ショットバー「パープルナイト」にて
さて、舞台は変わり、ここはショットバー「パープルナイト」である。我らが主人公、紫王院柊太はあの後、自宅マンションに帰り、軽い食事とシャワーを済ませて、例にもれず飲みに来ているのであった。
「ヒロさん、聞いてくださいよ。」
俺は、「いつものやつ」こと「バイオレットフィズ」を傾けながら言った。
「どうしたんだい柊ちゃん。何か嫌なことでもあったのかい?」
ヒロさんがおつまみを用意しながら言った。
「はい、これ食べてね。」
そう言ってヒロさんは、美味しそうなカナッペをテーブルに置いてくれた。カナッペとは、チーズやハムや総菜などを、一口サイズのクラッカーやパンに付けておいしくいただくおつまみだ。手軽に食べることができ、ワインなどにもよく合う。
「ありがとう。いただきます。」
俺はクラッカーにチーズと生ハムを乗せて口に運んだ。チーズのコクと、生ハムの塩気が絶妙にマッチしてとても美味しい。
「それで、柊ちゃん。何があったんだい?」
ヒロさんが聞いてきた。
「ああ、実はですね・・・。」
俺が話をしようとすると、バーの扉が勢い良く開いた。
「あー、やっぱりここにいたのね。そんなに飲んでばっかりして大丈夫なの?」
扉を開けた勢いそのままに、元気な声をした女性が俺の椅子の横にやってきて腰かけた。
「マスター、今日は「カーディナル」をくださいな。」
その女性は慣れた様子でヒロさんにオーダーした。
「はいよ。いずみちゃん。ちょっとお待ち。」
ヒロさんは注文されたカクテル「カーディナル」を作り始めた。「カーディナル」とはカシスリキュールと赤ワインを合わせたワインベースのカクテルで、カシスのフルーティーな香りが漂うお洒落なカクテルだ。
「はい、お待ちどうさま。」
ヒロさんは出来上がったカクテルをいずみの前に置いた。いずみとは、我らが主人公、紫王院柊太の彼女であり、本作のヒロインでもある蒼ノ京いずみその人である。
「何か柊太とマスターが話をしていたみたいだけど、何の話なの?」
いずみが「カーディナル」を一口、口に運んでから言った。
「ああ、柊太君の話を今から聞こうとしていたところだよ。」
「ちょうど良かった。いずみも一緒に聞いてくれるかい?」
ヒロさんと俺がそれぞれ言った。
「分かったわ。一体何の話なの?」
いずみもヒロさんも興味津々という感じだ。俺は今日の所長からの依頼について委細漏らさず話をした。
「そうなの。面白そうだわね。柊太は明日から行動するわけね。私もちょうど明日から早めの夏季休暇だから一緒に行こうかしら?」
「えっ?来るの?」
「イヤなの?」
「滅相もございません。よろしくお願いいたします。」
これはトンデモナイ展開になりそうだぞ。この瞬間、俺はこの件は穏便には終わりそうにないなと直感した。
そして慌てて所長に明日もう一人追加で先方に伺うことになる旨をスマホの某SNSアプリで送った。すぐに、「了解。先方に伝えておくね。」と返信が来た。
「マスターはどう思う?」
いずみがヒロさんに聞いた。
「どう思うと言われてもね。多分気のせいだと思うのだけど、まあ、入居者さんの不安を取り除く意味でも調査はした方がいいのかなとは思うよ。」
ヒロさんが穏やかに言った。まあ、普通に考えたらそうだろう。誰かが言い出したことに、尾鰭がついていって話が大きくなってきてしまったのだろう。それで、ちょっとした物音があたかもピアノの音に聞こえてしまったりしているのだろうとは思う。
「柊太。それで、先方さんの場所はどこなの?」
いずみがグラスを傾けながら聞いてきた。
「ああ、えーと、亀岡市になるね。亀岡市〇×だよ。」
「亀岡か、そしたら私の車でいきましょう。約束の時間は何時なの?」
「朝10時だよ」
「そしたら早いけど8時に迎えに行くわね。寝坊したら、どうなっても知らないわよ。」
いずみが笑いながら言った。毎度のことだが、今日のお酒はほどほどにしておこう。起きられなかったらと思うと生きた心地がしない。
「じゃあ、ごちそうさまでした。」
「美味しかったわ、マスター。また来るわね。」
俺といずみは席を立った。明日のことがあるから、お酒は少し抑えてして早めに帰ることにしたのだ。
「今日は俺が払うよ。いつも払ってもらってばかりだからね。」
俺が意気揚々と支払いをしようとしたら、
「ストップ!」
と、いずみに力強く止められた。
「何かあったかな?」
「あのね、柊太。今日、所長さんからいただいたお金は調査費でしょ。そのお金でお酒を飲むなんて、あんたいったいどういう神経してるの!」
「これも調査のうちかなと思って・・・。」
俺は言い訳になっているような、なっていないようなことをモゴモゴと言った。
「ダメなものはダメ!明日の昼食代とか、ガソリン代とかならともかく、ここでの支払いに使ってはダメよ。もう!仕方ないから私が払っとくわね。」
そう言っていずみが会計をしてくれた。毎度毎度のことながら、もっと稼がなくてはと思う。
「ありがとう。ごちそうさまです。」
「いいのよ。今日は面白いお話を持ってきてくれたから許してあげるわ。」
いずみはいつになく上機嫌だった。店を出た俺といずみは、歩いて帰路についた。いずみを家まで送って行き、そのあと俺も自分のワンルームマンションへと帰った。さあ、明日は忙しくなるぞ、と思いながら早めに床に就いた。




