21 遠い戦場
どずん、という重い地響きの直後、木々が揺れ鳥が一斉に飛び立った。
「うおっ!? ……なんだよ今の、あいつらどんな魔法ブッ放してんだ?」
「さぁ? 知らね。俺魔法使えないし」
「だよな。俺も」
「リュウ、リュッケン、口動かすヒマがあったら手を動かす」
演習フィールドの南端、上位クラス、下位クラスの拠点からは遠く離れた場所で、リュッケンとリュウ、アルムの前衛組3人は、せっせとオーク狩りに精を出していた。
「そういやオーク肉って美味いよな? 俺はやっぱバラ肉だなぁ。焼いた時のあの匂いと脂がタマんねぇよ」
「リュッケンは分かってない。ヒレこそ至高にして究極」
「おいおい、2人とも何言ってんだよ、ロースだろ常識的に考えて」
「リュウ、お前何言ってんだよ、ロースなんて邪道だろ。なぁアルム?」
「こればっかりは譲れない。オーク肉はヒレ一択。異論は認めない」
などと軽口を叩き合いながら、既にオークの群れを4つ壊滅状態に追い込んでいた。
集めた魔石はそれぞれのリュックに詰め込まれており、新たに築いた拠点で待つミナの元へと運んでいる。
「お帰り、お疲れ様3人とも。だいぶ魔石も溜まったし、今日はこれくらいにしよう」
出迎えたベインがホッとしたような笑顔を向けると同時に、また北の方角から地響きと轟音。時折雷鳴のような鋭い音も聞こえてくる。
「必死だなぁあいつら、自分たちの拠点がもうオチてるとも知らずにさ」
「まぁそう言わないであげてよ。ミナの作った旗がそれだけ良い出来だったんだ」
「えへへへ、そうかな……あ、ほらほら3人とも手洗ってきて。ご飯出来てるよ?」
「お、ありがとうなミナ。なんかミナの料理って学食のおばちゃんの味と似てるんだよなぁ」
「料理もおばちゃんに教わったのと、おばちゃんが作ってくれたこれ、この固形スープの素を使ってるからじゃないかな。今日はオークのスネ肉のスープだよ」
辺り一面にいい匂いが立ち込めるが、その匂いをかいでも近寄るものはいない。
何しろこの日の朝、拠点として確保したこの場所は、森の王者とも呼ばれる危険な魔獣、大黒熊のねぐらだったのだ。
リュウとアルムの見事な連携により、一方的に仕留められた大黒熊からは、特大の魔石が採取されている。
大黒熊の毛皮を拠点の近くに置いているためか、その気配と臭いでどんな魔獣も近寄ってはこない。
魔法を使えないGクラスの面々にとっては、最適の『結界』である。
「にしてもミナって本当に何でも出来るんだな。革の鞣し処理が出来るなんて初めて聞いたよ」
「うん。まぁほら、私ん家貧乏だったから」
「いや、貧乏だからって革なめしまではなかなかしねぇだろ……ってかさ、この大黒熊の革って、持って帰ったら高く売れるんじゃね?」
「売れる。この状態だったら50万クローネは硬い。学校の買取窓口もある」
アルムの平然とした言葉に、アルム以外の4人が色めき立つ。
何しろ50万クローネと人ったら、一般市民階級であれば、4人家族が5ヶ月は食べていけるような金額だ。
貧乏貴族や平民の出身者だけで構成されたGクラスにとってはとんでもない額である。
「やべェなおい、どうするこれ?」
「私、持って行く。食料の分荷物も軽くなったし、この程度の重さだったらまだまだ全然平気。任せて、私全然戦闘とかしてないけど、これくらいみんなの役に立ちたいから」
「……ミナ、お前ホント凄ぇよ……惚れちゃいそう」
「えっ? ……や、やだリュッケン! やめてよ! そ、そんな、その……からかわないでよぉ……」
この時のリュッケンの表情は、獣人族ならではの読み取りにくさではあったのだが、少なくともミナをからかっているようには見えないものだった。
「じゃあ、この大黒熊の革は持って帰って売ろう。金額は——どうする?」
「え? んなもん5人で5等分で良いだろ?」
「同感。リュウは分かってる」
「い、いやでも、僕とミナは危ない目には遭ってないわけだし……」
はぁ、と特大のため息をついて呆れたような表情をベインに向けたのは、リュッケンとリュウ、さらにアルムの3人である。
「なぁベイン、俺達がこうして合同演習中に、呑気にピクニックみたいなオーク狩りが出来てんのは何でだ?」
「そ、それは……アルムとリュウが上位クラスの旗も取ったし、リュッケンも下位クラスの旗を持ち帰って——」
「じゃあその戦術を考えたのは誰? 私はムリ」
「当然俺もムリ。リュッケンは?」
「俺にンなこと出来ると思うかぁ? ムリに決まってんだろ。それに、全員の飯も作って、荷物も管理してくれてるミナがいなけりゃ、俺達その辺の草とか食って腹壊して倒れてるぜ?」
「ベイン、そゆこと」
ぽん、とアルムが小さな手をベインの肩にのせる。
ここで会心の笑みでも見せればアルムの整った美しい顔立ちも際立つのだが、残念ながら彼女は相変わらず無表情でジト目のまま、ぐっと親指を立てて見せるばかりである。
「まぁ、そういうことだよな。俺達5人は、誰か一人がかけても今回の成果は得られなかった。だから、成果は5等分。異論は認めないぞ」
「リュウ……わかった、ありがとう……10万クローネもあったら、妹たちに新しい服を買ってやれるかもしれないな」
「私も、実家のチビたちにお腹いっぱい食べさせてやりたい」
Gクラスが、ミナの料理を囲んでほのぼのとしている最中、再度どどぉん、というひときわ大きな音が天空を震わせた。
リュウとアルム、リュッケンが仲良く『オーク肉は煮込みならスネ肉一択』という結論に至ったまさにその時、下位クラスの拠点は陥落寸前まで追い詰められていた。
教師たちやアルトリリア王女が控える北の丘からも見て取れるような、激しい戦闘が繰り広げられており、既に救護班はフル回転の状態だった。
上位クラスは約2割が、下位クラスはすでに4割近くが戦線離脱しており、一見したところもはや下位クラスの拠点陥落は避けられない状況である。
当然のことながら、下位拠点のシンボルである旗はミナが急ごしらえで作ったダミーであり、何の意味もないただの布の端切れでしかないことなど、下位クラス拠点を護る者たちは誰も知らない。
合同演習における勝敗を分ける条件が『魔石ポイント』である以上、下位クラスはこれ以上の損耗を避けて拠点から撤退、魔獣狩りへとフェーズを移行するべきだったのだが、Dクラス第1班のリーダーは、王国の歴史上最高の勇将と名高いコッヘル将軍に倣うかのように、拠点に残ったメンバーに突撃を指示するばかりだった。
次第に戦意喪失した下位クラスの中からは、上位クラスに寝返るものも続出し、もはや体力と数の削り合いという泥仕合になってしまっていた。
拠点攻略に取り掛かっている全員が、この合同演習の勝敗がどのように決定するのかなど、全く覚えていない状況である。
ただ一人、上位のSクラス第1班の参謀役であったリカルド・ステルベンを除いては。
「まだ拠点は落ちないのか!」
「ロレンツォ様、無理な力押しは禁物です。時間はまだあります。寝返った下位クラスの奴らを使って、背後をつかせましょう」
「予定では今日、下位の拠点を落として明日は魔石狩りをする予定だっただろう! このままでは、下位クラスに不覚を取ることだってあり得るんだぞ!」
「だからこそです! だからこそ、確実に下位クラスの拠点を陥落させるんです! 背後からも回り込ませて拠点を取り囲み、1箇所だけ東側に逃げ道を開けるんです。そうすれば下位の連中は東側に向かって潰走します。追撃はせずに、拠点陥落を優先させましょう!」
「ダメだ! 誇りある公爵家をここまでコケにしやがって……全滅させる! 下位クラスの奴らは全員戦闘不能にさせろ! 殲滅戦だ!」
「ロレンツォ様! それではただの消耗戦です! 殲滅の必要はありません!」
リカルドの声は、ランドルト王国において王家に並ぶ歴史を持つ名家、キルルージャ公爵家の跡取り息子の耳には届かなかった。
ロレンツォは決して無能ではない。天才とは言えないかもしれないが、むしろ貴族の子弟としてはどちらかと言うと有能と言える。
だが、それは軍事以外の方面に関してである。軍事に関しては、現役の将軍であるステルベン辺境伯を父に持つリカルドの方がはるかに上手であった。
ロレンツォがこの場で採るべき選択肢は、『集団のトップとして参謀の意見に従う』というものであった。が、公爵家と辺境伯家という、わずか1段階の爵位の差がその選択肢を奪い去った。
下位クラスでも離脱者や離反者が続出したが、ひたすら力押しのように防衛戦を続けていた。
ただでさえ攻城戦は、攻撃側は守備側の3倍の兵力が必要とされる。おまけに攻める側も守る側も学生で、戦争など参加したことがないものばかりである。
お粗末な攻め手に、ただただ根性論で立ちはだかる守り手では、拠点攻略などスムーズに進められるはずもない。
ただただ、互いに戦闘不能による離脱者を増やしていくだけであった。
合同演習は、その名の通りあくまで『演習』である。が、まるで修羅の地獄のような惨憺たる光景だけは、本物の戦場さながらであった。
幸いなことにこれは『模擬演習』であり、治療が間に合えば命が助かるケースが多い。重傷を負う者や死者が出ることもあるが、それも軍人を養成する機関としては必要な犠牲として受け入れている。
「今年はずいぶんと怪我人が多いですねぇ」
救護班を指揮するマルコ・シーネは、外傷治療のための法術魔法陣が描かれたシーツをけが人の身体に次々に被せていく。
「そのようですわね、シーネ先生」
「おや、これはこれはアルトリリア殿下。ご機嫌麗しゅう」
「ご苦労さまですわ先生。……で、このけが人の数は? 私たちの1年生の頃は、これほど多くのけが人は出ていなかったと思いますけれど?」
「そうですねぇ。最終的に何が起きていたのかは、記録魔道具のイク=サメツケが戻ってから解析をしないといけませんが、どうやら拠点攻略にばかり目が向いて、頭に血が登ってしまってるようですね」
「まったく、バカどもが。軍学の授業をろくに聞いていないか、ボク以外の軍学の教師がクソだからこういう結果になるんだ」
いかにも不機嫌そうなベルナデッタも、幸いなことに法術を使うことも出来るために、治療補助に駆り出されている。
朝早くから叩き起こされて、こうして無償奉仕をさせられているベルナデッタは極めて不機嫌だ。
「い、痛い、痛いよぉ……」
「当たり前だこの低能! 怪我は痛いんだ! この程度ならツバでもつけてれば治る、ほらさっさと持ち場にもどれ!」
「そんな、たす、助けて、痛い、痛いぃ……ぐす……ママぁ、痛いよぉ」
「うっっっっわキモ……もう良い、君はそこで好きなだけ泣いてろ! はい次ィ! さっさと連れてこい!」
ベルナデッタのもとに連れて来られたのは、なんと片腕が消し飛んで意識朦朧の状態の女子生徒だった。
「ほら見たまえ! 怪我というのはこういうのをいうんだ! その程度のかすり傷で泣くな! ……っと、これはボクじゃ手に負えないな。シーネ先生! 重症患者頼みます!」
救護用幕舎は、にわかに野戦病院の様相を呈して来た。
そんな修羅場では、誰もGクラスの動向を知らないことになど、気を回すヒマすらなかったのである。




