嘉笑苑② 謎に満ちたピアノ
「本当に遠いところをごめんなさいね。それに暑かったでしょう。どうぞ、飲んでくださいね。」
俺といずみは、応接室と書かれた部屋に通された。そこには応接用テーブルとソファーが置かれていた。俺といずみが並んで座り、その対面に柏原施設長が座るといった並びだ。部屋の広さ的にはそれほど広くはなかった。
「ありがとうございます。」
クーラーは効いているとはいえ、外からは相変わらずセミの鳴き声が「ミンミン」と響き渡っている。まさに、夏真っ盛りといった感じだ。俺といずみは遠慮なくお茶をいただいた。
「ピアノが独りでに鳴るとお聞きしたのですが・・」
俺が口火を切って言った。
「そうなのです。そんなことはあるはずないのですけどね。何人かの入居者さんからの訴えもありますし、一度、調べてみることにしたのです。」
「そうですよね、不安になりますよね。」
いずみが同調するように言った。
「調査をして、「何も異常はなかった」ということになれば、みんなも安心できると思うのですよね。多分、うわさがうわさを呼んで話が大きくなってしまっていると思うのです。」
そうだろうとは思う。ここで、「調査をした」という事実を見てもらい、「異常がなかった」ということになれば、柏原施設長が言ったとおりにみんな安心して騒ぎもおさまるだろうと思った。
「それで、ピアノはどこにありますか?」
いずみが聞いた。いずみは、ピアノの調律用の道具を持ってきている。
「ああ、集会室と呼ばれる部屋にあります。その部屋の舞台の隅に置いてあります。このごろは弾く人は誰もいないですけどね。では、今からご案内しますね。」
「ここが集会室です。あちらが舞台で、その隅に置いてあるピアノがそのピアノです。」
柏原施設長が舞台を指さしながら言った。
「ああ、あれですね。」
なるほど、四谷所長にもらった紙に書いてあった通り、大き目のグランドピアノだった。
「今からいろいろと調べていきますので、少しお時間いただけますか?」
いずみがピアノを見つめて言った。何やら表情が楽しそうである。ピアノを目の前にしてテンションが上がっているのだろう。
「分かりました。何かあったら呼びに来てくださいね。では、よろしくお願いします。」
そう言い残し柏原施設長は集会室を後にした。残されたのは、俺といずみだ。
「さあ、柊太、始めるわよ。」
いずみは勇んでピアノの方に向かって行った。俺も慌ててついて行った。
「何から始めるんだい?」
俺は全く要領が分からないのでいずみに聞いた。
「そうね。まず、音が鳴るかどうかよ。」
そう言っていずみは椅子に座ってペダルを踏みながら鍵盤をたたき始めた。譜面も見ずに両手を使って鮮やかに弾き始めた。何か聞いたことがあるような曲だが、俺には何の曲かは分からなかった。きっと由緒あるクラシックの楽曲だろうと思う。
「音は出るわね。長いこと調律ができていないから、音程がかなり下がっているわね。きちんと調律していきたいけど、今日の目的はそこではないから我慢するわ。」
いずみがピアノを見ながら残念そうに言った。
「でも、このピアノは年代物でかなり高級なものよ。さて、いろいろと調べていきましょう。」
いずみは、ピアノの外部分、屋根や譜面台などを調べ始めた。俺は、必要に応じて支えたりするなどの補佐をした。
「外目には異常はないみたいね。次は中を見ていきましょう。」
次にいずみは響板やフレームなどを丁寧に見ていった。細部にわたってじっくりと観察しているようだった。俺は手持ち無沙汰になり、いずみの作業の様子を見ていた。
「ほこりとかは溜まっているけど、特に異常なないみたいね。どうしましょう。」
いずみが困惑気味に言った。
「そうだね、漫画じゃないけど、ピアノの裏に仕掛けがあるとか、そういうことはないかな?」
俺は全く分からないので、少し違う角度から意見を言ってみた。
「そうねえ、その可能性は考えてなかったわね。馬鹿げているけど、一応見ておきましょう。」
褒められたのか、バカにされたのかは分からないが、とりあえず俺といずみはピアノの裏や、脚柱を調べていった。
「裏は特に何もなかったよ。」
裏部分を丁寧に見ていった俺は言った。
「そうねえ、脚柱も異常はないみたいだわ。ん?何かここだけ少し色が違うみたいだけれど、柊太も見てくれる?」
いずみが脚柱の1本にわずかな色の違いを見つけた。俺も、その部分を見てみたが、いずみの言う通り、確かに色が少し違うみたいだった。何か、その部分だけを刳り抜いて、後から何かを被せたようにも思えた。
「この部分を外すことはできないかな?」
俺はいずみに聞いてみた。
「工具を使えばできないことはないけど、傷が付いたら嫌だわ。試しに『破錠の術』を使ってみてくれないかしら?」
いずみが思いもよらないことを言った。
「これは、単なるフタみたいなものであって、錠や封印などではないと思うけど・・」
俺は単なるピアノにそんな込み入った仕掛けがあるとは思わなかった。
「いいから、やってみてよ。フタでも開くでしょ。それでダメだったら次の手を考えるから。」
「分かったよ。やってみるよ。」
この『破錠の術』とは、「祈仙術」の一つで、「紫」と「黒」の継承者にしか使えない「術」である。効果は、先程言った通りで、錠やロック、封印などを解く効果がある。もちろん、今のようなフタも開けることは出来ると思う。
俺は戸惑いながらも意を決して『破錠の術』を唱えた。「術」はすぐに完成した。すると、なんと!脚柱の色の変わった部分がパカッと開いたではないか!
「やったー!私の睨んだ通りだわ。」
いずみが手放しに喜びながら言った。
「睨んだ通りってどういうこと?」
俺は訳が分からず聞いた。
「ひょっとして、この件には可能性の一つとして、「術」や「超常現象」的なものが関わっているかもしれないなと思いはじめたのよ。」
「そうなんだ。俺は、そういう可能性は全く考えていなかったよ。」
「普通はそうよ。でも、私たちは「祈仙術」の使い手でもあるし、その私たちに話がきたというのも偶然ではない気がしてきたのよ。何かのお導きなのかなとか思ったの。」
前作では、いろいろと摩訶不思議な現象を見てきたが、今回もまた、いろいろな「術」が飛び交う可能性が出てきたなと思った。それより、脚柱の内部である。パカッっと開いたその部分は刳り抜かれて空間ができていた。その内部には、何か物が置かれていた。それは、古びた写真が2枚と、古びた折りたたまれた紙であった。
「これは何かしら?」
いずみが、2枚の写真と紙を手にして言った。
写真を見てみるとカラー写真ではあるが色褪せていた。1枚は大きな屋敷を背景にした家族写真と思しき写真で、もう1枚はおそらく山の上から撮ったと思われる海や島が写った風景写真であった。夕焼けがきれいに映えていた。折りたたまれた紙を広げてみると手書きで何か書かれてあった。おそらくは地図のようであった。
俺といずみはあれこれと考えて意見を出し合ってみたが、いかんせん情報が少なすぎてどれも決め手に欠く意見ばかりであった。これでは埒が明かないと考えた俺といずみは、その2枚の写真と紙を持って柏原施設長を訪ねて行った。




