平民と変わらないものと考えなければなりませんわ。であれば、面倒な事になる前に、私が直接二人に『無礼御免』の赦しを与えますわ。あなた達2人は、今後私に対してはかしこまった言葉遣い、礼儀作法は不要と心得なさい。私に対して、どのような言葉遣いで何を言おうと一切構いません。お二人とも、Gクラスの皆も、私を愛称の『リリア』と呼ぶことを赦します」

「ありがとうリリア様。ついでに私とリュウとの結婚も」

「良いでしょう、赦します」

「やった、言質」

「……アルム、だからさ? リリア様の話の腰折らないようにな? で、その結婚の赦しはとりあえず保留として、俺達をここに集めた事情っていうのをそろそろ、いい加減話してくださいよ」

「あら、リュウ? あなたも随分とせっかちですのね? そんなことでは貴族社会で生きていけませんわよ?」

「いや、それド平民な俺に言います?」


 事実、貴族の会話というものはなかなか進まない。

 婉曲な表現、暗号めいた謎めいた言い回し、本音を決して見せない言葉の選び方など、Gクラスの面々は誰一人としてまともな会話など成り立たないであろう。


「では、単刀直入に言いますわ。近々私達は、東方のステルベン辺境伯領へ赴きますの。名目は、王族である私による慰安と士気の鼓舞のためですわね」

「あー、何だろ、俺めっちゃヤな予感がする」

「リュッケン……私も。できればこの先、あんまり聞きたくないかも……」


 リュッケンとミナの大柄なふたりは、仲良く頭を抱えた。

 ベインは顔から血の気が引いていき、Gクラスでもっとも好戦的な2人は目を輝かせて身を乗り出す。


「Gクラスの皆には、私の『助手』として、私の『校外学習』に同行して頂きます。よろしくて?」


 当然ながら、このアルトリリアの『よろしくて?』には、反論など許されようはずもない。ここに、Gクラスのステルベン辺境伯領行きが決定した。

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