12 武之内流の槍
「なぁリュウ、そういやお前って槍も使えるんだっけ」
「あぁ。武之内流は戦場の武術だからね。武器は選ばない。剣、槍、弓、斧、鎌、棍棒、縄、何でも使う。それこそ、その辺の木の枝から、落ちてる石ころだってそうだ。水があったら水だって使う。相手から奪った武器とかも、あったら使えた方が便利だろ?」
武之内流には、他にも鎖鎌に鎖分銅といった暗器の類も武器術としてある。
「武之内流は、ぶっちゃけ何でもありだ。奇襲、騙し討ち、偽装も使うし、相手から逃げる技術だってある。同じように打撃技、組み技、投げ技、関節技、寝技もある。全部使うんだ。基本的に、相手は自分より強いと考える。出し惜しみをせず、全力で相手を壊す」
ギルベルトは、まだ16歳だ。
ノーム族で大柄であるとは言え、技術は未熟そのものである。
ランドルト王国をはじめとするメディコ大陸では、様々な武器術が発展してきた。
剣術、槍術、斧術、盾術、弓術などがメジャーであり、それらの技術に対しては国際ギルド機構の冒険者部門か、各国の軍において審査官の資格を持つ軍人が技術レベルを認定している。
最上位がグランドマスター級であり、世界的な第一人者として認められるものだ。
対して、最下位はアイアンランクとなる。基礎を修めたと認められたものが最初に授けられる、いわば『初段』のようなものだ。
ギルベルトは、Eクラスで最初に槍術でアイアンランクに到達した、クラス内では最も強い部類に入る。
「アルム、リュッケン、見といて。槍を持った相手のさばき方を教えるから」
そんなギルベルトを相手取って、リュウは完全にリラックスしていた。
初めての決闘でガチガチに緊張しているギルベルトとは対称的だ。
「では両名前へ。貴様らの決闘の見届人は教師たる吾輩、グレゴリオ・マーゲン伯爵が務めてやろう。貴様らは未成年であり、ここは神聖な学び舎、王立士官学校である。命を奪うことは許さんぞ」
「え、そんな殺すなとか甘い事言って良いんですか?」
思わず声を挙げたのはリュウの方だ。
「馬鹿者、未成年の決闘では審判による決着宣言が絶対だ」
「なぁんだ、つまんね。貴族も大したことないな」
「何だと! 平民の分際で!」
「2人とも、いい加減にせんか。今は槍術の授業ではあるが、決闘においては得意な武器を使え。禁じ手はなしだ。ギルベルト、貴様も子爵家の者としてその程度の覚悟はあろうな?」
「フン、当然です。コイツを再起不能にしてやる……僕は知ってるぞ、お前は卑怯な手を使う! だがな、不意打ちや卑怯な手も、使われることが分かっていたら何の意味もない!」
「静まれギルベルト・ハルン。では決闘を求めたリュウ・ノーチ、貴様はこの決闘の勝利の結果として何を求める?」
やたらとガンを飛ばしてくるギルベルトを呆れた表情で見上げるリュウは、さも興味なさそうにマーゲンに顔を向けた。
「そっすね。とりあえず全裸でジャンピング土下座と、あとどうしよっかな、新聞に謝罪広告でも出してもらおうかな。『ハルン子爵家の坊っちゃんは、平民の子供との決闘でボコボコにされました。貴族の面汚しでごめんなさい』って」
「貴様ァ!」
「ギルベルト・ハルン、静かにせんか。貴様はどうする。勝利に何を望む」
「当然! コイツの……いや、Gクラス全員の退学です! その前に貴様ら全員! 全裸で校舎を一周させてやる!」
ギルベルトは自信満々の表情で、実は傷めている右手で木の槍を構え、その穂先をリュウに向けた。
「さぁ! かかってくるが良い平民め!」
「待たんかギルベルト・ハルン。リュウ・ノーチ、貴様武器はその短槍でいいのか?」
「あぁ、コレでいいっすよ。コイツ程度なら素手でも良いけど、どうせなら同じ武器でボコしてやろうかなって」
「黙れ平民! マーゲン先生! 早く始めてください!」
マーゲンは悠然と手を上げる。
「では、始めィ!」
Eクラス、Fクラスの面々は固唾を飲んでギルベルトの姿を見守る。
が、Gクラスのアルムとリュッケンは、実にリラックスしている。アルムに至ってはあくびを隠そうともしない。
「アルム、真面目に見ろよ。良いか? 槍の弱点はいくつかある。熟練者が相手になると容易じゃないが——」
リュウはギルベルトに視線を向けたまま、アルムとリュッケンに語りかけ始めた。
「コイツ程度ならどってことない。良いか、槍の弱点は間合いだ。特に初心者は間合いのコントロールが致命的にヘタクソだ。コイツもそうだな。構えが全然なっちゃいない」
「なっ……何だと!? 平民風情が! お前に槍の何が分かる! 僕はアイアンランクだぞ!」
「いちいち喚くなよ、うッせぇな。そんなことより、穂先の高さはそれでいいのか? 握る位置は? 構えは? いきなり上段の構えで本当に良いのか? 足の位置、重心の高さ、視線はどこを見ている? 本当に、それで良いのか?」
ギルベルトは、緊張していた。同時に憤っていた。
リュウは槍を片手に持ったまま、構えようとすらしていない。そのクセ、偉そうに分かったような事を話すのが気に入らなかった。
だが、教師として審判を務める槍術ハイマスター級、マーゲンは表情を全く変えずに驚いていた。
リュウの指摘は、全て正しかった。
マーゲンがもしもギルベルトの構えや、決闘相手に相対する姿勢に注文をつけるとすれば、まさしくリュウが語った内容である。
だが、ギルベルトはそのことを知る由もない。
「ふん、怖気づいたか平民め! さっさと構えたらどうだ」
「お前こそ、何のんびりしてんの? わざと隙も作って攻めないでやってるのに、ひょっとして言われないとわからないタイプ?」
「黙れ! 僕を、僕を『お前』などと呼ぶな! ギルベルト『様』と呼べ! 『様』をつけろ汚らわしい平民め!」
ふぅ、と忌々しげなため息を吐いて、リュウは木槍の中心辺りを持ち、槍というよりも棍でも扱ってるようだ。
「リュッケンにはちょっと参考にならないか。アルム、よく見といてくれ、自分よりもデカい相手が槍を持ってる場合には」
ふっ、と全身の力を抜き、一瞬リュウの身体が沈み込む。
そのまま両足のかかとに体重が乗ると、つま先ではなく踵を思い切り踏み込んだ。武之内流の『縮地』である。
踏み込みの勢いを付けて、リュウは槍を思い切り投げる。
木槍とは言え、穂先に当たる部分は尖らせてある。勢いによっては、人体に刺さることもありうる。
「ぎいあああ!?」
鋭い悲鳴は、リュウが投げた木槍に左足の太ももを貫かれた、ギルベルトの口から放たれたものだ。
自らが投げた槍とほぼ同時に間合いを詰めたリュウは、一切の躊躇無くギルベルトの股間を蹴り上げる。
悲鳴が嫌な声で途切れ、半ば気を失ったギルベルトは倒れ込もうとする。
が、リュウがそんな簡単な決着を許すはずもない。
丹田には拳、水月に肘、喉に掌底、そして崩れ落ちるギルベルトの見目麗しい顔面には膝蹴り。
ご丁寧に目潰しで視力を完全に奪ってから、顎に横からの肘打ちで、衝撃で抜けた歯が数本宙を舞う。
Eクラスの女子生徒からも悲鳴が上がった。
「待てェい! そッッ——」
マーゲンがリュウを止めに入ろうとするが、ほんの僅かに遅かった。
リュウはギルベルトの右足のつま先と踵を掴むと、足首、膝、股関節を同時に『壊す』関節技を使った。
極めたと同時の関節破壊は、リュウの技術体系が武道ではなく、人体の破壊を目的とした戦場格闘術であることを雄弁に物語っている。
「それまでだッ!」
マーゲンの大音声は、訓練場の外側にある教室にも届いた。
いくつかの窓が開かれ、訓練場に視線を向ける。
その視線の先には、左足を木槍で貫かれ、右足があらぬ方向に曲がり、目と鼻と口からとめどなく血を流して気絶しているギルベルト・フォン・ハルン子爵令息の姿があった。
「衛生兵! そこの女子! 衛生兵を呼んでこい! 大至急! 動け!」
「ひ、ひぃ……や、いや、いやっ、ギルベルトくんが……」
EクラスとFクラスの女子生徒は、全員が身動きが取れなくなってしまっている。
女子だけではない。男子生徒も、特にリュウに『平民が』と罵り言葉を投げかけていた者たちは、全員が俯いて動かない。
「何をしとる! さっさと行かんかァ!」
いくつかの教室がバタバタと騒がしくなった。
士官学校の3年生よりも上の学年には、衛生兵を専門に育成するクラスがある。
主に癒しの術である法術に高い適性がある者の内、志願した学生を集めたクラスだ。法術士としては半人前ではあるが、外傷の治療など、応急処置程度は可能だ。
数名の衛生兵候補達が降りて来て応急処置を始めると、ようやくマーゲンは大きく息を吐いて胸を張る。
「この決闘の勝者は、Gクラスのリュウ・ノーチであァる! 見届人は吾輩、伯爵グレゴリオ・マーゲンであァる!」
決闘の結果は、マーゲンの大音声によって全校に知れ渡る事になった。
悠然とクラスメイトであるリュッケンとアルムのもとに歩み寄ったリュウは、汗ひとつかいていない。
「ナイス、リュウ」
「おっ、手袋ありがと。アルム」
「ん」
「おうお疲れリュウ。まさか槍投げるとは思わなかったぜ」
「あぁ、アレな。ヘタクソな槍使いだったらアレが一番手っ取り早いんだ」
平然と言い放つリュウは、もう完全に興味を失ったかのようにギルベルトに視線すら向けない。
「槍の最大の弱点は間合いなんだ。達人は間合いを詰めてもすぐに対応するけど、さっきのー……誰だっけ? もう名前忘れたけど、あのヘタクソくらいだったら、間合いを詰めちゃえばこっちのもんだ」
「なるほどな。で、槍を投げて機先を制した、と」
「そ。何だよリュッケン、わかってんじゃん。とりあえず不意をついて機動力を奪う、その後はもう槍を持ったまま防御も出来ないからさ。身体の中心線にある急所を打って、んで顔面をボコしてから完全に戦闘力を奪う。槍ってのは立ってなんぼだからね、脚を奪って立てなくしてしまえば、ただの棒切れをもったザコになる」
「さすがリュウ、エグい。つよい」
なぜかフンスと鼻息が荒くなったアルムは、いつものジト目のままでリュウの手をギュッと握る。
「リュウは出来る男。私は知ってる」
「ん、ありがと。でもさ、今俺がやったことくらいは、多分リュッケンならもう出来るぜ」
「お、マジか。でも俺槍術とか授業でしかやってねぇよ。技もあんまり知らねぇし」
「技なんて3つで良いんだよ。武之内流の槍だって、技としてあるのは『受け』と『払い』と『突き』の3つだけだしさ。それだけガッツリやりゃ良いんじゃね?」
「まさしく、そのとおりだ小僧」
突然、リュウの頭の遥か上から低くドスの聞いた声。
マーゲンが腕を組み、実に不機嫌そうにリュウを見おろしていた。
「全く、貴様のお陰で今日の授業は自主練習だ」
「文句だったらあの、ほら、えっと……誰だっけ? あのさっきのエラそうなくせに弱っちいの。あいつに言ってくださいよ。あいつが平民平民って馬鹿にして先に殴ってきたんだから」
「フン、吾輩が気付かんとでも思ったか。貴様、わざとあのハルン子爵の倅に殴らせたな?」
「だったらどうします? 決闘の結果をなかったことにでもします?」
ふぅ、と忌々しげにため息を吐いてマーゲンは首を横に振る。
「これだけの証人がおる決闘をなかったことになど出来ん。それこそ貴族の沽券に関わる。それに吾輩も、見届人である以上その結果を守ることには責任を負わねばならん。吾輩からハルン子爵には話をしておいてやろう」
「あざっす先生」
「小僧ォ! 吾輩は貴様を認めたわけではないぞ! 教師に対しては敬意を示さんかァ!」
「はーい、先生」
どこまでも悪びれることのないリュウの姿を睨みつけて、グレゴリオ・マーゲンは不機嫌そうにどすどすと足を踏み鳴らして訓練場を後にした。




