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20 弟子の大活躍

 軍学特別講師として、合同演習視察に紛れ込んでいたメガネ姿のエルフの女は、眼下に広がる森を眺めて『ふぅん』と短く呟き、親友3人が待つテントへと戻るなり大笑いを始めた。


「うッひゃひゃひゃひゃひゃ! やった! ボクの弟子がやってくれたよ! シーナ、セシリア、賭けはボクの勝ち確だな! 約束通り、今度カフェでデラックスプリンパフェを奢ってもらおうか!」


 ぱんぱんと手を叩いて大声で笑う声は、少し離れた場所にいるシーネとマーゲンには届かなかった。

 

「……なぁ、私は弟が参加してるんだぞ。前々から思ってたが、お前にデリカシーとかいうものはないのか、ベル」

「僕にあるわけないだろう、そんなモノ。ま、リュウなら高位貴族であったり、シーナの弟という立場の利用価値も分かるはずだ。五体満足じゃないかも知れないが、殺されはしないさ」

「それは私は絶望させたいのか、それとも励ましたいのかどっちだ」

「あらあらぁ、ベルちゃんもシーナちゃんも、喧嘩しないの。夜遅くに怒るとお肌に悪いわよぉ?」


 妖艶なセシリアの言葉に拍子抜けしたのか、シーナは憮然とした表情で腕を組んで座り込む。

 アルトリリアとセシリアは、テント内で優雅に就寝前のミルクティーを楽しんでいる。


「ずいぶんと嬉しそうですわね、ベル?」

「もちろんですよ! この合同演習でベインの軍略は本物だって証明された、これはすなわち、ボクの軍師養成能力が本物だっていう証明なんです! いやぁ、痛快痛快」


 ベインは、彼の戦術や戦略をベルナデッタに話したことはない。

 だが、王国の首席軍師の令嬢にして、軍略、戦術に於いては既に超一流と言われるベルナデッタは、眼下の森の動きをみてすべてを悟っていた。


「ベインくんの戦略は恐らくこうだ」


 ベルナデッタは実に嬉しそうにニヤニヤしながら、地図上に碁石のような色分けされた小石を配置する。


 開始直後、最後までこのスタート地点となる丘に残り、ルールの確認や地形の確認をしていたベインは、何よりも全員の生存を第一優先、魔石ポイントの獲得はほぼ度外視していたはずだ。

 Gクラスは唯一、5名1班だけで構成されるクラスだ。まともに魔獣を狩って魔石を採取したところで、Fクラスにすら余裕で負けてしまう。

 となれば、正攻法で演習に参加しても到底勝ち目は無い。そもそも、この合同演習自体上位クラスに有利になるよう、非常に恣意的にルールが策定されている。


「となれば、Gクラスに生き残る道があるとすれば、奇襲しか無い。ボクなら先に上位クラスだな。リュウを陽動、主攻にアルムを配置する。あの2人は敵に対する容赦が無いからね。それで旗を奪う、またはすり替える。まぁすり替えまで出来れば上出来だけど、そこまでは期待できないかな。まぁ、ここまで出来ればベイン君の初陣としては合格点だ……と思ってたんだ」


 だが、ベインの戦術はベルナデッタの想定を上回っていた。


「これはボクも想定外だったけど、きっとベイン君は下位クラスにも陽動をかけたな。流言飛語の計、駆虎呑狼の計ってやつだ。上位クラスがリュウとアルムの隠密行動で混乱してるのを見越して、下位クラスに噂を流す。『上位クラスが動揺してる、攻めるなら今をおいて他にない。拠点を陥落させれば、ほぼ逆転は不可能になる。それから奪った拠点の象徴を守りつつ、EクラスFクラスで魔石を稼げば勝ち確』みたいな話をする。そうすれば下位クラスは千載一遇のチャンスとみて、迷わず上位クラスの拠点に総攻撃を仕掛けるだろうね」


 ちなみに、上位クラスの拠点を目指して進軍していた下位クラスの面々は、現在森の中でなかば遭難状態である。

 偶然、リュッケンが先導した南回りルートの途中には森の中でも最大規模のゴブリンの集落があったのだ。


「リュウとアルムという大駒を上位クラスに配置したからね、下位クラスに向かわせたのは、多分脚の速いリュッケンだ。彼には『疾風のリュッケン』みたいな二つ名でもやったほうが良いかも知れないな。陣を開けさせた下位クラスで、旗を取ってしまえば、Gクラスは下位クラスの『拠点防衛を1つの班だけでおこなった』ということになるね。こうなると、Gクラスは両拠点の旗を持った状態で高みの見物をしていれば良い。あとは上位クラスと下位クラスが潰し合うのを遠目に見ながら、オーク狩りでもしてれば自動的に優勝、って寸法だ。いやぁ見事だね。さすがは真面目なベイン君だ。彼は準男爵家の出身だったっけ? 卒業したら是非ボクの部下に欲しいくらいだ。彼は育てがいがある」

「あらぁ? ダメよぉベルちゃん。ベインちゃんは私が剣を教えてるんだもの。あの子ったらすっごい真面目で努力家なの。多分もう剣術士としてはブロンズ級くらい出来るんじゃないかしらぁ?」

「おいセシリア、それ本当か? ベインはGクラスでも一番の落ちこぼれなんじゃなかったのか?」


 シーナの指摘通り、ベインはGクラスでも『突出したものが無い』という存在だ。

 戦闘能力においては魔神の再来とすら噂されるリュウ。

 隠密行動と、遠距離中距離近距離とどの距離でも戦える器用さを持ったエルフ族のアルム。

 赤狼族の戦士の息子で、抜群の機動力とスタミナ、体術センスを持ち合わせるリュッケン。

 無限の体力と、Gクラスでもナンバーワンの膂力を持つ心優しきノーム族のミナ。


 これだけ味付けの濃い、尖りまくったメンバーが揃ったGクラスにあって、ベインは戦闘力、隠密、機動力、体力といずれの面でも誰にも勝てない、一般的には落ちこぼれとされる男だ。

 だが、ベインにはひとつだけ、目に見えない才覚があった。


 それは、誰よりも地道に、泥臭く、地味な努力を積み重ねられるという才覚である。


「今は落ちこぼれかも知れない。でもね、ボクが保証する。彼は化けるよ。ボクの見立てでは、彼は後々前線指揮官として国の命運を左右する将になる。ただ、惜しいかな今の王国の軍では、彼はせいぜい書類整理係に回されて、そこで潰されるだろうね」

「あら、聞き捨てなりませんわね。そんな優秀な才能が埋もれてしまうんだなんて、断じて有ってはならないことですわ」


 アルトリリアは、この上なく嬉しそうに満面の笑みを称えてベルナデッタに歩み寄る。


「私(わたくし)、強者は大好きですの。私の大望のためにはベルが不可欠ですけれど、ベイン君はベルの役に立ちますかしら?」

「そりゃもう、大いに。爵位で職業だの配置だのが決まる、今のクソみたいな軍制じゃムリですけどね?」

「うふふふ、それは残念、あぁ、本当に残念ですわ。やはりこの国は変えねばなりませんわね。そうではなくて? セシリア?」

「はぁい。もちろん。殿下のおっしゃるとおりです」


 鞄から遠望鏡の魔道具を取り出したアルトリリアは、その先を明るく炎が燃え盛る上位クラスの拠点に向ける。


「あらあら、頑張りなさいリカルド、そのままだと陥落してしまいますわよ?」

「で、殿下、物騒なことを言わないでください」

「あら、事実ですわよ? ほらシーナ、あなたもご覧なさいな」


 シーナは差し出された遠望の魔道具を覗き込むと、引き締まった顔から血の気が少し失せた。


「合同演習の歴史上、上位クラスの拠点が初日に陥落するのはどれくらいぶりかしら?」

「ボクが知る限りだと、35年前。ボクの父上がDクラス筆頭として参加した時以来です」

 

 ドヤ顔でふんぞり返るベルナデッタに気づきもせずに、シーナはぼそぼそと『退くなリカルド、そこで踏みとどまれ』『あぁダメだ、そっちじゃない』『側背に気を付け——あぁ、やっぱり』『だめだ、落ちる、陥落してしまう』『いいぞ、ナイス伏兵だ! そこだ、そこで押し返せ!』『よし、よし! 良し! 良いぞ、高地の利を活かせ! 一斉掃射だ!』『そこだ! 相手の潰走に合わせて背後を攻めろ!』と呟いている。


「まぁ今回のは、下位クラスが陥落させたわけじゃない。下位クラスが攻め込んだときには既に『陥落済み』の状態だからね。軍の記録用魔道具『イク=サメツケ』に全部記録されてる。もうこの時点で栄光ある王立士官学校の歴史上、初めてGクラスが上位拠点陥落と、下位拠点防衛の両方を成し遂げた。この事実は歴史に刻まれるよ。いやぁ、教え子の活躍は嬉しいものだね。そうじゃないかい? セシリア?」

「うふふ、そうねぇ。でもベインちゃんが剣術でも活躍してくれれば嬉しかったかなぁ」

「それはまた別の機会にとって置きたまえよ。なぁに、あのGクラスのド底辺諸君は、これからも色々やらかしてくれるさ」


 最上級生のSクラス4名が優雅にテントでミルクティーを楽しむなか、リュウとアルム、それにリュッケンは無事にゴブリンの巣穴に帰還を果たしていた。


「おう、早かったなリュウもアルムも」

「リュッケン、遅い」

「遅いっていうなよ、遠いんだぜ? 下位拠点って。それに南に大回りして誘導してきたしさ」

「お疲れ様リュッケン、どうだった?」


 級友の無事に嬉しそうなベインの笑顔が、最後に戻ってきたリュッケンを出迎える。


「おう、怖ぇくらいベインの言う通りになったぜ。ほれミナ、これ本物の旗」

「あ、うん。ありがと。……へぇ、さすが本物は上等な布と糸使ってるんだなぁ……」

「びっくりしたぜ、ミナって裁縫なんかも出来るんだな?」

「うん、まぁね。ほら、ウチって借金まみれでお金なかったから、妹の服とか私が作ってあげてたの」


 ランドルト王国の貴族は、極めて貧富の差が激しいことで他国にも知られている。

 王家よりも財に恵まれた家も有れば、貧農と変わらぬ暮らしを強いられる男爵家もある。

 ベインとミナの実家は、後者であった。


「うちでも母様が僕と弟と妹の服を作ってくれてたなぁ。僕もちょっとばかり刺繍を覚えさせられたよ」

「わかる! わかるよベイン、そうだよね、お金無いとそうなっちゃうよね?」

「うん。でも今回はミナの裁縫に助けられた。凄くよく出来てたと思うよ」

「そうそう。上位クラスのトップの——えっと、誰だっけ? 何とかっていう偉そうなヤツに旗を渡したけど、大事そうに抱えてたからさ。多分見分けついてないと思う」

「ミナ、演習終わったらGクラスのワッペン作って」


 アルムの提案はいつも通り唐突である。

 だが、そのアイデアは全員が両手を上げて賛成するようなものであった。


「と、とりあえずさ? ご飯用意してるから、みんな食べようよ? 明日も朝から動くんだからさ?」


 必死でごまかすような口調ではあったが、ミナの表情は誰よりも明るく、嬉しそうである。


「そうだね。明日は拠点を移動する。僕達はもう他のクラスと闘う必要そのものが無くなった。明日と明後日はひたすらオークにゴブリンを狩ろう。リスクを冒す必要もないからね。役割分担は偵察がリュッケンとアルム、主攻がリュウで、僕がミナを護衛してミナは輜重だ。この役割分担で明日も行けそう? 特にミナは大変だと思うけど」

「うん、任せて。私はここで休ませてもらったから、明日もバッチリ動けるよ。明日も美味しいご飯作るから。ほらほら、スープ冷めちゃうから早く食べよ? 食堂のおばちゃんにベーコンの切れ端いっぱいもらったから、たくさん入れてあるよ」


 半ば『血みどろの争い』と呼べるほど泥沼の戦いが繰り広げられている上位クラスの陣とは、文字通り別世界のように穏やかな夜が更けていった。

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