22 表彰
「ぅ吾輩はァ! 大いに失望している!」
もはや士官学校名物とも言えるマーゲンの大喝が森に響くと、お約束のように鳥たちが一斉に飛び立った。
「何だこの体たらくはァ! 班全員が無傷で終えたのが底辺のGクラスだけとは何事だァ! 貴様らそれでも栄光ある士官学校の学生か! 恥を知れィ恥をォ!」
しん、と静まり返った広場で、誰も怪我を負っていないグループは掛け値なしにGクラスの5人だけだった。
他の全クラス、全班であるものは重傷を負い、あるものは一時的に危篤状態にまで陥ったものの、奇跡的に死者は出ていない。
だが、近年行われた合同演習において、けが人の数は群を抜いて多く、参加人数の実に8割近くが怪我により一時的な戦闘不能に陥る有様であった。
「うーわ酷ぇ、何だよみんなその怪我。大黒熊の群れでも出たか?」
「さぁ知らね。森でコケたんじゃね?」
「それか毒キノコ食べた。拾い食い」
「そこォ! 私語を慎めェい!」
びし、とマーゲンの太い指が、リュッケンとリュウ、アルムを指さした。
「す、すみません! 私語を慎みます! ほらリュウ、リュッケンもアルムも、静かに」
「はいはいすんませんでした」
「はーい」
「……ちっ」
最後に無表情のままで舌打ちをしたのは、当然アルムだ。
ベインが慌ててたしなめるのも、もはやおなじみの光景となっている。
「情けない! 実に情けない!! 今回の演習で優勝となったクラス以外、吾輩が直々にィ! 特別訓練でたっぷりシゴき倒してやるから楽しみにしておれェい!」
「ありがとうございましたマーゲン先生」
苦笑しながら拡声魔導器を受け取ったマルコ・シーネは、マーゲンの声から比べるとまるで天使の歌声のような優しい声で傷だらけの学生たちに語りかける。
「今回の演習で、皆少なからず学びを得たと思います。この演習はあくまでも、諸君が軍人として活躍するにあたり、自分に足りないもの、伸ばすべきところが何なのかを見つめ直す事を目的としたものです。将来にわたって遺恨を残すようなことが無いように。良いですね? では、続いて表彰に移ります」
マルコ・シーネが、自身が特許を持つ魔法陣を刻んだ魔道具を起動すると、空中に巨大な光るパネルが浮かび上がる。
おぉ、と思わずリュウとベインも声を上げて、パネルを見上げた。
「前々回の演習から、士官学校も新しい取り組みを進めています。諸君の行動、活躍を客観的視点で正しく、公平かつ公正に、そしてもれなく記録するための魔道具、イク=サメツケです。諸君が身につけている学生証と連動して、いつどこで誰がどのような行動をとったのか、全て記録してあります。その内容を我々教師陣で吟味し、集計した結果をもとに表彰を行います。繰り返しますが、この表彰は完全に公平、公正なものであり、異議を唱える事は軍部に対する命令不服従行為、軍法会議にて審問されるものであると心得てください」
シーネが一気に語り終えると、空中のパネルの表示が切り替わる。
「まず個人の部、戦闘における最優秀者はGクラス、リュウ・ノーチ」
ざわめきが起こった。
これまでの合同演習の歴史で、最底辺であるはずのGクラスのものが、どれか1部門でも最優秀者として表彰されることはなかった。
「リュウ・ノーチは、魔石獲得のため大黒熊を1頭、ゴブリンを24匹、ホブゴブリンを17匹、ブルーウルフを4頭、さらにオークを58匹、災害級と呼ばれる超A級モンスターのオークロードを2匹討伐しました。内容、数共に討伐実績において群を抜いており、個人の獲得ポイントにおいて歴代新記録。著しく優秀でありました。よってこれを賞します。リュウ・ノーチ君、前へ」
「うぃーす」
リュウがいつもの緊張感を感じさせない歩調で、だが全く足音を立てずにシーネの前へと歩み出る。
「おめでとう、君はGクラスで初となる受賞者だ。僕も担任として鼻が高いよ」
「あざっす、シーネ先生」
「うむ。じゃあ元の位置に戻って」
「はーい」
気の抜けた返事に、誰もがマーゲンの『貴ッ様ぁ!』という大喝を覚悟したが、さすがに表彰者に対してはある程度お目溢しがあるようだった。
「では続いて、行動量の最優秀者、Gクラスのリュッケン・クロア、前へ。リュッケン君は走破距離が他の追随を許さず、二位に倍以上の差をつけての圧勝でした。戦闘において行動量は生死を分けるもの。彼の抜群の運動量は激賞に値するものであり、よってこれを賞します」
「よっしゃァ! 走りまくった甲斐があったぜ!」
この時点で、全ての学生や教師たちは、これが異常事態であると理解せざるを得なかった。
Gクラスからの表彰者が出るだけでなく、それが複数である。ざわめきが大きくなるが、マーゲンの咳払いひとつで一斉に静まり返る。
「次、戦績の最優秀者、Gクラスのアルム・ファーマシー、前へ。彼女はゴブリンジェネラルを討伐した他、ほぼ単独で上位クラスの拠点に隠密行動で潜入し、拠点陥落のシンボルとなる旗の奪取に成功しました。勝利条件を正確に把握し、かつ犠牲を最小限に抑えての達成は、軍において消耗を抑えた状態での勝利に直結するもの。よって論功行賞第2功として、アルム・ファーマシー君を表彰します」
「嘘だ!」
突然声を上げたのは、ロレンツォ・キルルージャ公爵令息である。Sクラス第1班のリーダーであった男だ。
「じょ、上位クラスの旗なら、僕が持っている! これがその旗だ!」
「ロレンツォ君、挙手の上指名を受ける前の発言は、今回だけは大目に見ましょう。ではその旗をよく見てみてください。我が校の校章が入っていますか?」
「こ、校章……? ……そんな、まさか……」
「ランドルト王立士官学校の校章、忘れたとは言わせません。有翼の獅子にバラの紋章が、その旗にありますか?」
ロレンツォはうなだれたまま、手に持つ旗をじっと睨みつけている。
その顔には脂汗とも冷や汗ともつかない汗が浮かび上がっている。
「ロ、ロレンツォ様、まさか……」
「ロレンツォ・キルルージャ君、返答しなさい。その手元の旗には何が刺繍されていますか?」
「…………ぶ、豚の……豚の絵が……」
「ロレンツォ君、まさか君は栄光あるランドルト王立士官学校のシンボルが豚であると言うつもりですか? では、アルム・ファーマシー君が持っているこの有翼の獅子にバラの刺繍が入った旗は何だというのです?」
どさ、と音を立ててロレンツォは膝から崩れ落ちた。
上位クラスが総力を挙げて、死にものぐるいで守ってきた拠点のシンボルが、なんとただの偽物であったことがこの時初めて分かったのだ。
「続いて、防衛の最優秀者、ミナ・サージェリー、前へ」
「へ? わ、私? ですか?」
「そう、Gクラスのミナ・サージェリー君。キミだよ。君は同班のクロア・リュッケン君が回収した下位クラスの拠点のシンボル、並びにアルム・ファーマシー君が奪取した上位クラスの拠点シンボルを大切に保管し、他者の目にも触れさせず『移動する拠点』として上位クラスを寄せ付けなかった。拠点防衛に大いに貢献したとみなされる実績です。さらにGクラスにおいて、戦争における最重要課題である輜重と兵站の役割を単身ながら見事に完遂させた。この功績は非常に大きいものです。よってアルム君と同等、論功行賞第2位として表彰します」
「ひ、ひえええ……あ、あっ、えと、ありがとうございます……」
「どういうことだ! 下位クラスの旗はこの通り俺が——って……な、何だよこの旗……何で犬が……」
「犬じゃないですっ! それは狼です! あと上位クラスのも豚じゃありません、それ猪なんですけど!?」
ミナの少し憤慨したような言い分に、リュウとリュッケンは耐えきれずに吹き出してしまった。
「そこォ! 神聖な論功行賞の場で笑うとは何事かァ!」
「ぶはははは! さーせん……って無理! ぶははははは!」
「ダメだ、腹痛ぇ……ミナの刺繍ってカワイイんだよなぁ……うん、わかる、わかるけどさ、犬って……ククク」
「……リュウもリュッケンも、今度覚えてなさいよ? ご飯、激辛にしてやるから」
すねたような顔のまま、ミナは表彰の勲章を受け取って戻ると、リュッケンの脚に軽く蹴りを入れる。
「はい静粛に。では、今回の個人における総合最優秀賞を発表します。Gクラスのリーダー、ベイン・ジーケンハウス、前へ」
しん、と静まり返る中、リュウ、リュッケン、アルム、ミナの四人だけが、当然のように拍手を持ってクラスメイトを送り出した。
「……おいベイン、何やってるんだよ。呼んでるぜ」
「そうだぜ、オラ行ってこいよ、お前が最優秀だよ」
「ほらベイン、ぼーっとしない」
「行ってらっしゃいベイン。ほらほら、先生待ってるよ?」
まだ状況が分からないベインは、キョロキョロとあたりを見回しながら、シーネとマーゲンの前に立つ。
「ベイン・ジーケンハウス、貴様の策は見事だったぞ。吾輩にも読めない策と立てるとはな」
「え、あ、あの……あの、僕、ですか? あの、リカルド様の間違いじゃないんですか?」
「残念ながら、キミで間違いないよベイン君。リカルド・ステルベン君は総合部門で、キミに次いでの次席だ」
「いや、あの、でも、僕は——え? 何これドッキリとかそういうのですか?」
「やれやれ、貴様はベルナデッタから聞いた通りのやつだな。良かろう。では貴様の表彰理由を吾輩が語ってやる。耳の穴かっぽじってよく聞けィ」
ベインのすぐ前にたつマーゲンが大きく息を吸うと、すぐ隣のシーネが素早く耳をふさぐ。
「全員、傾聴ォ!」
びりびりびり、というなにかに反響するような音につづき、またしても鳥が一斉に飛び立った。
「ベイン・ジーケンハウスはァ! 今回のGクラスの戦略立案者であァる! 絶対的不利な状況下において、最小限の労力! 最小限の犠牲! 最小限の危険で最大の功績を得る策を立案したァ! さらには戦場となるフィールドの地形の確認! 読み! 拠点の位置取り! 全てにおいて合理的かつ『自班の損耗を最小限に抑える』事を第1としておォる! そしてェ! 本演習のルールを細部に至るまで吟味し! Gクラスを総合優勝に導いた! 最大の功績を挙げておォる! よって! 文句なしの第1功! 総合最優秀賞を授与するものであァる!」
しん、と再び辺りが静まり返る。
「……というワケだけど……ベイン君? 聞こえてるかな?」
「は、はい、あの、まだちょっと耳がキーンってなってますけど……はい」
「おめでとうGクラス全員が表彰を受けたのは、士官学校の歴史上初の快挙だ。君たちは文字通り、歴史に名を刻んだね」
にこ、と嬉しそうなシーネの笑顔を見てもまだ現実を受け止めきれないベインは、そこに立ち尽くしたままだった。
「それじゃあ最後、総合優勝班の発表だけれど、これはもうマーゲン先生からでましたね。今年の総合優勝はGクラス。さぁ、Gクラスの諸君、前へ」
この直後、4人のクラスメイトからの祝福を受けたベインは、入学後初めての嬉し涙を流すこととなった。




