16 地獄へようこそ
「ぅ吾輩はァ! 長年士官学校で教鞭をとっておるがァ! 貴様らのようにブッたるんだ1年生は初めてだァ!」
士官学校から遠く離れた場所にある深い森への入口に、グレゴリオ・マーゲンの大音声が響く。
ビリビリとアルムの長い髪が揺れそうな勢いのある低い声に驚いたのか、鳥の群れが一斉の木々から飛び立っていった。
「これから今年の合同演習の詳細を説明するゥ! 全員! 気をォ付けィ!」
ざっ、と一糸乱れぬ靴音で、全員が『気を付け』の姿勢をとる。この辺りはさすが士官学校である。
「貴様らの合同演習の課題と! この合同演習の意義を説明してやるゥ! 良いかァ! その血の巡りの悪い脳みそでも理解出来るように、耳の穴かっぽじって聞けェい!」
マーゲンの声は、ひょっとしたら森の奥に住むという魔物や魔獣たちにも聞こえるのではないか、と思えるほどの圧力がある。
SクラスやAクラスはさすがに怯んだりすることはないが、少し前にギルベルトという主力を失ったEクラスに、かろうじてGクラスにならなかったFクラスの面々は既に不安そうな面持ちだ。
「貴様らァ! 士官学校にいる以上、軍の役割は知っとるな! ひとォつ! 戦争! これは他国からの侵攻を食い止め、王と、国土と国民を守ることであァる!」
仮説の演台に乗ったノーム族の豪将の巨体は、少し離れた場所に立つGクラスの5人からもよく見えた。
「そしてふたァつ! 魔獣、魔物の討伐ッ! 人類に害為す魔獣に魔物を駆除し、その数を減らすこともォ! 軍人の務めであることは知っているはずだァ!」
「え、そうだったの? アルム知ってた?」
「初耳」
「だよね、俺も」
「やっぱり私とリュウは相性が良い」
「なんか俺もそんな気がする」
「ちょ、ちょっと2人とも……」
思わず顔を見合わせたGクラスの攻撃部隊2人を窘めたのは、リーダーのベインである。
「そこォ! 私語を慎めェい!」
「あ、やべ、聞こえてた」
「ノーム族は地獄耳」
「す、すみません! Gクラス、私語を慎みます! リュウ、アルム、ちょっと静かに」
アルムはいつも通りの無表情なドヤ顔で『てへぺろ』と言わんばかりに舌をぺろりと出して見せる。
「各クラス班分けは出来ているなァ! Gクラスの底辺どもはクラス全員が同班だァ! 合同演習では班行動がルールであァる! 成果も班単位! 失点も班の連帯責任であァる!」
さらに続いたマーゲンの説明はこうだ。
学年をS、A、B、Cクラスの上位クラス、そしてD、E、F、Gクラスの下位クラスに分け、それぞれが守るべき拠点を設ける。
拠点を防衛しながら魔獣を討伐し、その亡骸から採取できる『魔石』をポイントとして各班が保持。
拠点が陥落した場合には、陥落した側のクラスは大幅に減点、陥落させた班が属するクラスは大幅な加点となる。
双方の拠点がともに陥落した場合には、拠点陥落に伴う加点減点はリセットされ、魔石ポイントだけが判定基準となる。
拠点を陥落させた班と、拠点防衛に最も貢献した班だけは、加点特典が大幅に増加する。双方陥落の場合も同様、双方の拠点陥落の実績を持つ班がボーナスを独占する。
さらに、野営訓練も兼ねるため、合同演習は72時間にわたって行われる。食料、水、物資などは全て自前で用意または『調達』すること。
最もポイントが多いクラスが優勝となる。なお、過去10年にわたって、Sクラス以外が優勝したケースは1例もなく、Gクラスがポイントを保持したケースも1例もない。
「……ま、要するにGクラスがどれだけ魔石ポイントを稼いだところで、全部奪われてたってことか」
リュッケンはいかにも不満そうに声を漏らし腕を組む。
「この合同演習では『あらゆる事態』を想定している! 高度な戦術、戦闘技能、使えるものは何でも使って構わァん! つまりは! これは! 上位クラスと下位クラスの! 模擬戦争であると考えろ! 自主離脱は認めるがァ! その場合は合同演習の単位は認めなァい! 救助要請はァ! 各班リーダーに渡した非常用魔道具を使って行う! 救助要請にともなう負傷棄権は自主離脱には数えん!」
しん、と士官学校1年生全員が静まり返る。
「聞いていると思うがァ! 毎年この合同演習では死者が出ておォる! 気を引き締めてかかれェい! ぅ吾輩が生き抜いた戦場はァ! このようなクソ甘ったるいものでは無ァい! ぅわかったかこのクソ虫どもォ!」
ざっ、と一斉に靴音が鳴り、全員が敬礼の姿勢を取った。
合同演習の説明が終わり、教師陣は教師用の幕舎へと移っていった。
残された学生たちは、クラスや班ごとに移動の準備を始めるものもいれば、怯えたような顔で『やめようよ、棄権しようよ』と漏らす生徒もいる。
「何よこのルール……こんなんじゃGクラスに初めから勝ち目なんてないじゃない? だって私たち、1班しか無いのに、クラス全体の魔石ポイントでとかなったら、他のクラスに勝てっこないよ」
「同感。ムカつく」
「あからさまな贔屓っていうか、上位クラスに有利なルールだな」
ミナ、アルム、リュウも不満を漏らす中、ベインだけは教師陣から配布された地図を睨みつけて、ぶつぶつと何事かを呟いては指をくるくると空中で動かしている。
「演習開始はァ! 今から3時間後であァる! 各自の判断で位置につけェい!」
マーゲンの号令の直後、最上位となるSクラスはさすがというべきか、トップとなる公爵家や辺境伯家といった最上位に近い家の子弟をリーダーとして、完全に組織が出来上がっている。
指揮命令系統も既に備わっているが、いずれの班も『爵位が最も上の者がリーダー』となっていた。
Aクラス以下もほぼ同じだが、爵位がほとんど決まっている下位クラスでは、実家の名声だの影響力だの派閥での立ち位置などからリーダーが決められている。
本来であれば、下位クラスの筆頭であるDクラスのリーダーも、Gクラスに対して戦略の共有を行うべきところだったが、下位クラスはさっさと散り散りになってしまい、拠点防衛の方針すら共有されない有様だった。
ただ一言、Dクラス全体のリーダー格の男が『Gクラスは拠点に入るなよ。平民は臭くてかなわんからな。最初からお前らを戦力とはみなしてない。さっさと棄権するんだな。目障りだ』と言い残して、下位クラスの拠点に去っていったのみだ。
リュッケンとアルムは、このリーダー格の男の後ろ姿を睨みつけていたが、その間もベインは地図の上で小石をあちこちに動かしながらぶつぶつを独り言を続けている。
「ベイン、どうだ?」
「ん? ……いや、そうだな、でも……ここがこうなって……SとDクラスはあらかじめ決められた陣地からは多分動かない、となるとこの地形だったらこことここ……そうすれば、このルート……いや、ここはダメか」
「なぁベイン、今考えてること、とりあえず俺達に共有されるように話してくれ。他のクラスの他の班の連中、全員どっか行ったぜ」
「えっ!? し、しまった! ごめん、出遅れた!?」
「いや、それで良いと思う。ベインはさすが、俺達のリーダーだよ。ずっと戦略考えてたんだろ?」
「あぁ、うん。まぁそうなんだけど、いや、えっと……」
ベインはいかにも不安そうな顔で、地図と目の前に広がる森を見比べている。
演習の説明は、森を見下ろせる丘の上で行われており、拠点もそれぞれ小高い丘に設けられていた。
教師陣とG班だけがその場に取り残された。
「さて、どうするのかな? Gクラス諸君は棄権かな?」
5人の後ろから声をかけたのは、担任であるマルコ・シーネだ。
穏やかな声に返事をしたのは、リュウでもアルムでもなく、地図と地形を見比べていたマルコだ。
「いえ、棄権はしません。あとシーネ先生、ちょっといくつか教えてほしいんですけど」
「うん、何かな?」
シーネは少し嬉しそうな顔で、地図を指さしているベインの顔を覗き込んだ。
「まず、拠点陥落条件はなんですか?」
「おぉ、さすがベイン君、そこを聞いてくれるとはうれしいね」
心底嬉しそうなシーネは、満面に笑みを浮かべて地図上の一点を指さした。
SクラスとDクラスがそれぞれ陣を構える予定の場所である。
「それぞれの陣には、シンボルとして小さな旗を置いてある。その旗が奪われれば陥落、奪われずに合同演習を終えられれば防衛成功、といったところだね。旗にはわが士官学校の校章が刺繍されている。教師陣があらかじめ、陣となる場所に置いてあるよ。まぁ最初の陣の設営では、旗を見つけるところからだね」
「なるほど……あと、演習で移動して良い範囲ってどこからどこまでですか?」
「特に決められてはいないけど、72時間後の演習終了時に、ここに戻れる範囲ってところかな」
「わかりました。それから、魔石ポイントって、どんな魔獣でどれくらい、っていう目安はありますか?」
「そうだねぇ、例えばホーンラビットとかスライムとかだと魔石1つで1ポイント、ゴブリンだったら1つ3ポイント、オークは5ポイント、ホブゴブリンが7ポイントってところだね。変異種だとか特定指定個体の場合は、危険度に応じて大幅に伸びるけど、まぁやめておいた方がいいね」
「ふむ……それと、拠点陥落の時の加減点はどれくらいですか?」
「拠点陥落『させた』場合は、魔石ポイントが倍、拠点陥落『してしまった』場合は、魔石ポイントが半分になるね。拠点防衛に最も貢献した班、陥落させた班と同じく倍になる。仮に『相手拠点を陥落させた班が、自拠点防衛に最も交換した』と見なされた場合はボーナスが重なって4倍になるね」
「なるほど」
ベインはじっと地図と森を見比べる。
眉間に寄せられたシワは少しずつ薄くなり、やがて何故か自信に満ち溢れたような表情へと変わっていく。
「あともうひとつ、さっきマーゲン先生は『あらゆる事態を想定している』って言ってましたけど、それって『戦場で想定されるあらゆる事態』って考えていいんですか?」
「そうだね。言葉通り『あらゆる事態』だよ。その中には、当然不意打ちとか、罠とか、裏切りとか、それに同士討ちなんてのも含まれる」
「それは、そういった事態を想定してるってことは、それらの事態は『減点対象にはならない』っていうことですか?」
「……ベイン君、君はベルナデッタ・ヘルセネン子爵令嬢の授業を一番熱心に聞いていると聞いたけど、どうやらその通りみたいだね? とりあえずベイン君の今の問いには『そのとおりだ』と答えておこう。それから、これは僕の独り言なんだが——」
シーネはわざとらしく5人から視線をそらし、下位クラスの拠点がある丘に視線を向けた。
「これはただの過去の例なんだけどね? 下位クラスの中には、実家の派閥の長にあたる上位貴族の子弟に逆らうことが出来ず、内通や裏切りをする者がいる。貴族社会のしがらみって、怖いよねぇ?」
「へぇ、そんな事あるんだ……じゃあシーネ先生、これも俺の独り言なんですけど」
リュウはにやりと笑みを浮かべ、自身の野営道具が入ったリュックを軽々と背負う。
「裏切り、内通、騙し討ち、罠、そういう『実戦的な手段』が使えるなら、俺達は強いですよ。きっと、どのクラスのどの班よりも」
「おやおや、ずいぶん剣呑な独り言が聞こえた気がするけど、気の所為かな?」
「あれ? なにか聞こえました? 先生」
「いやぁ、特に何も」
ふふふ、と実に不穏な笑い声を上げたシーネは、『じゃ、頑張って』と当たり前の言葉をかけて、教師用の幕舎へと戻っていった。
「みんな」
シーネを見送ったベインは、妙に自信がありそうな表情で、ようやく顔を挙げる。
「僕に考えがある。聞いてくれるかい」
「当然」
「よっしゃ、教えてくれよ」
「ベイン、私は何をすれば良い?」
アルム、リュッケン、ミナがベインに歩み寄る。
リュウはベインの肩に腕を回して、不敵な笑みを浮かべた。
「さ、聞かせてくれよ、リーダー」




