10 同類
「うふふふ、どうだったかしら? リュウ君?」
「いや、強いっすよ、カンフル先輩」
つい先程、セシリア・カンフル辺境伯令嬢は、Gクラスに乱入してきたエルフ族の上級生達を秒殺の形で制圧したばかりである。
制圧などという言葉を使うまでもないほどに一方的で、『始まる前に終わっていた』と言えるほど鮮やかな手並みであった。
「やぁん、そんな他人行儀な呼び方しないでぇ? アルトリリア様のお許しもあるんだから、私のことも『セっちゃん先輩』でいいのよぉ?」
「あざっす、セシリア先輩」
「いやリュウ、ちょっと、さすがにね? 3年生のSクラスの辺境伯令嬢に『あざっす』はないんじゃないかなぁ……」
あまりにも馴れ馴れしい言葉遣いに、ミナは呆れながらのため息を吐く。
高位ではないにせよ、準男爵家の令嬢であるミナは、そこそこの令嬢教育を受けている。
ただ、実家が『翌日のパンにも事欠く』という程に貧しかったため、専門の家庭教師を雇うほどの余裕はなかった。
そんなミナでも、『高位の貴族や王族に対して言葉遣いを誤ると命取りである』ということは理解している。
「あのねリュウ? リュウも今までは貴族の関係とか? 家格とか? 爵位とか? そのあたりは関係無かったと思うんだけどね? 士官学校はぶっちゃけリュウ以外全員貴族だからね?」
「だから?」
「だから? じゃなくてね、あぁもう……」
「いいのよぉミナちゃん? リュウ君は特別。うふふふ、私ね? 強い人ってだぁい好き。リュウ君って、多分シーナと戦っても勝っちゃうんじゃない?」
「多分勝つっすね」
「じゃあ私とはぁ?」
頬杖をついて、やたらと立派な胸が目立つように、ことさらにボタンを外したシャツの襟元を見せつけるように、前かがみになってリュウににじり寄る。
「試合ならまず負けますね。殺し合いなら——多分5回の内2回くらいは俺が勝つと思います」
「あらぁ? お姉さん勝ち越しぃ? やだぁ嬉しい」
「多分。セシリア先輩、多分俺と『同類』な気配がするんですよね」
「うふふふ、凄ぉい、お姉さんも同感。やっぱりリュウ君とは気が合いそうね? リリア様ともきっと仲良くなるわぁ」
「リリア様?」
「アルトリリア様よぉ? うふふ、リュウ君ってリリア様のお気に入りだもんね? お姉さんが食べちゃいたいけどぉ、下手に手をだしたら怒られちゃいそう」
「え? 俺多分筋張っててしょっぱくて不味いですよ。平民だし」
ミナに続いて、アルムも呆れた声を漏らす。
「ってか凄く今さらなんですけど、先輩って何でこんなとこいるんですか? Sクラスの授業って……」
リュッケンがひょいと手をあげて、リュウと同じような砕けた口調で話しかける。当然、セシリアは言葉使いを咎めたりはしない。
「ん? 授業ぉ? だって剣術の授業よぉ? ハイマスターの私がマスター級の先生の授業受けても意味無いじゃない?」
「あ……っすね……」
「うふふ、リュッケン君も真面目ぇ? Gクラスの男の子ってみんな真面目でイイ子じゃない。お姉さん真面目な子って好きよぉ?」
「その真面目な子が好きなセシリア自身が不真面目じゃあ、示しがつかないんじゃないか?」
全員が教室入口に視線を向けると、大柄なノーム族の女子生徒。
3年生の、シーナ・ステルベン。王女アルトリリアの側近にして、『王女の盾』と名高い戦士だ。
「あらぁシーナちゃんも来たのぉ? ほらほらこっち、座ってぇ?」
「座らん。まったく、私はセシリアを迎えに来たんだ。アルトリリア様がお探しだ。1年坊主、お前らは席につけ。ストマック教諭はどうやら色々とやらかしたようでな、職員会議で詰められていて軍学の授業はしばらく休講……にならずに、コイツが代理で講義をすることになる」
シーナに続いて教室に入ってきたのは、メガネをかけた小柄なエルフの娘。
筆頭軍師の娘、ベルナデッタ・ヘルセネンである。
「やぁやぁ、ド底辺の諸君。ボクだ」
この上無いドヤ顔。
アルムは思い切り嫌そうな顔をして、リュウはうんざりとした表情。
リュッケンとミナは状況が一切飲み込めず、ベインだけは非常に気まずそうにベルナデッタと上級生のシーナ、そして相変わらず妖艶な笑みを浮かべてニコニコしているセシリアを見比べていた。
アルトリリアの側近であるこの3人がこの場にいる、ということは、この話は当然王女が認めているということだ。さらに、王女が認めているということは、立場上士官学校の教師陣も逆らうことは出来ない。
「いやぁ、ストマックのクソを排除できて実に良かった。あの先生は考えが古い。1000年以上前の学説、軍学に固執していた老害だ。あんなのが一時期でも参謀本部にいたかと思ったら、父上の苦労もいかばかりかと思ってしまうよ。戦術も古いし、参謀部に残れなかったから教師になったような男だ。アレよりもボクの授業の方がずっと良い。諸君も精一杯学んでくれたまえよ?」
嬉しそうに教壇に立ってメガネをくい、とかけ直して不敵な笑みを浮かべる。
「さて、ボクが授業をするにあたって助手を指名したい。リュウ・ノーチ、君だ」
「え、ヤですよ」
どう考えても礼儀正しいとは言えない返事を返したリュウに、Gクラスの4人は絶句する。
「おい」
「ちょ」
「リュウ?」
「さすが」
アルムだけはベルナデッタに負けないドヤ顔になっている。
「さすがリュウ。貴族におもねる事を知らない。つよい」
「だろ?」
「ちょ、ちょっとリュウ、落ち着いて考えようか? 僕たちの立場と、ヘルセネン先輩達Sクラスの立場にはどうしようもない差があるんだ」
「ベイン・ジーケンハウス君、着席」
「えっ、あ、はい……」
「それからリュウ・ノーチ君、これは学長及び教頭からも許可を得ているからね。残念ながら君に拒否権はない。ボクの助手を務めてもらうよ? どうやら君はボクが知らない軍学の知識を持っているようだ。君はボクの軍略を吸収する、ボクは君が持つ未知の軍略の知識を得る。あぁ、今さら君が平民だという事はボクも気にしてない。君も気にしないでくれたまえ」
セシリアはニコニコとなぜか嬉しそうに歩み寄り、リュウの席のすぐ前に立つと机に両手を着き、胸の谷間を強調するようにリュウの目の前に差し出した。
「リュウくん? ゴメンねぇ? でも、これはGクラスのみんなにもメリットがあることなの。私たちがGクラスと関わってる事は、もう士官学校内で知れ渡ってるの」
「そうだ。ボク達が自分で言うのもなんだが、ボク達はSクラスでも頂点に近い、というか事実上の頂点だ。何しろ学内で最年長の王族、アルトリリア殿下の側近という立場だからね。そんなボク達が関わって、ボクに至っては指導をしているとすれば? ほかのAクラスだのBクラスだのといった下っ端は黙るしか無い。Cクラス以下のクズどもは放っておけ。Sクラスの他の連中だって、アルトリリア殿下の影響力があれば文句を出せない。というわけでだ! リュウ・ノーチ君!」
つらつらとドヤ顔を崩さぬまま、ベルナデッタは演説を続ける。
そして、最後には『ずビシ』とでも擬音が尽きそうな勢いでリュウを指さした。
「臨時講師の権限で、キミをボクの助手に任命する。拒否は認めない」
「え、それって俺になにかメリットは?」
「キミにSクラスのカフェテリアの利用を認めよう。これはアルトリリア殿下の許可ももらっている」
「えー、いらないです。あんな遠いとこ、行くだけで休み時間終わります。それくらいだったら、Gクラスの学食でチーズとベーコンをもっと増やしてほしいです。それと肉」
「あら、その程度でよろしいんですの? ずいぶんと欲が無いのですわね?」
誰もが予想した、『最高に話が面倒くさくなる』事態、それはこの場にアルトリリアが登場することだ。何しろ王族である彼女がこの場に現れてしまったら、この荒唐無稽な先輩たちの言うことを丸呑みしなければならなくなる。
その事態が、見事なタイミングで発生した。
リュウを除くGクラスの全員が一斉に立ち上がり、そして教室の後ろの入口から忍び込んできたアルトリリアに向かって跪いた。
「皆、楽になさい。よろしくてよ、リュウ。その要望、私が責任持って叶えて差し上げますわ」
「え、マジすか」
「お安い御用というものですわ。ですが、なぜベーコンとチーズなんですの?」
「今、俺達は自主トレ……鍛錬をしてます。俺もですけど、全員が身体強化を使えないんですよね。だから、身体強化に頼らない戦い方を身につける必要があるんです」
リュウの言葉に、アルトリリアの目が美しい輝きとともに見開かれる。
セシリアは身を乗り出して胸の谷間を無意識に強調する。
シーナは『ほう?』と興味深そうに眉を上げる。
ベルナデッタは素早くメモ紙とペンを取り出す。
「興味深いですわね……そう思いませんこと? セシリア」
「うふふ、お姉さんも知りたぁい……子猫ちゃん達がどんな事して鍛えてるのか」
「あぁ、自主トレはみんなやってるだろうが、身体強化に頼らないってのが新しいな」
「良い! 実に良い! リュウ・ノーチ! ボクは今非ッ常に興奮している! さぁ、聞かせてくれたまえ!」
「お、落ち着いてくださいヘルセネン先輩! あの、それはそうと軍学の授業はどうするんですか? 今日実質休講になってしまっていますが」
3年生4人が同時に身を乗り出したところで、さすがに危うい空気を呼んだベインが手を挙げた。
本来ならば、ベルナデッタがこの日は軍学の授業をするはずだったのだが、もう既に時間枠の半分以上が過ぎてしまっている。
「なんだ、しょうがないな。良いだろう。ベイン君はよほどボクの最新の戦史研究を聞きたいと見えるね? 良いだろう良いだろう、キミのその学習意欲旺盛なところは、士官候補生として大変良い傾向だ。その調子で励みたまえ。では! 今回はド底辺の諸君にもわかりやすい、基礎の基礎、ド基礎の部分、陣形についてだ。まず戦場における兵の配置の基本である陣形というものはだね——」
この日、言葉遣いや立ち居振る舞いからは想像もできないほど、まともな『ちゃんとした講義』であることに、Gクラスの全員が驚くことになる。
アルトリリアの側近たちが、その実力においても極めて有能であることは士官学校でも有名だ。
ただ、接点すらないGクラスでは、その実情を知る事もできなかった。
「実に楽しみですわ。彼らがCクラス、Bクラス、Aクラスを軒並みなぎ倒していく……そんな光景、見たくありませんこと? セシリア?」
「もちろん。うふふふ……あぁん、あんなに真面目な顔でベルの話聞いちゃって、可愛いわぁ……ベイン君、だったかしら? あの子なんて本当に可愛い……」
「おいセシリア」
まるで授業参観のように教室の後部に立つ3人の上級生に見守られながら、この日の授業は滞り無く進んでいった。




