備前一泊目 酔っぱらったいずみ
時間は19時を少し回ったぐらいだった。案内された駐車場に車を停め、俺といずみはホテルに入った。フロントも開放的で広かった。フロントで受付を済ませ、部屋の鍵をもらって俺といずみは部屋へと向かった。部屋は8階だった。部屋に入って、荷物を下ろすと疲れがどっと出てきた。それは、いずみも同じだったらしく荷物を下ろすとすぐにベッドに飛び込んでいた。
「あー、疲れたわ。このまま寝たい気分だけど、お腹も空いてきたわね。」
「そうだね。こんなに長距離の運転はお互いに久しぶりじゃない?」
「そうね。でも、あんまりゆっくりもしていられないわね。夕食は19時30分からだったわよね。」
時間を見るともう19時20分だったので、浴衣に着替えたりするのは諦めてそのままレストランへ食事に行くことにした。レストランは1階だった。
「いらっしゃいませ。」
レストランの入り口に立っていた店員が声を掛けてきた。俺は、フロントでもらった食事券を店員に手渡した。
「ご案内いたします。こちらにどうぞ。」
ウィークデーで夕食のピーク時間も過ぎていたこともあり、レストランは空いていた。俺といずみは海の見えるテーブルに案内された。
「こちらが、本日のメニューになります。お飲み物はどうされますか?」
店員がテーブルに置いてあったメニュー表を案内し、ドリンクを進めてきた。
「そしたら、生ビールをください。いずみはどうする?」
「そうね。今日は私もビールにしようかな。」
「そしたら生ビールを二つお願いします。」
「生ビールがお二つですね。少々お待ちくださいませ。」
店員がオーダーを受けて下がっていった。その間、俺といずみは今日のメニューを見ていた。今日のメイン料理は、黒毛和牛のサーロインステーキだった。他にも副菜にスズキのソテーなどがあり、デザートはマンゴーのショートケーキと書いてあった。
「とても美味しそうね。楽しみだわ。」
そこへ、店員が本日の前菜と生ビールを運んできてくれた。
「とりあえず乾杯しましょう。」
いずみがにこやかにグラスを持ちながら言った。
「乾杯!」
俺はビールを一口飲んだ。たまらない。五臓六腑に染み込む美味しさだった。そのままゴクゴクと二口、三口と飲んでしまった。
「こら、柊太!ペースが速いわよ!」
「ごめんごめん。美味しくて、ついつい飲んじゃった。」
「気持ちは分かるけど、まだ初日よ。少し抑えながら飲みなさい。」
「はい。ごめんなさい。」
また怒られてしまった。折角の美味しい料理なので、それに見合う分だけ飲みたいなと思ったが、そうすると、とんでもない量を飲んでしまいそうなので、ここは大人しくいずみのいうことを聞いて控えめに飲むことにしよう。
今回は、飲みに来ている訳でもなく、遊びに来ている訳ではなく、ピアノの調査で来ているのだ。ついつい、目的を忘れそうになるので、そこら辺は注意することとしよう。
そこからは、順々に料理が出てきた。俺といずみは少しずつお酒を飲みながら料理に舌鼓を打っていた。強行軍で少し疲れていたのか、お互いにそんなに量を飲まなくても赤ら顔になってきていた。
「こんなんで、明日からのお仕事は大丈夫かしら?」
いずみが言った。どこか呂律が回らなくなってきているようだ。
「大丈夫じゃない?仕事じゃないんだからそんなに気を張らなくてもいいと思うよ。」
「だ・か・ら、そういう気持ちではダメなの!必要経費はいただいているんだから、仕事のつもりでやならきゃダメでしょ!」
これはダメだ。目が完全に座っている。ここは早めに切り上げて部屋に戻る方向に持って行った方が良さそうだ。
「そうだね。ごめんごめん。しっかり調査して解決しないと、みんな安心できないからね。」
「そうよ!分かっているならよろしい!あっ、店員さんビールをもう1杯くださいな。」
おいおい、まだ飲むのかい?俺も飲みたいが、俺が飲むといずみの面倒を見れなくなりそうなので我慢することにしよう。その後も、酔っぱらったいずみの長広舌を適当に聞きながら、料理を食べていた。こういういずみはあまり見ないので、俺は楽しい時間を過ごせていた。最後にデザートをいただいて、部屋に戻る段になった。
「さあ、部屋に戻ったらお風呂に行くわよ。」
いずみが立ち上がって歩き出そうとしたが、足元がフラフラしている。俺は慌てていずみの手を取った。
「あんた、どさくさに紛れてイヤらしいことしようとしているんじゃないでしょうね?」
いずみが俺を見て言った。
「いやいや、違うよ。今日はお風呂は無しにして寝たほうがいいかなと思って。」
「何でよ。汗もいっぱいかいちゃったし、お風呂に入ってスッキリしたいの!」
いずみが歩きながら言った。どうにも1人ではまっすぐ歩けるかどうか怪しいくらいだ。
「でもね、いずみ。今の状態でお風呂に入るのは危ないと思うよ。今日のいずみは結構酔っているからね。その状態でお風呂に入ったら、脳卒中や心臓発作を引き起こす危険があるよ。」
「そんなに酔ってないわよ。」
いずみがそう言うので、俺は少し広いところで、周りに人がいないことを確認して手を放してみた。
「なんで、手を離すの!私と手をつなぐのが嫌なの?」
「ほらいずみ、俺のところまで歩いてみてよ。」
俺はいずみから少し離れたところに立って言った。
「何よそれ!柊太のところに行ったらいいんでしょ!」
そう言って俺のところに来ようとするが、右に左に蛇行していて、壁にぶつかりそうになったので、慌てて俺はいずみを支えた。
「ほらね。まっすぐ歩くのも怪しい状態だから今日は寝ようね。」
俺は優しく声をかけた。
「ううー。仕方ないわね。今日は柊太の言う通り寝たほうが良さそうね。仕方ないからお風呂は明日の朝に入るわ。部屋までちゃんと連れて行ってよ。」
「分かってるよ。」
こんなところで、いずみを1人にしたらどうなることやら。暴れたりしないが、この廊下でそのまま寝てしまいそうな感じである。俺はいずみの手を取って部屋まで戻った。部屋に戻るなり、いずみはベッドに飛び込んだ。
「おやすみなさい。柊太。」
そこから、ものの数分で寝息を立て始めた。よほど疲れていてお酒が回ってしまったのだろう。空調が効いているので、俺はいずみに上布団をそっとかけてやった。




