13 修羅の世界
「あんまりじゃありませんの? リュウ、そんな面白いことがあったのに私を呼ばないなんて」
「そうだ、そういうときには我々にも声をかけてもらわねば困るな」
「リュウ君、君はボクたち上級生をもっと頼るべきだ」
「や、いや、あの、アルトリリア殿下もシーナ先輩も、それにベル先輩も……何か違うと思うんですが」
3人の上級生の言い草に思わずツッコミを入れずにいられなかったのは、Gクラスでもナンバーワンの常識人、ベインだ。
「何も違わん。何のために我々がGクラスとこうやって大っぴらに話をしていると思っている」
「ド平民なリュウ君はともかく、ベイン、ミナ、リュッケン、アルムの4人は一応は貴族だろう。ド底辺の下位ではあっても貴族であることに間違いはない、君たちもよく学んでおきたまえよ。貴族の社会では人脈とコネが重要だ」
「うわぁヤな世界だなぁ」
「だろうね、ボクも同感だ。特に大した能力もないくせに、先祖から怠惰に受け継いだ爵位だけしか誇れるものがない、クズ中のクズ共なんて、泥沼の最前線に送り込んでやればいいんだよ」
相変わらず過激な物言いのベルナデッタは、いわゆる無能な貴族に対して一方ならぬ悪感情を持っている。
ベルナデッタは、自身が子爵家という比較的低位な家柄の出自も関連してか、爵位だけが高く能力が伴っていない者を蛇蝎のごとく嫌っている。
「今度の合同演習、お前らも知ってるだろうが、SクラスからGクラスまでが同時参加することになる。さすがに学年別にはなるが、今年の1年のSクラスには公爵家の長子と、あとは私の弟も居る。弟には、お前にだけはちょっかいを出さんように厳しく言ってある」
「はぁ、シーナ先輩んちの弟さんっすか。まぁ無駄にバチバチやり合わなくて済むなら助かります」
「そ、そうか、よかった、ステルベン辺境伯家の方がSクラスに居るなら、Sクラスから僕たちGクラスにちょっかいを出される事はなさそうだ……」
「あぁ、一応は私の身内だからな、馬鹿な真似はさせん。まぁ万が一弟と事を構えるとしたら、多少手加減してやってくれ」
どこか困ったような苦笑を浮かべるシーナの弟がリュウやベイン達の同学年であるということは、この時シーナに言われるまでGクラスの誰も知らなかった。
「え、多少で良いんすか?」
「殺すなよ。あと目は潰さないでやってくれ。それから弟は跡取りだからな、キン◯マも勘弁してやってくれ」
「しょうがないっすね、シーナ先輩に免じて、出来るだけ手加減します」
「意外だな、リュウが遠慮と手加減というものを知っているとは思わなかった」
「一応出来ますよ? ギリギリ絶命だけを免れる範囲に留めるとか、後遺症が残らないようにするとか」
「あぁ、それだそれ。後遺症は勘弁してやってくれ。アイツは大事な弟なんだ」
「わかりました、まぁ後遺症が残らないだけで、敵として現れたら骨の5本や10本はもらいますけど。あとまぁ目とかキ○タマ潰すにしても片方だけにしときます」
「……リュウ、できれば弟の目もタマも両方無事に残してやってくれ……」
合同演習は学年別に行われ、野営訓練やサバイバル訓練も兼ねている。
毎年、合同演習を境に、SからCまでの上位クラスと、DからGまでの下位クラスとの差は挽回不能な状態にまで広がっていく。
Gクラスに至っては、ほぼ下位クラスの『養分』である。
士官学校でついた差は、卒業後成人してからの貴族社会でも引き継がれていく。
こうして上位貴族と下位貴族の間の差は年々大きくなっていく。ベルナデッタの実家であるヘルセネン子爵家は、実力を持って参謀本部筆頭軍師として上位貴族を従える、実に稀有な存在である。
だからこそ、ベルナデッタにとって、下位貴族から当然のように搾取する上位貴族は憎くてたまらない存在だ。
「ま、シーナの弟のリカルドを別にして、AクラスとかSクラスの実家の爵位しか誇るものが無い無能どもは、どんどんシバき倒してシメてイケばいいさ。ボクはそういうの、嫌いじゃないぞ?」
極めて物騒な事を口走るベルナデッタを、シーナもセシリアも窘めたりはしない。
ここはランドルト王立士官学校、軍人を養成する学校なのだ。最終的に戦場へ行って生き残る、任務を完遂できる強さを持った者を育成する事が最終目的である。
爵位にあぐらを書いて怠ったものは、卒業試験目前で絶望することになる。
「何しろ、3年の合同演習は、つるんでの行動は認められない、完全な単独でのサバイバル訓練だからね」
「え、ベル先輩、俺達にネタバレとかして良いんですか」
「構わないさ。どうせ君たちは他に情報を流したりしないだろうし、そうすればボクが情報を横流ししたこともバレたりしない。何より、ボクはSクラスだ。下位クラスの奴らがなにか言ったところで『黙らせる』ことくらい容易い」
「ベル先輩、エグい」
リュウ以外のGクラスの面々も、王女アルトリリアはともかくとして、セシリア達には仲の良い先輩として接している。多少の砕けた物言いは流されるようになっていた。
「アルムくん、キミもそなえておきたまえ。キミはセシリアと同じ『魔法を使えないエルフ』だ。狙われやすいぞ」
「大丈夫、最近リュウに暗器術も習ってる。今度の合同演習が楽しみ」
普段表情に乏しいアルムの口角がほんの僅かに上がった。
武之内流の暗器術は様々な物がある。
釘のような『寸鉄』に棒手裏剣、ロープダガーという名でも知られる『縄鏢』という武器もある。
アルムが特に気に入っている暗記が縄鏢だ。ロープの先に槍の穂先のような刃物を付けたもので、器用だが小柄でリーチの短いアルムにはうってつけの武器である。
武之内流の武器術は、いずれも小さな武器を使う。
例外は槍程度で、これは戦場で容易に手に入るためである。
刀を操る術についても小太刀がメインで、大太刀については何も技がない。
ただし、『小太刀をもって大太刀を制する』という術については、日本の富田勢源をルーツとする富田流小太刀を取り入れていた。
リュッケンは意外なことに小太刀を応用した短剣術、ミナは不器用だがパワーはGクラスでナンバーワンである。『とりあえず当たれば必殺』となる杖術を学んでいる。
ベインはまだ武器術を学ぶ段階にない、ということで、まだ基礎的な体術、体捌きの訓練中だ。
「んふふふ、子猫ちゃん達も色々備えてるのねぇ? おねえさんは何でもお見通しよ? 一生懸命頑張ってる年下の男の子って可愛い……食べてあげたくなっちゃう。ね? ベインちゃん?」
「ひぃっ? あ、え、あの、せ、セリシア先輩っ?」
「やぁん、そんなに怯えないでぇ? そんなカワイイ顔したら、おねえさんがお持ち帰りしたくなっちゃうじゃない? リュウくんの許可があったら、おねえさんが剣術教えてあげるのになぁ?」
「え、良いんすか? やったじゃんベイン、教えてもらいなよ」
「えっ? い、良いの? 僕はまだ武器を持たないほうが良いって、リュウがそう言ったんじゃないか」
「まぁぶっちゃけそうなんだけどさ? ほら、グランドマスター目前の達人に教わるならハナシは別だろ。教えてもらえよ。あ、でも基礎鍛錬と柔軟は今まで通りちゃんとやれよ? セシリア先輩、お願いして良いっすか」
この日めでたく、ベインは剣術を『追加で』学ぶことが決まった。
後に、士官学校卒業と同時にグランドマスターの認可を得ることになるセシリアの指導が、リュウの指導と同じくとんでもなく厳しいものであることを、このときはまだベインもリュウも知らない。
「どうやらこの様子なら、私が心配する必要もございませんわね」
満足げな顔のアルトリリアはゆっくりと立ち上がる。
それに合わせ、3年生の3人も合わせて立ち上がった。
「合同演習は2ヶ月後ですわ。私達3年生は3ヶ月後ですけれど、良い結果の報せを期待しておりますわ」
「あの、王女様」
「なんですの? リュウ?」
「合同演習って、死人が出たりとかします?」
「しますわね。まぁ、大抵FクラスかGクラスですけれど、今年の1年Gクラスは心配不要ではなくて?」
「で、出るんだ……死人って……」
アルトリリアのあまりにも無慈悲な答えに、ベインもミナもドン引きである。
「し、死者って、死者って……?」
「怠ったものは容赦なく攻撃されますわ。魔獣、野生の獣だけではなく、確保したポイントを奪おうとする同級生にも」
「なるほど、魔獣がいる以上、魔獣の襲撃を受けたということにする……ってワケか」
「そうですわ。そういう工作行為も当然ながらありますわね。軍人としてそういった事態にも備えるのは、当然の心得ですわ」
「やったモン勝ちってわけかよ……軍人ってのはエゲツ無いな」
「ヤバいよぉ、私大丈夫かな……」
リュッケンとミナ、大柄組は互いに顔を見合わせるが、小柄組のアルムとリュウは平然と表情ひとつ変えない。
「何言ってんだよミナも、リュッケンも」
「むしろ好都合」
「だよな?」
アルムは無表情のまま、ぐっと親指を立てて見せる。
「王女様が言ったことを要約すればさ?」
「バレなきゃ何やってもオッケー」
「そうそう。アルム分かってんじゃん、さすが」
「私はデキる女」
再びアルムは無表情なドヤ顔をうかべ、ダブルピースをしてみせた。
「アルムの言う通りだよ。そもそも俺達がやっている武之内流兵法は、戦場で生き残るための技術体系。罠、不意打ち、騙し討ち、とにかく何でもアリだ。卑怯な手こそ必勝法、戦場においてはルールなしが当然。相手が汚い手をつかうなら、こちらはそれ以上にド汚い手をつかって叩き潰す。それこそが武之内流」
「うむ、まぁ……騎士としては褒められたものじゃないが、だが軍人としては正しいな……その考え方は、ステルベン辺境伯家としては受け入れがたいが、セシリアの考えに近いかもしれん」
シーナは複雑な表情ながら、腕を組んでちらりと同級生の天才剣士へ視線を向けると、まるで釣られたようにベインも自らの新しい師となる剣聖候補、セシリアを怯えた目で見上げる。
妖艶な3年生は、嬉しそうに垂れ目を見開いてリュウをじっと見つめていた。
「うふふふ……良い……良いわぁ、おねえさんすっごく嬉しい……こぉんな子猫ちゃん達が後輩だなんて、最っ高……」
「セシリア、目がイってるよ。まぁセシリアは極端だし、シーナは騎士の家だからどうしようもないけど、ボクも個人的にリュウとアルムの考え方に賛成だ。戦場で不意打ちを食らうのなら、それは食らったほうが悪い。戦場においては、正義が勝つんじゃない、勝った者だけが正義を名乗れる。そこには騎士の誇りも、戦士の矜持もない。残酷な世界さ」
「そういう事ですわ。今の世界情勢は不安定ですの。戦場に誇りや矜持、正義など求められる余裕なんてどこにもありませんわ。私はそういう修羅の世界でも生きられる、真の強者を探し求めておりますの」
アルトリリアはなぜか嬉しそうに1年生5人を見おろして、彼に踵を返し、楽しげな言葉を残し教室を去っていった。
「Gクラスがそうである事を、心から期待しておりますわ」




