24 クラスの絆
大きな手で器用に細かい刺繍を続けていたミナが顔を挙げると、至近距離でアルムがじっとその手元を凝視していた。
「うわぁっ!? ……え? あ、アルム? どしたの?」
「ミナは器用」
士官学校に入学して以来、数カ月間Gクラス用の女子寮の同室で暮らしてきたが、ミナにはまだアルムという少女の性格が掴みきれなかった。
基本的に表情に乏しく、一見すると全くの無表情で、言葉も短く無口なため、ミナも慣れるまではアルムのことを『無口で無愛想で無表情で、何を考えているのかわからない』と少し恐れていたところもある。
もちろん、士官学校の同じGクラスの級友として過ごし、毎日こうして女子寮で寝食を共にするようになってある程度理解し合えている……と考えてはいるが、それでもやはり、時折突拍子もないことを言ったり、予想もできない行動をすることもある。
率直なところ『今でもやっぱりよくわからない』というのが、ミナのアルム評だ。
一方、アルムから見たミナはわかりやすいことこの上ないクラスメイトだ。
基本的に内気で気弱で、どちらかというと引っ込み思案。だが、誰よりも優しく、誰よりも家族思いで、誰よりもクラスメイトのことを案じている心優しい純真無垢なノーム族らしい少女だ。
ノーム族らしいといえば、非常に大柄な体躯に男子を遥かに凌駕する怪力も、実にノーム族らしい特徴と言える。
無口で無愛想なアルムと、心優しい少女ミナという、ある意味正反対とも言える2人は、Gクラスで共に地獄のような鍛錬をこなし、無事に合同演習を乗り切って、2人ともに部門別最優秀の表彰を受けた。
その時の勲章は、ミナは大事に机の引き出しにしまってある。アルムは無造作に壁にかけっぱなしにしている辺りも、2人の性格の違いをよくあらわしていた。
「出来た?」
「うん、出来た……けど、私の刺繍って変かなぁ……」
「変?」
「うん。……ほら、合同演習の表彰の時さ? 猪は豚って言われるし狼は犬って言われるし」
「あれは仕方ない」
「ちょっとアルム、フォローって知ってる?」
「知ってる。あれは美味しい。カスタードのバニラの風味が濃厚で良い」
「それ多分、私が知ってるフォローじゃない……」
ミナが縫っていたのは、アルムがリクエストした『Gクラスを象徴するワッペン』である。
図柄に関しては、全員の総意として『ミナにお任せ』となったのだが、途方に暮れるミナを見かねたリュウが『俺の故郷ではGっていうのはこういう字を書く』と教えた文字をモチーフにしている。
「でも、ミナの刺繍はキレイ」
「そうかなぁ……正直言うと、あの旗もちょっと自信あったんだよ? まぁ本物の旗の柄とか知らなかったから、思いつきで狼と猪にしだんだけどさぁ……よりによって犬と豚はひどくない?」
「大丈夫、ミナの刺繍は可愛い。私は好き」
「……ありがとアルム」
「ん」
「私って、馬鹿力とこういうことくらいしか取り柄がないから」
「十分過ぎる」
ミナは、合同演習で防御部門において最優秀賞を受けてもなお、まだ自分に対する評価を上げられないでいる。
彼女の中では、準男爵家長女のミナ・サージェリーは『図体がデカくて力が強いだけの、気が弱い女』のままだ。
「ほら、私バカだから、難しいこととかよく分かんないし、リュウの訓練も辛くって逃げ出したくなるし、でも弟とか妹とかまだ小さくて、お母様とお父様にも心配かけたくないし……自分でもどうすればいいか分かんないことだらけで、正直毎日不安で……」
いつの間にか、ワッペンを刺繍するミナの手が止まっていた。
不安げな、今にも泣き出してしまいそうなくらいに眉が『ハ』字に成ってしまったミナの大きな手に、アルムの小さめな手がそっと添えるように重ねられる。
「ミナは、今のままで十分過ぎる」
「そんなこと無いよ、だって私、アルムみたいに戦えないしリュッケンみたいに走れないし……」
「リュウが言ってた。人と比べちゃダメ。比べるのは過去の自分だけ。入学したばっかりのころのミナと比べて、今のミナは別人」
「……そ、そう?」
「私が保証する」
「私も、ちょっとは成長できてるのかなぁ……」
「成長した。かなり、すごく、相当」
ミナがふとアルムの顔に視線を落とすと、アルムは至近距離でミナの胸を凝視していた。
「これならリュッケンはイチコロ」
「えっ!? え、な、ちょ、待っ……え、何? アルム何言ってるの!?」
「大丈夫、リュッケンはおっぱい派。リュウ情報だから間違いない」
無表情のままでびしっと親指を立て、アルムはうんうんとなにかに納得したかのように頷く。
「お、え、あの……せ、成長って、サイズ的な……?」
「そこも含めて。ちなみにリュウはお尻派らしい。これはベイン情報」
「……ねぇアルム、普段男子と何話してるの?」
「男子情報は役に立つ。お陰で私も服を選ぶ気になれる」
「…………あのさアルム? 最近アルムがやたらこう……腰回りっていうか、足回りっていうか、お尻辺りのラインが出る服着てるのって……?」
「リュウを誘惑」
「やっぱり!? え、ちょっと待って待って!? いつから? ホントにリュウのこと好きなの?」
「好き。大好き。超好き」
照れ屋なミナとは正反対に、アルムはストライクゾーンど真ん中に火の玉ストレートを投げるか、打者の頭部を直撃する危険球を全力で投げるタイプだ。
「リュウは、生まれ初めて私を認めてくれた」
「……だよね……私も同じかも。リュウがいなかったら、今の私はいないかなぁ」
「これは一大事。巨乳高身長同級生のライバル」
「…………や、えっとねアルム?」
「私もうかうかしてられない。リュウが尻派とはいっても、男は全員、もれなくおっぱい好き」
「ちょっと、あの、アルム落ち着いて? ね? こっち見て? 話聞いて?」
「かくなる上は私も巨乳を目指すしか」
慌てふためくミナの様子を見て、珍しくアルムが笑みを浮かべた。
「……冗談」
「も…………もぉっ! アルム!」
「心配要らない、エルフ女に巨乳は——いるか、セシリア先輩がそうだ」
「セシリア先輩、色っぽいよね……何食べたらあんなになれるのかなぁ」
「色気と言えばアルトリリア殿下も」
「オトナって感じだよね……ベル先輩は?」
「あの人はちょっと、色々とアレだから」
「アレって何よアレって」
あははは、と明るいミナの笑い声に混じって、控えめなアルムの声も漏れる。
「ベインって、誰か好きな子いるのかなぁ」
「知らない。でも、たぶんベインのことはベル先輩が手放さない」
「えっ? ……え、そうなの? そうなのっ? えっ、それって誰情報?」
「セシリア先輩。ちなみに、セシリア先輩もベインのことは狙ってるみたい。これはベル先輩情報」
「ベイン、モテモテじゃない?」
「ハーレム確定。これは遠目で見てニヨニヨするしか」
「……アルム、それ覗きって言わない?」
「言わない。これは観察」
ミナはようやく縫い終えた5枚目のワッペンを机の引き出しにしまって、のそのそと自分用の大きなベッドに腰掛ける。
士官学校の学生寮では、SクラスからGクラスまで、門限と消灯時刻が厳格に決められている。
魔導ランプが消灯されてからは、月明かりを頼りにベッドに横になってガールズトークの続きを楽しむばかりだ。
がこん、という重たい音が学生寮に響くと同時に、魔導ランプが一斉に暗くなる。
同時に、学生寮には夜の静寂が訪れた。
「ね、アルム」
「ん」
しばらくの沈黙の後、ミナは仰向けのまま呟いた。
「あのワッペン、気に入ってくれるかなぁ」
「大丈夫。リュッケンならミナが作ったものは全部気に入る」
「そ、そうじゃなくて! ……でも、リュッケンも気に入ってくれたら嬉しいな……」
「ミナには必殺の武器がある。大丈夫」
「えっ? なに? 何その必殺の武器って?」
ごそ、とアルムが起き上がり、ミナを見下ろす。
「まず、こうする」
アルムは両腕を下に下げると、ミナも慌てて起き上がりアルムを真似し始めた。
「で、次はこう」
「こ、こう? え? 何これ? 何の技?」
下に下げた両腕を少し前に出し、二の腕で胸をぎゅっと真ん中に寄せる。
「で、ここにワッペンを挟む」
出来上がった胸の谷間に、アルムが何のためらいもなくずぼっと手を突っ込んできた。
「うひぁっ!?」
「……すごい……暖かくて柔らかい……これが巨乳……ズルい」
「ちょ、えっ? 何っ? 何するのアルム!?」
「これで落ちない男子はいない。セシリア先輩が言ってたから間違いない」
「む、無理! 無理だってそんなの! 恥ずかしくて出来ないよ!」
突然Gクラス女子寮の部屋が乱暴にノックされる。
「消灯時間だよ! いつまで起きてんだい! 大人しく寝な!」
寮母を兼ねる、食堂のドワーフ族の料理係の女だった。
「ったく、喋るならもうちょい小声にしな。そしたら聞かないでおいてやるよ」
そうドアの向こうから呆れたような、それでいて優しい声が聞こえて、次第にどすどすと重たい足音が遠ざかっていく。
数分の沈黙の後、ミナがアルムを睨みつけると、アルムはいつも通り、無表情のままで『てへぺろ』と言わんばかりに舌を出していた。
ランドルト王立士官学校、Gクラス女子寮の、いつもの光景であった。
今作はこのエピソードまでが第1章で、次からは第2章になります。
第2章はリュウ達の活躍の場が校外にまで広がります。是非お楽しみに(`・(エ)・´)b




