15 演習前夜
合同演習を翌日に備えた日の昼過ぎ、Gクラスの面々は最後の自主トレを軽めに済ませる事となった。
「よし、今日はもう終わり。次はベル先輩の軍学の授業か。ベイン、お前も今日はセシリア先輩の稽古休みなんだろ?」
「あぁ、そうだね。一昨日から稽古は休みをもらってる」
「えー、ねぇリュウ、私もうちょっとやってったらダメかな?」
大きく背伸びをするリュッケンや、的に向かって投げた手裏剣を回収しているアルムを尻目に、ミナだけはおずおずとリュウへ向かって歩み寄る。
「なんかその、なんて言えば良いか分からないけど不安で……」
「ダメ。ミナも頑張ってるのは知ってるから。でもさ、明日からもう合同演習だ。疲れが残らないようにするのも大事だよ」
「だってほら、EクラスとかFクラス、今日もなんか猛特訓してるらしいし……ギルベルトだっけ? アイツがリュウにボコボコにされてから、なんかみんな私たちの事目の敵にしてるから——」
「ミナ、大丈夫」
リュウはいつになく、自信に満ちた短い返事をミナに返し、自分よりも遥かに大きな、気弱な少女に向き合った。
「俺が保証する、ミナは強くなってるよ。少なくとも半年前と比べたら別人みたいに」
「そ、そうかなぁ……だってさ、リュウには軽く躱されちゃうし、リュッケンとの稽古だって全然……」
「ミナ、人と比べちゃダメだ。比べるのは、昨日の自分とだけ。不安だったら、俺が何度でも言ってやる。ミナは強くなった。少なくとも、あの何とかっていう槍使い気取りのボンボンよりずっと強い」
「え、ギルベルトより? だってアイツ、槍術のアイアンランクだったんだよ?」
「知らん。でもね、あん時のギルベルトと今のミナが試合をしたら、ほぼ確実にミナが勝つ。木の杖使っても勝つし、鉄杖使えば絶対に」
リュウの言葉を受けても、まだミナは不安げだ。
基本的にミナは気弱で慎重派な故か、自分自身に対してはなかなか自信を持つことが出来ないでいた。
「ミナはさ、凄ぇ優しいんだよ。ある意味、武之内流に向いてないかもしれない。でもさ、優しいってことは強いってことなんだ」
「何それ、よくわかんない……私バカだから……私、実家にいる時も料理と刺繍か、それか力仕事くらいしか取り柄がなかったし……」
「ミナは実家の借金を何とかしたい、だから学費も生活費もかからない士官学校にきたんだろ? 家族のために自分一人で離れて頑張れるって時点で強いんだよ」
「そ、そう……かなぁ……」
「ミナには体術でも、守りの型ばっか教えてるだろ? 俺たちGクラスには役割分担があると思うんだ。ミナは明確に、護りが得意なはず。でも攻撃は苦手。だったら、苦手分野を引き上げるんじゃなくて、得意分野だけを徹底的に伸ばした方がいい」
リュウの指摘の通り、ミナは典型的な『気は優しくて力持ち』タイプだ。
体力もあるし、いざという時の決断力もある。だが、リュウのように相手を完膚なきまでに叩き潰すといったことは、徹頭徹尾苦手だ。
大柄な割に手先が器用で、実家では端切れを使って刺繍をするなど、令嬢らしい趣味も持っている。
「ミナはこのクラスでただひとり、回復の法術を使えるだろ。だからミナには守りの要っていう役目が似合うんだ」
「その、守りの要って何すれば良いの?」
「そうだな……じゃあみんな、ちょっと集まって」
リュウの号令に、4人はそれぞれ教壇近くに集まった。
最も小柄なリュウを中心に円陣を組むような格好だ。
「今度の合同演習、最終目標はまだ明かされてないけど、クラスで5人組を作って班で動くことになるらしい」
「なるほど、じゃあ僕たちは自動的にこの5人ってことか」
「そう、ベインのいう通り。で、いろいろな事態を想定して、この5人での役割を考えたんだ」
「賛成。リュウのアイディアなら聞くまでもない。私は乗る」
話を聞く前に短く断言したのはもちろんアルム。
「とりあえず話聞こうぜアルム。んで? やっぱ班長はリュウなんだろ?」
「いや、班長はベインだ。ベインは俺たちの中で1番頭が良くて視野が広い。剣も魔法も使えるオールラウンダーだ。大戦略は俺も手伝うし、アドバイスはするけど、班長にはベインこそが相応しい」
「ちょ、ちょっと待ってリュウ! どう考えても僕じゃないだろ? なぁ、みんなもそう思うだろ?」
「私はベインが班長でいいと思う」
「俺も。ベインならきちんと判断できそうだし」
「ん。意義なし」
意外なことに、リュウだけでなくミナ、リュッケン、アルムも、ベイン以外の全員が頷いている。
ただ班長に指名されたベインだけが、納得いかないような表情で呆然と立ち尽くしている。
「だ、だって僕は、リュウやアルムみたいに強くないし、リュッケンみたいに走れない、ミナみたいに法術も使えないし力だってまだ弱い。どう考えたって班長の器じゃないよ……」
「大丈夫。私たちはベインに最強を求めてはいない。ベインは最適」
「そう! アルム今めっちゃ良いこと言った!」
未だ納得できないベインの顔を正面から見据え、アルムはいつものジト目で、目の前同じエルフ族の若者の顔に視線を向ける。
「ベインはこの中の誰よりも頭が切れる。私は、リュッケンの指示は疑うけど、ベインの指示になら従える」
「おいアルム……ま、俺も同じだよ。ベインは軍学だってベル先輩の授業を誰よりも真剣に聞いてるしな。俺はぶっちゃけ戦略だの戦術だのはまだ分かんねえ」
「私も。リュウの指示も良いんだけど、とにかく容赦ないし怖いし……ベインだったら、きっとみんながちゃんと従える指示を出してくれそうな気がする」
突然、ガラガラピシャンといういつもの雷鳴のような音。
「何をしてる! 席に着きたまえ底辺諸君、ボクだ! 軍学の授業の時間だぞ!」
「あっ、ベルナデッタ先輩!」
颯爽とドヤ顔で現れたベルナデッタに、救いを求めるかのようにベインが歩み寄る。
「あの、みんなに言ってやって下さい! みんなが、今度の合同演習のGクラス班長に、なぜか僕を推してくるんです! どう考えてもリュウですよね!?」
「ふむ、なるほど。そろそろこのクラスも班長選びをと思っていたが、どうやら心配しないでよさそうだ。ボクも諸君と同じく、ベイン君を班長に推すよ」
自信満々にベルナデッタは言い切ると『じゃあこの話はこの辺で』と当たり前のように切り上げようとする。
「待って下さい! 何で? 何でリュウじゃないんですか?」
「ふむ……ベイン君、どうやらキミは大きな勘違いをしているようだな? キミはひょっとしたら、最強でないとリーダーにならない、と思ってるんじゃないか?」
「ち、違うんですか……?」
「やれやれ、キミもだいぶボクの授業についてきてると思ったが、存外まだまだだったな?」
ふぅむ、と小さく呟いたベルナデッタは眼鏡を付け替えると、いつものドヤ顔で軍学のテキストを持ち上げる。
「良いだろう、今日の講義のテーマは、強者と適者の違いについてだ。まず結論から言うが、このクラスにおける強者は間違いなくリュウだ。キミは多分今の士官学校内でも、セシリアの次くらいには強い。言っとくが、セシリアはバケモノだぞ? そんな女と肉薄するくらいリュウはエロい。——じゃなかった、強い。そして他4人にはそれぞれ適性がある。そこを正しく認識してくれたまえ」
ベルナデッタのしなやかな指がチョークを掴み、かかかかっと軽い音を立て黒板に文字を刻み込んでいく。
「強者は読んで字の如く強いもの、戦闘能力が高いものだね、Gクラスのド底辺諸君の中ではズバ抜けてリュウ、そして次点はアルムだ」
アルムは眉ひとつ動かさずただじっとベルナデッタの顔を睨みつけている。
「一方戦闘能力は比較的弱いが、防衛に特化したのがノーム族のミナ、攻防のバランスと機動力に優れているのはリュッケン。そして最近セシリアの指導で剣も上達、何よりボクの天才的な指導によって魔法の発動に成功した上、リュウの指導で体力と柔軟性が段違いに上がってるのがベイン、キミだな」
コツコツと硬い足音が、教室の中を歩き回る。
やがて足音の主ベルナデッタはベインの背後でぴたりと止まる。
「リーダーの適性はいくつかある。最も大切なものは、大局観と色々な視点を持てる、と言うところ。様々な視野を持って、班の中の誰が、どんなことを、どれくらい出来るのかを把握していること。そして最後には覚悟だ。自分の決断に責任を持つと言う覚悟だよ」
教室内は、ベルナデッタの声だけが響いている。
リュウはただ、ベルナデッタのソプラノの美しい声に聞き入っていた。
「リュウは戦闘特化過ぎる。それも近接戦闘がズバ抜け過ぎていて、駒としては最強だけど、ある意味使いづらいことこの上ない。アルムは近接戦闘もこなせるし、弓を使った遠隔攻撃も出来るし、それに森の中なら斥候も出来る。ただし、やっぱり攻撃特化だ。リュッケンは機動力に優れていてミナは防御特化、唯一法術を使える回復と防御の要だ。この中で最も視野が広くて剣も魔法も使えるのはベインだ。視野も広いし、軍学の成績も一番良い。ボクがこの班で戦力配分をするなら、まずベインをリーダーにする」
ベルナデッタの見立ては、ほぼリュウと同じである。
それぞれのメンバーの特性もリュウが指導していて感じた通りだし、数カ月間の軍学の指導をしただけで全員の特性を把握できる辺りから、ベルナデッタの眼力がうかがえる。
「それにGクラス首席はベインだからね、リーダーになるのは至極当然だと思うけど?」
「い、いや、でも僕は、リュウに指導をしてもらってる立場だし、それにセシリア先輩にも……」
「良いかねド底辺諸君。個人の武勇や突出した能力とリーダーとしての資質は、完全に分けて考えるべきだ。特に合同演習は、メンバーの健在率ってやつも大きな判断要素になる。リュウだけが生き残る事を目的とするならまだしも、全員の生存……もとい、戦闘可能な状態を保つ事を優先的に考えるなら、リュウはリーダーにすべきじゃない」
「ベル先輩、言い方……」
リュウも少しばかり不満げな顔をあげるが、ベルナデッタがその微妙な変化を読み取れるほど、空気を読める女ではないことくらい、Gクラスの面々は全員が理解している。
「まぁリーダーとしてスバ抜けて適格なのがベイン、サブリーダーにミナ、リュッケンとアルム、それにリュウは前衛ってところだろうね」
「うん、俺もベル先輩と同じ意見。ってかそれしかないんじゃない?」
珍しくリュウがベルナデッタの意見に両手を上げて賛成すると、もはやこの時点でGクラスの意向は決まったようなものだ。
「じゃあリ、役割分担をもう一度確認だ。斥候兼前衛がアルム、前衛の主攻がリュウ、リーダーはベイン、防御と回復はミナ。そしてミナとベインの護衛に、陽動や機動はリュッケン、って感じかな?」
軍学首席にして臨時講師を務める才媛、ベルナデッタの采配に異議を差し挟む者などいようはずもない。
「うっふふふ、ボクの期待を裏切らないでくれたまえよ? ボクの見立てでは、君たちは番狂わせを起こす可能性があるからね?」
不敵な笑みを浮かべながらベルナデッタはメガネをかけ直す。
ここに、Gクラスの役割分担は確定した。




