17 勝つためなら
合同演習のフィールドとなった森の西側には上位クラス、東側には下位クラスの拠点が設けられていた。
ちょうど2つの拠点の中間地点から北に外れた場所に、教師たちが控える幕舎がある。
「なぁベイン、ホントにこっちでいいんだな?」
「あぁ、こっちがいい。僕たちが向かう先は、西側だ」
「そっか、ベインが言うならそっちが良いんだろ」
リュウとアルムは森の中を少し先行して斥候として動き、鉄杖と特大のリュックを背負ったミナがベインの前を、そして最後尾を身軽なリュッケンがミナの背後を守るように続いている。
「もう少し行った先の崖に、ゴブリンの巣穴があるらしい。今アルムとリュウが先行してるけど、僕たちはその巣穴を拠点にしよう」
「そっか、私たち天幕とか持ってきてないもんね。ゴブリンの巣穴かぁ……臭いキツそうだけど、まぁ3日なら我慢しなきゃだよね」
「それもあるけど、他のクラスの連中はゴブリンの巣穴なんて近寄りたくないはずなんだ。貴族にとってゴブリンは『穢れた魔族』の最たるものだからね。だから、そこを僕たちが拠点にするというのはまず発想として浮かばない」
「なるほど、やっぱベインは頭いいよな」
ベインの読みは当たっている。
シーネにしつこいくらいに地形やルールを確認した後に、ベイン達Gクラスが動き始めた時点で、既にSクラスは拠点に到着し豪華な天幕を建て終えている。
当然ながら、高位貴族の子弟が自分の手でテントを建てるようなことはしない。自らの派閥の下位貴族の者たちに建てさせていた。
「あと、さっきマーゲン先生にも確認したんだけど、多分みんな拠点陥落の条件を把握してないと思うんだ。みんな一番大事な事を確認せずに動き始めたらしい」
「そういやそうだよな……や、ちょっと待ってくれよ、それじゃ皆、拠点陥落ってどうやって判断するつもりなんだ?」
「おそらくだけど、本当に相手を全滅させたら、とか考えてるかもしれない。ただ、Sクラスとかの上位クラスは上の世代とか上の兄姉とかから、情報が伝わってると考えるべきだろう。それでも旗を見つけるところから考えないといけないよね。だから、僕たちが動くのは彼らが旗を見つけたであろうタイミングの後、日が沈んでからになる。それまでに、ゴブリンの巣穴を拠点として確保しないと」
「旗かぁ……って拠点陥落って、本当に旗を奪うだけで良いの? なんでそれで拠点陥落になるの?」
ミナが背負う特大のリュックには、調理道具や水、食料が収められている。
体力と筋力、持久力に最も優れるミナは、合同演習におけるGクラスの後方支援、『輜重部隊』の役割を買って出た。
戦闘においては防御に特化する彼女は、全員分の3日分のメインの食料を背負っている。
荷物の総重量は実に70キロ近くになるが、頑健にして膂力に優れるノーム族である彼女にとっては『ちょっと重いかな』程度の重量。
おまけにミナは連日の鍛錬と走り込みにより、上位クラスのノーム族が身体強化術をかけた程度の体力を持ち合わせていた。
彼女は、文字通りGクラスの生命線である。
「旗を奪うためには、拠点の奥深くに入りこまないといけない。旗は、指揮官の首と同じなんだ。旗を奪うくらいの距離にまで潜り込まれるということは、指揮官の命を奪われるということなんだ」
「あ、そっか……」
「僕が考えた作戦は、短期決戦で上位クラスの拠点を落とす。その上で、下位クラスの拠点の旗も僕たちが奪う。そのために、ミナには急いでやって欲しいことがあるんだ」
「え」
「おい、ちょ——」
ミナとリュッケンは同時に顔を見合わせて絶句した。
下位クラスの拠点の旗をGクラスが奪う、これは裏切り行為にほかならない。
「いや、裏切りにはならない。現時点の僕たちは、下位クラスの旗をとっても、それは裏切りじゃないよ。僕達だって一応は下位クラス側だからね。これはただの拠点の移動だ」
「な、なぁベイン? 俺もミナもそんなに頭良いわけじゃねぇんだわ。俺達にも分かるように説明してくれよ」
「うん、あの、リュッケンといっしょにされるのはちょっとヤだけど、私もわかんない」
「あぁごめん、説明不足だった……ふたりとも、さっきシーネ先生に聞いた、この合同演習のルールを思い出してほしいんだ」
ベインが語ったのは、この合同演習のルールの一部だ。
上位クラス、下位クラスそれぞれが守るべき拠点を設ける。
拠点が陥落した場合には、陥落した側のクラスは大幅に減点、陥落させた班が属するクラスは大幅な加点となる。
また、自拠点の防衛に貢献した班も同じく、大幅な加点ボーナスが与えられる。
双方の拠点がともに陥落した場合には、拠点陥落に伴うクラス全体への加点減点はリセットされ、原則として魔石ポイントだけが判定基準となる。
ただし、拠点を陥落させた班だけは、加点特典が継続する。
「つまり、僕達が上位クラスの拠点を陥落させた上で、下位クラスの拠点防衛に一番貢献出来たとすれば、僕たちだけがボーナスを独占できるんだ」
「それって……俺達だけが美味しいところ持っていけるってことか!?」
「そういうこと。で、シーネ先生から去年までの合同演習の動きを聞いたんだけど、上位側Sクラスはまず拠点から動かない。Aクラスの内、上位貴族の家の班も基本拠点にいる。実働部隊はB、Cクラスで、Sクラスは『拠点防衛』ボーナスを独占するらしい」
「ねぇ、それってSクラスの連中がずっと旗の近くにいるってこと? 攻め込む隙なんて無いんじゃない? そんな状況でどうやって旗を奪うの?」
「忘れたかい? 僕たちの班には、最強が2人もいるじゃないか」
Gクラスが抱える主戦力は2人。
Sクラスの上級生を素手で再起不能に追い込んだ『魔法も身体強化も使えないド平民』ことリュウ・ノーチ。
そして森の民と呼ばれ、夜の森の中では視認することすら難しいと呼ばれるエルフ族であり、同時にリュウにその武才を認められたエルフ族の斥候兵アルム。
特にアルムは、弓矢で遠距離を、縄鏢で中距離、さらに暗器術で短距離と、どの距離でも圧倒的な強さを誇るようになった。
『リュッケンは初伝、ミナはもうちょいで初伝。ベインは……うん、まぁセシリア先輩に鍛えてもらえてるな。でも、Gクラスの中でアルムは結構抜きん出てる。もう中伝レベルまでは行ってるかも知れない』
と、リュウ自身がアルムの武力を高く評価している。
「二人には過酷な役割だけど、夜陰に乗じて、上位クラスの旗を奪いに行ってもらうことになる」
「おいおい、大丈夫なのかよ? あの二人は確かに強いけどよ——」
「大丈夫だ。リュウとアルムなら、いやリュウとアルムの二人だけなら、どこにだって忍び込んで、どこからだって無事に戻ってくれるはずだ」
「なぁ、それって……俺とかミナは行かない方が良いってことか?」
「うん。ごめんリュッケン。ミナとリュッケンをバカにしてるわけじゃないけど、今回のこの『任務』には、アルムとリュウの二人だけで動く必要があるんだ。あの2人だったら、余計な心配をせずに思う存分動ける」
「確かにそれはそうだけど……Sクラスって身体強化術だってかなり使えるんでしょ? それに、敵に回すのは得策じゃないんじゃない?」
「いや、そこも大丈夫なはずなんだ。Sクラスにはシーナ先輩の弟、リカルド・ステルベン辺境伯令息がいるからね」
アルトリリア第13王女の側近であり護衛を務める、武門の名家ステルベン辺境伯家の長女、シーナを通じて、辺境伯家にはすでにリュウ・ノーチという異常個体についての情報はもたらされている。
辺境伯家は、通常国境付近の防衛に従事する武門の貴族だ。シーナは格闘術に盾術を身に着けており、いずれもマスター級を修めている。
そんな彼女が『敵対は得策ではない』と父や弟に告げた名前が、リュウ・ノーチである。
「特にSクラスは公爵家、侯爵家、辺境伯家、そしてAクラスは伯爵家の跡取りがメインだ。となると、合同演習『なんか』で死ぬわけには行かない。事実、士官学校の歴史では、SクラスとAクラスから死者は一度も出てない。彼らはどうやったって士官学校の卒業と、軍に入った時点で高級士官として入る事が約束されてるからね。そんな人達が、2年生のSクラス、アルバート・ランゲルハンスを再起不能にしたリュウを目の前にしたら、戦うと思う?」
「いや、戦わねぇな。まず逃げるわ。演習で死ぬなんてバカバカしいことこの上無いからな」
「だ、だよね? それじゃあ、リュウが姿を見せた段階で大混乱……?」
「そう。だから、今回の策ではリュウが『囮』なんだ」
「は? おいベイン、リュウがメインじゃねぇのか?」
森の中を普通に歩く速度で進みながら、ベインはにっこりと笑みを浮かべる。
「リュウは有名人だからね。ほら、あのアルバート先輩のときとギルベルトの決闘騒ぎの時さ、少なくとも1年生の間ではリュウの顔はみんなが見てる。だからリュウの顔を見た瞬間に、SクラスとAクラスのみんなは、パニックを起こすか硬直するかのどっちかなんだ。その隙に、アルムが旗を奪って逃げる」
不意に視界が開け、森の木々が途切れる。
先の方に見える崖には、小さめの洞窟が見える。
洞窟の奥からは小柄な男と女がそれぞれ悠然と歩み出てきた。リュウとアルムである。
アルムがずるずると引きずってきたのは、ゴブリンの上位種のなかでも脅威度が高いといわれるゴブリンジェネラルという種である。
少し遅れて到着したリュッケンやミナの大柄な姿を認めたリュウは、軽く手をあげる。リュッケンが『おぉい』と声をかけ、念のために周囲を警戒しつつ、ミナとベインに先を譲る。
リュッケンを追い越すタイミングで、ベインはぽんと誇り高き赤狼族の戦士の背中を叩き、自信に満ちた笑顔を向けた。
「どうかな? 行けると思わない?」
「ベイン、お前やっぱ凄ぇわ。ベル先輩が認めるだけはあるよ」
「これでも頑張って勉強してるからね。リュッケンにはまた別の、大事な役割をお願いしたいんだ。とりあえず、アルムとリュウも頑張ってくれたみたいだし、合流してから作戦の詳細を詰めたいんだ。ゴブリンの巣穴を出来るだけ片付けて、この消臭ポーションを使おう。あとミナには急いでやって欲しい事がある」
「分かった。じゃあ竈の用意とか、今日の夕食の用意なんかは私に任せて。大丈夫、食堂のオバサンに簡単に作れる美味しい料理の作り方、教えてもらったから」
ミナのリュックの中に入っているのは、ほぼ半調理状態の食材である。
水で煮れば具だくさんのスープになるように、あらかじめ作ったスープを乾燥させる、といった加工を施してある。
いつもの食堂のドワーフ族の老夫婦とすっかり仲良くなったミナは、携帯性と栄養価の両方が非常に高い料理を教わっている。
今回の合同演習において、防御と回復を任されたミナは『料理だって回復でしょ』と、全員の糧食を引き受けたのだった。
「うん、ミナにはその方面でも色々作ってほしいんだけど、その他にも2つ、大急ぎで用意してもらいたい物がある。リュウとアルムが制圧してる巣穴についたら、詳しく説明するよ」
リュウ、アルムの2人に遅れることしばらく、3人の視界に崖に開いた洞穴が入ると、ちょうど洞穴を制圧していた2人が外で伸びをしているところだった。
「よ、お疲れ。思ったより早かったな」
リュウが軽い調子で声をかけると、アルムも相変わらずの無表情のまま大きく頷いた。
「みんな早すぎ。ここは空気を読むべき。せっかくリュウとデートだったのに」
「お? 何だよアルム、リュウ? お前らそういう仲だったのか?」
「ちょっとアルム?」
「暗い洞窟で美しいエルフ女と若い男がふたりきり、何も起きないワケもなく」
「2人でゴブリン討伐するのってデートだったんだな、俺知らなかった」
「大丈夫、私が色々教えてあげる」
どこまで本気か分からない事を、全くの無表情で平然と言い放ちながら、アルムは縄鏢の刃先についた血を丁寧に拭き取る。
「とりあえず2人とも、ありがとう。まずは僕たちの拠点を作って、それから今夜の作戦を説明するよ」
苦笑混じりにベインが歩み出ると、リュウもアルムも仲良く頷いた。




