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嘉笑苑③ ピアノをめぐる話

「これがピアノの中にあったのですか?」

柏原施設長が驚いたように言った。

「そうなのです。巧妙に目につきにくい場所に隠されてありました。」

 いずみが、「術」を使ったことがバレないように上手く言い繕ってくれた。ピアノの刳り抜かれた部分も、大事なものに封印を施したり、鍵をかけることができる『授封(じゅふう)の術』でふさいできた。

 柏原施設長は、2枚の写真と紙を交互に見比べていた。それはとても真剣な眼差しだったので、俺といずみは、しばらくじっと待っていた。


「それで、あなた達はこの後、どうするおつもりですか?」

柏原施設長が真剣な眼差しで聞いてきた。

「もしよければ、分かる範囲で結構ですので、その写真や紙の意味するところをご教授いただけましたらと思います。その情報をもとに、あのピアノに秘められた想いを取り除きたいと思います。」

こちらは、いずみが淀みなくはっきりと言った。

「そうなのですね。これで終わりという訳にはいかないですか?」

柏原施設長ができればこれ以上深追いはしたくないといった感じで言った。

「そうできればいいのですが、この写真や紙が出てきた以上、このピアノに関係する人の想いを叶えてあげなければ、「ピアノが独りでに鳴る」という問題は解決しないと思われます。」

「やっぱり、そうですよね。分かりました。お話をしましょう。」

 柏原施設長が遠くを見つめて言った。観念したように思われた。柏原施設長はしばらく考え込んでいたが、意を決したように話し始めた。

「もとは、このピアノは元入居者さんの遺品なのです。とは言っても、入居されたときからあった訳ではないのです。」

「それは、どういうことですか?」

「その入居者さんが亡くなられて、関係先に連絡を取った時に1通の遺言状が見つかったのです。その遺言状には、「あのピアノを「嘉笑苑」に寄付するように。」と書かれていたのです。本来であればお断りするところだったのですが、ご遺族様からの熱い思いがあり、我々も「今回だけは」ということで、寄付として受け取ったのです。

 そうですね、あれからかれこれ10年ぐらいになるかと思います。それからあのピアノを弾く機会はほとんどなく、ここ最近は誰も弾いていなくて、手入れもできていない状態が続いていました。それは、あなた方の見た通りです。」

柏原施設長が遠くを見つめながら言った。


「それで、「独りでに音が鳴る」ことが起きたのはいつのころからですか?」

いずみが聞いた。

「はっきりした時期は覚えていませんが、ここ1~2か月ぐらいのことではないでしょうか。」

 ここ1~2か月というと、「祈仙術」絡みの出来事が起こってからである。俺は少し嫌な附合がした。

「そうなのですね。では、この写真に写っている人物や風景に心当たりがおありでしたら教えていただけますでしょうか?」

「どうしても、言わなくてはいけませんか?」

柏原施設長が渋い顔をして言った。

「できれば、教えていただきたいです。先程も申し上げましたが、「ピアノが独りでに鳴る」という問題を解決するためには必要な情報であると思われます。」

 柏原施設長は下を向きながら暫時、考え込んでいた。しばらくして、顔を上げた。その顔にはすっきりとした感じが見受けられた。

「分かりました。あなたたち2人に全てを託します。必要な資料を持ってきますので、少しお待ちください。」

そう言って、柏原施設長は部屋を後にした。


「いずみ、どうするつもりなの?これで「解決できませんでした」なんて言えないよ。」

俺は不安になっていずみに言った。

「どうするもこうするもないでしょ。()()()()のよ。それ以外に方法はないでしょ。」

 いずみがきっぱりと言った。しばらくして、柏原施設長が戻ってきた。手には古びた資料を持っていた。

「では、あなた達に全てお話しますね。これは、個人情報なのでくれぐれも口外しないようにお願いします。」

そう言って柏原施設長は、話を始めた。

「この写真のこちらの1枚、家族写真はピアノを寄付してくれた亡くなられた入居者さんの家族写真です。そして、こちらの女性が亡くなられた入居者さんです。」

柏原施設長は写真に写っている女性を指さしながら言った。

「この写真はだいたい40~50年前ぐらいに撮られたものだと思います。ここには4人の人物が写っていますよね。大人の男性が1人で大人の女性が1人、あとは子どもが2人です。この女性が、亡くなられた入居者さんです。そして、この男性がご主人で、子ども2人はこの夫婦の子どもさんです。」

 写真を見ると、中年の夫婦と小学校高学年かと思われる男児が2人写っていた。いかにも幸せそうな写真だった。

「そしてこちらの風景写真についてですが、すみませんが私には何処のことなのかは全く分かりません。この入居者が地元で撮ったのか、それとも旅行先で撮ったのか、全く不明です。それと、こちらの折りたたまれた紙にも全く心当たりはありません。」

柏原施設長が申し訳なさそうに言った。


「分かりました。ありがとうございます。それで、こちらの女性の出身地はどちらになるのですか?」

いずみが写真を見ながら言った。

「やはり、行くつもりなのですね。」

柏原施設長がいずみの考えを見透かすように言った。

「はい、ここまで来たら必ず解決してみせます。」

 いずみが勢い込んで言った。俺は、これで終わりでもいいんだけどな、と思ったけど言い出せる雰囲気ではなかった。なんだかいろいろと面倒くさいことになりそうだが仕方ない。ここは腹を括ってがんばろう。

「では、通用するかどうかは分かりませんが、私が紹介状をいくつか認めておきましょう。この女性のご遺族様あて、あと数通は必要に応じて使えるように工夫して書いておきます。」

「ありがとうございます。ここから遠いのですか?」

 今度は俺が聞いた。四谷所長から貰っている猶予は今日を含めて5日間である。あまりに、遠かったり、不便なところだったら考えものだなと思ったからだ。

「その方は、備前です。岡山県の備前市のご出身です。「海が綺麗でいいところよ。」と生前よくおっしゃっていました。」

柏原施設長が昔を懐古するように言った。

「では、紹介状や必要と思われる資料を用意しますので、ここでしばらくお待ちください。」

そう言って柏原施設長は部屋を後にした。


「岡山県だって。今日、明日で解決できそうにもないな。」

俺は天井を見上げて言った。

「そうね。ちょうど私は今日から5日間休みだけど、柊太はどうなの?」

「それは偶然だね。俺は、無理矢理、四谷所長に5日間の猶予を与えられたよ。」

「ちょうどいいじゃない。二人で協力して5日間で解決して見せましょうよ。」

いずみが活き活きとして言った。

「そうは言っても雲を掴むような話だけどな。先方のご遺族さんも俺たちに会ってくれるとは限らないしな。」

「そうでもない、と私は思っているの。」

「それはどうして?」

「あの風景写真は、私の勘だけど十中八九、あの女性の故郷の写真だと思っているの。そして、あの地図はあの風景写真と関連していると考えていいと思うわ。」

いずみは半ば確信するように言った。

「それはどうしてかな?」

「それはね、あのピアノの中にわざわざ隠したということは、「誰かに知ってほしい」とか「誰かに伝えたい」という意思の表れだと思うの。だからね、ヒントのないような何処かに旅行に行った写真なんかは残さないと思ったのよ。」

いずみが一言一言紡ぎ出すように言った。

「そう言われればそんな気がしてきたね。そうと決まったら、準備をして備前に向けて出発しよう。」

「そうね。柊太は、四谷所長さんに事の次第を連絡しておいた方がいいと思うわ。」

「そうだね。そうするよ。」

 俺は、某SNSアプリを使って四谷所長に事の顛末や、今後の動きを端的に報告した。しばらくして、四谷所長から「了解!よろしくね。」と連絡があった。しばらくして、柏原施設長が紹介状などの必要書類一式を持ってきてくれた。


「これで、大丈夫でしょう。くれぐれも無理をしないでくださいね。」

 柏原施設長が真剣な眼差しで俺たちを見て言った。それは、安全面での無茶だけでなく、相手様に無理なことをするなと言われているような気がした。それを察したのか、

「分かりました。くれぐれも無理強いはしません。」

といずみが言った。

「それを聞いて安心しました。これは少ないですが、旅費の足しにしてください。」

 そう言って柏原施設長が先程の書類とは別に、封筒を出して俺といずみの前に置いた。

「そんな、いただけませんよ。すでに四谷所長から調査費という名目でお金をいただいていますから。」

俺は丁寧にお断りした。

「でもそれは、あなたお一人の分でしょう。こちらの彼女さんの分は含まれていませんよね。これは、その彼女さんの分の必要経費です。足らなかったらまた言ってくださいね。」

 柏原施設長は有無を言わせぬ感じで封筒を押し付けてきた。俺は、どうしたものかといずみの方を見た。

「そうしましたら、お心遣いありがたく頂戴いたします。先程も申し上げました通り、先方様にはご迷惑をお掛けしないように特に注意して調査をいたします。そして、必ずや解決して見せます。」

いずみが、封筒を受け取りながら力強く言った。

「ありがとうございます。それではよろしくお願いいたします。」

こうして俺たちは「嘉笑苑」を後にした。


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