束の間の休息 ゆっくりと夕食を食べる
「さて、あなた達は今日の夕食は決まっていますか?」
篤二さんがおもむろに聞いてきた。
「いえ、まだ決まっていないです。あずさちゃんに、また紹介してもらおうかと思って。」
いずみが言った。
「それは良かった。あなた達がもし良かったらですけど、この辺で有名な日本料理店を予約してあるのですよ。良かったらどうですか?あずさちゃんも入れて三人で取っているのですが。もちろん支払いは私がしますよ。」
篤二さんがニッコリしながら言った。
「そんな、悪いですよ。」
いずみが遠慮して言った。
「そんなのいいのですよ。本来は私たちがやらなくてはいけない調査を代わりにやってくれているのですからね。逆にこんなことぐらいしかできなくて申し訳なく思っているのですよ。味は保証しますから是非どうぞ。」
篤二さんが重ねて言った。
「それでしたら、お言葉に甘えさせていただきます。場所はどこですか?」
いずみが聞いた。
「ホテルの方に迎えに行ってくれるそうですよ。帰りもお送りしてくれるそうです。車だとお酒が飲めないですからね。」
篤二さんが笑いながら言った。
「何から何まで申し訳ないです。それではお言葉に甘えさせていただきます。」
「ご主人様、ありがとうございます。」
俺たちは篤二さんに礼を言った。ここは、いずみの言う通りお言葉に甘えさせていただこう。調査の方も出口が見えてきたし、少しゆっくりさせてもらうとしよう。篤二さんによると、19時にホテルに迎えに来てくれるそうだ。今は18時だ。ホテルに帰ってそのままロビーで待つことにした。
「本当にありがとうございます。それでは、遠慮なくいただきます。」
俺たちは篤二さんに丁重に礼を言って「柴﨑窯苑」を後にした。ホテルに向かう途中でコンビニに寄って少し買い物をした。そしてホテルに着き、車を停めてロビーに入った。いずみがフロントに行って、明日の朝食をキャンセルした。
ここから、新見までは高速道路を使っても2時間程度かかるので、念のために7時過ぎにはホテルを出発したいと思ったからだ。さっきコンビニに寄っていたのは明日の朝ごはんを買うためだったのだ。
しばらくロビーのソファーに座っていると、19時の10分前になったのでホテルの入り口付近に移動した。お迎えの車はすぐに到着した。送迎用に使っていると思われるワンボックスカーだった。車のサイド部分に店名が書かれてあった。そこには日本料理「備前こころ」と書かれてあった。
「お待たせしました。蒼ノ京様ですか?」
運転手が降りてきて聞いた。
「はい、そうです。よろしくお願いします。」
いずみが答えた。
「どうぞ、お乗りください。」
運転手が扉を開けて言った。
「ありがとうございます。」
俺たちは車に乗り込んだ。
「では出発しますね。」
運転手が車を発進させた。ホテルを出て海沿いの道を行き、市街地の方へ入って行った。しばらく行くとお店の看板が見えてきた。車はちょうど、店の前で停まった。
「どうぞ、降りていただいて、お店の中にお入りください。大将がお待ちですよ。」
俺たちは車を降りた。運転手は車を駐車場に戻しに行くようだ。待っていても仕方がないので、俺は店の扉を開いた。
「いらっしゃいませ。」
とても上品な佇まいのお店だった。和服を着た女性店員が出迎えてくれた。
「蒼ノ京様ですね。こちらへどうぞ。」
奥の方へ通され、個室状になっているテーブル席に案内された。そこには「ご予約席」と書かれた札が置かれてあった。俺といずみが並んで座り、その対面にあずさちゃんが座るという形になった。
「本日は「夏のおまかせコース」ということでご注文をいただいております。先に、お飲み物をお伺いいたします。」
案内してくれた店員さんが言った。
「僕は生ビールをください。」
俺は迷わずにビールを選んだ。
「そしたら、私も生ビールをいただこうかしら。あずさちゃんはどうする?」
「私はレモンサワーをいただきます。もう20歳になっているから大丈夫ですよ。」
あずさちゃんが笑いながら言った。
「生ビールが2つとレモンサワーが1つですね。少々お待ちください。」
店員さんが注文を受け下がっていった。
「あずさちゃんは、お酒は強いの?」
いずみが興味津々で聞いた。
「父ほどではないですよ。それなりに飲めそうですけど、まだあまり分からないです。」
「そうよね。まだ20歳になったばかりだものね。それにしても、お父さんの寂明さんは強かったわね。」
いずみが先日、ヒロさんバーで飲んだ時のことを思い出して言った。
「そうですね、父はかなり強いと思います。」
そこに注文したドリンクが到着した。
「さて、乾杯しましょう。」
「乾杯!」
3人が唱和して乾杯した。とりあえず、先が見えるところまでたどり着いたことに安心感を得ているような感じだった。
「お料理は何かしら?」
いずみが「本日のメニュー」を見ながら言った。
「今日は、穴子の唐揚げにお刺身の盛り合わせ、冷やし茶碗蒸し、デザートに黒ゴマのアイスクリームまで付いているわ。本当に申し訳ないわね。これだけ、気を遣っていただいているのだから、明日もしっかり頑張りましょうね。」
「分かってるよ。」
俺はビールを傾けながら言った。
「申し上げにくいのですが、私は明日はお手伝いできません。」
あずさちゃんが言った。
「そうなの、別に構わないわよ。」
いずみが言った。
「私が加入している、邦楽部の練習があるのです。邦楽と言っても、箏・三味線・尺八を扱っています。私は筝の演奏をしています。」
あずさちゃんが言った。
「あら?胡弓ではないのね?」
いずみが聞いた。
「残念ながら胡弓だけを扱うクラブやサークルはなかったのです。胡弓は授業や個人練習で何とかしています。和楽器にはいろいろと興味があったので、楽しくやっていますよ。」
あずさちゃんがレモンサワーを飲みながら言った。
「あとは私たちに任せてね。あっ、そうだ。あずさちゃんにこれを渡さないとね。」
いずみがあずさちゃんに渡す日当を取り出した。
「あずさちゃん、これ受け取ってね。今日の日当だよ。」
いずみが笑いながらあずさちゃんに日当の入った封筒を渡した。
「そんなの受け取れませんよ。」
あずさちゃんが婉曲に断った。
「いいの、遠慮しないで、ここ何日かはバイト代が入らなんでしょ?」
いずみが重ねて言った。
「そうですけど・・。申し訳ないです。」
「いいのよ、こういのうのものは遠慮しないで受け取るものよ。」
「そうですか、ではありがたく頂戴いたします。」
あずさちゃんが恐縮しながらも日当を受け取ってくれた。その間にも、次々と料理が運ばれてきて、俺たちは料理に舌鼓を打ちながら、何杯かお酒もお代わりさせてもらった。最後にデザートがやってきた。
3人とも、明日の予定があるので、少し抑えながら飲んでいたのでほろ酔いのいい気分でデザートを食べることができた。
「ごちそうさまでした。」
いずみがデザートの最後の一口を食べて言った。
「とても、美味しかったです。」
あずさちゃんも少し赤ら顔になりながら言った。それから少し、「上がり」をいただきながらゆっくりして席を立った。
「ありがとうございました。お送りさせていただきますので表でお待ちください。」
店員さんが言った。俺たちは店員さんや大将に礼を言って店の外に出た。来た時と同じワンボックスの車に乗り込んだ。まず、あずさちゃんを送ってから、俺といずみのホテルに車は向かった。ホテルに到着した。
「ありがとうございました。」
俺といずみは礼を言って車を降りた。




