14 弱者の覚悟
「お、ベインお帰り、遅かったじゃん」
「…………ただいま……」
夜遅くになって、ベインはまるで幽鬼のような足取りでGクラス寮に戻り、そのままベッドに倒れ込んだ。
「セシリア先輩に可愛がってもらってんだろ? あのお姉様にさ? いいよなぁセシリア先輩、色々デケぇしよ」
リュッケンの軽口にも、ベインは全く返事を返すことが出来ない。
ベインが剣聖候補、セシリアの指導を受けるようになって1ヶ月半が過ぎた。
この間、リュッケンは短剣術に天性の才能を発揮し、武之内流の初伝レベルに至っている。
さらに、リュッケンの才能を凌駕していたのが、ミナのパワーと杖術の相性のよさだ。
もともとノーム族で膂力と体力に優れるミナは、Gクラスの中ではパワーで頭ひとつ抜きん出ている。
日頃の基礎鍛錬の成果か、身体強化術を使ったニンゲン族を遥かに超えるほどの膂力を身に付けており、今ではミナのメイン武器は180センチほどの鉄杖だ。
これはもともと、Gクラス担当の厨房にいる老ドワーフが用意したものだ。
老ドワーフの夫の方は、大昔に鍛冶工房で働いていた経験がある。
ミナが『木の杖だと軽すぎるし、すぐ折れる』と、おかわりをもらうたびに愚痴っていたのを聞いて、昔取った杵柄とばかりに、古くなって打ち捨てられていた鍋やフライパンをかき集めて鉄杖を作って渡していた。
『お前さんは、リュッケンみたいにスピードがあるわけでも、アルムみたいに器用なわけでもない。でも頑張ってるだろ。ほれ、持ってけ。美味いもん作ってやるから、頑張ってこい』
という言葉とともに渡された、重さ20キロをゆうに超える六角の鉄杖は、今のところ扱えるのはミナだけである。
「デカいって言ったらミナもじゃないか?」
「それはまぁ確かにそうなんだけどさ? セシリア先輩のあのくびれと巨乳のバランスがタマらねぇんだろ?」
「いや、俺どっちかって言うと尻派なんだよなぁ……シーナ先輩のあの尻は良い。鍛えられててめっちゃ良い」
「そしたらミナとアルムのどっちかだったら? 俺ぁ断然ミナだな。おっぱいデカいのは正義だろ」
「え? リュッケンお前ひょっとしておっぱい帝国人かよ……俺はアルムの方がイイかなぁ。あのスレンダーで無駄な肉がついてない感じが。あと地味に良い尻してると思う」
「マジか? お前マジかリュウ……なぁベイン、お前どっち? 胸派? 尻派?」
いかにも男子部屋らしいやり取りにも、ベインは反応する事が出来なかった。
「……リュウの指導が優しいって感じる日が来るとは……思わなかったよ……」
「だろ? みんな誤解してるけど、俺って実は優しいんだよ?」
「うわ、ベインお前手の豆とタコが凄ぇ事になってんぞ? ミナに法術かけてもらえよ、あいつ法術使えるだろ」
「セシリア先輩にかけてもらった……かけてもらって…………これ……」
「うわマジか」
ランドルト王国においては、医療の中心にあるのが法術という魔法の一種だ。
外傷だけでなく、病気の治療にも用いられる術であり、現代日本の医療と異なり術者の能力によっては骨折をすぐに回復させたり、高位の法術に至っては切断された四肢を元通りにする、などといったことも出来ると言われている。
「ま、もう法術かけてもらってるなら、あとは休養だろ?」
「次の訓練は……明後日……」
「そっか、じゃあもうさっさと寝ちまえよ。寝ないと回復しないし、回復しないと強くなれないぜ」
「あ、ありがと……」
消え入りそうな声で呟いたかと思うと、ベインは静かに寝息を立て始める。
この1ヶ月半、ベインの身体に外見上の変化は特に何も起きていない。
だがリュウとセシリア、さらにはシーナの目には、明らかな変化が見て取れるようになった。
立つ時の姿勢でわずかに重心のブレがあったものが、左右のバランスがキレイに取れている。
さらに、歩く時の脚の運び方や、何よりも走り込みの時の無駄な力が抜け、今ではベインもミナやリュッケンと同じ距離を、同じ速さで走ることが出来るようになっている。
おまけに、身体強化術が使えないためにGクラスに放り込まれたベインであったが、鍛錬が影響してか魔力を自覚できるようになっていた。
だが、残念な事にやはり身体強化はいまだ出来ないままでいる。
その代わりとばかりに、『興味深い、実に興味深いよ。ぜひともボクの観察対象になってくれたまえ』ととんでもない前のめりになったベルナデッタの協力のもと、なんと16歳にして初めて、ベインは火の魔法の基本である『火球』の発動に成功している。
「こいつ、魔法も使えるようになったし、剣術だってセシリア先輩に教わってんだろ? ひょっとしたら滅茶苦茶強くなるんじゃね?」
「あぁ、なるよ。武之内流には魔法なんて無いけどさ、でも強くなる理由がある。少なくともベインとアルムにはある」
「え、俺とミナには?」
「無いとは言わないけど、アルムとベインに比べればちょっと弱いかな」
Gクラス担任のマルコ・シーネによれば、1年次のクラス分けは、卒業まで何があっても変わることがない。そのためベインは魔法をある程度使えるようになったとしても、ずっとGクラスのままである。
貴族社会における序列は、士官学校内での序列がほぼそのまま受け継がれることになる。
が、軍においては話が別だ。
軍に有っては、実力があるものは上に行けるし、実力が伴わないものは除隊を命じられることもある。
下位貴族である準男爵家のミナとベインは、卒業まで耐え忍んで、軍に入隊してからの下剋上を狙うしか無い。
それは騎士爵家のリュッケンとアルムも同じである。
「ベインにはさ、軍に入って軍人として食っていく、明確な理由があるだろ。弟や妹を食わせてやりたいっていうさ。そういう動機って凄く強いんだよ。それにアルムは全く逆だよな。アイツは自分を捨てた同族への復讐が生きる目的みたいになってる。どん底の境遇でも耐えて強くなれるのって、大抵はこういう奴らだと思うんだよ」
「へぇ……ま、そうだなぁ。でもよ、俺もミナもちゃんと動機はあるんだぜ? 強くなって、上の奴らを見返したい」
「それも立派な動機だし理由だよ。それにさ、リュッケンもミナも、元からある程度強いだろ? 特にリュッケンは体術の基礎なんかはもう出来てたし、体力だってミナが一番ある。でも、アルムとベインはそれがない」
「だよなぁ……本来エルフって、魔法が一番の武器っていう種族なのに、それが使えないってのはデカいよな」
「デカいよ。リュッケン達赤狼族が脚を使えないようなもんだからな。ベインもかなり悩んでた。悩んで苦しんだからこそ、ベインは強くなる」
まるで気絶したかのように、半目を開け白目を剥いたまま寝息を立てるベインには、リュウとリュッケンの会話は聞こえていない。
士官学校において最大のイベントにして最大の試練と呼ばれる、合同演習。
その開始まで、残りわずか2週間。1年生の合同演習が終わった後に2年生、そして最後には3年生の合同演習となる。
ほぼ実際の戦争と同じと評されるほど厳しい演習では、毎年けが人が必ず出る。死人も出る中、毎年多くの貴族達から合同演習の中止や管理の厳格化を求める声が挙がる。
特に都市部に住み軍務と縁遠い、いわゆる『中央貴族』からは、毎年合同演習の廃止を求める声が挙がる。
だが、そのたびにランドルト王国の王弟であり、国軍総司令官を務めるシュターガー・ランドルト大公に退けられている。
『貴公らは、敵軍が国境を侵してきたときにもそう訴えるのか、死人が出るからやめてくれと。その舌先三寸で国民を、国土を護れるのか。そんな惰弱な軍に国を護れると思うのか』
この言葉に反論できたものは、今のところいない。
「そう言えばさリュッケン、俺よくわかんないんだけど、騎士と軍人ってどう違うんだ?」
「さぁ? 俺もよく知らねぇ。重装騎兵が騎士で、基本的に男爵家以上の家柄じゃねぇとなれない。んで軽装歩兵だったり後衛部隊だったり、まぁ所謂下っ端が軍人、って感じだったと思うぜ」
「なるほどね、だからやたらと騎士の誇りがどうのこうのって話がでてくるんだな」
「面倒臭ぇよな。赤狼族は騎士でも軍人でもなくて『戦士』なんだよな」
「ふぅん、戦士まであんのか。面倒くさいなぁ……」
夜も少し老けて、士官学校の学生寮全体が消灯時刻を迎える。
魔力を使って灯る魔導ランプが一斉に消え、Gクラスの男子3人が使う部屋も暗闇に覆われた。
「それ考えたらさ、リュウは何になるんだろうな。ほら、平民は騎士になれねぇし、赤狼族じゃないから戦士でもないだろうし、やっぱ軍人?」
「何でも良いよ。肩書なんて。俺は強くなれさえすれば後のことはどうだって良い」
「相変わらず分かりやすいよな、お前」
「シンプルな方が強いんだよ」
「そこでも強さかよ。お前何でそんな強くなりてぇんだよ。今だって十分強いだろ?」
「まだまだなんだよ。昔負けたことがあるからさ。その負けた記憶を拭うのには、自分が強くなったって納得したいんだよ」
リュウには、武之内隆造としての記憶が鮮明に残っている。
人生において何度も経験した敗北、その最後は、明らかにドーピングを施した総合格闘家の強豪との対戦だった。
MMAの元世界チャンピオンであり、さらにレスリングのオリンピックゴールドメダリスト。
およそ地球上の人類において上位10人以内に確実に入るであろう強者に、隆造は敗れた。
金網で覆われたリングの上で、相手の片目と片腕を奪ったが、それと引き換えに隆造は命を失った。
生身の、それも70歳の老人としては驚異的な善戦と言えるが、それでも武之内流兵法の敗北であることに変わりはない。
「少なくとも、アイツより強くなったっていう実感がほしいんだ」
「マジかよ……お前が負けるって、どんなバケモンだそいつ」
「んー……ま、あんまり思い出したくない。少なくとも、今の俺じゃ絶対勝てない相手だな。だから、俺はもっと強くならなきゃいけない」
「じゃあさ……正直なところどうなんだよ、俺達に教えてるようなヒマ無いんじゃねぇか?」
「いや、そうでもないんだなそれが」
リュウは全く緊張感の無い様子で自分のベッドにあがり、ゴロンと横になる。
リュウに習ってか、リュッケンものそのそとベッドに上がると、いつもと頭の向きを逆にしてリュウと顔を突き合わせる。
すぐ近くに、相変わらず半目のままのベインの顔もある。
「教えるってのは、教える側にとってものすごく良い訓練になるんだよ。自分に出来ない事を再認識出来るしさ。だから、リュッケンたちに教えるのは、俺にとっても訓練になってるんだ」
「そっか、まぁそれなら良いんだけどよ」
「リュッケンにはそのうち、二刀流の体捌きも教えてやるよ。Gクラスの中じゃ、武術の飲み込みが一番早いのはリュッケンだからな」
「おっ、マジか! 合同演習までに一個教えてくれよ!」
「あぁ、明日以降な」
んがっ、とベインが変ないびきを立てたのを合図にするかのように、リュウとリュッケンも目を閉じる。
合同演習まで、残り2週間と迫っていた。




